第3話、残されたモノ
翌日
朝日が、カイルの部屋の窓から差し込んでいた。
机の上には、旅に必要な道具が並べられている。いつもなら、朝食を終えれば、訓練に向かうだけの一日。しかし、今日からは違う。彼は今、自分が生まれ育った故郷を離れようとしていた。
「……よし」
荷物をまとめ終えたカイルは、小さく呟いた。
昨夜、何度も考えた。守護騎士との圧倒的な実力差。自分の攻撃が通用しなかったこと。そして、目の前でセレナを連れていかれたとき、何もできなかった自分の無力さ。
考えれば考えるほど、彼の胸には悔しさがこみあげてきた。
だが、立ち止まっているわけにはいかなかった。
強くなる。仲間を集めて守護騎士を超える。そして必ずセレナを取り戻す。
彼はそう決心していた。
そのために、まずは首都へ向かう。国の中心であれば、守護騎士や元素神についての情報が得られると考えたからだ。
カイルは荷物を背負い、部屋を出た。カイルが階段を降りようとすると、ジイが廊下の奥から手招きをしていた。
「なんだ?」
「もう出発するのか?」
「ああ、早ければ早いほどいいだろ」
「それもそうだな」
二人は話しながらジイの部屋に入った。ジイの部屋はカイルとは異なり、壁一面が本であふれていた。
ジイは自分の椅子に座って、カイルに問いかける。
「それで、首都まではどう行くつもりだ?そこまでの道も危険だぞ」
「街道を通っていく。途中の街で情報を集めながらな」
「なるほど。街にも首都からの回し者はいる。気をつけろよ」
「わかってる」
いつもはどんな時も笑ってるジイだったが、その表情は真剣だった。そして、ジイは鋭い目つきでカイルを見て、
「……カイル。少し、話がある」
と言った。カイルは初めてジイの真剣な姿を見たような気がした。
「何だよ。改まって」
「これを、お前に渡しておく」
ジイは引き出しの中から小さな黒い箱を取り出し、カイルに差し出した。
手のひらに収まるほどの大きさで、表面には見慣れない紋章が刻まれている。装飾はほとんどなく、留め具だけが銀色に光り輝いていた。
「……何だ、これ?」
「お前の父さんから預かっていたものだ」
その言葉を聞いた瞬間、カイルの表情が変わった。
「父さんから?」
「ああ。いつかお前に渡すように言われていた」
「いつかって……今までずっと持ってたのか?」
「そういうことになるな」
「だったら、なんでもっと早く渡さなかったんだよ!」
思わず、声を荒げる。カイルは1歳の時に父と別れた。そのためカイルは父がどんな人であったか、ほとんど知らなかった。だからこそ、そのわずかな手がかりを、今まで知らされていなかったことが気にかかった。しかし、ジイは怒ることもなく、静かに答えた。
「お前が自分で歩き出すときに渡せ。それが父さんからの言葉だった」
「……俺が、自分で歩き出すとき?」
「そうだ」
ジイはカイルの目を見つめた。
「父さんは、お前がいつか旅に出る日が来ると読んでたんじゃね?」
ジイは冗談めかして言った。カイルはずっと箱を見つめていた。小さな箱だったが、カイルにはどんなものよりも重く感じた。
父さんがどんな人だったのかは知らない。どんな声で話し、どんな顔で笑い、何を考えて生きていたのか。
今となっては、確かめることもできない。
それでも、この箱は父が自分に残したものだった。
「……兄さんは中身を知っているのか?」
「いや、知らない」
「開けていいのか?」
「それはお前のものだ」
カイルは箱を何度も眺めて、留め具に指をかけた。小さな音を立てて箱が開く。
中に入っていたのは、銀色の小さな円盤だった。中央には金色に輝く石のようなものが埋め込まれ、その周囲には細かな文字が刻まれている。
だが、カイルにはその文字が読めなかった。
「それが何を意味するのか、俺にも詳しいことはわからない。父さんは、それについて多くを語らなかったからな」
「じゃあ、これを何に使うのか?」
「ああ。父さんはただ一つ、お前を守ってくれるものだとさ。」
「俺を?」
カイルにはその意味がわからなかった。こんな小さな円盤が自分を守ってくれるなんて、想像もできなかったからだ。
「父さんは、どうしてこんなものを……」
「さあな。だが、わからないからといって捨てるわけにもいかないだろ?」
「当たり前だろ」
カイルは箱を閉じ、荷物の内側にしまった。
「それで?セレナちゃんはどこにいるのか分かったのか?」
「いや…わからないままだ」
「はっ、ったく、んなことだろうと思ったよ」
ジイは手元のパソコンで衛星写真を出した。
「いいか?おそらくこの時期に最上級守護騎士が自ら動いて連れ去るのは、彼女が元素神に選ばれたからだ」
「セレナが元素神に!?」
元素神。それは国防のために必要な元素の力を宿す神。しかし、カイルからすれば幻想のような話でほとんど何も知らなかった。
「それで、元素神ってのは結局何なんだ?国防のために必要な戦力ってことぐらいしか俺は知らない」
「そうだな……」
ジイは少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「一般的には、元素神はそれぞれの元素を司る存在だと言われている。人間が生み出したものではなく、ずっと昔から世界に存在していた、ともな」
「昔から?」
「ああ。人間が元素を利用するよりも前から、元素神は存在していたという説もある」
「じゃあ、元素神がいなかったら、人間は元素を使えなかったのか?」
「そこまではわからない。何しろ、元素神についてはわかっていないことが多いんだ」
ジイは空を見上げた。
「ただ、元素神が認めた人間は、普通の人間には扱えない力を得ることがある。守護騎士たちがそうだ。国によっては、その元素神を得るために戦争していたりもしている」
「戦争、、、ってそんなに大切なものなのか?」
「元素神がいる国が、正しい国家運営を行う事ができるって考えられてんだな。」
「……くだらないな」
カイルは眉をひそめた。
「元素神に認められたかどうかで、人間の価値が決まるわけじゃないだろ」
「俺も、そう思うよ」
ジイは穏やかに笑った。
「だが、元素神がいなかったら、他国から好き放題に攻められるのは事実だ。だから、国としてもいち早く元素神の憑依先を見つけなければいけない」
「それが、セレナだったと…」
「そーゆーことだな」
元素神。そんなもののためにセレナはどこかへ連れていかれた。カイルには怒りが込み上げていた。
「セレナちゃんを取り戻すには、守護騎士に勝てるぐらいの実力が必要だ」
「強くなるしかない……」
「お前が強くなるのも大事だが、仲間を見つけたりするのも大事だ。それと、あまり無理するなよ。母さんが心配する」
「……わかってる」
「本当か?」
「わかってるって!」
カイルはそう声を荒げる。ジイは声を上げて笑った。
「まあ、お前なら大丈夫か」
そう言って、カイルの頭を軽く撫でる。
「ちょっ、やめろよ! 子供じゃないんだから!」
「俺から見れば、まだまだ子供なんだよ」
「三つしか違わねえだろ!」
「三つも違うんだよ」
カイルは呆れたように息を吐いた。だが、その表情は先ほどまでの張り詰めた空気が少しだけ和らいでいた。
ジイはそんな弟を見つめながら、心の中で呟く。
――父さん。貴方が残したものを、カイルは受け取ったぞ。
「……そろそろ行くか」
カイルが荷物を背負い直した。
「おう。母さんが待ってるぞ」
二人は部屋を出た。
母は玄関で、カイルを待っていた。
「気をつけてね。食料は入れたし、着替えも持ったわね?」
「困ったことがあればいつでも私たちを頼りなさい」
「わかった…」
カイルは小さな声で答えた。
「行ってくる」
「……行ってらっしゃい」
母の声を背に、カイルは扉を開けた。
ジイも一緒に外へ出て、家の前で立ち止まる。
「じゃあな、カイル。帰って来いよ」
「ああ」
カイルは誰にも聞こえない声でそう言ったが、ジイには伝わったように思えた。
しばらく進んだところで、一度だけ振り返る。
母とジイが、家の前からこちらを見ていた。カイルは軽く手を上げると、再び前を向いた。
「あの子大丈夫かな?」
母は目に涙を浮かべ、心配そうにカイルの背中を見つめる。
「あいつが自分の中にある力を引き出せたら、大丈夫さ。」
ジイはそう口元を緩めて言った。
***
故郷を離れてから、数時間が経過した。
街道の両側には草原が広がり、遠くには緑の山々が途切れることなく連なっている。頭上には雲一つない晴天が広がり、爽やかな風がカイルを吹き付けた。
普段から訓練を重ねているカイルにとって、歩き続けること自体は苦ではなかった。
しかし、旅というものは思っていた以上に退屈だった。
「……まだ着かないのか」
誰に言うでもなく、カイルは呟いた。
故郷から首都までは、それなりの距離がある。途中にはいくつもの街があり、休みなく街道を歩き続けても軽く数日はかかるだろう。
それでも、立ち止まるつもりはなかった。
早く情報を集めたい。
守護騎士の強さの秘密も、元素神のことも、父が残した品についても。
カイルにとっては知らないことが山ほどあった。
そして何より、セレナを取り戻すためには、1秒たりとも時間を無駄にできなかった。
しばらく歩き続けると、山の麓に小さな建物が何件も並んでいるのが目に入った。
「……あれか」
故郷を出てから、最初にたどり着いた街は、それほど大きくはなかったが山の麓にあり、山を貫くトンネルを通って人々が行き来していたため、人の数は多かった。商人が荷物を背負って、街の中を練り歩いている。
カイルは街の入口をくぐった。故郷とはそれほど離れていなかったがまるで別世界のように感じた。
いつもの聞きなれた声や、見慣れたおじさんたちじゃなく、まったくの見知らぬ人の中を一人で行く。それがカイルにとって初めてのことだった。辺りを見回しながら、カイルは街の中央へ向かって歩いた。
まずは食料を補充し、それから首都へ向かう道を確認するつもりだった。
だが、そのとき。
「おい、そこのお前」
と不意に、背後から声をかけられた。カイルが振り返ると、そこには同年代くらいの少年が立っていた。
燃えるような赤い髪に、琥珀色の瞳。黒と赤を基調とした服を身につけ、鍛えられた身体つきは、年齢に似合わないほどがっしりとしていた。
少年は腕を組み、カイルをじろじろと眺めていた。
「見ねえ顔だな。旅人か?」
「ああ。そうだけど」
「へえ。こんなところまで、一人で来たのか」
「それがどうかしたのか?」
カイルが答えると、少年は鼻で笑った。
「いや、別に。ただ、こんな街に何の用があるのかと思っただけさ」
「悪いが先を急いでいるんだ。どいてくれないか?」
「先ってどこに行くつもりだ?」
「首都のセレナスまで、親友が待ってるんだ」
「ほお~、それはおもしろい。是非とも僕も連れて行ってもらいたい」
「一緒に来てくれるのか?それはありがたい」
「ああ、だが、僕は弱い奴にはついていかないと決めてるんだ。僕と手合わせしてくれないか?」
カイルは少しの間考えた。セレナを助けるために少しでも急ぎたい。しかし、自分の実力を知るためにこれ以上ない良い機会であり、何より一人でも仲間が欲しいというのが本音だった。
「わかった」
カイルはそう答えた。
男は手のひらを開き、そこに炎を出した。
「僕はレオン・ヴァルガだ。お前は?」
「カイル・アステル」
「カイルか。一撃で仕留めてやるよ」
レオンは威勢よくそう言った。
「はっ!!」
レオンが力を入れると彼の周りに赤いオーラがメラメラ現れた。
「おい、またレオンが戦い始めたぞ!」
「離れろ、みんな!」
街の人々はレオンの様子を見て、叫びながらその場を離れていく。しかし、カイルは表情一つ変えずその場に立っていた。
「ふん、動じないとは肝は据わっているじゃないか」
レオンはそう言うと同時に手から炎をカイルに向かって放った。カイルは指一本をその炎に向け、強風で消し去った。街にも一瞬だけだが、竜巻が通ったような強風が襲った。
「こっちは急いでんだ。遊んでる暇はねえ」
「なるほど、いいねお前みたいなやつを探してたぜ」
レオンはそう言うと、カイルに拳を振りかざした。
第3話終了




