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タコの捕食譚 ~喰らった獲物の力を八本の足に宿して~  作者: SN
第一海域・岩礁海

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13/17

13本目【タコ×岩甲ガニ】


タコは岩へ身体を寄せたまま、大きなカニを見つめていた。

岩のように分厚い甲羅に、太く頑丈そうな歩脚。

身体の左右には、大きな鋏が一本ずつ付いている。


岩甲ガニだった。


タコは新しく変わった鋏足を動かした。

岩を砕いた鋏がゆっくり開き、勢いよく閉じる。

あのカニにも鋏がある。

けれど、あちらの方がずっと大きい。


タコが近づこうとした時だった。


少し離れた岩穴から、細長いものが飛び出してきた。

大きな口を開き、岩甲ガニへ勢いよく迫っていく。

タコは動きを止めた。


あいつ。


鋭い牙に長い身体。

岩の隙間を泳ぐ姿は、以前カニの足を噛み千切られた相手によく似ている。


岩牙ウツボだった。


岩牙ウツボは岩甲ガニの側面へ回り込み、大きく口を開いて甲羅へ噛み付いた。

鋭い牙が硬い甲羅へ当たる。

さらに顎へ力を込めるが、分厚い甲羅には食い込まなかった。


その瞬間、岩甲ガニが片方の鋏を動かした。


──ガシッ。


大きな鋏が岩牙ウツボの胴を挟み込む。

岩牙ウツボは身体をくねらせて逃れようとしたが、岩甲ガニは離さなかった。

もう片方の鋏が持ち上がり、長い身体へ叩き付けられる。


岩牙ウツボが激しく暴れた。

しかし、胴を挟まれたまま逃げられず、さらに何度も重い鋏を叩き付けられる。

やがて動きが弱まり、完全に止まった。


タコは岩陰からその様子を見ていた。

以前は自分を追い回した、あの鋭い牙。

それが岩甲ガニには通じず、逆に捕まってしまった。


岩甲ガニは動かなくなった岩牙ウツボを押さえ、肉を千切って食べ始めた。


強い。


タコは岩甲ガニをじっと見つめた。

あんなに強いもの。

どんな味がするんだろう。


食べたい。


岩甲ガニはまだ岩牙ウツボを食べている。

タコは岩と同じ色や模様へ身体を変え、ゆっくりと背後へ回り込んだ。

岩甲ガニはこちらに気付いていない。


タコは岩鋏エビの足を伸ばし、甲羅の縁を挟み込んだ。

そのまま鋏へ力を込める。

しかし、岩を砕いた鋏でも甲羅はびくともしなかった。


硬い。


岩甲ガニは食べていた岩牙ウツボを離し、身体を大きく捻った。

反対側から巨大な鋏が振り回される。

タコは慌てて鋏を開き、エビの足を岩へ押し付けた。

身体が勢いよく横へ飛び出す。


直後、巨大な鋏が岩へ叩き付けられ、表面が欠けた。


危ない。


岩甲ガニはすぐにもう片方の鋏も振り回してきた。

タコは身体を引いて避け、近くの岩へ吸盤を張り付ける。

二本の大きな鋏が、こちらへ向けられていた。


タコが近づくと、片方の鋏が大きく開かれ、そのまま伸びてきた。

タコも岩鋏エビの足を伸ばし、迫ってきた鋏を挟み込んだ。

しかし、岩甲ガニも鋏を閉じ、こちらの鋏足を挟み込んでくる。


互いの鋏が噛み合う。


タコはそのまま引っ張ったが、岩甲ガニの力は強く、逆に身体が引き寄せられてしまう。

慌てて鋏を開いて逃れようとするが、相手の鋏が強く挟み込んでおり、離れない。


その時、もう片方の鋏が持ち上がった。


タコは咄嗟に岩貝の足を差し出し、硬い側を向けた。


──ガゴッ。


巨大な鋏が叩き付けられ、表面を覆う硬い部分が砕けた。


痛い。


けれど、足そのものは千切れていない。

タコはそのまま岩貝の足を相手の鋏へ巻き付け、大きな吸盤を次々と張り付けて押さえ込んだ。

さらに太身魚の足を伸ばし、もう片方の鋏にも絡み付ける。


岩甲ガニが激しく鋏を振り回した。

タコの身体が右へ左へと引っ張られる。

何度も振りほどかれそうになったが、吸盤を張り付けたまま離さなかった。


タコは残ったカニの足を持ち上げ、岩甲ガニの甲羅へ叩き付けた。

しかし、分厚い甲羅には傷一つ付かない。

今度はウニの棘足を伸ばし、歩脚の付け根へ押し付けたが、そこにも硬い殻があり、棘が食い込まなかった。


どこも硬い。


その時、岩甲ガニが鋏を横へ大きく振った。

タコの身体が引っ張られ、近くの岩へ叩き付けられる。


痛い。


柔らかな身体が岩へ押し付けられた。

それでもタコは鋏を離さず、残っていた足を岩へ伸ばした。

吸盤が岩肌へ張り付く。


岩甲ガニが再び鋏を振った。

しかし、今度はタコの身体が岩へ固定されており、大きく振り回されなかった。

タコはもう片方の鋏も岩へ引き寄せ、別の足で押さえ込む。


岩甲ガニは両方の鋏を動かそうとする。

けれど、タコの足が絡み付き、思うように振り回せない。


タコはそのまま甲羅へ口を寄せ、齧り付いた。


硬い。


別の場所へ噛み付いても、分厚い殻に阻まれて歯が通らない。

背中も歩脚の付け根も、硬い殻に覆われていた。

タコは何度か場所を変えたが、肉には届かなかった。


そこで、以前食べたカニを思い出す。


あれも硬かった。

けれど、下は柔らかかった。


下。


タコは岩甲ガニの腹側を覗き込んだ。

しかし、大きな身体が岩の上に乗っており、腹は見えない。


タコは足を伸ばし、岩甲ガニの身体を押した。

けれど、ほとんど動かなかった。

鋏を引っ張っても、重い身体は岩の上から動かない。


タコはエビの足を近くの岩へ押し付けた。

他の足で鋏を掴んだまま、縮めた足を一気に伸ばす。

身体が上へ飛び出し、その勢いで鋏が引っ張られた。


岩甲ガニの身体が僅かに傾く。


動いた。


タコは上方へ突き出した岩へ足を伸ばし、吸盤を張り付けた。

そこから鋏をさらに引っ張ると、岩甲ガニの身体が少しずつ傾いていく。

しかし、岩甲ガニは太い歩脚を広げて踏ん張った。

傾いていた身体が元へ戻り、それ以上動かなくなる。


タコは踏ん張っている歩脚へ目を向けた。

細身魚の足を伸ばし、片側の歩脚へ巻き付ける。

さらに別の足も絡ませ、内側へ強く引いた。


岩甲ガニが歩脚を広げようとする。

しかし、絡み付いた足が邪魔をして、うまく踏ん張れない。

大きな身体が再び傾いた。


タコは岩へ張り付いた足で身体を支えながら、鋏を強く引っ張った。

岩甲ガニは反対側の歩脚で岩を蹴り、身体を戻そうとする。

けれど、両方の鋏は押さえられ、片側の歩脚も自由に動かせない。


タコはさらに足へ力を込めた。

大きな身体が傾いていく。


そして、岩甲ガニが横倒しになった。


見えた。


分厚い甲羅の下。

背中とは違う、腹側の部分が露わになっている。

タコはすぐに身体を滑り込ませ、そこへ噛み付いた。


柔らかい。


硬い背中とは違い、歯が食い込んで肉が裂ける。

岩甲ガニが激しく暴れ、太い歩脚で岩を蹴って身体を起こそうとする。

しかし、タコは吸盤でしがみ付き、離れなかった。


タコはもう一度、腹側へ深く齧り付いた。

岩甲ガニは鋏を振り回そうとしたが、タコの足が強く絡み付き、大きく動かせない。


タコは柔らかな腹へ繰り返し噛み付いた。

そのたびに岩甲ガニの身体が震え、太い歩脚が岩を掻く。

やがて、その動きが少しずつ弱くなっていった。


タコはさらに深く齧り付いた。


その一口で、岩甲ガニの身体から何かが抜け出し、タコの中へ流れ込んできた。


来た。


岩甲ガニの鋏も、太い歩脚も動かなくなった。

タコはしばらく身体を押さえていたが、その間にも身体の中へむずむずとした違和感が広がっていく。


まただ。


新しく入ってきたものが、どの足にも収まらず漂っている。

やがて身体の外へ向かおうとしたため、タコは慌てて引き戻した。


タコは八本の足を見た。

どれも、もう変わっている。


どれか一つ。

なくなる。


タコは足の奥にあるものへ意識を向けた。

一つずつ舐めるように触れ、味を確かめていく。


どれも美味い。


タコはしばらく迷い、カニの足へ意識を向けた。

小さなカニから手に入れ、何度も同じ種類を食べて濃くなったもの。

触れると、慣れ親しんだ硬い味が広がった。


美味い。


けれど、さっきの岩甲ガニはずっと大きく、甲羅も硬かった。

タコは目の前の岩甲ガニを見た。

それから、自分の硬い足を動かす。


あっちの方が強そう。


タコはもう一度、カニの味を楽しんだ。


惜しい。

けれど、新しいものも欲しい。


タコは岩甲ガニのものを、カニの足へ向けた。

古いものが少しずつ薄くなっていく。

慣れ親しんだ味が、ゆっくりと消えていった。


タコは最後にもう一度だけ、その味へ触れた。


美味い。


やがて古いものが消え、新しいものが足の奥へ収まった。

身体の中にあったむずむずとした違和感もなくなる。


直後、足が変わり始めた。


表面の甲殻が厚くなり、足全体が太くなっていく。

やがて岩のようにごつごつした、大きな甲殻足へと変わった。


タコは新しい足を持ち上げた。


重い。


以前のカニの足よりも太く、動きも少し鈍い。

それでも近くの岩へ振り下ろすと、硬い表面が砕けた。


タコは足を止めた。


砕けた。


もう一度、硬い足を岩へ叩き付ける。

今度も表面が欠け、細かな破片が散っていった。


強い。


タコは岩鋏エビの足も動かした。

近くの岩の突起を挟み込み、そのまま砕く。


こっちは挟む。

こっちは叩く。


どちらも強い。


タコは満足すると、倒した岩甲ガニへ目を向けた。


まだ食べていない。


柔らかな腹側へ齧り付く。


美味い。


以前食べた小さなカニに似ている。

けれど、こちらの方が肉も多く、味も濃かった。

タコは鋏足で硬い殻を割り、歩脚や鋏の中に詰まった肉まで食べ進めた。


やがて食べられるところがほとんどなくなり、身体を離した。


タコはそのまま岩場を進もうとした。

しかし、新しい甲殻足が重く、以前ほど身体が滑らかに動かない。

エビの足で勢いよく身体を飛ばしてみても、前より少し動きが鈍かった。


重い。

遅い。


タコは新しい甲殻足を動かした。

けれど、硬い岩を砕ける足だ。


強いから、いい。


タコはその足の奥へ意識を向け、新しく入ってきたものに舐めるように触れた。

濃い味が広がった。


硬く、重い。

その奥には、何か大きなものがぶつかってくるような刺激がある。

どん、と身体の奥へ響くような味だった。


美味い。


以前のカニの味に似ているが、こちらの方がずっと濃く、重い。

タコはもう一度触れた。

重い刺激が広がり、身体の奥に長く残る。


やっぱり美味い。


タコはしばらくその味を楽しんだ。

それから、岩鋏エビのものにも触れてみる。


今度は、ぎゅっと押し潰すような刺激が広がった。


こっちも美味い。


タコは再び岩甲ガニのものへ触れた。

どん、と重い味。

続けて岩鋏エビのものへ触れると、ぎゅっと締め付けるような味がした。


似ている。

でも、違う。


タコは二つの味を交互に楽しんだ。


どっちも美味い。


しばらく味わった後、タコは周囲を見渡した。

その時、少し離れた岩の上に、細長いものが転がっているのを見つけた。


あれ。


岩牙ウツボだった。

岩甲ガニに何度も鋏を叩き付けられ、動かなくなったまま残されている。


タコは近づき、その身体へ噛み付いてみた。

硬い皮を噛み破ると、その下には柔らかな肉が詰まっていた。


美味い。


岩甲ガニとは違う味だった。

噛み応えのある肉から、濃い旨味が広がってくる。

タコは夢中になって齧り付いた。


長い身体にはまだ肉が残っている。

食べられるところを次々と齧っていった。

やがて腹が膨れ、タコは食べるのを止めた。


それから、足の奥にあるものへ意識を向けた。

岩甲ガニの重い味。

岩鋏エビの締め付けるような味。


どちらも美味かった。


タコは目の前の岩牙ウツボを見る。


こいつは、どんな味だろう。


もう一度、身体へ齧り付いてみる。

けれど、何も入ってこなかった。


入らない。


タコは岩牙ウツボを見つめた。

以前、追いかけられた時のことを思い出す。

大きな口と鋭い牙。

あの時はカニの足を噛み千切られ、必死に逃げた。


怖かった。


けれど、今は違う。

タコは新しく手に入れた甲殻足を動かした。


硬い。

あの牙でも、岩甲ガニの甲羅は砕けなかった。


タコは岩場の奥へ目を向けた。

あの奥にも、同じようなウツボがいるかもしれない。


あの味も、知りたい。


タコは新しい甲殻足を動かしながら、ゆっくりと岩場の奥へ進んでいった。


●岩甲ガニ

特徴:

 岩礁海深部に生息する大型のカニ。

 岩のように分厚く硬い甲羅を持つ。

 両方の鋏が大きく、重量を活かした打撃に優れる。

 鋏の挟む力では岩鋏エビに劣るが、鋏そのものを振り回す力と重量では大きく上回る。

 硬い甲羅で牙を防ぎ、岩牙ウツボなどの捕食者も返り討ちにする。

獲得能力:

 足全体が分厚い甲殻に覆われ、硬さと重量が大幅に上昇する。

 高い防御力を持ち、足そのものを鈍器として使用できる。

 重さによって細かな動きが遅くなり、泳ぐ速さも低下する。


【現在の八腕】

 本体:岩ダコ

 一ノ足:岩逃魚

 二ノ足:岩鋏エビ

 三ノ足:エビ

 四ノ足:カニ → 岩甲ガニ

 五ノ足:ウニ

 六ノ足:太身魚

 七ノ足:細身魚

 八ノ足:岩貝

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