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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第九章 夢のかけ橋編
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第二百五十六話 化け物の正体

フラディメ・ロスカーノ・キャバレット。リボーン大上王の実弟にして、大上王が全幅の信頼を置いた人物である。この二人の兄弟は、性格も、好みもまるで正反対でありながら、互いの足りない部分を補いながら、現在のフラディメ国の隆盛を築き上げた。


この兄弟の若き時代は、苦難の連続だった。父王の長男と次男として生まれたこの二人は、同腹ということもあり、同じ屋根の下で育てられた。幼い頃から学問好きで真面目一徹の兄に対して弟は、華やかなものを愛する、芸事好きな少年であった。


そんな二人は、父王が亡くなった直後から、その生活が一変する。


本来であれば、長男であるリボーンが王の位に就くのが筋なのだが、結果的に王位を継いだのは、彼らの弟である三男だった。彼らの母親は側室であり、しかも身分が低かった。対して、三男の母親は王の正室であり、当然その出自は貴族の名家であった。さらには、敬虔なクリミアーナ教の信者ということもあり、実家と教国の全面的な支援を受けた三男が王として即位することになったのだった。新しく即位した王はわずか3歳であり、その側近たちは兄弟を疎み、彼らをフラディメ国の僻地に追いやった。リボーン14歳、キャバレット12歳のときだった。


二人が追いやられた土地は悲惨だった。痩せた土地で収穫できる作物は少なく、さらには多くの魔物が折に触れて土地を荒らしていた。それだけでなく、伝染病も蔓延し、もはやそこに暮らす人々に生きる希望すら見いだせない状況であったのだ。


そんな状況下であったが、リボーンは持ち前の勤勉さと我慢強さで、土地の地質調査をはじめ、その地に適した作物を必死で見出していった。それと同時に、侵攻してくる魔物に対しては、弟はもちろん、その土地や流浪の冒険者や騎士たちの手も借りながら、自らも先頭に立って戦いに赴き、少しずつその支配地域を広げていったのだった。


一方でキャバレットは、持ち前の芸術センスを生かして、絵を書き、歌を歌い、音楽を奏でて民衆を慰撫し続けた。中でも、父王から受け継いだ、この国に伝わる蹴鞠のセンスは群を抜いており、その曲芸的な毬さばきは、見るものに感動すら与えたのだ。


貧しい土地と魔物、そしてリボーン自らも感染し、苦しんだ伝染病と格闘すること10年。ようやく領内に落ち着きが見られ始めた矢先に、弟王がわずか13歳でこの世を去った。まだ年若かった王には当然、後継ぎはいない。いろいろと紆余曲折はあったものの、僻地での領土経営の手腕が認められる形で、兄であるリボーンがその後継に指名されることになったのだった。


しかし、リボーンが即位しても、兄弟の地位は危ういものであった。まだまだ前王の側近と、クリミアーナ教国の影響が強い中での領国経営は、困難を極めた。そして、それを契機と見た家来が反乱を起こす……。兄弟の命運は最早尽きたかに見えた。


しかし、この国難を乗り切ったのがキャバレットだった。彼は小柄な兄と違って生来大柄であり、成人する頃には身長が180センチを超えていた。彼はこの恵まれた体躯を生かして、戦場で暴れまわったのだ。


平時でもキャバレットの姿を見ると、腕に覚えのある者は、喧嘩を吹っ掛けられてはかなわぬと、皆、路地に隠れ、家に逃げ帰る程の威圧感があった。そんな彼が戦場で、槍を振るって猛然と突撃していくと、みな彼を恐れて逃げ惑うのだ。そのために彼は多くの首を獲り、得意げに戻ってくるのだった。こうした彼の活躍があって、フラディメ国は一応の平定をみることができた。


その後、リボーン王は持ち前の知識と教養、そして、これまでの経験を基にして、独自の思想体系を築くに至り、その思想でもって政治をし、国全体をその思想で染め上げようとした。それはいわゆる儒教の思想に似たものであり、人に対して思いやりを持つことを説き、損得にとららわれずに、人のなすべきことを説いた。そのうえで、それらをどのように行動に移すのかを説き、具体的な慣習や礼儀を細かく定めた。そして、学問を奨励し、誠実であることを繰り返し説いたのだ。


家来をはじめとして、このあまりに厳格な思想は息が詰まるものだった。それをうまく中和していたのが、キャバレットであった。彼は王弟という立場を利用して、折に触れて国の民を慰安する催しを開いた。彼は戦場においては鬼神のごとく暴れたが、生まれつき徳性を備えており、義に厚く人に好かれる人物だった。そのため彼は、王の側近として重きをなし、ともすれば独裁に走りがちな兄を掣肘する役割を担っていた。頭脳明晰で決断力に優れた兄と、人徳があり粋な弟。この二人が組み合うことで、フラディメ国は、建国以来の隆盛を極めることにつながっていく。


しかし、そうした関係はある時、突然終わりを告げる。


ある時、発生した長雨の影響で大洪水が起き、そのために領内の作物は壊滅状態となった。領内は飢餓地獄となり、食料を配らなければ、領民の多くが餓死してしまう。しかし、それに待ったをかけた人物がいた。前王の側近たちだ。


「我ら王族や貴族が飢えているのに、領民に食料を配るとはどういうことだ! 領民は牛馬のようなもの。雑草や木の根でも食わせておけばよい!」


彼らは平然とそう言い放った。しかし、放っておけば領民は死に絶え、国が亡ぶのは明白だった。ここに至って、リボーン王は決断した。


――言うことを聞かない家来は殺す。


彼の行動は速かった。強欲で領民を苦しめた者や、ぜいたくな生活を送る者、遊びにうつつを抜かす者……そうした者を見つけ出すために、密偵を使って家来を監視し、そういった者を次々とアリスン城に呼び出しては査問し、時には殺した。そうして罰した者の財産を全て没収し、それらを他国からの食料の調達に当てたのだ。


当然、その対象は、キャバレットにも及んだ。彼はアリスン城に呼び出され、兄王の前で堂々と自分の考えを述べた。


「兄上! 何も私はぜいたくをしているわけではありませんぞ! 人は楽しみがなくては生きては行けません。この国難のときだからこそ、領民を慰める歌や音楽が必要なのです。歌や音楽、蹴鞠を辞めろという兄上の命令は聞かれません。何より、こうした芸術を否定するのは愚かなことです。まあ、お任せください。このキャバレットが、領民の心を慰撫してみせます」


キャバレットは、カラカラと笑い声をあげ、大きな体をゆすりながら部屋を後にした。彼にしてみれば、兄のリボーンとは分かり合えているつもりであった。しかし、自分の背中に鋭い視線を投げかけている王は、既にキャバレットの知っている兄ではなかった。彼は信念を持って粛清を始めていたのだ。しかも、その胸中には、一点のやましさもなかった。それが、どれほど恐ろしいことであるのか、その時のキャバレットにはわからなかった。


彼は城を出たその足でオービッゼの街に向かい、飢えに苦しむ領民に施しを与え、音楽を奏でて彼らを慰めながら、屋敷への帰路についた。


異変を感じたのは明け方だった。枕元に備えている剣を手に取り、傍で眠る妻のミーティアを残して彼は寝室を出た。ゆっくりと注意を払いながら庭に出ると、何やら不快な音が耳についた。


ふと頭上を見ると、夜明け前の空に、真っ赤な雨が降ってきているのが見えた。キャバレットが雨に見えたものは炎を纏った弓矢であり、それらは吸い込まれるように屋敷の屋根や壁に突き刺さり、一瞬のうちに屋敷を火の海に変えた。彼はすぐさま家族を守るべく、屋敷に向かおうとした。だが、その瞬間を待っていたかのように、彼の背中に夥しい数の弓矢が突き刺さる。そしてその直後、鎧を装備した兵士たちが雪崩を打って屋敷に殺到し、彼は奮戦むなしく、兵士たちの槍に貫かれてその命を散らしたのだった。


……気が付いた時には、空を飛んでいた。ふわふわと漂うように宙に浮いていたのだ。不思議な気持ちになりながらも、ふと、これまでの事を思い出した。自分は兵士の槍に貫かれて死んだのではなかったのか。そういえば、あの炎は……そこまで考えた時、彼の目に映ったのは、真っ黒に焼け焦げた屋敷跡だった。


「ミーティア! グレゴーン!」


必死になって最愛の妻と息子の名前を叫ぶ。しかし、返事はない。するとその眼前に、焼け爛れて死んでいる人間の姿が目に入った。よく見るとそれは、小さな子供を抱きかかえるようにして焼け死んでいる妻と子の姿だった。


「隊長殿! お妃さまとグレゴーン様が見つかりました!」


ふとそんな声が耳に入る。するとすぐさま、妻と子の遺体は兵士たちに囲まれた。


「……確かに、お妃さまとグレゴーン様だ。よし、この遺体を完全に消せ!」


兵士たちは二人の遺体を外に運び出し、そこに薪を積み上げて、彼らの遺体を燃やしたのだった。キャバレットはその一部始終を見ていた。そして、全てが終わり、愛する家族が完全に灰になったことを確認すると同時に、凄まじい憎しみを胸に宿していた。


「ミーティア……グレゴーン……何と言うことを……何と言うことを……あっ……兄上ぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~!! 許さん、許さんぞォォォォォォォ~~~~~!!」


自分を襲った兵士は、間違いなくリボーン王の近衛師団の兵士たちであり、この襲撃を命じたのは、誰あろう兄自身であることは明白だった。彼は無念さと共に、その強烈な憎しみで兄を呪った。


そんなキャバレットの様子を見ていた者がいた。空気の精霊であるポープである。


彼女はこうした死んだ人間の魂を吸収することで、自身の力を強めることができた。彼女からしてみれば、こうした強い念を持つ魂は、さらに自分の力を高めてくれる要素となるために、何のためらいもなく、このキャバレットの魂を取り込もうとしたのだった。


しかし、それが誤算だった。


魂の姿となり果てても、キャバレットの持つ念の力は、ポープの力を遥かに凌駕していたのだった。結局ポープはその意思をキャバレットに乗っ取られ、彼は精霊として再びこの世に生を受けることになった。だが、完全にポープの体を取り込んだわけではなかったために、精霊としての体裁を整えることは出来ず、その前段階の念霊《ねんりょう》にとどまったのだった。しかし、空気の精霊としての能力は取得していたために、彼は自由に体の形を変え、空気に乗ってどこへでも行くことが出来るだけでなく、その念の力で相手を操ることもできるようになったのだった。


そして、念霊《ねんりょう》となった彼が、真っ先に向かった先はアリスン城だった。彼は考えた。どうすれば兄王が最も苦しむであろうかと。そう考えた時に思いついたのは、甥のメインティアの事だった。聡明で、兄王が最も期待をかけているこの王子を堕落させることで、兄王は苦しみ、そして、この国も亡ぶことになる。こんな国は滅んでしまえばいい。滅ぶべきなのだと思いながら、彼はアリスン城に向かった。そして、空気を通じてメインティア王の体内に入り込み、彼を操ったのだった。



「……と、いうのが、このキャバレットのこれまでだ」


俺はゆっくりと息を吐きながら、鑑定スキルで見た、この念霊《ねんりょう》の過去を話す。メインティア王は一切表情を変えることなく俺の話に聞き入り、パターソンたちは唇をかみ、俯きながら話を聞いていた。


「知っていたかい? ……どうも、そのようだね」


メインティア王は後ろに控えるパターソンたちに視線を向けて口を開いた。そして、再び目を閉じて天井を向き、何かの物思いに耽るようなポーズを取った。


「父を、大上王を責めるべきではないね」


彼は目を閉じたまま、そんな言葉を呟いた。パターソンたちの視線がゆっくりとメインティア王に注がれていく。彼は再び目を開け、苦虫を噛み潰したような顔をして、口を開いた。


「王も貴族も領民も人間としては同じ。慈しまねばならぬ……というのは父の口癖だが、それを具現化するために、父はこんな過酷な恐怖政治を行ったのだろう。父は多くの人間を処刑し、その政治によって何万という民を飢えから救った。父は叔父上とは違って、どこまでも現実的だった。いや、現実的にならざるを得なかったのだろう。父は、私のように、幸運な時代の生まれではなかったからね」


そう言って王はニコリと笑った。そして、パターソンたちに視線を向け、俺とシディーに視線を向けて、再び柔和な顔のまま口を開いた。


「でも、私は父のやり方は嫌いだ。父のようにはなるまい。いや、むしろ、叔父上に憑りつかれてよかった。きっと絵や食に楽しさを見出したのは、叔父上の影響だろう。うん、それでいい。それでよかったのだ。そのお陰で私はアガルタ王と知己を得ることができた。それだけじゃない。ラファイエンス殿も然り、さらにはポセイドン王とも知己を得ることが出来た。それもこれも、叔父上が我が体においでになったればこそだ」


そう言ってメインティア王はクックックッと笑った。そして、ゆっくりと顔を上げ、俺の顔をじっと見つめながら、彼はゆっくりと口を開いた。


「アガルタ王殿、我が叔父、キャバレット公爵については、色々と許せぬ感情もあるだろうが、叔父上のことについては、私に任せてもらえないだろうか。フラディメ国の国王として、責任をもって取り扱おう。……この通りだ」


彼はきびきびとした動作で俺に頭を下げた。そこには、いつものノホホンとしたバカ殿はいなかった。威厳を纏った、正真正銘の一国の王がいた……。

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― 新着の感想 ―
[一言] リボーンとキャバレットの関係は、まるで足利将軍家の尊氏と直義の様だ(その実情はさておき)。 メインティアは芸術面に才能を全振りしてしまっただけで、本当の意味で狂った訳ではなかったんですね。…
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