↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タコの捕食譚 ~喰らった獲物の力を八本の足に宿して~  作者: SN
第一海域・岩礁海

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/16

9本目【タコ×岩牙ウツボ】


タコは岩場を進んでいた。

道中で見つけた小魚やカニ、エビを捕まえては食べる。

同じものを食べるのも、もう何度目か分からない。


そのたびに足の奥にあるものは少しずつ濃くなり、変わった足もほんの少しずつ良くなっていった。


けれど、最近はあまり変わらなくなっていた。


タコはまた一匹の小魚を食べ終え、足の奥へ意識を向けた。

舐めるように触れると、いつもの味が広がってくる。


美味い。


ほんの少しだけ濃くなっている。

しかし、それだけだった。


タコは周囲を見渡した。

岩に砂、細い隙間。

どこも見慣れた場所で、泳いでいる獲物も似たようなものばかりだ。


違うものが食べたい。


タコはそのまま岩場の奥へ進んでいった。


しばらくすると、岩貝がいくつも張り付いている場所に出た。

以前食べたものと同じ岩貝が、あちこちの岩にくっついている。


タコは近くの一匹へ太い足を巻き付けた。

他の足を岩へ張り付けて身体を支え、そのまま力を込める。


岩貝の端が少しずつ浮き上がり、やがて岩から剥がれた。

以前はあれほど苦労した相手だが、今はそれほど難しくない。


タコは岩貝をひっくり返し、柔らかな部分へ齧り付いた。

中身を食べ終えると、別の岩貝も引き剥がして食べる。


もう一匹。

さらに一匹。


美味い。


けれど、足の奥にあるものはほとんど変わらなかった。

タコはそれ以上食べず、岩貝の群れを抜けてさらに奥へ進んだ。


しばらくすると、周囲の岩が少しずつ変わり始めた。

岩肌の色が暗くなり、一つ一つの岩も大きくなっている。

細かな割れ目よりも、奥まで続いていそうな深い穴が増えていた。


水の流れも少し違う。

タコは身体を低くし、周囲を見渡した。


知らない場所。


岩肌へ身体の色を合わせ、ゆっくりと進んでいく。

大きな岩の横を通ると、その側面に黒い穴が開いていた。


タコは穴へ目を向けた。

暗くて奥は見えない。


そのまま通り過ぎようとした。


次の瞬間、穴の中から何かが飛び出した。


大きな口。

白く尖った牙。


タコは反射的にカニの足を前へ突き出した。


巨大な口が硬い足へ噛み付いた。

強い衝撃で身体が引っ張られ、タコは慌てて他の足を岩へ張り付ける。


鋭い牙が甲殻へ食い込み、さらに顎へ力が込められた。


──バキッ!


分厚い甲殻が砕けた。


痛い。


タコが足を引こうとした瞬間、相手は噛み付いたまま頭を大きく振った。


──ブチッ!


甲殻ごと足先が噛み千切られた。

激しい痛みに、タコの身体が一斉に縮む。


目の前では、岩のような色をした長い身体がうねっていた。

大きな口には鋭い牙が何本も並び、噛み千切った足先をそのまま呑み込んでいく。


そして、その口が再びこちらへ向いた。


喰われる。


タコはエビの足を岩へ押し付けた。

縮めた足を一気に伸ばし、岩の間へ身体を飛ばす。


背後で水が大きく動いた。


タコは振り返らず、近くの岩陰へ逃げ込んだ。

さらに別の岩へエビの足を押し付け、勢いよく飛び出す。

大きな岩の横を抜け、その奥へ逃げていく。


やがて、背後の水の動きが遠のいた。

タコは少し速度を緩めた。


その直後だった。


横の岩陰から、再び巨大な口が飛び出した。

タコは咄嗟に岩貝の足を持ち上げ、硬い側を向けた。


鋭い牙が硬い表面へ食い込む。

強い衝撃で身体が揺さぶられたが、岩貝の足は噛み千切られなかった。


しかし、相手は離れない。


長い身体が大きくうねり、頭を左右へ振った。

タコは何本もの足を岩へ張り付け、引きずられそうになる身体を必死に支える。


タコは棘の生えた足を持ち上げた。

そのまま、噛み付いている相手の頭へ叩き付ける。


短い棘が皮膚へ食い込み、長い身体が大きく跳ねた。


牙が僅かに緩む。


タコは岩貝の足を引き抜き、すぐにエビの足を岩へ押し付けた。

身体が勢いよく飛び出し、岩の間を抜けていく。


背後では長い身体が激しくうねっていた。

相手はすぐに向きを変え、再び追いかけてくる。


タコは次の岩へエビの足を押し付けた。

再び身体が一気に飛び出し、距離が開く。


しかし、背後の水がすぐに大きく動いた。


速い。


長い身体が岩の間を滑るように進み、みるみる距離を詰めてくる。

大きな口が、すぐ後ろまで迫った。


タコは咄嗟に岩貝の足を横の岩へ伸ばした。

吸盤が強く張り付く。


前へ飛んでいた身体が横へ引かれ、進む向きが大きく変わった。

直後、巨大な口がすぐ横を通り過ぎる。


タコは岩貝の足を引き剥がした。

そのまま岩と岩の間を抜け、少し先にあった細い隙間へ飛び込む。


頭を縮め、足を畳む。

柔らかな身体を岩の隙間へ押し込んだ。


すぐ後ろまで長い身体が迫る。


巨大な口が隙間へ突っ込まれた。

鋭い牙が岩肌を擦り、細かな欠片が散っていく。


タコはさらに奥へ進んだ。


足を畳み、胴を押し潰すようにして狭い岩の間を抜けていく。


背後では、巨大な口が何度も隙間へ突き込まれていた。

牙が岩を削り、そのたびに水が激しく揺れる。


しかし、大きな頭は奥まで入ってこない。


タコは止まらず、さらに身体を押し込んだ。


やがて、背後の動きが弱くなった。

何度か水が揺れた後、長い身体が隙間から離れていく。


それでもタコは動かなかった。

岩の奥で身体を小さく丸め、じっと待ち続ける。


しばらくすると、水の流れも静かになった。


タコはゆっくりと振り返った。

暗い隙間の向こうには、もう何も見えない。


いない。


タコはその場へ身体を沈めた。

足を身体へ引き寄せ、岩の隙間に張り付く。


身体が僅かに震えていた。


噛み千切られた足を見る。

硬い甲殻に覆われていたはずの足先が、なくなっている。


あんなに硬かったのに。


タコは傷付いた足をそっと身体へ寄せた。


痛い。


あの大きな口に噛み付かれた瞬間、硬い甲殻が簡単に砕けてしまった。

さらに頭を振られ、足先を持っていかれた。


タコは身体を縮めた。


しばらくして、傷付いた足の奥へ意識を向ける。


いる。


そこに宿っているものは、まだ残っていた。

足先は失われているが、傷口は少しずつ塞がり始めている。


なくなっていない。


タコはその足を他の足で包むように引き寄せた。

しばらく身体を丸めたまま、じっと動かなかった。


大きな口。

鋭い牙。

長く、速い身体。


喰われるところだった。


怖い。


タコはさらに身体を縮めた。


外には、さっきの大きなものがまだいるかもしれない。

隙間から出れば、また噛み付かれるかもしれない。


あんなものには近づきたくない。


けれど。


巨大な口を思い出すと、別の感覚も湧いてきた。


あんなに強いもの。

今まで食べたことのないもの。


どんな味だろう。


タコはしばらく身体を丸めたまま、その味を想像するようにじっとしていた。


食べてみたい。


でも、怖い。


身体を伸ばしかけると、噛み千切られた足が痛んだ。

タコはすぐに足を引き寄せ、再び小さく丸まった。


そのまま、しばらく動かなかった。


やがて身体の震えが少しずつ収まり、傷口の痛みも弱くなっていく。

タコはゆっくりと頭を持ち上げた。


岩の隙間は、さらに奥へ続いている。


タコは一度だけ後ろを振り返った。

暗い隙間の向こうには、何も見えない。


けれど、あいつがいるかもしれない。


タコは狭い隙間の奥へ身体を伸ばした。

柔らかな身体を押し込み、少しずつ進んでいく。


やがて、前方が明るくなった。


タコは隙間から外を覗いた。

大きな岩がいくつも並び、その間には深い穴が開いている。


今までいた岩場とは違う景色だった。


知らない場所。


タコは身体を低くし、岩と同じ色へ変えた。

しばらく周囲を見渡してから、ゆっくりと隙間を抜け出す。


知らない場所。

また、あんな大きなものがいるかもしれない。


タコは岩肌へ身体を寄せ、慎重に進んでいった。


その時だった。

少し先の岩陰を、見たことのない何かが横切った。


タコは動きを止めた。

知らないもの。


身体をさらに岩へ寄せ、じっとその姿を見つめる。


どんな味だろう。


タコはしばらく動かなかった。

それから、岩肌に紛れたまま、ゆっくりと後を追い始めた。


【現在の八腕】

 一ノ足:細身小魚

 二ノ足:太身小魚

 三ノ足:エビ

 四ノ足:カニ

 五ノ足:ウニ

 六ノ足:太身魚

 七ノ足:細身魚

 八ノ足:岩貝

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。