第5話、新たな始まり
レオンとカイルの激闘から一日経つと、山を貫くトンネルには多くの人々が行きかっていた。
荷物を積んだ大型のトラックがエンジン音を響かせ、街では商人たちが活発に取引を交わし、空には小型の輸送機が飛び交っていた。街道沿いの通信塔は、遠く離れた町と情報をやり取りしている。
その一方で、手押し車や馬車などの昔ながらの物も見受けられた。
元素の力と現代の技術。
異なる二つのものが、街には混在していた。
「へえ……思ったより人が多いんだな」
トンネルへ向かいながらカイルは街を見渡した。
「この道がセレナスへ続いているからな。ここを通って各地へ商売したりするやつも多いんだ」
隣を歩くレオンが答えた。
昨日まで敵として戦っていたとは想像できないほど、レオンは自然とカイルの隣を歩いていた。レオンは一切気にする様子はなかったが、カイルは少し慣れない様子だった。
「にしても、本当に俺と一緒に来るのか?」
「何回も言ってるだろ?僕がすることもないし、何より強い奴と戦えるのは楽しいからな。お前と一緒に居たら楽しそうだ」
「なんもすることないって、弁償はしたのかよ」
「いつのこと言ってんだ?そんなもん昨日のうちにしてるわ」
レオンはカイルの肩をポンポンと叩きながらそう言った。
「セレナを助けに行くんだ。遊びに行くわけじゃないぞ」
「分かってるって。だからこそ楽しそうなんだよ」
レオンは笑った。
「国の守護騎士に挑むんだろ?だったら、より強い奴といっぱい戦えそうだ」
「より強い奴って……お前、昨日俺に負けたこと、忘れてないか?」
「忘れるわけないだろ!」
レオンは勢いよく振り返った。
「だからこそ、もっと強い奴と戦って、自分を磨くんだよ。お前の風もまだ全部を見せたわけじゃないだろ?」
「それはお互い様だ」
「ははっ、違いねぇ」
二人の声が、活気ある街に響いた。だが、カイルの表情はすぐに真剣になった。
レオンとの戦いには勝つことができた。しかし、あの鉄の檻に閉じ込められた時を考えれば、あの程度の力じゃ到底及ばない。それはカイル自身が一番わかっていることだった。
あの守護騎士には、完敗だった。足元にも及ばなかった。
だからこそセレナを取り戻すためには、もっと強くならなければならない。そうカイルは考えていた。
「……先を急ごう」
カイルは鋭い目つきで前を向いた。
「だな。首都までまだまだかかるしな」
レオンもカイルに賛同し、二人はスピードを上げて歩いて行った。
*
街道を進むにつれて、周りの景色は少しずつ変わっていった。
トンネルを抜けると、視線の先には清々しいほどの晴天と、広大な平原が広がる。目を凝らすと、遠くには羊や馬などが悠々自適に暮らしている。
しかし、そのような穏やかな景色の中にも、見過ごせないものもあった。
道には大きく深く空いた穴。街道沿いには屋根が崩れ落ちた家。建物がない場所に放置された工事用の機械。
カイルは足を止めた。
「……これが...戦争の跡か」
カイルの住む街は、このあたりの街よりも首都から遠く離れていた。だからこそ、首都を攻めることが多い戦争の被害を受けることが少なく、このような戦争の跡を見るのは初めてだった。
壊れた建物の壁には、何かが衝突したような大きな亀裂が走っていた。地面のいたるところには埋め戻された跡があり、道の端には新しい舗装と古い舗装の境目が残っている。
レオンは周囲を見回し、少しだけ表情を曇らせる。
「詳しいことはわからねぇが、この辺りは、数年前に戦争に巻き込まれたらしいぜ」
「数年前……」
「戦場から離れていても、被害を受けることはある。それも元素が使われた戦争ならなおさらだ」
その言葉に、カイルは黙り込んだ。元々元素の力は、人々の生活を支えるためのものだ。
火は熱を生み、水は命を育み、風は物を運び、地は人々の暮らしを支える。
だが、あまりに膨大なその力は簡単に人の生活を壊す武器にもなる。そのことをこの場所が物語っていた。
同じ力でも、使い方一つで人を救うこともあれば、傷つけることもある。カイルは、その事実を改めて思い知らされた。
「……国を守るために戦ってるんだよな、守護騎士も軍人も」
「そうだ」
「でも、何かを守るための戦いでも、どこかで誰かが傷つけられている。そういうことは、考えないんだろうな」
カイルのその言葉に、レオンは何も返答しなかった。
「だからって、戦うことが間違いだとは感じないけどね」
「結局、何を守りたいのか。それが大事なんだな」
カイルは大空を見上げながらそう呟いた。レオンにはカイルの心の中は分からない。彼はただただカイルの背中を見つめていた。
しんみりとした空気を打破したのはカイルだった。
「……戦いは何も生まないのかもしれない。けど…俺は、セレナを助ける」
「ああ、いいと思うぜ」
レオンのその言葉にカイルは返事しなかった。
*
昼過ぎ
数時間が経った時、二人は街道沿いの小さな町にたどり着いた。
そこはレオンと会った村と比べて現代的な建物が並んでおり、街も活気づいていた。
「少し休んでいこうぜ。さすがに腹が減った」
「そうだね。僕も賛成だ」
二人は通りに面した食堂へ入った。店内では、旅人たちが各地の情勢について話していた。
「最近、セレナスの警備が強化されたらしいぞ」
「守護騎士が増員されたって話だ。何かあったんじゃないか?」
「さあな。俺たちには関係ないことだろ」
そんな会話が耳に入ったとき、カイルのご飯を食べる手が止まった。直感的にそれがセレナの誘拐と関係あるのではないかと考えた。
「気になるか?」
レオンが尋ねた。
「ああ。セレナのことが関係しているかもしれない」
「可能性はあるな。でも、今は情報が少ねえ。そう決めつけるのは早計じゃないか?」
「……それもそうだな」
カイルはもう一度残っていた食事を口に運びだした。
焦る気持ちはあった。こんなところで食事している間にも事は進んでいるかもしれない。しかし、今のまま行ってもセレナにたどり着く前にやられるだけだ。カイルはそう考えていた。
今度こそ、必ず助ける。足りないものは情報や仲間、そして自分自身の力。挙げ始めればきりがなかった。そのためには、一秒たりとも時間を無駄にできなかった。
「よし、行こうぜ」
カイルが立ち上がる。
「もう出発か?少しくらいゆっくりしたらどうだ?」
「時間が惜しいんだよ」
「ふっ、お前らしいな」
レオンは笑いながら席を立った。
二人は食堂を出て、再び首都へ続く街道を歩き始めた。
*
昼間、燦々と輝いていた太陽は山の向こう側へと沈み、薄暗くなってきていた。
街道は緩やかな坂を下り、林に囲まれた町へと続いていた。
どうやらここは首都へ向かう旅人が利用する宿場町らしく、道沿いには宿泊施設や商店が多く集まっている。遠くには大きな旅館の明かりなども見えてきた。
「今日はあそこで休むか」
「ああ。明日もいっぱい歩くことになるしな」
二人が至るところにある旅館を見渡していると、視線の先に若い女性が見えた。
そこでは、通りの脇で一人の女性が数人の男たちに囲まれていた。
女性は長い濃紺の髪を揺らし、黒色のコートを身にまとっている。腰には細身の剣が差されていた。
男たちは彼女の進路を塞ぎ、逃げ道を奪うように取り囲んでいた。
「そう言わずに、少し付き合えよ」
「一人で旅してるんだろ? だったら、俺たちと来たっていいじゃねえか」
「ど、ど、ど」
女性は恐怖からか、うまく声を出せずにいた。
一人の男は、女性の長い髪を触りながら、
「おいおい、そんなに警戒するなよ?ちょっと遊んでやるぐらいだからさ」
と言った。彼女は剣を抜こうとしたが、その手はすぐに止まった。周囲には町の住人や旅人らしき人が何人も見受けられた。ここで騒ぎを起こすのは得策ではないと考えたのだろう。
「いいじゃねえか」
「い、いや…」
「んだと?」
男の一人が彼女に手を伸ばす。
その瞬間、
「――おい」
と低い声が、通りに響いた。男たちが一斉に振り返る。すると、男たちのすぐ横にカイルが立っていた。その隣にはレオンも笑顔で立っていた。
「嫌がってるだろ」
カイルは男たちを睨みつけた。男たちはカイルのその迫力に1歩後ずさりする。
「……何だよ、お前ら。ヒーローか?」
男たちが嘲笑うかのように言った。
囲まれていた女性は、視線をカイルに移す。その青色の眼は夕日と涙で光っているように感じた。
「大丈夫だからねお嬢さん。心配しないで」
レオンは脇から笑顔で彼女に話しかけた。男たちは突然現れたカイル達に怒りを隠せなかった。
「お前ら、そこをどけ!彼女は俺たちのもんだ!」
「嫌がってるだろ」
「俺がルールだ!俺様の命令に従ってればいいんだよ!どけ!」
「嫌だね」
「最後のチャンスだ、今ここでどいたら、大目に見てやるよ」
「誰がどくかよ」
カイルはずっと男たちを睨み続けた。
「物わかりの悪いガキだな。やっちまえ、お前ら!!」
男は後ろにいる者たちにそう指示を出した。一人の男が前に飛び出し、カイルに殴りかかった。しかしカイルはその拳を指一本で止めた。
「その程度かよ」
カイルはため息をついて、男の腹に膝蹴りをぶち込んだ。
「うっ」
男の身体は宙に浮き、地面に倒れ込んだときには意識を失っていた。
ガキだと思っていたカイルの一撃を見て、男たちは言葉を失う。しかし、リーダー格の男は
「所詮ガキだ。全員でかかればどうってことない」
と叫んだ。それと同時に数人がカイルに襲い掛かるが、カイルは右手を男たちに向け、
「ふっ」
と少しだけ力を込めた。すると、下から突風が吹き出し、男たちの身体は数メートルほど上に打ち上げられ、地面に衝突した。カイルの戦いっぷりにレオンは歯を見せ、女性は目を大きく見開いていた。
「どうする?まだやるか」
カイルはひときわ低い声でリーダー格の男に尋ねた。男は腰を抜かしてその場に尻をついていた。恐怖により、足が動かず逃げることも声を発することもできなかった。
最初に倒された男が目を覚ますと、
「てめえ!!」
と再びカイルに殴りかかろうとした。しかし、カイルは立ち上がる前に、上から強風を発し、男の頭を打ち付けた。リーダーは今度はそれに怯え、仲間を置いて逃げていった。
カイルは男の姿が見えなくなるまで鋭い眼差しで見送った。やがて彼女の方へ振り返り、
「大丈夫か?」
と彼女に声をかけた。
第5話終了




