12本目【タコ×岩鋏エビ】
タコは岩へ身体を寄せたまま、ゆっくりと進んでいた。
少し先にある暗い岩穴。
その奥で、何かが動いている。
岩逃魚の足へ意識を向ける。
暗くてよく見えない場所だが、僅かな動きが気になった。
何かいる。
タコは身体を岩と同じ色へ変え、穴の入口へ近づいた。
すぐ横の岩へ張り付き、そのまま動きを止める。
穴の奥は暗い。
けれど、じっと見ていると、何かの姿が浮かんできた。
硬そうな身体。
細長い脚。
そして、片側だけ異様に大きな鋏。
岩鋏エビだった。
大きな鋏は岩のようにごつごつしており、もう片方の鋏よりもずっと太い。
身体の半分ほどを穴の奥へ隠し、その鋏を入口へ向けている。
タコはじっと見つめた。
前に食べたエビに似ている。
けれど、あんなに大きな鋏はなかった。
タコはエビの足の奥へ意識を向けた。
そこにあるものを、舐めるように味わう。
美味い。
あの味。
こいつは、どんな味だろう。
タコは岩穴の奥を見た。
食べたい。
細身魚の足をゆっくり伸ばし、岩鋏エビへ近づける。
その瞬間、大きな鋏が動いた。
──ガチンッ。
足のすぐ近くで鋏が閉じる。
タコは慌てて足を引っ込めた。
危ない。
岩鋏エビは大きな鋏を開き、こちらへ向けている。
タコがもう一度足を近づけると、鋏が素早く閉じた。
タコは足を戻した。
速い。
それに、硬そう。
以前、カニに足を切られた時のことを思い出す。
あの鋏より、ずっと大きい。
タコはカニを食べて硬くなった足を動かしかけた。
けれど、岩甲殻の裏側を持つ岩貝の足を伸ばし、硬い部分を鋏へ向けた。
岩鋏エビが反応する。
大きな鋏が、岩貝の足を挟み込んだ。
強い。
鋏が閉じる力で、足が強く押される。
けれど、硬い部分は砕けなかった。
タコはそのまま足を引いた。
岩鋏エビの身体が僅かに動く。
細い脚を岩へ突っ張り、穴の奥へ戻ろうとする。
タコはさらに引っ張った。
岩鋏エビの身体が、少しずつ穴の入口へ近づいていく。
しかし、岩鋏エビは大きな鋏を開いた。
挟まれていた足が外れると、尾を勢いよく曲げ、穴の奥へ跳ねるように逃げ込んだ。
タコはその姿を追った。
まだいる。
今度は岩貝の足を、穴の奥へ深く差し込む。
岩鋏エビが再び大きな鋏を振るった。
鋏が岩貝の足を挟み込む。
今度は硬い外側ではなく、吸盤のある部分だった。
痛ッ。
タコは足を引こうとした。
けれど、鋏が強く食い込み、簡単には抜けない。
柔らかな吸盤が押し潰され、痛みが強くなる。
タコは身体を縮め、足を強く引いた。
岩鋏エビの身体が穴の中を滑った。
何本もの脚で踏ん張ろうとするが、少しずつ引きずられていく。
やがて、岩鋏エビが大きな鋏を開いた。
挟まれていた足が解放される。
タコはすぐに足を引き戻しかけた。
しかし、目の前には岩鋏エビの胴がある。
そのまま足を伸ばし、胴へ巻き付けた。
吸盤が硬い殻へ張り付く。
岩鋏エビが慌てて大きな鋏を振るった。
何度も岩貝の足を挟み込もうとするが、今度は硬い外側が鋏を受け止めた。
タコは足を離さなかった。
他の足を周囲の岩へ張り付け、身体を固定する。
そして、岩鋏エビの胴へ巻き付けた足を一気に引いた。
何本もの脚で踏ん張っていた岩鋏エビが、穴の外へ引きずり出された。
岩鋏エビはすぐに尾を曲げ、身体を跳ねさせた。
その勢いで逃れようとするが、岩貝の吸盤は離れない。
タコはさらに足を伸ばした。
太身魚の足を胴へ巻き付け、カニの硬い足で大きな鋏を押さえる。
岩鋏エビが鋏を振り回そうとするが、硬い足に押さえられて動かせない。
タコは太身魚の足へ力を込めた。
岩鋏エビの身体が強く締め付けられる。
硬い殻が軋み、脚が激しく動いた。
タコはさらに締め付けた。
──パキッ。
胴を覆う殻の継ぎ目が割れた。
タコは割れた場所へ口を近づけ、そのまま噛み付いた。
岩鋏エビが大きく跳ねる。
けれど、巻き付いた足は離れない。
タコはもう一度、割れたところへ深く齧り付いた。
岩鋏エビの動きが弱まり、大きな鋏からも少しずつ力が抜けていく。
さらに一口。
その瞬間、岩鋏エビの身体から何かが抜け出し、タコの中へ流れ込んできた。
来た。
タコはそのまま次の一口を齧ろうとした。
けれど、身体の中にむずむずとした違和感が広がっていた。
まただ。
タコは身体の中へ意識を向けた。
新しく入ってきたものが、どの足にも入らず漂っている。
岩ダコのものがいる場所とも違う。
やがて、その新しいものが身体の外へ向かおうとした。
タコは慌てて引き戻す。
八本の足は、もう全部変わっている。
どれか一つ。
またなくなる。
タコは足の奥にあるものへ順番に触れていった。
舐めるように、味を確かめる。
硬い味。
尖った味。
重い味。
弾けるような味。
どれも美味い。
けれど、好きな味は少しずつ違う。
タコは太身小魚のものへ触れた。
何度も食べて、前より濃くなっている。
美味い。
次に、太身魚のものを味わう。
こちらはもっと重く、濃い味だった。
タコは二つの味を交互に確かめた。
どちらも美味い。
けれど、こっちの方が好き。
タコは太身魚の足を動かした。
以前からある太い足より、ずっと強い。
新しいものは、まだ身体の中を漂っている。
タコは太身小魚の足を見た。
これにする。
新しいものを、その足へ向けた。
太身小魚のものが少しずつ薄くなっていく。
何度も味わってきたものが、身体から消えようとしていた。
惜しい。
タコはもう一度だけ、その味へ触れた。
美味い。
やがて古い味が消え、代わりに新しいものが足の奥へ収まった。
身体の中にあったむずむずとした感覚もなくなる。
直後、足が変わり始めた。
足先が太くなり、硬い殻に覆われていく。
先端が左右へ分かれ、岩のようにごつごつした二つの鋏が形作られた。
タコは新しい足を見た。
鋏だ。
足先を動かすと、鋏がゆっくり開いた。
そのまま力を込める。
二つの鋏が勢いよく閉じた。
タコはもう一度開き、閉じてみた。
強い。
さっきまで自分の足を挟んでいた鋏。
それが、今は自分の足についている。
タコは岩鋏エビを見た。
まだ食べていない。
タコはその身体へ齧り付いた。
美味い。
殻の下には柔らかく弾力のある肉が詰まっていた。
以前食べたエビに似ているが、こちらの方が味が少し濃い。
タコは殻の隙間を探しながら、次々と齧り付いた。
大きな鋏の付け根や胴の内側にも肉が残っている。
やがて、食べられるところがほとんどなくなった。
タコは身体を離し、新しく変わった足を動かした。
近くにある岩の小さな突起を、鋏で挟んでみる。
二つの硬い先端が閉じ、岩をしっかりと掴んだ。
タコはそのまま引っ張った。
けれど、挟んだ岩は外れない。
今度は鋏へ力を込めた。
──パキッ。
岩の突起が欠けた。
タコは鋏を開いた。
小さな岩の欠片が落ちていく。
砕けた。
今度は別の突起を挟み、強く閉じてみる。
こちらも硬い岩が欠けた。
タコは新しい足を何度か動かした。
重い。
細かな動きは少し遅い。
けれど、強く掴める。
挟んだものを、簡単には離さない。
気に入った。
タコはその足の奥へ意識を向けた。
新しく入ってきたものへ、舐めるように触れる。
濃い味が広がった。
硬く、重い。
その奥に、何かをぎゅっと押し潰すような刺激がある。
美味い。
タコは以前食べたエビの足へ意識を向けた。
舐めるように触れると、小さく弾けるような味が広がる。
こっちも美味い。
もう一度、岩鋏エビのものへ触れた。
重く、強く押し潰すような味。
似ている。
けれど、違う。
タコは二つの味を何度か楽しんだ。
やがて満足すると、周囲へ目を向けた。
大きな岩。
深い穴。
入り組んだ隙間。
タコは新しい鋏の足をゆっくりと動かした。
これなら、もっと強いものも捕まえられるかもしれない。
身体を岩へ寄せ、皮膚の色と模様を周囲へ合わせる。
そのまま、ゆっくりと岩場を進んでいった。
しばらくすると、少し先の岩陰で何かが動いた。
タコは足を止めた。
大きな岩の向こう。
そこに、さっきのエビよりも大きなものがいる。
硬そうな身体。
太い脚。
岩のように分厚い甲羅。
岩甲ガニだった。
タコはじっと見つめた。
大きくて硬そうな身体。
強そうな二本の鋏。
タコは新しく変わった足を動かした。
岩を砕いた鋏をゆっくりと開き、閉じる。
あちらの方がずっと大きい。
それでも、食べてみたい。
タコは岩へ身体を寄せたまま、大きなカニを見つめていた。
●岩鋏エビ
特徴:
岩礁海深部の岩穴に潜む甲殻類。
片方の鋏が岩のように硬く、大きく発達している。
強力な鋏で獲物を捕らえ、外敵を撃退する。
獲得能力:
足先が岩のように硬い鋏へ変化する。
挟み込みに特化し、掴む力と砕く力が上昇。
獲物を強く挟んで拘束できる。
【現在の八腕】
本体:岩ダコ
一ノ足: 岩逃魚
二ノ足:太身小魚 → 岩鋏エビ
三ノ足:エビ
四ノ足:カニ
五ノ足:ウニ
六ノ足:太身魚
七ノ足:細身魚
八ノ足:岩貝




