第千百三十六話 籠城戦に備えるゾ!
無言で馬を駆るマトカルの許に二騎の騎士が近づいてきた。
「……敵は出てくる気配がありません。どうしましょうか?」
口を開いたのはホルムだった。マトカルはただアルレの城を眺めながら何も答えない。すぐにもう一人の騎士、ラースが言葉を続ける。
「一旦休息するかい、マトカル様?」
その声に、マトカルはフフフと笑い声を漏らす。
「アルレはすぐそこに見えている。休息するのであれば、アルレに入ってからすればいい」
「だからと言って、このままでは……」
「敵が出てこないのであれば、それはそれでいい。敵もそれなりの対策をしていると言うことだろう」
表情自体は変わらないが、マトカルは何やら楽しそうだ。ホルムとラースは顔を見合わせた。
彼らの作戦は、敵を平地におびき寄せて一網打尽にするというものだった。おそらく敵は数を頼んで押し包んでくることだろう。追いかけてくる敵は、陣を整えながら向かってこなければならない。そこに隙ができる。反転して一気にたたけば、寡兵でも撃退できるのだ。
だが、いくら待とうが敵は城を出なかった。マトカルは話を聞きながら、こちらの作戦が気取られたのか、という思いがある。以前見た、あの王の面付きからは感情に任せて兵を動かす者に見えたし、実際もそうであった。
……先の戦いで、よほど、懲りたのかもしれないな。
マトカルはそんなことを呟きながら、これから先のことを考えていた。敵が討って出てこないというのであれば、あとは数を頼んでアルレを押し包むという作戦を取る可能性が極めて高くなる。そうなると、籠城戦、ということになるが、マトカルはこの戦いを引き延ばすつもりはさらさらなかった。敵を引き付けるだけ引き付けておいて、一気に本体を叩いてせん滅する。つまりは、この戦いは、デウスローダ王の首を取れば終わりだと考えていた。ならば、その皴首をどう取るのか。考えることはそれだけでいい。
「マトカル様」
再びホルムから話しかけられて我に返る。気が付くと、アルレの城門が見えていた。
この城は以前に増して防御が強化されており、リノスが張った二重の堀の前に高い城壁が築かれており、外からは堀の全容が見えなくなっていた。マトカルはその城壁を眺めながら、よくもこの短期間でこれだけのものを作り上げたと驚嘆していた。彼らは彼らで、このアルレという土地の価値を、さらに、それを守るこの城の価値を十分すぎるほどに知り抜いているのだ。これまでデウスローダがこの地に兵を向けなかったのは、宰相ら、政治を司る者たちが、この城の強固さを認識していたからだ。もし、この城を攻撃するのであれば、グズグスしてはいけない。夜陰に乗じるなどして、一気呵成に抜かなければならない。
マトカルは、もしこの城の攻め手となるのであれば、精鋭部隊を組織して、夜陰に紛れて城を急襲する手段を取るだろう。他に作戦はいくつか考えられるが、敵の籠城戦に付き合って、いたずらに時を過ごすのが最も悪手であると考えていた。
「マトカル様、入城します」
ホルムがそう言って馬を駆る。彼は城門の前で自らの名を名乗り、アガルタ軍が援軍に来たことを告げた。すぐに門は開き、そこにはなんと、フィレット王女自らが迎えに来ていた。
「ホルム、遅かったではないか! おお、マトカル様も! 遠路ようこそおいでくだされました。歓迎申し上げます!」
彼女はそう言って笑顔を見せた。マトカルはスッと彼女に一礼すると、そのすぐ前で馬を降りた。
「どうぞ、案内いたします」
フィレット王女がそう言って歩き出した。マトカルら、アガルタ軍五千はそのあとに従った。
◆ ◆ ◆
アガルタ軍がアルレに入城したという報告は、すぐに国王ブレイの許に届けられた。彼は、これまで出していた外出禁止令を解除するよう命令し、併せて、警備態勢を敷いていた兵士たちにも休息するように命令した。
娘のニーシャは、口にこそ出さないものの、その顔には不満がありありと出ていた。そんな彼女を横目で見ながら、ブレイは援軍はいつ到着するのか。早くこちらに向かうように促すよう命令を下した。
彼の前に置かれた机には、家来たちに作らせたアルレの地図が置かれている。城の中までは確認できていないため、急ごしらえの地図だ。だが、これでも、アルレの周囲の状況は想像できる。
「援軍が到着したならば、すぐさま我らは城を出て、アルレに向かう。海路を進んでいる連中たちは、そのまま東進してアルレに向かい、北側と東側に配置するよう命じるのだ。こうして、東西南北を封鎖してしまえば、アルレは放っておいても自落する」
ブレイはそう言うと、集まっている幕僚たちに視線を向けた。ただ、この作戦は事前に決まっていたもので、彼は幕僚たちに最終確認を行ったに過ぎなかった。
「一番の問題はだ」
ブレイはここで声を荒げた。場の空気が緊張しているのがわかる。
「ネルフフ本国からの援軍である。ネルフフ水軍を自由にしていては、アルレに兵糧を運び込まれてしまう。この包囲戦を有利に、効率的に戦うためには、ネルフフ水軍を自由に行動させないことが肝要だ。したがって、今回の戦いは、海上戦がその初戦となるだろう。ここでかの水軍をどれほど叩けるのかが、今後の戦いの趨勢を決める。わが水軍の準備は十分にできていると聞いている。援軍を先行させることは言うまでもないが、その動きが悪ければ叱咤激励をし、それでも動かぬ場合は、背後から攻撃を行うくらいの気構えでなければならぬ」
ブレイはそう言って、再び幕僚たちに視線を向けた。
「ニーシャ。そなたならばわかろう。こうやって敵を囲み食料を断ちさえすれば、わが軍は無傷でアルレを手に入れることができるのだ。むやみに戦うことが、すべてではない。むろん、敵が城を出てきたときには、そなたにも戦ってもらわねばならぬ。そのときに備えて、剣の稽古を怠らずにな」
父の言葉に、ニーシャは不承不承ながら頭を下げた。
「物見の知らせでは、ここひと月の間、ネルフフからアルレへ船が寄港した形跡はない。また、ネルフフの港には、大型の船は寄港されておらず、兵糧を運び込んでいる様子もないようだ。つまり敵は、現在備蓄している兵糧だけで我らと戦わねばならぬ状況である。そこに来て、アガルタの援軍五千をヤツらは抱えた。アガルタもそれなりの兵糧は持ってきただろうが、それ程の量は持ってはおらぬ。わが目の前で奴らは進路を変えた。そこに、兵糧を積んだ荷車はなかった。つまり彼らは手持ちの食料しか持っておらぬことになる。ということは、アガルタ軍を抱えた分、アルレの兵糧の消費は早まるということだ」
ブレイの言葉に、幕僚たちからおお、という声が漏れる。
「従って、今回の作戦は、ネルフフ本国からの兵糧を入れぬことが肝要である。海岸線に物見を増やせ。これまでの倍以上の人数を用意するのだ。また、ネルフフ本国に放った斥候からの連絡も密にさせろ。一挙手一投足も見逃すなと伝えろ。何か動きがあったらすぐに知らせるのだ」
ブレイの言葉に、幕僚たちはハッと言いながら頭を下げた。そのとき、ブレイの許に伝令兵が足早に駆け込んできた。
「申し上げますっ! ただいま、アルレ周辺の村々から続々と民衆が城に向かって移動しています。その中には、大きな車も数多く見られます。察するところ、村に備蓄してあった兵糧を城に運び込んでいる模様です!」
「な、なにぃ!?」
ブレイは思わず立ち上がった。




