11本目【タコ×岩逃魚】
タコは目を覚ました。
暗い岩穴の奥。
しばらく動かずにいると、身体に何か違和感があった。
重い。
けれど、嫌な重さではない。
足を一本動かしてみる。
岩穴の壁へ吸盤を張り付け、身体を引くと、以前より強い力が入った。
強い。
一つ一つの吸盤も、前よりしっかりと岩へ張り付いている。
タコはゆっくりと身体を起こし、自分の身体を見た。
眠る前より少し大きくなり、身体にも厚みが増している。
皮膚も違う。
前より暗く、岩のようなまだら模様が薄く浮かんでいた。
岩ダコを食べる前とは違う。
身体そのものが変わっていた。
タコは八本の足を動かした。
速く伸びる足。
太く強い足。
身体を速く動かす足。
硬い足。
棘の足。
もっと強い足。
もっと速く、遠くまで伸びる足。
強く張り付く足。
全部残っている。
けれど、少し違う。
太身小魚の足へ力を入れると、以前より強かった。
太身魚の足はさらに強く、近くの岩へ巻き付けて引くと、身体がぐっと引き寄せられた。
細身魚の足も伸ばしてみる。
以前より速く、遠くまで届いた。
カニの足も、ウニの足も、岩貝の足も形は変わっていない。
けれど、動かしてみると以前より力強かった。
タコは八本の足を眺めた。
身体が変わった。
足も強くなった。
それだけではない。
前より少しだけ、考えやすい。
今までなら何となく見ていたものが、少しだけ繋がる。
自分も岩へ紛れていた。
岩ダコも岩へ紛れていた。
けれど、違った。
自分は何度も見つかった。
岩ダコは、魚がすぐ近くまで来ても見つからなかった。
タコは自分の身体を見た。
前より岩に近い。
タコは岩穴の外へ目を向けた。
何度も逃げられた魚。
今なら。
タコは岩穴から出た。
周囲には暗い色の大きな岩が並んでいる。
身体をその一つへ寄せ、色を変える。
すぐに岩と同じ暗い色になった。
それだけではなく、皮膚にまだら模様が浮かび、岩肌の細かな凹凸まで似た形へ変わっていく。
タコは身体を岩へ張り付けた。
じっとしていると、岩と身体の境目が分かりにくくなる。
タコはそのまま動きを止めた。
しばらくすると、小さな魚が岩の向こうから現れた。
岩に似た体色をした、何度も逃げられた魚。
岩逃魚だった。
タコは動かない。
岩逃魚が少しずつ近づいてくる。
前ならもっと遠くで止まり、こちらを見ていた。
けれど、今回は止まらない。
岩逃魚はそのまま近づき、タコの目の前を通り過ぎようとした。
タコは速く伸びる足を一気に伸ばした。
吸盤が岩逃魚の身体へ張り付き、そのまま巻き付く。
魚は大きく跳ね、逃げようと身を翻した。
タコはすぐに二本目の足を伸ばし、続けて太い足も巻き付ける。
岩逃魚は激しく身体を振ったが、太い足へ力を込めると動きが鈍った。
タコはさらに足を絡ませ、身体を押さえ込んだ。
そのまま柔らかな部分へ噛み付く。
岩逃魚が大きく暴れる。
けれど、タコは足を離さず、もう一度深く齧った。
やがて魚の動きが弱くなり、身体から力が抜けていく。
さらに一口。
その瞬間、何かが岩逃魚の身体から抜け出し、タコの中へ流れ込んできた。
来た。
タコはそのまま次の一口を齧ろうとした。
けれど、身体の中にむずむずとした違和感が残っていた。
タコは動きを止めた。
さっき入ってきたものが、どの足にも入っていない。
岩ダコのものがいる場所とも違う。
身体の中を、どこにも落ち着かず漂っている。
タコが意識を向けていると、新しいものが少しずつ身体の外へ向かい始めた。
逃げる。
タコは慌てて引き戻そうとした。
一度は戻ってくるが、すぐにまた外へ向かおうとする。
このままでは、出ていく。
タコは八本の足を見た。
いつものものは、全部そこにいる。
岩ダコのものも、もっと奥にいる。
タコは近くの足へ意識を向けた。
すると、新しいものがそちらへ動いた。
入る。
その瞬間、足の奥にいたものが薄くなり始めた。
タコはびくりと身体を縮めた。
なくなる。
すぐに新しいものを引き戻す。
薄くなっていたものも、元のように戻っていった。
タコはしばらく動かなかった。
今度は別の足へ意識を向けた。
新しいものがそちらへ動き、前からいたものが同じように薄くなる。
タコは慌てて引き戻した。
まただ。
どこかへ入れると、そこにいるものが消えてしまう。
タコは八本の足を見た。
どれか一つ。
なくなる。
しばらく動かなかった。
やがて、足の奥にあるものへ一つずつ意識を向けていく。
舐めるように触れる。
硬い味。
尖った味。
重い味。
濃い味。
どれも、何度も食べて前より濃くなっている。
どれも美味い。
タコは一つずつ味わった。
これは好き。
これも好き。
最後に、細身小魚のものへ触れた。
美味い。
けれど、似た味がもう一つある。
細身魚のものだ。
こちらの方が鋭く、味も濃い。
足も、もっと速く遠くまで伸びる。
タコは二つの味を交互に確かめた。
どちらも美味い。
けれど、細身小魚の方は少しだけ惜しくない。
タコはもう一度、その味を楽しんだ。
それから、身体の中を漂う新しいものへ意識を向ける。
まだ、どんな味か分からない。
知らないもの。
食べてみたい。
タコは細身小魚の足を見た。
これにする。
新しいものを、その足へ向ける。
今度は引き戻さなかった。
新しいものが足へ入り込んでいく。
それと入れ替わるように、前からいたものが少しずつ薄くなった。
タコはじっとしていた。
長く味わってきたもの。
最後に、ほんの少しだけ触れる。
美味い。
けれど、その味も次第に薄くなっていく。
そして、消えた。
新しいものが足の奥へ収まる。
身体の中にあったむずむずとした違和感も消えた。
直後、足が変わり始めた。
表面の色が暗くなり、岩に似たまだら模様が浮かんでいく。
形そのものは大きく変わらないが、周囲の岩へ馴染みやすい色に変わっていた。
タコは新しい足を動かした。
前のように速く遠くまで伸びることはない。
けれど、岩へ張り付けると、暗い色の足が周囲によく馴染んだ。
タコはしばらくその足を眺めた。
それから、足元の岩逃魚へ目を戻す。
腹が減っている。
タコは魚へ齧り付いた。
美味い。
あの岩ダコから奪った魚。
今度は、自分で捕まえた。
肉は柔らかく、少し締まっている。
噛むたびに淡い味が広がり、タコは夢中で食べ続けた。
やがて、食べられるところがほとんどなくなる。
タコは身体を離し、新しく変わった足を動かした。
岩陰へ伸ばしてみる。
暗い色の足が岩肌へ馴染み、ほとんど目立たなくなった。
タコはその足の奥へ意識を向けた。
新しく入ってきたものが、そこに収まっている。
舐めるように触れる。
味が広がった。
軽い。
けれど、ただ軽いだけではない。
滑らかな味の中に、小さな違いがいくつも混じっている。
何かが僅かに引っ掛かるような、不思議な感覚。
その違いが、浮かんでは消えていく。
タコはもう一度味わった。
面白い。
今までのどれとも違う味だった。
タコはしばらくその味を楽しんだ。
それから、周囲を見渡す。
岩。
穴。
影。
その時、少し離れた岩陰で何かが僅かに動いた。
タコはそちらへ目を向けた。
岩と岩の間にある、暗い穴。
何も見えない。
けれど、何かが気になる。
タコはじっと穴を見つめた。
しばらくすると、奥の暗がりで何かがもう一度動いた。
ほんの僅かな動きだったが、すぐに気付いた。
何かいる。
前なら、気付かなかったかもしれない。
タコは身体を岩へ寄せた。
皮膚の色が暗くなり、まだら模様が岩肌へ馴染んでいく。
新しく変わった足も、周囲の岩へ紛れていた。
タコはもう一度、暗い岩穴を見た。
食べられるだろうか。
すぐには近づかず、岩へ身体を溶け込ませたまま様子を見る。
それから、ゆっくりと穴の方へ進んでいった。
●岩ダコ
特徴:
岩礁海深部に棲むタコ。
岩場への擬態と吸着に優れ、周囲へ溶け込んで獲物を待ち伏せする。
獲得能力:
同族の魂は足ではなく本体へ取り込まれる。
身体そのものが岩ダコをベースとした姿へ変化。
体格・筋力・吸盤・再生力などの基礎性能が上昇する。
とくに岩場への擬態性能が大きく強化される。
思考力も僅かに上昇する。
●岩逃魚
特徴:
岩に似た体色を持つ小型魚。
周囲の色や形、僅かな動きの違いに敏感で、異物や不自然な変化を察知するとすぐに逃げる。
獲得能力:
足が岩に似た体色へ変化。
周囲の僅かな違和感や動きを察知する感覚が強化され、隠れている生物や不自然な変化に気付きやすくなる。
【現在の八腕】
本体:岩ダコ
一ノ足:細身小魚→ 岩逃魚
二ノ足:太身小魚
三ノ足:エビ
四ノ足:カニ
五ノ足:ウニ
六ノ足:太身魚
七ノ足:細身魚
八ノ足:岩貝




