第千百五十話 ヴィエイユの狙いを考えたゾ!
要は、肌色の下着を身に着けていたのだ。一見すると全裸になっているように見えるが、よく見ると、肌はつるつるだし、乳首も出ていない。デリケートゾーンも……まあ、それはいい。
というより、肌色の下着などは、それこそ本気を出せば布で作り出すことができるのではないだろうか。ヴィエイユの肌の色と同じ色の糸を使い、彼女の体に合わせてピタリとくっつくものを作ればいいのだ。それを敢えてわざわざ生地に魔法を纏わせるという手法を取ったということは、それを俺に見せつけたかったからだろう。クリミアーナの技術力を誇示したかったのだ。そうしておいて、自分の値打ちを、クリミアーナの値打ちを俺に認識させたかったのだろう。だから別に頼んでもいないのに、わざわざ服を脱いだのだ。本当に俺に肌を見せてもいいと思っているのであれば、魔法が切れても脱いだままでいたはずだ。まったく、イヤな野郎だ。
先ほどまでとは打って変わって、ヴィエイユの着衣は早かった。服を着終わるまでに十秒とかからなかったのではないだろうか。
「……で? その魔法はどのくらいで復活するのかな?」
「……」
「復活しないのか? まさか、それだけ? まさか、そんなことはないよな?」
「……」
「……とりあえず、もう一回脱いでみようか、ヴィエイユ」
目つきが鋭くなっている。いわゆるジト目という奴で、好きな男子には堪らないのだろうが、あいにく俺は嫌いだ。
「なんだよ。俺のためなら裸になるのも厭わないんじゃないのか? さっきの言葉は嘘なのか?」
「そういう、意地の悪いことは言わないでくださいませ」
「何だよぉ、意地の悪いことって。お前さんがそう言ったんだろうが。あれは俺の空耳かな?」
「空耳でございましょう」
「何だよそれ」
彼女はフッと息を吐くと、まじめな顔に戻っていた。これが計算されたものであるのか、そうでないのかがどうも判別がつかない。
「ということで、私の乗船許可を願います」
そう言って彼女は俺の眼をじっと見た。意志は、固そうだ。
「差し支えなければで結構なのだが、一体どのくらいおいでになるつもりで?」
「長くとも一週間程度でございます」
「一週間……なるほどな。ダオラ軍の背後に回り込むまでに二日。状況を見守るのに二日。あとの三日は予備、というわけか」
「左様です。私への気遣いは無用でございます。食事さえ提供していただければ、あとのことは自分で行います」
「確かにな。ここには風呂もあるし手洗いもある。食事さえあれば、まあ、暮らしていけるよな。服は……クリーンの魔法できれいになるか。まあ、そんなところか」
「左様でございます」
「なるほど、それで読めた。お前さん、ダオラ軍の偵察と言いながら実は、ケダカ王国のことも調べるつもりだな? 調べる、というより、ケダカ王国のビオン王の命を狙おうとしているんじゃないのか?」
「そのようなことは考えたこともございません。そんな荒唐無稽の話はおやめください」
「そうかな? ダオラ帝国の軍勢には、お前のクリミアーナに臣従している国々も援軍として赴いている。その国々にはお前から密命が下されているんじゃないのか。それはすなわち、隙あれば、ダオラのガノブ、ケダカのビオンの命を奪えという命令だ」
「ホホホ。面白いお話ですわ。アガルタ王様は、物語をお書きになる才能もおありになるようですわ」
「そもそも、何でお前がこのアガルタの船にノコノコやって来たのか。まずそれだけで違和感がある。属国が参加しているとはいえ、この戦いはお前にとって関係のない話だ。そもそもお前はそれなりに忙しい身分だ。その忙しい仕事をかなぐり捨ててここに来たということは、相当のチャンスかピンチのどちらかだ。察するところ、デウスローダの戦いにおいて、クリミアーナは尻尾を出してしまった。各国の中枢にクリミアーナの人間を潜ませていることがバレてしまった。おそらくお前らはケダカにもダオラにも、王の傍近くにクリミアーナの者を潜ませているのだろう。その者たちはお前の命令が下れば、王の命を奪うように命令されているはずだ。だが、先の一件で、ケダカかダオラに潜ませている者が斬られたのかな? 先ほどの会話から考えれば、ガノブの傍近くに潜ませていた者が斬られたか遠ざけられたのだろう。だからダオラ帝国の情報が途絶えた。ただ、お前のことだ、ダオラに潜ませている者は一人や二人ではないだろう。ただ、その者たちがビビって命令に背く可能性がある。それを阻止するために、わざわざ教皇たるお前がここまで出張ってきた、というところか」
「面白いお話ですこと。やはり、アガルタ王様は、物書きの才がおありのようですわ」
「どちらかと言えば、作家の才能はヴィエイユ、お前の方があると思うぞ?」
「かくしごとが上手いということでしょうか」
「……よく知ってやがるな」
「アガルタ王様のお話は、半分は当たりでございますわ。確かにダオラ帝国の情報は途絶えております。それはおそらく、帝国に潜ませていた斥候が捕らえられたか、斬られたかのどちらかであると考えております。先にも申し上げました通り、わが国の斥候能力は世界一であると自負しております。その斥候からの連絡が途絶えたのです。なぜそうなったのかを確かめる必要がございます。それは、私でなくてはならぬのでございます」
「どうして、別にお前じゃなくてもいいじゃないか」
「いいえ、私でなくてはなりません。教皇たる私が前線に出て命を懸けねば、どうしてわが教徒たちに命を懸けて教義を守れと言えましょう」
俺は思わず苦笑いを浮かべる。ヴィエイユの表情は変わらない。相変わらず本音が読めないが、直感的に俺の指摘が当たっているのだろうなと感じた。もしかしてこの教皇は、ダオラ、ケダカはもちろんだが、アガルタの情報も取ろうとしてここに現れたのではないか。おそらくだが、クリミアーナはアガルタに斥候を潜ませることができていないのだろう。まあ、ゼロというのは言い過ぎで、信徒はアガルタにいるのだろうが、ヴィエイユが信頼するほどの腕を持つ者はいない。きっとそういう者は俺の結界に引っかかるだろうし、アガルタ軍の者に見つかってしまうのだろう。手前味噌だが、アガルタの斥候狩り、通称ネズミ捕りは優秀だ。クノゲン配下の者たちがそれを担っているが、まあ、見事なほどに捕まえては追っ払ってくれる。下手をすれば味方にしてしまうのだから、敵にとっては厄介この上ないことだろう。
クノゲン曰く、斥候は優秀であればあるほど、無能を装うのだという。つまり、自分の能力を隠したり押さえたりする。その兼ね合いが絶妙なのだそうだ。ただ、そうした者たちは、天然の無能には勝てないのだそうで、その最も大きな違いは、想像もしないような失敗をやらかさないのだそうだ。目立たないけれど、仕事はそつなくこなす、というのが優秀な斥候の共通点なのだという。
「優秀な者はバカを演じられますが、本当のバカはバカを演じることさえもできないのです」
というのはクノゲンの言葉だが、的を射ていると思う。本当のバカはバカを演じることもできずに、ただのバカであるというのだ。さすがはクノゲンと言ったところか。
そんなことを考えながら俺は目の前の賢い者がバカを演じているのか、バカが賢いものを演じているのかがわからない女性に向き直る。
「まあ、いいだろう。許可してやる」
「ありがとうございます」
「ところで、船内ではそれでいいだろうが、外に出ると目立つんじゃないか。その美しいお顔立ちでは」
「ホホホ、それにつきましては心配はございませんわ」
ヴィエイユはそう言うと懐から長い布を取り出して顔に巻き付けた。さらに、靴を触るとそれが膨らんでいく。スッと立ち上がると、その面影はどこかに見覚えがあった……。




