13本目【タコ×岩甲ガニ】
タコは岩へ身体を寄せたまま、大きなカニを見つめていた。
岩のように分厚い甲羅に、太く頑丈そうな歩脚。
身体の左右には、大きな鋏が一本ずつ付いている。
岩甲ガニだった。
タコは新しく変わった鋏足を動かした。
岩を砕いた鋏がゆっくり開き、勢いよく閉じる。
あのカニにも鋏がある。
けれど、あちらの方がずっと大きい。
タコが近づこうとした時だった。
少し離れた岩穴から、細長いものが飛び出してきた。
大きな口を開き、岩甲ガニへ勢いよく迫っていく。
タコは動きを止めた。
あいつ。
鋭い牙に長い身体。
岩の隙間を泳ぐ姿は、以前カニの足を噛み千切られた相手によく似ている。
岩牙ウツボだった。
岩牙ウツボは岩甲ガニの側面へ回り込み、大きく口を開いて甲羅へ噛み付いた。
鋭い牙が硬い甲羅へ当たる。
さらに顎へ力を込めるが、分厚い甲羅には食い込まなかった。
その瞬間、岩甲ガニが片方の鋏を動かした。
──ガシッ。
大きな鋏が岩牙ウツボの胴を挟み込む。
岩牙ウツボは身体をくねらせて逃れようとしたが、岩甲ガニは離さなかった。
もう片方の鋏が持ち上がり、長い身体へ叩き付けられる。
岩牙ウツボが激しく暴れた。
しかし、胴を挟まれたまま逃げられず、さらに何度も重い鋏を叩き付けられる。
やがて動きが弱まり、完全に止まった。
タコは岩陰からその様子を見ていた。
以前は自分を追い回した、あの鋭い牙。
それが岩甲ガニには通じず、逆に捕まってしまった。
岩甲ガニは動かなくなった岩牙ウツボを押さえ、肉を千切って食べ始めた。
強い。
タコは岩甲ガニをじっと見つめた。
あんなに強いもの。
どんな味がするんだろう。
食べたい。
岩甲ガニはまだ岩牙ウツボを食べている。
タコは岩と同じ色や模様へ身体を変え、ゆっくりと背後へ回り込んだ。
岩甲ガニはこちらに気付いていない。
タコは岩鋏エビの足を伸ばし、甲羅の縁を挟み込んだ。
そのまま鋏へ力を込める。
しかし、岩を砕いた鋏でも甲羅はびくともしなかった。
硬い。
岩甲ガニは食べていた岩牙ウツボを離し、身体を大きく捻った。
反対側から巨大な鋏が振り回される。
タコは慌てて鋏を開き、エビの足を岩へ押し付けた。
身体が勢いよく横へ飛び出す。
直後、巨大な鋏が岩へ叩き付けられ、表面が欠けた。
危ない。
岩甲ガニはすぐにもう片方の鋏も振り回してきた。
タコは身体を引いて避け、近くの岩へ吸盤を張り付ける。
二本の大きな鋏が、こちらへ向けられていた。
タコが近づくと、片方の鋏が大きく開かれ、そのまま伸びてきた。
タコも岩鋏エビの足を伸ばし、迫ってきた鋏を挟み込んだ。
しかし、岩甲ガニも鋏を閉じ、こちらの鋏足を挟み込んでくる。
互いの鋏が噛み合う。
タコはそのまま引っ張ったが、岩甲ガニの力は強く、逆に身体が引き寄せられてしまう。
慌てて鋏を開いて逃れようとするが、相手の鋏が強く挟み込んでおり、離れない。
その時、もう片方の鋏が持ち上がった。
タコは咄嗟に岩貝の足を差し出し、硬い側を向けた。
──ガゴッ。
巨大な鋏が叩き付けられ、表面を覆う硬い部分が砕けた。
痛い。
けれど、足そのものは千切れていない。
タコはそのまま岩貝の足を相手の鋏へ巻き付け、大きな吸盤を次々と張り付けて押さえ込んだ。
さらに太身魚の足を伸ばし、もう片方の鋏にも絡み付ける。
岩甲ガニが激しく鋏を振り回した。
タコの身体が右へ左へと引っ張られる。
何度も振りほどかれそうになったが、吸盤を張り付けたまま離さなかった。
タコは残ったカニの足を持ち上げ、岩甲ガニの甲羅へ叩き付けた。
しかし、分厚い甲羅には傷一つ付かない。
今度はウニの棘足を伸ばし、歩脚の付け根へ押し付けたが、そこにも硬い殻があり、棘が食い込まなかった。
どこも硬い。
その時、岩甲ガニが鋏を横へ大きく振った。
タコの身体が引っ張られ、近くの岩へ叩き付けられる。
痛い。
柔らかな身体が岩へ押し付けられた。
それでもタコは鋏を離さず、残っていた足を岩へ伸ばした。
吸盤が岩肌へ張り付く。
岩甲ガニが再び鋏を振った。
しかし、今度はタコの身体が岩へ固定されており、大きく振り回されなかった。
タコはもう片方の鋏も岩へ引き寄せ、別の足で押さえ込む。
岩甲ガニは両方の鋏を動かそうとする。
けれど、タコの足が絡み付き、思うように振り回せない。
タコはそのまま甲羅へ口を寄せ、齧り付いた。
硬い。
別の場所へ噛み付いても、分厚い殻に阻まれて歯が通らない。
背中も歩脚の付け根も、硬い殻に覆われていた。
タコは何度か場所を変えたが、肉には届かなかった。
そこで、以前食べたカニを思い出す。
あれも硬かった。
けれど、下は柔らかかった。
下。
タコは岩甲ガニの腹側を覗き込んだ。
しかし、大きな身体が岩の上に乗っており、腹は見えない。
タコは足を伸ばし、岩甲ガニの身体を押した。
けれど、ほとんど動かなかった。
鋏を引っ張っても、重い身体は岩の上から動かない。
タコはエビの足を近くの岩へ押し付けた。
他の足で鋏を掴んだまま、縮めた足を一気に伸ばす。
身体が上へ飛び出し、その勢いで鋏が引っ張られた。
岩甲ガニの身体が僅かに傾く。
動いた。
タコは上方へ突き出した岩へ足を伸ばし、吸盤を張り付けた。
そこから鋏をさらに引っ張ると、岩甲ガニの身体が少しずつ傾いていく。
しかし、岩甲ガニは太い歩脚を広げて踏ん張った。
傾いていた身体が元へ戻り、それ以上動かなくなる。
タコは踏ん張っている歩脚へ目を向けた。
細身魚の足を伸ばし、片側の歩脚へ巻き付ける。
さらに別の足も絡ませ、内側へ強く引いた。
岩甲ガニが歩脚を広げようとする。
しかし、絡み付いた足が邪魔をして、うまく踏ん張れない。
大きな身体が再び傾いた。
タコは岩へ張り付いた足で身体を支えながら、鋏を強く引っ張った。
岩甲ガニは反対側の歩脚で岩を蹴り、身体を戻そうとする。
けれど、両方の鋏は押さえられ、片側の歩脚も自由に動かせない。
タコはさらに足へ力を込めた。
大きな身体が傾いていく。
そして、岩甲ガニが横倒しになった。
見えた。
分厚い甲羅の下。
背中とは違う、腹側の部分が露わになっている。
タコはすぐに身体を滑り込ませ、そこへ噛み付いた。
柔らかい。
硬い背中とは違い、歯が食い込んで肉が裂ける。
岩甲ガニが激しく暴れ、太い歩脚で岩を蹴って身体を起こそうとする。
しかし、タコは吸盤でしがみ付き、離れなかった。
タコはもう一度、腹側へ深く齧り付いた。
岩甲ガニは鋏を振り回そうとしたが、タコの足が強く絡み付き、大きく動かせない。
タコは柔らかな腹へ繰り返し噛み付いた。
そのたびに岩甲ガニの身体が震え、太い歩脚が岩を掻く。
やがて、その動きが少しずつ弱くなっていった。
タコはさらに深く齧り付いた。
その一口で、岩甲ガニの身体から何かが抜け出し、タコの中へ流れ込んできた。
来た。
岩甲ガニの鋏も、太い歩脚も動かなくなった。
タコはしばらく身体を押さえていたが、その間にも身体の中へむずむずとした違和感が広がっていく。
まただ。
新しく入ってきたものが、どの足にも収まらず漂っている。
やがて身体の外へ向かおうとしたため、タコは慌てて引き戻した。
タコは八本の足を見た。
どれも、もう変わっている。
どれか一つ。
なくなる。
タコは足の奥にあるものへ意識を向けた。
一つずつ舐めるように触れ、味を確かめていく。
どれも美味い。
タコはしばらく迷い、カニの足へ意識を向けた。
小さなカニから手に入れ、何度も同じ種類を食べて濃くなったもの。
触れると、慣れ親しんだ硬い味が広がった。
美味い。
けれど、さっきの岩甲ガニはずっと大きく、甲羅も硬かった。
タコは目の前の岩甲ガニを見た。
それから、自分の硬い足を動かす。
あっちの方が強そう。
タコはもう一度、カニの味を楽しんだ。
惜しい。
けれど、新しいものも欲しい。
タコは岩甲ガニのものを、カニの足へ向けた。
古いものが少しずつ薄くなっていく。
慣れ親しんだ味が、ゆっくりと消えていった。
タコは最後にもう一度だけ、その味へ触れた。
美味い。
やがて古いものが消え、新しいものが足の奥へ収まった。
身体の中にあったむずむずとした違和感もなくなる。
直後、足が変わり始めた。
表面の甲殻が厚くなり、足全体が太くなっていく。
やがて岩のようにごつごつした、大きな甲殻足へと変わった。
タコは新しい足を持ち上げた。
重い。
以前のカニの足よりも太く、動きも少し鈍い。
それでも近くの岩へ振り下ろすと、硬い表面が砕けた。
タコは足を止めた。
砕けた。
もう一度、硬い足を岩へ叩き付ける。
今度も表面が欠け、細かな破片が散っていった。
強い。
タコは岩鋏エビの足も動かした。
近くの岩の突起を挟み込み、そのまま砕く。
こっちは挟む。
こっちは叩く。
どちらも強い。
タコは満足すると、倒した岩甲ガニへ目を向けた。
まだ食べていない。
柔らかな腹側へ齧り付く。
美味い。
以前食べた小さなカニに似ている。
けれど、こちらの方が肉も多く、味も濃かった。
タコは鋏足で硬い殻を割り、歩脚や鋏の中に詰まった肉まで食べ進めた。
やがて食べられるところがほとんどなくなり、身体を離した。
タコはそのまま岩場を進もうとした。
しかし、新しい甲殻足が重く、以前ほど身体が滑らかに動かない。
エビの足で勢いよく身体を飛ばしてみても、前より少し動きが鈍かった。
重い。
遅い。
タコは新しい甲殻足を動かした。
けれど、硬い岩を砕ける足だ。
強いから、いい。
タコはその足の奥へ意識を向け、新しく入ってきたものに舐めるように触れた。
濃い味が広がった。
硬く、重い。
その奥には、何か大きなものがぶつかってくるような刺激がある。
どん、と身体の奥へ響くような味だった。
美味い。
以前のカニの味に似ているが、こちらの方がずっと濃く、重い。
タコはもう一度触れた。
重い刺激が広がり、身体の奥に長く残る。
やっぱり美味い。
タコはしばらくその味を楽しんだ。
それから、岩鋏エビのものにも触れてみる。
今度は、ぎゅっと押し潰すような刺激が広がった。
こっちも美味い。
タコは再び岩甲ガニのものへ触れた。
どん、と重い味。
続けて岩鋏エビのものへ触れると、ぎゅっと締め付けるような味がした。
似ている。
でも、違う。
タコは二つの味を交互に楽しんだ。
どっちも美味い。
しばらく味わった後、タコは周囲を見渡した。
その時、少し離れた岩の上に、細長いものが転がっているのを見つけた。
あれ。
岩牙ウツボだった。
岩甲ガニに何度も鋏を叩き付けられ、動かなくなったまま残されている。
タコは近づき、その身体へ噛み付いてみた。
硬い皮を噛み破ると、その下には柔らかな肉が詰まっていた。
美味い。
岩甲ガニとは違う味だった。
噛み応えのある肉から、濃い旨味が広がってくる。
タコは夢中になって齧り付いた。
長い身体にはまだ肉が残っている。
食べられるところを次々と齧っていった。
やがて腹が膨れ、タコは食べるのを止めた。
それから、足の奥にあるものへ意識を向けた。
岩甲ガニの重い味。
岩鋏エビの締め付けるような味。
どちらも美味かった。
タコは目の前の岩牙ウツボを見る。
こいつは、どんな味だろう。
もう一度、身体へ齧り付いてみる。
けれど、何も入ってこなかった。
入らない。
タコは岩牙ウツボを見つめた。
以前、追いかけられた時のことを思い出す。
大きな口と鋭い牙。
あの時はカニの足を噛み千切られ、必死に逃げた。
怖かった。
けれど、今は違う。
タコは新しく手に入れた甲殻足を動かした。
硬い。
あの牙でも、岩甲ガニの甲羅は砕けなかった。
タコは岩場の奥へ目を向けた。
あの奥にも、同じようなウツボがいるかもしれない。
あの味も、知りたい。
タコは新しい甲殻足を動かしながら、ゆっくりと岩場の奥へ進んでいった。
●岩甲ガニ
特徴:
岩礁海深部に生息する大型のカニ。
岩のように分厚く硬い甲羅を持つ。
両方の鋏が大きく、重量を活かした打撃に優れる。
鋏の挟む力では岩鋏エビに劣るが、鋏そのものを振り回す力と重量では大きく上回る。
硬い甲羅で牙を防ぎ、岩牙ウツボなどの捕食者も返り討ちにする。
獲得能力:
足全体が分厚い甲殻に覆われ、硬さと重量が大幅に上昇する。
高い防御力を持ち、足そのものを鈍器として使用できる。
重さによって細かな動きが遅くなり、泳ぐ速さも低下する。
【現在の八腕】
本体:岩ダコ
一ノ足:岩逃魚
二ノ足:岩鋏エビ
三ノ足:エビ
四ノ足:カニ → 岩甲ガニ
五ノ足:ウニ
六ノ足:太身魚
七ノ足:細身魚
八ノ足:岩貝




