第4話、紅と疾風
レオンの拳が、カイルの顔面へと迫る。カイルは両腕を交差させて真正面からその拳を受け止めた。
――ドンッ!
鈍い衝撃が全身を駆け抜ける。
「ぐっ……!」
靴底が石畳を削り、カイルの身体は数メートル後ろに吹き飛ばされた。しかし、カイルは腕を交差したまま立ち続けていた。ゆっくりと両腕を下ろし、レオンを睨みつける。
「……いきなり殴りかかってくるなんて、どういう神経してんだよ」
「お前が俺の炎を消したんだろ? だったら、今度は直接確かめたくなっただけだ!」
レオンは拳を握り直した。
風により赤い髪が揺れ、身にまとっていた炎のオーラもゆらゆら靡いている。
「それに、お前……ただの旅人じゃねえだろ」
「だったらなんだよ」
「さあな。だから確かめるんだよ!」
レオンは強く地面を蹴り飛ばした。炎をまとった拳が、再びカイルへと迫る。
だが――。
「同じ手は食らわねぇよ!」
カイルは手のひらをレオンに向けると、
「テンペスト‼」
と風を放った。その強風にあおられて、レオンは後ろに飛ばされる。
「なっ――!?」
レオンが驚いて目を見開いた瞬間、カイルが一瞬でレオンとの距離を詰めて強風で後ろに吹き飛ばした。レオンは近くの商店に当たるまで、吹き飛んでいった。
「がはっ」
レオンの身体は壁に強打される。
「いいねぇ、これぐらいじゃねえと、滾らねぇよな」
レオンはすぐさま立ち上がり、手のひらの上にさっきよりも大きな炎を見せた。
「何度やっても俺には当たらないよ」
「わかんねぇじゃねえか」
レオンがそう言うと、カイルの間合いまで入り込んだ。レオンの炎がカイルに触れる直前に、
「はっっ!!」
とカイルが気合いを込めた。その瞬間カイルから全方向に強風が吹きつけて、レオンを吹き飛ばした。レオンの身体はさっき打ち付けられた商店を突き抜け、奥の建物に当たった。カイルはレオンが当たったのを見て、風を緩める。
「大丈夫か?」
カイルがそうレオンに尋ねると、レオンは
「面白れぇ。こんなに強い奴はお前は初めてだ」
と笑みを浮かべながら、服の埃を払って立ち上がった。
「ここからが本番だぜ」
レオンがそう言うと、身体の周りに発していたオーラを全て右腕に集中させた。
「ファイアーアロー!!」
と右腕を強く振りぬくと、炎の球が何発もカイルに向けて放たれた。
「テンペスト!!」
カイルはその炎に強風を放つが、炎はすこしスピードが落ちるだけでカイルに向かって直進してくる。カイルは危険を察知し、左に避ける。
すると、そこにレオンが
「おらぁぁぁあ!」
と強く右腕を振り上げた。しかし、カイルはどこまでも冷静だった。その拳がカイルにぶつかる前に、
「ウィンドオール!」
と叫んだ。すると、カイルとレオンが透明な壁で隔てられた。
「多彩な技だな」
「ここまで、どれだけ努力したと思っている」
カイルは透明な壁に手を当てると、壁から強風がレオンに吹いた。
「くっっっ」
レオンは手を顔の前で交錯させ、その場で耐えしのいだ。
「耐えしのいでやったぜ、お前の風を」
「それを耐えても、君の攻撃が当たることはないよ」
「やってみなきゃ、わかんねえだろ」
レオンはそう言うと、カイルに向けて何回も右腕を振りぬいた。炎の球がカイルを襲おうとするが、カイルには一切当たらなかった。カイルとレオンには明確に修行の差が表れていた。
「どんだけ鍛えたら、そんなに早く動けんだよ」
「分からなくなるぐらい修行することだ」
「ストイックだな、おい」
レオンは何回も拳を振るったが、カイルに当たる気配はなかった。
「あの速さをなんとかしねえとな」
レオンがぽろっとそう呟くと、
「速さだけじゃねえよ」
とカイルが言った。
「そんな小さな身体で僕の拳を受け止めれるかよ」
「受け止めてやるよ」
カイルは鋭い眼光で睨みながらそう呟いた。
レオンは今までで一番後ろまで右腕を下げて、
「ファイアーアロー!」
と思いっきり腕を振りぬいた。火球がカイルに迫っていると、カイルは中指と人差し指の2本を縦に向けてその火球に向け、
「ふっ!」
と力を込めた。2人の間に吹き荒れていた暴風が止み、一点に集中する。その風の勢いは、レオンの炎を搔き消した。
「なっ!?」
まさか消されると思っていなかったレオンは、その光景に目を見開いて驚く。カイルは2本の指を横に倒し、
「エアリアル・エッジ」
と言った。すると、透明の衝撃波がレオンの左手、右手、左足、右足の四か所に突き刺さった。
「がはっ!」
レオンは唾を吐き、膝から崩れ落ちた。
「これで分かったか?俺が速いだけじゃないと」
「予想外だったぜ」
レオンは膝に手をつき何とか立ち上がる。
全身には痛みが走り、衝撃波で撃たれたところを押さえている。しかし、彼の顔から笑みが消えることはなかった。
「予想外だったぜ。炎を消したうえに、あんな攻撃まで持ってるとはな」
「まだ続けるか?」
「ああ。男として、ここで諦めるわけにはいかねぇだろ?」
レオンは拳を強く握りしめた。
「お前と戦って、ようやく分かった。今までの僕じゃ、お前には届かねえ」
その言葉と同時に、レオンの身体から炎が噴き上がった。
赤い炎が肩を包み、腕を伝い、全身を覆っていく。
それまで拳に集中していた炎とは明らかに違う。炎はレオンの身体全体を覆い、まるで鎧のように燃え盛っていた。レオンの周囲の空気も熱を帯びていく。道に落ちていた木に炎が燃え移り、灰になっていた。
「…この熱さ、まだこんなに力が残っていたか」
カイルはレオンを見つめた。レオンの炎は、先ほどとは比べものにならないほど、熱く、大きくなっていた。
「これが俺の全力だ!」
レオンは自分の中にあった力に歓喜しながら、そう吠えた。
「この力、受け止めろ!カイル!」
全身を真っ赤な炎に包んだレオンは、
「はぁぁぁ!!!」
っとその場で力を込めて爆発させた。
「うおおおおおッ!」
レオンから発射される炎の渦は、空気も巻き込みカイルに突っ込む。
しかし、カイルは動かなかった。逃げることも、避けることもしない。
ただただ、突進してくる巨大な炎の渦を見つめていた。
「来い……!」
カイルは誰にも聞こえない声でそう呟いた。しかし、その心は歓喜していた。今まで見たことないぐらいの大きな炎。それと自分の力がぶつかるとどうなるのか。そのような事を考えながら、レオンの炎を待っていた。
カイルは炎の渦が突っ込んでぶつかる直前に
「ウィンドオール!」
と両手を前にして透明な壁を作った。壁の表面には風が激しく吹き荒らし、空気が何重にも重なっていく。レオンの炎がその壁に衝突すると
――ドォォォンッ!
轟音が街中に響き渡った。一瞬で炎が壁を覆い尽くす。
赤い炎が街を照らし、火傷するような熱風が路地を駆け抜けた。
だが、それでもカイルの壁は崩れなかった。
「なっ……!?」
レオンが目を見開く。
自分が持つ、ありったけの炎をつぎ込んだ攻撃だった。それなのに、カイルの壁はびくともしなかった。
「これでも……止められんのかよ」
レオンはさらに拳を強く握りしめ、出力を上げた。炎が激しく燃え上がり、壁を押し潰そうとする。
しかし、そこまで力を込めてもカイルは一歩も退かなかった。
「言っただろ」
カイルは壁の向こうからレオンを見据えた。
「俺は、速いだけじゃないってな」
カイルはそう言うと、両手に力を込める。
すると、透明な壁を構成していた風が、一気に勢いを増し、炎を押し始める。
「これで終わりだぁぁぁ!」
――バァァンッ!!
壁から放たれる暴風は、カイルの叫び声と共に炎を一瞬で押し返した。
「うおっ!?」
レオンの身体は暴風で浮き上がり、自分の放った炎に飲み込まれた。自身の炎と共に後方へ吹っ飛ばされる。
煙が開けていくと、レオンの炎は消えていっていた。先ほどまでの激闘とは似ても似つかないほどの静寂が街を覆っていた。
カイルはゆっくり手を下ろして、風を収めた。
「……終わりだな」
レオンは仰向けのまま、しばらく空を見上げていた。完全に力負けした。そんな経験がなかったレオンからすると、それは一周回って面白い事だった。
「はははははっ! なんだよ、お前!」
レオンは大笑いしながら上半身を起こした。
「こんなに力の差があるやつがいるとは、思ってもみなかったぜ」
「笑ってる場合か。あれだけ派手に暴れたんだぞ」
カイルは周囲を見回した。
石畳は砕け、商店の壁は貫通している。幸い、周囲の人々は二人から距離を取っていたため、けが人はいなかったが騒ぎになるのは当然だった。
「悪いなみんな!ちゃんと僕が弁償すっから」
レオンは頭をかきながら、街の人々にそう言った。
「カイルだったよな?」
「ああ、なんだ?」
「お前、どこに向かってるんだったっけ?」
「首都セレナスだ」
カイルは即答した。
「そこに大事な人がいるんだったっけ?」
「ああ、セレナを取り戻すために、俺は行かなければいけないんだ」
「そのセレナってやつが、大切な人なんだな」
「幼馴染だ」
カイルは拳を握った。レオンは黙ってカイルを見つめていた。やがて、いつものように口元に笑みを浮かべる。
「よし、僕も一緒に行くぜ!」
「はあ!?」
突然の宣言に、カイルは思わず声を上げた。
「ほんとに言ってんのか?」
「こんなところで冗談は言わねえよ」
「なんで急に…」
「どーせ何かすることもなかったし、お前となら退屈しなさそうだからな」
レオンは豪快に笑った。
「いいのか?一緒に来て」
「ああ、もちろんだ。よろしくな、カイル!」
レオンはそう言うと、立ち上がろうとした。カイルはレオンに手を差し伸べる。レオンはその手を見て、口元を緩めて、
「ありがとな」
とカイルの手を取った。
第4話終了




