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ELEMENTAL ZERO   作者: 翼
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第2話、奪われた日常

「……セレナを、どこへ連れて行く気だ?」

 カイルは目の前の人物を見据えたまま、セレナの腕をつかんでいる手を握りしめた。朝の町には、いつもの賑わいがなかった。

 道を歩いていた人々は足を止め、店の中にいた人々は次々と出てきて店先に立ってその様子を見つめる。そこにいる人たちの顔は引きつっており、誰もが何かを恐れているようだった。昨日まで当たり前に聞こえていた人々の話し声も、今ではほとんど聞こえない。

 そんな町の中心で、カイルは一人、目の前の人物と向き合っていた。

 相手は口を開かない。しびれを切らしたカイルはもう一度、口を開いた。

 「聞こえなかったのか? セレナをどこへ連れて行く気だって聞いてるんだ」

 「カイル……」

 背後から、セレナの小さな声が聞こえた。

 振り返ると、彼女は不安そうな顔でこちらを見ていた。いつもなら、何かあれば真っ先に言い返してくる彼女が、今は何も言わずに立っている。

 その表情を見た瞬間、カイルは確信した。これは、いつもの冗談でも、誰かの悪ふざけでもない。

 何かがおかしい。そして、その何かにセレナが巻き込まれている。

 「……離せ」

 カイルの小さく低い声が響いた。

 それにカイルの目の前に立つ人物が、初めて口を開いた。

 「は?」

 「その手を離せと言っている」

 威圧するような声ではなかった。むしろ、ひどく落ち着いていた。

 だからこそ、カイルには分かった。

 この人物は、自分がどう出るかを冷静に見極めている、と。

 感情的になっているわけでも、こちらを脅して楽しんでいるわけでもない。ただただ、セレナを連れていくだけだと。そして邪魔をするものは排除するだけだと。

 「理由も説明せずに連れて行こうとしてるんだぞ。はい、そうですかって手を離せるわけないだろ」

 しかし、カイルは一歩も引かなかった。

 「セレナは何も聞かされていない。本人だって困ってる。少しくらい説明したらどうなんだ」

 「必要ない」

 「必要ないだと?」

 「これは共和国の決定だ。お前が口を挟むことではない」

 共和国。その言葉に、カイルはわずかに眉を動かした。

 セレナは何か罪を犯したわけではない。少なくとも、カイルの知る限りではそうだ。昨日もいつもと変わらず笑い、くだらない話をしていた。

 「……だったら、なおさら説明しろよ」

 カイルは相手の目を見据えた。

 「国が決めたから何だっていうんだ。セレナだって、この国で暮らしてる一人の人間だろ」

 相手は何も答えなかった。

 その沈黙が、カイルの苛立ちをさらに強くする。その瞬間、カイルの背後から重たい音がどんどん近づいてくるのがわかった。

 ドン、ドン、と

 石畳を踏むたび、地面がわずかに震えているように感じられる。カイルは横目で音のした方を見た。

 そこには、一人の男が歩いてきていた。

 長めの黒髪。がっしりとした体格。身体を包むのは、鉄を思わせる重厚な鎧だった。光を受けた鎧の表面は鈍く輝き、その一つ一つが確かな重量を持っていることを感じさせる。

 男は周囲を見回すこともなく、まっすぐにこちらへ歩いてくる。

 そして、カイルの数歩手前で足を止めた。

 「……何をしてんだ?」

 男は尋ねた。

 セレナを連れて行こうとしていた人物が、わずかに頭を下げる。

 「この少年が、セレナ様の移送を妨害しています」

 「そうか」

 男は短く答えた。それから、カイルへと視線を向ける。

 「君が邪魔をしているのか」

 「邪魔?」

 カイルは鼻で笑った。

 「勝手に人を連れて行こうとしてる奴を止めてるだけだ」

 「はっ、そらそうだよな。いきなり連れていかれるって言ったらそうなるよな。」

 男は怒るどころか笑い始めた。

 「君は、彼女がどこへ連れて行かれるのか知っているのか?」

 「知らないから聞いてるんだろ」

 「そうか…なら手を離した方がいいぞ?それが君のためだ」

 「断る」

 即答だった。男は小さく息を吐いた。

 「……困ったものだな」

 その言葉に、カイルは眉をひそめる。

 次の瞬間、男は一歩前へ出た。

 「最後に一つ。彼女の移送は、国の意思によるものだ。抗おうというなら、国家を敵に回すことになるぞ?」

 「かまわねえよ。」

 カイルは男を睨み返し、そう言った。

 周囲の空気が張り詰める。

 男は静かに微笑み返し、

「勇敢だねぇ。」

 と呟いた。男はカイルの右手を取った。カイルは即座に何かが来ると察知した。

 しかし、それでも遅すぎた。カイルが身構えたころには、すでに地に這いつくばっていた。

「なっ…!」

 圧倒的な力で殴り倒されたわけではなかった。まるで数百キロもの重りが全身にのしかかっているように感じた。

強い。強すぎる。

 カイルはそう感じた。たった一回倒されただけで、目の前の男は自分とは全く違う領域にいると思い知らされた。しかし、それでもカイルが諦める理由にはならなかった。

「うおおおおお…」

 カイルは歯を食いしばり立ち上がった。男もこれは予想外だったのか、少し目を見開いて驚く。

「やるなぁ、少年。その重りを背負って立ち上がるやつなんて一握りだぜ。」

男は感服の言葉を送る。しかし、それはカイルの耳には届かなかった。カイルはセレナを救い出すということ以外は一切考えていなかった。

 カイルは男に手のひらを向けた。

「はっ!」

 カイルが力を込めた瞬間、凄まじい暴風が街を吹き荒らした。砂埃が舞い、店の看板は激しく揺れ始める。黒い服を着た男たちは顔を庇うように腕を上げた。

 しかし、金属鎧を身につけた男だけは、暴風を真正面から受けても微動だにしなかった。

「うむ、悪くない技だな。」

 男はそう言い、カイルの手を取り下げさせた。それによりどんどん暴風は収まっていく。

 「くっ」

 カイルは手を振りほどこうとしたが、男はカイルの手を離さなかった。カイルは逆の手でもう一度技を放とうとするが、

「鉄獄‼」

 と男は右手を軽く下から上に振り上げた。その瞬間地面から無数の鉄柱がせり上がり、まるで監獄のような大きな鉄の檻がカイルを取り囲んだ。

「勇敢だし、技もよかった。有望だな。」

 男はカイルにそう言葉をかけた。しかし、カイルは檻から抜けようと必死でそれどころではなかった。

「テンペスト!」

 カイルは檻に向けて暴風を吹き付けた。だが、街の看板が風で飛ばされたりするだけで、檻は壊れるどころか揺れさえしなかった。

「今のままでは俺に勝つことは不可能だぜ?」

「なんだと?」

 ここで初めて、男の声がカイルに届いた。男の言葉にかみついたが、カイルにも圧倒的な実力差があることに気づいていた。男は檻の中にいるカイルに鎧の中から、一枚の紙を取り出し、差し出した。

「悪いが、この嬢ちゃんを連れて行くのは国の決定なんだ。もし、嬢ちゃんを取り戻したいなら強くなって戻ってこい。そうして会うなら何の問題もねえよ。修行ならつけてやるから、この場所に来いよ。」

 男が差し出したその紙をカイルは黙って受け取った。男はにこっと微笑み、振り返りカイルから遠ざかっていく。

「待てよ、待てぇぇぇ!!」

 カイルはそう叫ぶがその声は届かなかった。男は一度も振り返ることなくセレナと共に車に乗り込む。

「カイル!!」

「セレナー!!」

 カイルは必死にセレナへ手を伸ばした。しかし、その手が届くことはなかった。カイルが見届けるなかでセレナは車に乗せられ、どこかへと走り出してしまった。

 カイルはその場に立ち尽くした。

 つい先ほどまで、手を伸ばせば届く距離にいた幼なじみ。毎日のように顔を合わせ、くだらない話をして、笑い合っていた相手。

 それが今、どこかも分からない場所へ連れて行かれてしまった。

 「……くそっ!くそぉぉぉ!」

 カイルは檻に拳を打ち付けた。キンキンと高い金属音が街に響き渡る。拳に痛みが走ったが、カイルは檻を殴り続けた。車がカイルの視界から消えて少しの時間がたったころ、カイルを取り囲んでいた檻はすっと消えた。

 しかし、カイルは膝をついたまま立ち上がらなかった。カイルは深く息を吐いた。

 「……絶対に、取り戻す」

 カイルは車が走っていった方向にそう呟いた。その言葉は、誰に聞かせるためのものでもなかった。ただ、自分自身に言い聞かせるための言葉だった。

 男たちが去ってからしばらく経っても、町の人々はすぐには動き出さなかった。

 誰もが、先ほどまで起きていた出来事を目の当たりにしていたからだ。

 カイルは周囲を見回したが、人々は目を合わせようとしない。何かを知っているのに、口に出すことを恐れている。そんな様子だった。

 「……おい」

 カイルは近くにいた店主へ声をかけた。昨日、夜道でチンピラに絡まれていた、あの店主だった。

 「さっきの奴ら、何なんだ?」

 店主はびくりと肩を震わせた。

 「……知らない方がいい」

 「は?」

 「君はもう、関わらない方がいいんだ」

 「ふざけるな」

 「セレナが連れて行かれたんだぞ。何も知らないまま、黙っていられるわけないだろ」

 カイルのその言葉に、店主は口を閉じた。しばらく沈黙したあと、周囲を確認するように視線を動かす。

 それから、ようやく小さな声で話し始めた。

 「……あの方々は、この国を守っている人たちだ」

 「この国を守っている?」

 「ああ。国防の最前線に立つ者たち……サンドラ共和国の最上級守護騎士だ」

 カイルは眉をひそめた。

 最上級守護騎士

 その言葉は聞いたことがあった。

 国を守るため、元素神に認められた者たちがなる守護騎士のなかでも飛びぬけた力を持っている者たちの事。普通の守護騎士とは比較にならない力を持ち、国の存亡に関わる戦いに赴く存在。

 だが、実際に彼らの姿を見たことはなかった。

 「……最上級の守護騎士って、あんな奴らなのか?」

 「言葉には気をつけた方がいい」

 店主は真剣な顔でそう耳打ちした。

 「彼らは、この国を支えるために必ず必要な存在だ。国を守るためなら、どんな危険な場所にも赴く。彼らがいるからこそ、私たちはこうして暮らしていられるんだ」

 「だったら、どうしてセレナを連れて行く必要がある?」

 店主は答えなかった。

 「国を守ってるんだろ? だったら、セレナを怖がらせる必要なんてないはずだ」

 「……それは」

 店主は言いかけて、口を閉じた。何かを知っている。その言葉は分かった。

 だが、それ以上は聞き出せそうになかった。

 「君の気持ちも分かる。幼なじみなんだろう?」

 店主は静かに言った。

 「けれど、守護騎士が動いた、それも最上級が動いたということは、国にとって重要な事情があるということだ。私たちのような一般人が口を挟めることじゃないんだ」

 「……」

 「どうか、無茶だけはしないでくれ」

 店主の言葉にカイルは何も答えなかった。

 守護騎士。

 国防の最前線で元素神に認められた者たち。

 つまり、先ほどの男は、ただの兵士ではなかったということだ。あれほどの力を持つ人間が、国を守るために存在している。

 そして、その人間がセレナを連れて行った。

 カイルは拳を握りしめた。

 「……だったら、なおさらだ」

 「カイル君?」

 「国のためだろうが、何だろうが関係ない」

 カイルは顔を上げた。青い瞳の奥には、先ほどまでとは違う決意が宿っていた。

 「俺は、セレナを取り戻す」

 店主は目を見開いた。

 「やめておきなさい。相手は最上級守護騎士なんだぞ。君一人で相手にできるレベルじゃない」

 「分かってる」

 カイルは即答した。

 「今の俺じゃ、勝てないかもしれない」

 自分の力を過信するつもりはなかった。先ほどの金属の壁を見れば、相手の力と自分の力に天と地ほどの差があるのはカイルも感じていた。

 正面から挑んだところで、秒殺されるかもしれない。

 それでも、

 「……だからって、何もしない理由にはならないだろ」

 とカイルは言った。

 「カイル君!」

 呼び止める声が聞こえた。だが、振り返らなかった。カイルはもうやるしかないと感じていた。


 家へ戻る道のりは、いつもより長く感じられた。

 町の景色は変わっていない。見慣れた店も、石畳の道も、家々の並びも、昨日までと同じだった。

 だが、カイルにはすべてが違って見えた。

 セレナがいない。その事実だけで、カイルから町全体の色を奪ってしまったようだった。

 昨日、彼女と話したことを思い出す。元素神の器になれるなら、誰かを守るために力を使いたい。

 彼女は、そう言っていた。

 そのとき、カイルは何と答えただろうか。

 力を持っているかどうかよりも、それを何に使うかが大切だ。そう言ったはずだ。

 ならば、今の自分はどうするべきなのか。

 相手は守護騎士。国の決定に従って動いている。

 自分は元素神に認められていない、ただの一人の戦士だ。

 それでも、セレナを取り戻したいという気持ちはどんどん膨らんでいっている。カイルも恐怖は感じていた。国を敵に回すことはどういうことなのか、先ほどの男の実力を見て、カイルはこの街にはもう帰ってこれないかもしれないとまで感じていた。

 「……俺は、何をしていたんだ…」

 カイルは歩きながら、小さく呟いた。

 今まで、強くなるために鍛錬を続けてきた。元素神に選ばれなくても、自分の力で戦えるように。いつか何かが起きたとき、何もできずに終わらないように。そう考えて、毎日のように身体を鍛え、技を磨いてきた。

 だが、先ほどの出来事で思い知らされた。

 自分が鍛えてきた力だけでは、届かない場所がある。

 努力を続けてきたからといって、必ず勝てるわけではない。

 どれだけ強くなろうとしても、自分より強い相手はいる。

 それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。

 「……強くならないと」

 呟いた声は、誰にも届かなかった。

 「もっと、強く」

 カイルは拳を握りしめた。カイルの決意は固まっていた。

 その手は、まだ震えていた。

 恐怖から震えているのは、自分でも感じていた。

 ただ一つ、カイルの中ではっきりしていることは、ここで諦めれば、セレナは戻ってこなという事。セレナとはもう二度と会えないという事だった。

 カイルの頭にはセレナの笑顔がよぎる。今日もいつも通り笑って隣にいるはずだった。しかし、カイルが隣を見ても、セレナはいなかった。

 ならば、取り戻すしかない、カイルはそう感じた。

 自分がもっと強くなって、仲間を集めて、そして守護騎士に勝つ。

 カイルは顔を上げた。

 目の前には、自分の家があった。

 いつもなら、母さんが迎えてくれる。ジイが何かをからかい、食事の時間になれば、いつものように家族で食卓を囲む。

 だが、今日は違う。カイルは扉の前で一度立ち止まった。息を整え、ゆっくりと扉を開ける。

 そしてそのまま、二階に上がり自分の部屋に入る。部屋には鍛錬に使っているものなどがずらりと並んでいた。

 カイルは自分の机に置いてある、幼い頃のセレナと自分の写真を持ち上げた。セレナと眩いほどの笑顔で、カイルの目は熱くなっていた。カイルは写真を置いて、窓の外を見つめた。

 カイルはこれから何をすべきなのかを考えながら旅に必要なものを準備していた。いつもは楽観的な彼も、今回は違った。

 セレナを取り戻す為に何が必要なのか、これからどこへ向かうべきか。先のことを考え、一つ一つ準備していた。

 「セレナ……待ってろ!」

 カイルは写真のセレナにそう喋りかけた。

  

 

第2話終了

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