第千百五十一話 センスがないと言われたゾ!
……ケンシンじゃん。ケンシンさんじゃないですか。
俺は心の中でそう呟きながら、一種の感動と嫌悪感を覚えていた。前者は、布を巻くだけでこんなに似るものかという思いであり、後者は、俺はこんなに胡散臭かったのかという思いだ。そりゃ、こんな胡散臭い奴に色々と言われたら、腹が立つよね……。
そんなことを思いながらヴィエイユのコスプレを眺める。彼女は彼女で、どうだと言わんばかりの態度をとっている。何だろうな、どうしてこう、腹が立ってくるんだろうな。
「どこかで見覚えのある格好だが……。ヴィエイユ、見てくれは見事だが、詰めが甘いな。身長差はどうするんだ? ケンシン公はもう少し背が高かったと思うのだが」
俺の言葉に、ヴィエイユはそう言うと思っていましたと言わんばかりに大きく頷くと、スッとしゃがみ込んで、靴をペタペタと触りだした。すると、靴がゆっくりと膨らみ始めた。
ややあって立ち上がると、俺と同じ背丈になった。足元の靴の大半はズボンで隠れているために、一見すると靴が巨大化しているのは見えない。まだ、靴に慣れていないのか、少したどたどしい足取りで彼女は俺のところにやってくると、隣に並んだ。
「靴に空気を入れて膨らませたのか? 確かに慣れるまでは違和感をおぼるので少し歩きにくいだろう。俺も経験があるのでわかるぞ」
「アガルタにも、こうした靴があるのですか?」
「当たり前だ。お前らがこの靴を開発したのはつい最近のことだろう? 俺はそのずっとずっと前からそうした靴を履いていた。一時流行ったんだ。そうした靴を履くのが。確かに慣れるとあれは歩きやすいな。膝への負担が減る感じがする。また、格好もよかったな」
「……そんな話は、初めて聞く話ですわ。ずっとずっと前ということは、まさか、ジュカの時代ということでしょうか? ジュカにそんな技術力があったと言うことでしょうか。それは、その時代は、私は存じませんわ」
「クリミアーナが世界に先駆けて開発した、と思っていたか?」
「……はい」
「まあ、そう思うのも頷けるな。ただ、確かにそうした靴は見たことがないな。そうだな、メイに頼んで作ってもらうか。ソレイユあたりにデザインを考えてもらって、大量生産することができればきっと、世界中で大ヒットするだろうな。うん、やってみようか。靴の名前は……。エイヤ・マックス、とでもしようか」
「……何だか、ややこしい感じのする名前ですわね。それに、そのようなセンスのない名前にするのは、いかがなものかと思います」
「ほう、察しがいいな。確かに、権利関係がややこしいかもしれないな。センスがないって言うな。また敵を作ることになるから、やめなさいよ」
ヴィエイユは小首をかしげたが、やがて俺に向き直ると、俺を頭からつま先まで眺めるかのように首を大きくゆっくりと上下させた。
「……私の足の方が、長すぎますね。どうしましょう。胴を伸ばすことはさすがに、できないのですよね」
……この野郎、シバいたろか。人が一番気にしていることをサラリと言いやがって。
あからさまに不機嫌そうな表情をしていたのだろう。ヴィエイユは失礼しましたと言って俺の傍を離れた。ただ、まあ、この方が、スタイルがいいな。親父とおふくろは、もう少し上手に俺を生まなかったかな。
「オホン。ただ、見てくれはそれでいいかもしれないが、声はヴィエイユのままだな。ケンシン公はもう少しハスキーないい声だと思うんだがな」
ヴィエイユはオホン、オホンと咳ばらいを二つつくと、フッと息を吐きだした。
「オレハ、ソンナコト、ベツニ、キニハ、シナインダガナ」
……俺、そんな声だった? そんな喋り方? 絶対誇張しているだろう。いやいや、そんなわけはないだろう。
「……あんまり長くはできませんけれど、まあまあ似ていませんか?」
似てねぇよと言おうとしたそのとき、扉がノックされて、ひとりの兵士が入室してきた。
「失礼します。……あれ、ケンシン殿? こちらにおいででしたか。……ヴィエイユ教皇は……どちらに?」
「何だ、何かあったのか」
「ハッ。ただいま海上に数隻の船が現れましたが、すぐに北の方向に逃げ去りました。敵か猟師の船であるのかは判別できませんでした」
「そうか。変わらず、海上の様子を監視するように」
「承知しました」
「ヴィエイユハ、テアライダ。オレノコトハ、キニシナイデクレ。オレガフネニノッテイルコトモ、タゴンムヨウ、ナ?」
「承知しました」
兵士はそう言って一礼すると、部屋を出て行った。
……何の違和感も覚えずにいやがった。それほど、ヴィエイユのモノマネは完璧だったということか?
ふと見ると、ヴィエイユが得意満面の笑みを浮かべている。どうだ、うめぇだろうという雰囲気に満ちている。
「……もう、その覆面を獲ったらどうだ」
そういう俺に対して、ヴィエイユは嬉しそうな声を上げた。
「やはり、私の素顔が、ご覧になりたくございましょう」
……俺は思わず舌打ちをした。
◆ ◆ ◆
アガルタの軍船は順調に北に向かって航行した。その情報はビオンにもガノブにも伝わっているだろうが、両軍はどちらも動かずに戦線は膠着状態になっていた。何か動きがあればイリモに乗って戦場を見に行ってもいいかもしれないと思っていたが、その必要はなさそうだった。俺はフェリードラゴンたちに上空から監視させるだけにとどめ、船内で控えていた。
ヴィエイユは相変わらず貴賓室で、悠々自適な時間を過ごしている。扉の外には、「起こさないでください」や「着替え中」などと書かれたプレートを用意して貼り付けるというパフォーマンスもしでかしている。そういえば、ホテルでそういうサービスがあったなと妙に感心してしまった。
貴賓室には結構長い間、「起こさないでください」というプレートがかかっている。夕食が終わるとすぐにそれが掲げられ、朝までそれが変わることはない。夕食は七時、朝食は彼女の希望で八時に提供されるので、どうかすると十二時間近く寝ていることになる。俺の得た情報では彼女はショートスリーパーだということだったが、どちらかと言うと寝だめするタイプなのだろうか。はたまた、寝ていると見せかけて、その実際は情報収集や戦況分析などを行っているのか、よくわからない。一応この船にも俺の結界を張っていて、ヴィエイユの様子を監視することはできし、実際監視している。そこから得られる情報は、基本的にこの小娘は寝ていると言うことだけだった。本当に、寝ている。一度も手洗いに起きることなく、寝ている。いわゆる眠り姫だな、などと下らぬことを考えてしまうほどに寝ている。
ただ、コイツは俺の結界を防御している可能性がある。そういうマジックアイテムを持っているし、開発もしているので、その情報を鵜呑みにすることは危険だ。そうは思ってみても、朝、朝食の時間の直前になると、ボサボサの髪の毛のままプレートを回収するヴィエイユの姿が見られているので、まあ、寝ているのだろう。この小娘ならば、わざわざそういう髪形を拵え、メイクなどで、さも今起きましたという表情を作るくらいのことはしてのけるが、まあ、費用対効果を考えるとそれは無駄というものなので、寝ている、ということにしておこうと思う。
航海は実に順調にすすんでいた。特に敵からの襲撃はなく、斥候の類も見当たらなかった。まさに、無人の野を行くがごときであり、俺はちょっとした拍子抜けの感覚を覚えながら、目的地までの到着を待った。予定では、あと一時間で、到着するのだが……。




