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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第八章 疫病撲滅とクリミアーナ教国対決編
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第二百二十九話 帰還

「……それでは、参ります」


「ああ、気をつけてな」


夏を感じさせる抜けるような青空の下、アガルタの結界村には数千のクリミアーナ教徒が集まっていた。いよいよ彼らはこの日、故国に向けて出発する。リノスたちは、その見送りにやってきたのだ。


彼の目の前にいるのはヴィエイユだ。体調は元に戻り、体つきもふっくらとして、以前の美少女ぶりを取り戻していた。どうかすると、少し大人びた雰囲気も纏い始めており、以前より美しくなった気もしないでもなかった。


そんな彼女は、美しい笑みを湛えてリノスに別れの挨拶をしていた。彼女はここ数か月、森の中に避難していた信者たちはもちろんのこと、ルロワンスに感染し、頑なに治療を拒んでいた信徒たちとも粘り強く話し合い、ついに説得することに成功していた。


カッセルが率いていた森の中の信徒は、彼によって兵士たちがバーサーカーとなり、無残な死を遂げたことと、その挙句に、彼が兵士たちとこの村の住人を見放して逃亡したことを知ると、簡単にヴィエイユたちの説得に応じた。その一方で、最も難航したのがルロワンスに感染していた信徒たちだった。彼らは、ヴィエイユを裏切り者と見なして、その話を聞かないばかりか、部屋にこもって会おうともしなかったのだ。


そんな信徒たちと交流したのは、メイだった。彼女はアガルタの医療研究所のスタッフと共に、毎日彼らの下に食事と清潔な衣服を届け、ルロワンスの治癒を行ったのだった。当初は妨害や罵詈雑言を浴びせられることもあったが、彼女たちはそれらにもひるまずに、毎日彼らに支援を続けたのだった。それだけでなく、この村の土壌を改善し、ソレイユと共に精霊たちの協力のもとで、森の環境改善にも努めた。


当初は頑なだった信徒たちも、メイが訪れるたびに結露で発生したカビが消えていき、環境が改善していく様子を目の当たりにして、その不思議な力に驚嘆した。そして、日々、自分たちの下に通い、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる美しい研究所員に徐々に心を開いていった。これはリノスの案で、研究所員にユニフォームを着用させたことが、効果的に働いていたのだった。


それはいわゆるナース服と呼ばれるものであり、紺色のワンピースに白いエプロンと帽子を身に付け、しかも、ワンピースはミニスカートという、日本のオジサマ世代の男性には圧倒的に支持されるであろう衣装が採用されていた。当然このデザインはソレイユが担当し、その卓越したセンスで清楚とエロを兼ね備えた、見事なコスチュームを作り上げていた。


加えて、女性信者に対しては、敢えてイケメンを選ばずに、面倒見のよい愛嬌のある男性医師を派遣していた。こうした痒い所に手が届くような対応は、女性信者たちの心を開かせるのに時間はかからなかった。


気が付いてみると、その医師や看護師たち、そして、彼らたちに適切な指示を与えているメイには、大きな信頼が集まり、ルロワンスに感染した者たちは、彼女のことを「クリミアーナ様の再来」や「聖女」などと呼ぶようになっていた。ここにきてようやく信徒たちはヴィエイユの説得に応じるようになったのだった。


こうして、信者たちのまとまりが見え始めたころ、ヴィエイユは教国への帰還を決意した。リノスとしてもそれに異論はなく、信徒それぞれが故郷に帰られるだけの食料支援を約束し、ついにその日を迎えたのだった。


ニザ公国からやって来た信徒たちは既に出発し、あとは、ヴィエイユたちの本国である首都、アフロディーテに帰る者たちを残すのみになっていた。ヴィエイユは見送りに来たリノスやメイたちに深々と頭を下げて礼を言いつつ、チラリと視線を移す。そこには、ラファイエンスを囲む数名の女性信徒たちが、泣きながら老将軍との別れを惜しんでいる光景があった。


「離れたくない……離れたくないですわ」


「私もだよ、リーゼ、アクリ、シメンサ……。君たちと別れるのは、私も身を斬られる思いだ。しかし、昨日も話した通り、君たちはヴィエイユを助けるという使命がある。私の願いだ。彼女を頼む」


「おじ様のお願いです。よろこんで承りますわ。でも……でも……」


「リーゼ……。必ず、必ずまた会える。愛し合う者は自ずと惹かれ合うものだ」


「おじ様……」




「……一体、何をやっているんだあれは? それにしても将軍は、元気だなぁ」


リノスはその光景を苦笑しながら見ている。そして、ヴィエイユも苦笑いをしつつリノスに返答する。


「まあ、色恋のことですから、私は立ち入ることはできませんね。彼女たちには色々と助けていただいていますので、私にとってはありがたいです」


「まあ、な」


再びリノスは苦笑する。彼女たちもヴィエイユについて教国に帰るのだ。言わば彼女たちはアガルタからの密偵であり、それを承知でヴィエイユも彼女たちを傍に置くのだ。言ってみれば、ラファイエンスと別れを惜しんでいる女たちは、ヴィエイユとリノスの連絡役なのだ。


「これまで本当にありがとうございました。また、これからも、よろしくお願いいたします」


ヴィエイユはそう言いながら、別れの言葉を口にして出発したのだった。


既にイルベジ川の水位は下がり、彼女たちは水運を利用しつつガルビーに向かう。その道中、アガルタに向かう際に作った道が目に入る。あれだけ増水していた川であったにもかかわらず、その道に損傷はなく、健在であり、ガルビーからの物資が次々と運ばれていた。


「クリミアーナの技術力は、やはり、大したものだわ」


筏の上でポソリと呟くヴィエイユ。しかし、その眼は何かを確信するかのような光が宿っていた。




白で統一された建物が立ち並ぶ、クリミアーナ教国の首都、アフロディーテ。太陽の強い日差しが降り注ぐと、この街は厳しい照り返しを発生させる。そんな中、都の港には、数千の教徒を乗せた船が到着していた。


照り返しの眩しさの中、船から降りてくる人々はまるで光の中から現れたように見えた。その光景を見た都の人々は、ある種の神秘的な感覚を感じていた。その人々の先頭を歩くのはヴィエイユであり、彼女は帰国したその足で、教皇神殿に向かった。


約1年ぶりに再会する教皇、ジュヴァンセル・セインは、相変わらず柔和な表情を崩すことなく、ヴィエイユを引見した。


「戻りましたか、ヴィエイユ。アガルタでの出来事は、先にいただいた手紙を読みました。実に大変なことでしたね。カッセルは……残念でしたが、あなたが無事で戻って来られて何よりです。ええ、何よりです」


ヴィエイユを見ながら、教皇はゆっくりと頷く。クリミアーナの優れた情報網を駆使しても、杳として知れなかったアガルタの事情。そこで一体何があったのか、教皇はヴィエイユを観察する。どことなくあどけさがなくなり、大人の女になりつつある雰囲気を醸し出すようになっている。何より、彼女の目が、教皇が知っているヴィエイユのそれではなかった。


「ガルビーで起こった鉄砲水のために、派遣するはずであった信者の大半が上陸出来ないという報告を受けて数か月……。我々も、八方手を尽くして救済する方法を探ったのですが、上手くいきませんでした。よく、厳しい状況の中で、アガルタの冬を乗り越えました。その上、ルロワンスという伝染病が発生したにもかかわらず、よく帰国しました。ご苦労様です。ご苦労様でした。さて……帰国早々ですが、アガルタ国で一体何があったのか、詳しく聞かせていただけますか?」


その声に、ヴィエイユは顔を上げ、じっと教皇を見る。


「その前に、教皇様にお尋ねしたいことがございます」


「何?」


予期していなかったヴィエイユの反応に、教皇はキョトンとした顔をする。


「クリミアーナ教の教義に、『我らを利する者は助け、害する者は排除せよ』という一節がございます。これの意味を、今一度お教え願いませんでしょうか?」


教皇はちょっと目を見開く。まさかヴィエイユからそのような質問を受けるとは思わなかったからだ。子供のころから何度も繰り返して教え、それを信じて疑わなかったこの娘が、何を今更……と、少々訝しがりながらも、彼は口を開く。


「我がクリミアーナ教を、主神様であらせられるクリミアーナ様の教えを信じ、我がクリミアーナ教とこの教国のために力を尽くす者は全力で助け、逆に、主神様の教えを受け入れない者、我が教国を害する者は全力で排除する、ということです。そもそも我がクリミアーナ教は……」


「ありがとうございます」


ヴィエイユは教皇の言葉を遮る。このようなことは今までなかったことだ。教皇はあまりの予想外の出来事に、固まっている。


「やはり、私の思った通りの教皇様でございました。安心いたしました」


ヴィエイユは満面の笑みを湛えて教皇を見る。そして、そのままの顔でさらに言葉を続ける。


「教皇様、お願いがございます。私をこのまま、クレファライス国にお遣わし下さい」


「クレファライス国?」


「はい。私はアガルタ国で、何も成果を残すことが出来ませんでした。さらに、カッセルをはじめ、教国にとって大切な人材を失いました。にもかかわらず、私は死ぬこともできずに、アガルタ王に助けられて命を長らえております。私は、何も致しておりません。従いまして、私はもっと厳しい状況に自分を置きたいと存じます。そこで主神様の教えを広め、自分を磨きたいと存じます」


「何と……。素晴らしいお心がけだとは思いますが……。ヴィエイユ、クレファライス国は天道に背いた国です。むしろ教国が討伐の対象とした国……。そこで活動するのは、多くの困難を伴いますし、あなた自身の命が危険に晒される可能性もあるのですよ?」


「はい。承知しております。覚悟のうえでございます。」


「……なるほど、そうですか。……わかりました。ちょっと考えさせてください。沙汰は、追って下します」


そう言って教皇はその部屋を後にした。


後日、ヴィエイユは望み通り教皇から、クレファライス国への派遣が命ぜられた。しかも、ヴィエイユと共にアガルタから帰還した者たちも、彼女と行動を共にすることを熱烈に希望したために、その大半がクレファライス国に向かうことになった。


通常であれば、ヴィエイユは廃嫡され、首都アフロディーテから追放される。教皇直々のジモークで、全く成果を出せなかったからだ。しかし彼女は、泣いて詫びるわけでもなく、教皇の慈悲に縋ることもなく、先例に倣って、ジモークで成果を出せなかった者が僻地へ赴くことを自ら進んで希望した。しかも、教国に背いた危険地帯へ赴任するというのだ。


この申し出は正直、教皇にとっては予想外のことであったが、彼はこの会話を通して、ヴィエイユがまだ利用する価値があることを認めていた。


これであれば、わざわざ自分の孫を処罰する必要はなくなるし、彼女の望みを受け入れ、そこで成果を上げた時には再び教皇候補にすればよい。司教たちも民衆も納得する。しかも、アガルタから帰還した者たちは、教国の中でも選りすぐりの者たちだ。彼らを連れていけば、そう簡単にヴィエイユが死ぬことはない。むしろ、最悪でもクレファライス国を弱体化させることにはなるだろう。そう考えた教皇は、渡りに船と、彼女にクレファライス国への派遣を命じたのだった。


数日後、ヴィエイユたちを乗せた船が、再びアフロディーテの港から出港するのを、教皇は涙を浮かべて見送った。これで、自分はさらに慈悲深い教皇として民衆に認識される。そんなことを考えながら、彼はこれからの教国のこと、そして、得体のしれぬ国、アガルタのこれからの対策を考えていた。


彼は気が付いていなかった。ヴィエイユの笑顔に隠された恐るべき計画を。これまでの彼ならば、おそらく見抜いたであろうヴィエイユの変化を、彼は見逃した。……既に彼は、老いていたのだ。


ヴィエイユを見送った数か月後、教皇の前に意外な男が姿を現した。ガリガリに痩せこけた体、顔から体にかけて無数の傷があり、一見すると半死半生に見えるが、にもかかわらず、その眼は爛々と輝いている。


さらに、その男には、左腕がなかった。


教皇の前に現れたのは、行方不明であった、カッセルだった。

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[気になる点] 感染症の治療班にミニスカコスチュームで向かわせるのはネタなんかな?また結界を過信した舐めプですか
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