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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第九章 夢のかけ橋編
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第二百五十八話 名探偵コンシディー

「そうですか! それはそれはおめでとうございます! 姫様、よろしゅうございました。よろしゅうございました」


我がことのように喜びを爆発させているのは、ニザ公国の宰相であるユーリーだった。鹿神様の許を辞した俺たちは、その足で王宮に向かった。アポなしで訪れたために、王宮の兵士たちは俺たちの訪問にかなり驚いていたが、やがて、兵士の一人が進み出て、王宮内に案内してくれた。てっきり謁見の間に通されるのかと思いきや、通されたのは、シディーが嫁ぐ前に暮らしていた部屋だった。


久しぶりに戻る自分の部屋に、シディーはうれしそうだ。何せ、家具やベッドが以前のままで置かれていたのだ。


「うわぁ、懐かしい……」


そんなことを言いながら、彼女は部屋のあちこちを動き回る。そして、ゆっくりと、自分のベッドに腰を下ろした。目を閉じてゆっくり深呼吸をするシディー。自分が長年暮らした部屋だ。一番癒される場所なのだろう。


そんなことをしていると、宰相のユーリーが部屋に入ってきた。慌ててシディーは立ち上がり、姿勢を正す。


「ああ姫様、どうぞおかけになったままで。そのままで結構です。お久しぶりでございます」


そう言って彼は恭しく俺とシディーに一礼をした。いつもながら丁寧な対応だ。俺は、アポなしで来てしまった非礼を詫びると共に、シディーの妊娠と鹿神様の話を詳しく話した。


「そうですか! それはおめでとうございます!」


彼は手放しで喜び、そして、俺に深々とお辞儀をして、姫様のことをこれからも何卒よろしくお願いしますと言って涙ぐんだ。


そんな様子を見ながら、シディーはキョロキョロと部屋を見渡している。ユーリー宰相は怪訝そうな表情を浮かべながら、彼女に話しかける。


「あの……姫様、なにか?」


「埃の臭いがしないわね」


「ええ。それはもう、毎日掃除をしているはずですから」


「私がアガルタに行った後で、この部屋は誰も使わなかったのかしら?」


「姫様がお暮しになったお部屋です。他の者に使わせることなどできません」


恭しく一礼をするユーリー宰相。そんな様子を見たシディーの目が、カッと見開かれた。


「私が逃げ出して帰ってくる。もしくは、リノス様に愛想をつかされて戻ってくると考えていたのね?」


「……は? ……え?」


「姫様はわがままでお転婆で行儀が悪い。だからきっと近いうちに、逃げ出すか追い出されるかで公国に戻ってくるだろう。そうなった時のために、いつでも迎えられるように部屋を残しておこう。そう考えていたのね?」


「……いいえ。そんなわけは……ありません、よ?」


完全にユーリー宰相の目が泳いでいる。その様子と答え方で、シディーの話が真実であることが丸わかりだ。しかし、シディーの追及はそこで終わらない。彼女はスッと隣の俺に視線を移して、低い声で呟く。


「リノス様……。今、さすがはユーリー宰相と思われましたね?」


「え? は? いっ……いや、そんなことは、ありません、よ?」


俺も目が泳いでしまった。鹿神様のチート能力はハンパない。シディーはほっぺを膨らませてむくれている。俺は思わずユーリー宰相に視線を送る。彼はハンカチで汗をぬぐいながらゆっくりと頷いた。


「オホン、姫様。この度のうれしいお知らせ、早速王様にご報告申し上げたいのですが、しばらくお待ちいただけますでしょうか。王はただいまガルトー様とお話し中でして……。それが終わりましてから、ご案内いたしますので」


「父上がお兄様と? ふーん」


シディーが左手の人差し指を、顎の下に当てている。これは、彼女が何かを考えているポーズだ。彼女はそのまま天井を見ながら何やら物思いに耽っている。その様子を見たユーリー宰相は、また、呼びにまいりますので、ごゆっくりと言いながら、あたふたと部屋を後にしていった。


ふと振り返ると、シディーが両手でこめかみを押さえている。ちょっと頭を使いすぎているようだ。


「シディー、少し休んだらどうだ?」


「えっ? でも……」


「大丈夫だ。ドワーフ王に会う時間が来たら教えてやる。元々ここはお前の部屋だ。滅多にない機会だから、久しぶりに自分のベッドで休んだらどうだ」


シディーはしばらく考えていたが、やがてコロンとベッドに横になった。彼女はすごく懐かしそうな表情を浮かべながらゆっくり目を閉じ、そして、しばらくすると、スヤスヤと寝息を立て始めた。


ユーリー宰相が再び現れたのは、それから1時間ほど経った頃だった。ちょうどシディーが目覚めるのを見計らうかのように登場したのだ。まあ、ここは公女の部屋だ。どこかに監視する穴やなにかがあってもおかしくはない。シディーも宰相のタイミングの良さには何もツッコミを入れることなく、俺たちはドワーフ王の私室に通された。


「何と! コンシディーが身籠ったとは……。めでたい。これでアガルタと公国の関係はさらに盤石なものになる。いやめでたい」


懐妊の報告を聞いたドワーフ王は、一見すると国同士の親密さが増したことを喜んでいるように見えるが、相好を崩している表情から、シディーの懐妊を心から喜んでいるように見える。そして、鹿神様の話を聞いたドワーフ王は大きく頷き、左手に握りこぶしを作り、それを右手て包み込むようなポーズを取りながら口を開く。


「わかった。鹿神様の加護が受けられる聖剣を早速作るとしよう。そして、コンシディー。鹿神様が仰るように、おそらく生まれてくるのは王子だろう。その王子の剣も作らねばならんな」


そこまで言って王はハタと何かを思い出したかのように顔を上げる。そして、部屋の外にいる兵士に向かって声高に命じた。


「ガルトーを、ガルトーを呼べ!」


しばらくして現れたのは、これまた中学生のように見える、細い、痩せた少年のような男だった。どうやらこれがシディーの兄のようだ。彼は俺たちにチラリと視線を向け、ニコリと優しそうな微笑みを浮かべたあと、真っ直ぐにドワーフ王の許に行き、ちょっと震えるような声で口を開いた。


「お呼び、でしょうか。父上」


「うむ。そなたを呼んだのは他でもない。コンシディーが身籠ったのだ」


その言葉を聞いたガルトーは、再び優しそうな笑みを浮かべて頷いた。


「コンシディー。おめでとう」


「ありがとうございます。お兄様」


「ガルトーよ。お主に命じる。コンシディーの子供のために、剣を一振り作れ」


「……はい。畏まりました」


「それとあと一つ」


ドワーフ王は言葉を切って俺たちに視線を向け、そして、再びガルトーに視線を向けた。


「鹿神様の加護を受けるための聖剣を作れ。コンシディーに持たせるのだ」


その言葉にガルトーは体を震わせながら返事を返す。


「父上! 鹿神様の加護を受ける聖剣は、以前父上がお作りになられたではありませんか!」


「確かに、儂が作った。しかし、その聖剣は邪悪なる霊を封じ込めるために使われた。従って、コンシディーには新たな聖剣を授けねばならないのだ。お主もわかっておろう。王族の女性にはすべからく鹿神様のご加護とそのお力を受けた守り刀を授けることを」


「ぞ……存じております。が……」


「が、なんだ?」


「聖剣はドワーフ王が作るべきもの。父上しかお作りになれぬと存じます」


「それをそなたに作らせるのだ。どういう意味かわかるな?」


「もし、それに失敗しましたら……」


「それは、そなたが一番よくわかっているであろう」


「……はい。承りました」


「期日は……」


「おまちください」


突然シディーが話に割って入った。まさか彼女が口をはさんでくるとは思わなかったのか、二人とも鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。


「父上がお作りになる方がよいでしょう。お兄様では無理です」


「なっ!?」


いきなり爆弾発言をブッ込まれたので、兄のガルトーは目を見開いて固まる。青白い顔がさらに青ざめている。そんな様子をドワーフ王はため息をつきながら見ている。


「無理……と言うか。ガルトー、そなたの至らなさは、このコンシディーにも伝わるようだ。嘆かわしい限りだ」


「いいえ、父上。父上のご注文の品は、誰にも作ることは出来ない、そう申しているのです」


「どういうことだ?」


「父上はお兄様に剣を打つ時の最も大事なことを教えていませんね? それは自分で気が付くべきだと思っておいでです。しかし、お兄様は試行錯誤を重ねますが、その大切なことに気が付いていない。父上はそれが歯がゆくてならない、違いますか?」


「……」


「何のヒントも与えず、ただやみくもに作らせていては時間の無駄です。お兄様は死ぬまで正解にたどり着かないでしょう。それどころか、お兄様は、これに失敗した時は、死ぬ覚悟でいますね?」


「コンシディー……」


「お兄様、気に病むことはありません。父上の目にかなう物が作られないのは、当然のことです。父上の教え方が間違っているのですから」


「何? コンシディー。娘とはいえ、儂の技術に口を出すことは許さんぞ?」


「父上、溶かしたパルポーズの粉をミスリルの剣に薄く塗り、槌で叩いて鍛える時、本来は1分間に60回叩いて水で冷やすのが定法ですよね?」


「ああ、そうだ」


「で、あれば、答えは簡単です。お兄様は60回叩いているのに対して、父上は61回叩いているのです。それを何度も繰り返すので、自ずと鍛え方に差が出ているのです」


「何故、そう言い切れる?」


「匂いです」


「匂い?」


「おそらくお兄様は、先ほどまで剣を打っていたのでしょう。パルポーズの焼ける臭いがします。しかし、父上が剣を打った時の臭いとは異なっています。そう、臭いが薄いのです。そう考えると、自ずと父上よりも槌で叩く回数が少ないのだろうと予想できます。真面目で杓子定規のお兄様ですから。一方で、一旦、槌を軽くミスリルに乗せてから叩き始める父上の癖。そうしたことを踏まえますと、先ほどの答えに行きつくのです。お兄様、一度、61回叩いてごらんなさいませ。きっとお兄様でしたら、父上よりも良いものをお作りになられるはずです」


ドワーフ王もガルトーも、ポカンと口を開けてシディーを見つめている。結局、一度、彼女の言う通りやってみようということになり、ガルトーは再び工房に戻っていった。


聖剣が出来上がるまでには一週間ほどかかるらしく、また、生まれてくる王子のための剣も打たねばならないために、完成までに10日かかるのだという。そこでちょうど10日後、再びニザ公国に赴いて剣の仕上がりを見たところ、驚くべき光景がそこにあった。


何と、剣も短剣も、その刀身の周りに円を描くように、薄い光が現れていたのだ。まさしく、聖なる力を湛えた剣であることは、誰の目から見ても明らかだった。


結局、ガルトーが作った剣はドワーフ王の許しを受けることが出来た。ガルトーは大いに面目を施し、彼はこころからホッとした表情を浮かべながら、シディーに感謝の言葉を述べた。


「コンシディー。本当にありがとう。助かったよ。それにしてもものすごい洞察力だな。我が妹ながら、恐ろしささえ感じるよ」


「そうですか? そんなことありませんよ。私は真実を明らかにしただけです。ね? リノス様?」


俺に視線を向けながら話しかけてくるシディーに、俺は頷きながら言葉を返す。


「まさしく、名探偵だな」


「メイタンテイ?」


「たったひとつの真実見抜く、見た目は子供、頭脳は大人ってやつだ」

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