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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第三十四章 失敗からの創造編
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第千百三十八話 色々な思惑が交錯するゾ!

「国王様」


そう言って前に進み出てくる者がいた。親衛隊のヒョウだ。彼らは王の前で片膝をつくと、恭しく頭を下げた。


「恐れながら、この度の戦、私に先陣をお命じください」


「何と、そなたが、先陣……」


ブレイは驚いた表情を浮かべた。親衛隊として常に王の傍にいた男が、戦いの中で最も危険である先陣を勤めると言ってきたのだ。これはつまり、突撃隊長を勤めると言っているのと同じ意味であり、下手をすると戦死する可能性があった。ブレイは返答を躊躇した。


この男は言わば側近中の側近であった。彼が幼いころから生活を共にし、共に学んだ者で。先の戦いで戦死したウジョーとブアリは教育係であり、どちらかと言えば、師に近い感覚を持っていたが、このヒョウは自身の分身とは言わぬまでも、言葉にせずとも通じ合える数少ない家来であった。一瞬、この男が死んだ未来を予想した。答えはすぐに出た。心許せる者のいない中で、ただ孤独に耐える日々が続くのだ。そんな未来は受け入れがたいと思うのと同時に、ここで彼に手柄を立てさせることも、今後のことを考えて必要なのではないかという考えも頭をよぎっていた。


ここ最近は、王たる自分に積極的に発言してくるのは、ニーシャとデアイゼルの二人だけだった。二人とも信頼はしているが、いつも苦虫を嚙み潰したような顔で聞いているヒョウが気になっていた。何か言いたいことがあれば言うがいいとは言ってみるものの、彼は特に発言することなく頭を下げるということが増えていた。その気持ちは彼には痛いほどわかっていた。先の戦いの敗北が尾を引いているのだ。王の側近にあって王を守り切れず手傷を負わせ、あまつさえ、国の宝剣を奪われるという失態を犯したと後ろ指をさされているのをブレイは知っていた。そのようなことを気にする必要はないと何度も言って諭してはいるが、彼はそのことを気に病んでいるのだ。以前のように堂々と発言し、時には自分をしかりつけるくらいの気概を取り戻すには、大きな手柄を立て、周囲を黙らせるのが一番手っ取り早い。確かに、彼の言う通り、先陣を賜って戦場で暴れまわり、手柄を立てるというのは効率的と言えた。


ブレイはここにきて迷った。


一方のヒョウも、ここ最近台頭してきていたデアイゼルをけん制する意味でも、ここで大きな手柄を立てる必要があった。最近の王は、この男の言を採り上げることが多くなり、家来たちの多くは、このデアイゼルに靡く傾向があった。これはつまり、王の最側近としての自分の立場が危うくなることを意味していた。その状況を打破するためには、この戦いで大きな手柄を上げ、自分の存在を知らしめる必要があった。彼にとっても、この戦いは絶好のチャンスであったのだ。


「父上、ヒョウ殿のお覚悟は見事でありますわ。ぜひ、その願い、叶えてやってくださいませ」


ニーシャが口を開く。ブレイは意外だという表情を彼女に向けた。まさか娘がヒョウの心の内を知っているわけではないのに、どうしてそんなことが言えるのか、彼には理解できなかった。


ニーシャにしても、王の最側近であるヒョウは邪魔な存在だった。父はおそらくこのヒョウに強く言われると、その言葉を受け入れてしまう。いかに娘の意見とはいえ、拒否される危険性があった。今は、先の戦いのことで批判の矢面に立っているために、その発言力は抑えられてはいるが、今回の戦いで大勝して、その汚名が雪がれてしまっては、再び彼の発言力は回復してしまう。ここはひとつ、先陣を勤めて死んでくれれば、この男を消す手間が省ける。彼女にとってもこれは、今後の帝国での自分の在り方を決める一種の賭けだった。


そんな三者三様の気持ちが渦巻く中、国王ブレイは意を決して口を開く。


「それでは、この度の戦いの先陣は、ヒョウに任せることとする。存分に手柄をたてよ」


「ハハッ!」


ヒョウはそう言って頭を下げた。彼の表情が、変わっていた。


◆ ◆ ◆


デウスローダ軍は軍備を整えると、すぐさま王都から出発した。その先頭を行くのはヒョウであり、彼はただ、アルレの城一点を目指して馬を駆った。


デウスローダ軍が城を出たという報告を受けたマトカルは、すぐさま全軍に出動命令を出した。普段から徹底的に訓練されている兵士たちは、食事中であったにもかかわらず、わずか数分のうちに軍備を整え、マトカルの前に整列した。彼女は何も言わずにただ、右手を挙げた。兵士たちが城の外に向かって行軍していく。すでに作戦は固まっており、兵士たちにも伝達済みであった。


森を抜け、草原に出ると、彼方にアルレの城が見えた。もう少し行くと、思い出したくもない、先の戦いが行われた場所にたどり着く。近づくにつれて、ヒョウは頭ににわかに痛みを覚えてきた。まだ、あのときの傷が癒えていないのだなと思いながら彼は黙って進む。きっと、敵を斬って斬って斬りまくれば、自然と痛みは治まっていくだろう。そんなことを考えながら彼は大きなため息をついた。


さらに進むと、アルレの方角から二人の騎馬武者がこちらに向かってくるのが見えた。それは、デウスローダの斥候だった。彼らはヒョウの前まで来ると下馬して、恭しく片膝をついた。


「申し上げます! アガルタ軍五千は城を出て、アルレの前で陣を張っています!」


「なに? 城を出た?」


ヒョウの声に、騎馬武者たちは一様に頭を下げた。


「すぐに国王様に知らせるのだ」


「ハッ」


二人は馬にまたがると、まるで風のように消えていった。


デウスローダ軍はアルレの城の手前三キロメートルのところで行軍を止め、休息に入った。国王ブレイは幕僚たちを集めて軍議を開く。彼らとしても、籠城を決め込むと考えていたアガルタ軍が、城から出て陣を張ったというのが理解ができなかった。


「敵は、先の戦いの再現を考えているのではありませんか」


幕僚の一人が口を開く。確かに、前回同様アガルタ軍は背後に背負うものがある。前回は山で、今回は城だ。ただ、今回はアガルタ王の結界はないために、城を背負うことは無意味と言えた。


斥候からの報告では、アガルタは特に陣形を組むわけではなく、ただ、横一列に並んでいるだけだった。部隊を五つに分けており、その真ん中にマトカルの陣があるようだった。一見するとアガルタは、城の前でアルレを守っているようにも見えた。ただ、現在のデウスローダ軍は三万の軍勢を擁している。通常で考えれば、敵は一気呵成に襲えばすぐに瓦解する兵力差であった。ただし、先の戦いにおいてデウスローダは、同じ兵力差で戦い、大敗を喫している。国王ブレイを筆頭に、幕僚たちの頭の中に、苦い思い出がよみがえっていた。


「アガルタは何をしてくるのかわからん。ああしてのんべんだらりと兵を展開しているのは、我らの油断を誘うつもりなのだろう。アガルタの策に乗ってはならぬ」


ブレイは幕僚たちにそう告げた。


彼らはアガルタに対峙するための議論を始めた。ここに来て、当初計画していた作戦は見直しを余儀なくされていた。とはいえ、大局的には大きな違いはなく、ただ、微調整を行えばいいという考えが大勢を占めていた。


彼らはまず、王を守ることを第一に考えた。前回のように王が捕らわれる、などという恥辱はあってはならぬことである。そのために彼らは陣立てを変えた。いわゆる魚鱗の陣を敷くことに決めた。先陣を勤めるヒョウの部隊が先頭に立ち、その後ろにほかの部隊が展開するというものだ。国王ブレイはその最後尾に位置することに決まった。陣立てだけを見れば、まるで、ハリネズミのような形になっていた。


すでに日が落ちようとしていた。ブレイは、すべては明日で決まるだろうという予感を抱いたまま、眠りについた。

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