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タコの捕食譚 ~喰らった獲物の力を八本の足に宿して~  作者: SN
第一海域・岩礁海

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10/16

10本目【タコ×岩ダコ】


逃げられた。


タコは遠ざかっていく魚を見つめていた。

岩に似た色をした、見たことのない魚だった。


追いつけなかったわけではない。

近づく前に気付かれてしまった。


タコは自分の身体を見た。

周囲の岩と同じような色に変えていたのに、見つかってしまった。


タコはしばらく魚が消えた方を見ていたが、やがて岩場を進み始めた。

途中で、何度か知らない生き物を見つけた。


大きな身体。

硬そうな殻。

岩の隙間から覗く太い足。


タコは少し離れた場所から眺めた。


食べられるだろうか。


ふと、先ほどの大きな口と牙を思い出す。

硬い足を噛み砕かれ、足先を喰い千切られた。


怖い。


タコは身体を低くし、知らない生き物から離れた。

もっと小さいものがいい。


そのまま岩場を進んでいく。


しばらくすると、岩の近くを一匹の魚が泳いでいた。

先ほど逃げたものと同じ、岩に似た色をした魚だ。


周囲へ紛れて少し見つけにくいが、身体はそれほど大きくない。

鋭い牙も、硬そうな殻も見えなかった。


食べたい。


タコは岩陰へ身体を寄せ、周囲と同じ色に変えた。

そのまま動かず、魚が近づいてくるのを待つ。


魚はゆっくりと岩の近くを泳いでいた。

タコが僅かに身体を動かした瞬間、その動きが止まる。


魚がこちらを向いた。

次の瞬間、勢いよく泳ぎ去っていった。


また逃げられた。


タコは追わず、岩へ身体を張り付けたまま遠ざかる魚を見ていた。


しばらくして、別の魚を見つけた。

先ほどと同じ、岩に似た色をした魚だ。


今度は身体を動かさず、岩へぴったりと張り付いた。


魚が少しずつ近づいてくる。

タコはじっと待ち続けた。


しかし、魚は途中で止まった。

しばらくこちらを見た後、ゆっくりと向きを変えて離れていく。


タコは岩へ張り付いたまま動かなかった。


隠れている。

それでも、見つかる。


前はもっと捕まえられたのに。


タコは離れていく魚を見つめた。


腹が減った。

食べたい。


やがて身体を岩から離し、再び獲物を探して進み始めた。


少し先を、また同じような魚が泳いでいた。

タコは身体を低くした。


今度こそ。


けれど、魚はこちらへ近づいてこなかった。

岩の間をゆっくりと泳ぎ、そのまま大きな岩のすぐ近くまで進んでいく。


次の瞬間だった。


岩が動いた。


八本の足が一斉に広がり、近づいてきた魚へ絡み付いた。

魚が驚いて逃げようとしたが、何本もの吸盤に捕らえられ、そのまま岩へ引き寄せられる。


タコは動きを止めた。


岩じゃない。


丸い身体。

八本の足。


自分と同じ。


岩と同じ色に身体を変えていた、別のタコだった。


こちらよりも大きい。

太い足が魚を包み込み、逃げようとする身体を押さえ付けている。


岩ダコだった。


魚が激しく暴れた。

しかし、岩ダコは何本もの足を絡ませたまま離さない。


やがて魚の動きが弱くなり、岩ダコがその身体へ噛み付いた。

タコはじっと見つめていた。


捕まえた。


自分は何度も逃げられた。

けれど、あいつは簡単に捕まえてしまった。


岩ダコの足の隙間から、魚の身体が覗いている。


美味そう。


タコの腹は減っていた。

目の前には、ずっと捕まえられなかった魚がいる。


欲しい。


タコは岩肌と同じ色のまま、ゆっくりと近づいた。

岩ダコは獲物へ噛み付いており、こちらには気付いていない。


タコは速く伸びる足を僅かに持ち上げた。

そして、岩ダコが抱えている魚へ一気に伸ばす。


吸盤が魚の身体へ張り付き、そのまま巻き付いた。

タコは足を縮め、獲物を引っ張る。


魚の身体が僅かにこちらへ動いた。


岩ダコが動きを止めた。

こちらへ顔を向けると、獲物を抱えた足へ力を込める。


魚が向こうへ引かれた。


タコも足へ力を込めた。

獲物の身体が二匹の間で引っ張られる。


離さない。


岩ダコは魚を抱えたまま、別の二本の足をこちらへ伸ばしてきた。

タコも空いている足を伸ばす。

互いの足が絡み合い、岩ダコの吸盤がタコの足へ張り付いた。


強く引かれる。


タコの身体が岩から離れかけた。

すぐに岩貝の足を近くの岩へ伸ばし、吸盤を張り付ける。


身体が止まった。


岩ダコはさらに引っ張った。

しかし、岩貝の足はしっかりと張り付き、タコの身体は動かなかった。


タコはそのまま太身魚の足を伸ばし、岩ダコの胴へ巻き付けた。

強い力で引くと、大きな身体が僅かにこちらへ動く。


けれど、岩ダコも空いた足を岩へ張り付けた。


互いの身体が止まった。


魚はまだ岩ダコの足に抱えられている。

タコはさらに力を込めた。


欲しい。


岩ダコが何本もの足を伸ばしてきた。

吸盤が次々とタコの身体へ張り付き、そのまま締め付ける。


タコは身体を捻った。

しかし、岩ダコの足は太く、なかなか外れない。


苦しい。


タコはカニを食べて硬くなった足を振り、岩ダコの胴へ叩き付けた。


衝撃で岩ダコの足が僅かに緩む。

タコはすぐに棘の足を伸ばし、絡み付いている足へ押し付けた。


短い棘が柔らかな皮膚へ食い込む。

岩ダコの身体が大きく跳ね、張り付いていた吸盤がいくつか外れた。


タコはそのまま棘の足を引き、もう一度叩き付けた。


今度は獲物を抱えている足へ当たった。

棘が食い込み、岩ダコの足が大きく縮む。


魚を押さえていた力が緩んだ。


タコは巻き付けていた足を強く引いた。

獲物が岩ダコの足から抜けた。


取れた。


タコはすぐに魚を身体の下へ抱え込んだ。

何本もの足で包み込み、岩へ押さえ付ける。


けれど、食べる間はなかった。


岩ダコが飛び付いてきた。


大きな身体がぶつかり、何本もの足が一気に巻き付く。

タコは獲物を抱えたまま岩へ押し付けられた。


岩ダコの吸盤が身体へ張り付き、強い力で締め付けてくる。


苦しい。


タコは足を動かそうとした。

しかし、岩ダコの足が邪魔になり、思うように伸ばせない。


大きな身体がさらに近づいてくる。

足の間から、岩ダコの口が迫った。


喰われる。


タコは身体を捻った。

その拍子に、抱えていた魚が足の間から滑り落ちる。


獲物が岩の上へ落ちた。

タコは思わずそちらを見た。


欲しかったのに。


けれど、岩ダコの足がさらに強く締まった。

タコは身体を縮め、近づいてくる口から逃れようとする。


痛い。

苦しい。


タコは岩貝の足を伸ばし、近くの岩へ強く張り付けた。

身体を固定すると、太身魚の足を岩ダコの胴へ巻き付ける。


そのまま強く引っ張った。


岩ダコの身体が僅かに離れた。

しかし、吸盤がタコの身体へ張り付いたままで、それ以上は動かない。


タコは棘の足を持ち上げた。

身体へ絡み付いている岩ダコの足へ、短い棘を叩き付ける。


棘が食い込み、岩ダコの足が大きく縮んだ。

吸盤がいくつか外れる。


タコは同じ足へ、さらに棘を押し付けた。

岩ダコが身体を捻り、張り付いていた吸盤が次々と剥がれていく。


タコは太身魚の足へ力を込めた。

岩ダコの胴が引き離される。


それでも、岩ダコはすぐに別の足を伸ばしてきた。

タコは太い足で胴を締め付けたまま、近づく足へ棘を押し付ける。


別の足が伸びてくる。

今度はカニの足を振り、硬い表面で弾いた。


岩ダコの動きが僅かに鈍った。


タコは太い足を縮め、大きな身体を引き寄せた。

そのまま足の間から口を伸ばし、柔らかな胴へ噛み付く。


深く齧った。


岩ダコの身体が大きく跳ねた。

何本もの足が一斉に暴れ、タコの身体へ絡み付こうとする。


タコは太い足を離さなかった。

棘の足で近づく足を押し返しながら、再び岩ダコの胴へ口を寄せる。


さっき噛んだ場所へ、もう一度齧り付いた。


岩ダコが大きくうねった。

太い足を振りほどこうとするが、タコはさらに強く締め付ける。


何本もの足がタコの身体を叩き、吸盤が張り付いてくる。

そのたびに棘の足を押し付け、硬い足で弾いた。


タコは口を離さず、柔らかな胴へ繰り返し噛み付いた。


岩ダコの動きが少しずつ弱くなる。

締め付けていた足から力が抜け、張り付いていた吸盤も外れ始めた。


タコはさらに深く齧った。

その一口で、岩ダコの身体から何かが抜け出し、タコの中へ流れ込んできた。


ッ!


岩ダコの足が力を失い、岩の上へ広がった。


タコはしばらくその身体を押さえていた。

何も動かない。


ようやく足を離すと、すぐ近くに落ちている魚へ目を向けた。


欲しかったもの。


タコは足を伸ばし、魚へ巻き付けた。

そのまま身体の下へ引き寄せ、口を押し付ける。


齧る。

美味い。


ずっと捕まえられなかった魚。

ようやく食べられた。


タコは夢中で齧り付いた。

柔らかな肉を次々と口へ運び、空いていた腹を満たしていく。


やがて、魚の食べられる部分がほとんどなくなった。


けれど、まだ足りない。


タコは顔を上げた。

すぐ横には、岩ダコが横たわっている。


自分と同じ身体。

八本の足。


タコはしばらく動かなかった。


さっきまで、自分を締め付けていたもの。

大きくて、強かったもの。


今は動かない。


タコは岩ダコへ足を伸ばした。

柔らかな胴へ吸盤を張り付け、少し引っ張る。


反応はない。

食べられる。


タコは岩ダコの身体へ口を寄せ、齧り付いた。


柔らかい。


少し力を込めるだけで肉が千切れ、口へ入ってくる。

タコはさらに齧った。


美味い。


魚ともエビとも、カニとも違う。

どこか知っているようで、今まで食べたことのない味だった。


タコはそのまま食べ続けた。


自分と同じ形の身体も、齧れば柔らかい肉だった。

空腹も少しずつ満たされていく。


やがて、食べられるところがほとんどなくなった。

タコは身体を離し、自分の足を見た。


変わっていない。


速く伸びる足。

太い足。

硬い足。

棘の足。


どの足も、前と同じだった。


タコはしばらく足を動かした。

それから、身体の中へ意識を向ける。


いる。

さっき入ってきたもの。


けれど、八本の足にはいなかった。


もっと奥。

身体の深いところに、何かが収まっている。


タコはそこへ意識を向けた。

そして、舐めるように触れようとする。


その瞬間。


身体の奥が僅かにざわついた。

タコは思わず動きを止める。


何か嫌だ。


理由は分からない。

けれど、今ここで触れてはいけない気がした。


タコは周囲を見渡した。

大きな岩。

深い穴。

どこに何が隠れているか分からない。


ここは危ない。

タコは身体の奥にあるものから意識を離した。


隠れたい。


身体を岩肌と同じ色へ変え、周囲を確かめながらゆっくりと進んでいった。

しばらくすると、身体をすっぽり隠せそうな狭い岩穴を見つけた。


タコは入り口から奥を覗いた。

暗く、狭い。


身体を押し込み、奥まで進んでいく。

周囲の岩へ吸盤を張り付け、身体を小さく丸めた。


外からは見えにくい。


ここなら。


タコはもう一度、身体の奥へ意識を向けた。


いる。


足の中にあるものとは違う。

もっと深いところに、さっき入ってきたものが収まっている。


タコはゆっくりと触れてみた。

味が広がる。


不思議な味だった。


魚とも違う。

エビとも、カニとも違う。


けれど、まったく知らない味でもなかった。


どこか、自分の身体に似た感覚がある。

その奥には、今まで味わったことのないものが隠れていた。


美味い。


タコはもう少し深く触れた。

すると、身体の奥が僅かに熱くなった。


熱い。


タコは動きを止めた。

けれど、痛みはない。


不思議な熱が、身体の奥からゆっくりと広がっていく。


タコはもう一度、その味へ触れてみた。

やっぱり美味い。


その瞬間、熱がさらに強くなった。


身体が重い。


タコは足を動かそうとした。

動く。

けれど、いつもより力が入らない。


八本の足をゆっくりと縮める。


眠い。


タコは身体を小さく丸めた。


熱はまだ広がっている。

皮膚の下で何かがゆっくりと動き、身体そのものが少しずつ変わっていくような感覚があった。


何だろう。


タコは岩穴の奥へさらに身体を押し込んだ。

暗く、狭い場所に身体を収めると、少しだけ落ち着いた。


けれど、眠気は強くなっていく。

タコは最後にもう一度、身体の奥にあるものへ触れた。


濃い。

知らない味が、まだ奥にある。


美味い。

もっと味わいたい。


そう思いながらも、足から少しずつ力が抜けていく。


タコは身体を岩へ張り付けたまま、ゆっくりと目を閉じた。

そして、意識は深く沈んでいった。


●岩ダコ

特徴:

 岩礁海深部に棲むタコ。

 岩場への擬態と吸着に優れ、周囲へ溶け込んで獲物を待ち伏せする。


【現在の八腕】

 一ノ足:細身小魚

 二ノ足:太身小魚

 三ノ足:エビ

 四ノ足:カニ

 五ノ足:ウニ

 六ノ足:太身魚

 七ノ足:細身魚

 八ノ足:岩貝

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