第千百三十七話 アルレの弱点を見つけたゾ!?
その頃、アルレ城ではフィレット王女が次から次へと指示を出して、忙しそうに動き回っていた。
「まるで、水を得た魚、だな」
マトカルはそう言ってほほ笑んだ。その隣で、ホルムは申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
当初の予定ではフィレットを出陣させる予定はなかったが、どこをどう聞き出したのか、彼女は夫・ホルムの出陣を知るとすぐにアルレに向かった。先に行って準備を整えておくと言って。彼女としては、アルレのことは隅から隅まで知っている。そこを防衛するのであれば、自分こそがもっともふさわしい指揮官であるという自負があった。
実を言うと彼女は数か月前に流産を経験していた。それ以降は体調も思わしくなく、臥せる日が多かったが、この戦いの話を聞いた瞬間から、まるで別人のように生き生きと立ち回るようになった。この仕事をすることで悲しみを忘れようとしているのは、誰の目を見ても明らかだった。
アガルタ王リノスは、彼の許しを得ずしてアルレに向かったフィレットについて何も言わなかった。ただ一言、そうかと言って苦笑いを浮かべただけだった。
そのフィレットは、アガルタ軍の入城を確認すると、伝令兵を各地に向かわせ、同時に、城内に詰めていた兵士たちに命令して、避難してくる民衆を警備させた。堀の外には城壁が作られているが、その間に簡易的ではあるが避難所が作られていた。フィレットがアルレ城に入った直後から秘かに準備していたもので、ほぼ一昼夜をかけて突貫工事で組み立てられたものだった。確かに雨露はしのげるが、長期に住むものではない。長くても一週間が限界とみられるその小屋ではあるが、フィレット自身もその小屋に民衆をいつまでもとどめておくつもりはさらさなかった。特に打ち合わせをしたわけではないが、マトカルとフィレットの頭の中には、ある程度共通した戦略が描かれていた。
避難してきた民衆は、その作られた避難所に続々と収容されていった。まるで事前に稽古をしていたかのように、その行動はスムーズだった。
日が暮れてくると、アルレの城には煌々と篝火が焚かれ、それはかなり遠くからでも見ることができた。その光は、城内の意気が大いに上がっているようにも見えた。
「おいフィレット、少しは休むのだ」
あまりにも動き回る妻を見かねてホルムが声をかける。だが、彼女は怯まなかった。何を言う、まだまだやることはあるのだと言って、兵士たちに命令を下し続けている。彼女はよくとおる大きな声で、敵は数こそ多いが烏合の衆だ。必ず我らが敵を粉砕すると兵士たちを鼓舞した。
「……私が来る必要は、なかったのかもしれないな」
マトカルが誰に言うともなく呟く。ホルムはギョッとした表情を浮かべると、マトカル様あっての我々なのですと言って、泣きそうな表情を浮かべた。その様子を見た彼女は、珍しく小さな笑い声をあげた。
常に冷静沈着で、人前ではほとんど表情を崩すことのない彼女にしては、珍しい光景と言えた。その様子を見て幕僚たちは、この戦いには相当の余裕があるのではと解釈する者が多かった。だが、そのために油断をする者は皆無であった。
「フィレット殿」
突然マトカルが口を開いた。フィレットは驚いた表情でこちらに振り向く。
「作戦会議といこうか」
マトカルの声に、フィレットは少し、嬉しそうな表情を浮かべた。
◆ ◆ ◆
デウスローダ王ブレイの周囲はざわついていた。アルレ周辺の村々からは一人も残ることなく、アルレに移動していた。それは実に順調であり、ブレイらは追っ手を差し向けるも、アルレから出てきた兵士たちに阻まれて、何の成果もなく夜を迎えていた。
ただ、そういう報告を聞いても、ブレイは余裕の表情を見せていた。あと数日で二万の援軍が来る。その援軍をもってアルレを囲めば、もう、勝負はつくのだ。彼はアガルタ軍の動きから目を離すなと命令して、後宮に下がっていった。
廊下を歩きながら頭の中を整理する。斥候の話では、外の城壁の中に簡易な小屋が設えられていると聞いた。そこに避難した民衆を住まわせるのは明らかだ。そんな掘っ立て小屋ではすぐに病気が蔓延することだろう。さらには、城壁の外にそれを作ったと言うことは、アルレとアガルタは民衆を盾にするということになる。そこまで考えるとブレイは、なるほどと一人で嘯く。籠城戦は民衆の持ってきた食糧で耐え、攻撃を加えられた際には、民衆を盾にしてアルレの城を防御する腹だ。なるほど、上手く考えた。まさに、血も涙もない作戦である。そんな作戦はこの儂なら絶対に取らない。もし、この戦いに勝利することができても、民衆の心は離れてしまう。下手をすれば、反乱を起こされかねない事態となる。
「この戦いは、あの城壁を打ち破れば、割合に早く決着がつくかもしれぬな」
彼は小躍りしたい気持ちを隠すのに必死だった。そんな姿を後宮の女官どもに見られては、いい笑いものの種になる。ここは自重しなければならないところだ。
「三日も経てば、民衆は音を上げてくるだろう。そのときに攻撃を仕掛け、ヤツらを開放してやれば、儂を裏切った奴らの土地はすぐに返って来るだろう」
我ながらいい作戦を考えたものだと頷く。海上の封鎖は援軍の者共に任せて、デウスローダはアルレを獲りに行く。わが軍の戦略の優秀さを示すのに絶好の機会ではないか。彼の鼓動が早くなった。
「おおっと」
気が付けば、後宮に通じる扉の前まで来ていた。案内役の女官が何とも言えぬ表情を浮かべている。ブレイは居住まいを正すと、女官に向けて顎をしゃくった。
援軍二万が到着したのは、それから三日後のことであった。まさにブレイが計算した通りであった。彼はすぐさま使者を送り、上陸するのではなく、そのままアルレの沖に移動するように求めた。しかし彼らはまず、食料と水の補給を要求してきた。とりわけ水はもう尽きようとしていたため、補充が急務であった。その知らせを聞いたブレイは舌打ちをして、勝手にせよとぶっきらぼうに返答した。
ニーシャは苛立っていた。彼女は早く出陣したかった。つい先ほど、父から聞いた作戦は、確実にわが軍を勝利に導くものであった。民衆を開放すれば敵は浮足立つに違いない。民衆と入れ替わるようにして城壁を突破して中に入り、そのまま城を攻めるのだ。落とすことはたやすいだろうと思った。頭の中で、先頭を切って城に攻め込む場面が描き出された。アガルタの兵は一人残らず斬れ。生きて返すなと命令する自分の姿を思い描いた。呼吸が荒くなってきているのが、自分でもわかった。
「父上! 援軍などあてにせず、我らは全軍を率いてアルレに向かいましょう! わが軍が出発すれば、援軍の諸将たちも続くことですわ。我らの軍勢がアルレに避難した民衆が見れば、我先に城から飛び出してくるに相違ありませんわっ!」
国王ブレイは、ニーシャに優し気な笑みを向けた。そのとき、傍に控えていたデアイゼルが口を開いた。
「国王様。ニーシャ様のお言葉、誠にご立派であると存じます。まさしく我らが軍を発すれば、援軍の兵たちを鼓舞することになりましょうし、アルレに避難した民衆への希望の光ともなりましょう。ここはぜひ、出陣のお下知を!」
ブレイは天を仰ぎ、何かを考える様子を見せていたが、やがて眼を開けると、そこに居並んだ幕僚たちに視線を向けながら、静かに口を開いた。
「二人の意見もっともである。我らはこれより、アルレに向けて出陣する」
幕僚たちは一斉に頭を下げた。




