8本目【タコ×岩貝】
タコは岩場を進みながら、一本の太い足を動かしていた。
太身魚を食べて変わった足。
以前からある太い足よりも重いが、その分ずっと強い。
近くの岩へ巻き付ける。
少し力を入れるだけで、身体が簡単に引き寄せられた。
強い。
タコはその足を見た。
そこで、ふと思い出す。
硬い殻。
岩へ張り付いて、何度引いても剥がれなかったもの。
岩貝。
前は食べられなかった。
でも、今なら。
タコは身体の向きを変えた。
前に岩貝を見つけた場所は、はっきりとは覚えていない。
ただ、来た道のどこかにあった。
タコは岩の隙間を覗き、見覚えのある岩場を探しながらゆっくりと戻っていった。
途中で小魚が近くを泳いだが、追わなかった。
今は岩貝が食べたい。
しばらく進むと、大きく割れた岩が見えてきた。
細い隙間があり、その先は少し広くなっている。
見覚えがある。
タコは周囲を見渡した。
岩へ張り付いた、丸く硬そうな殻。
一匹だけでなく、近くの岩にもいくつか張り付いている。
いた。
タコはそのうちの一匹へ近づいた。
以前と同じ岩貝かどうかは分からない。
けれど、そんなことはどうでもよかった。
食べたい。
タコは足を伸ばし、殻へ吸盤を張り付けた。
そのまま引っ張ってみる。
動かない。
タコは太身魚を食べて変わった足を巻き付けた。
他の足を周囲の岩へ張り付け、身体をしっかりと固定する。
太い足へ力を込めた。
岩貝はびくともしない。
さらに引くと、タコの身体だけが僅かに伸びた。
それでも足を離さず、もっと強く引っ張った。
すると、岩貝の端が僅かに浮き上がった。
タコは動きを止めた。
動いた。
もう一度力を込める。
岩貝と岩の間に、小さな隙間ができた。
剥がれる。
タコはさらに何本もの足を絡ませた。
できた隙間へ足先を押し込み、殻の端を持ち上げながら身体ごと後ろへ引く。
岩貝は強く岩へ張り付いている。
けれど、できた隙間が少しずつ広がっていった。
タコは太い足へさらに力を込めた。
──ベリッ。
岩貝が岩から引き剥がされた。
その勢いでタコの身体が後ろへ転がり、岩貝も一緒に岩の上へ落ちた。
剥がれた。
タコはすぐに岩貝へ足を巻き付けた。
もう岩には張り付いていない。
今度は簡単にひっくり返すことができた。
これまで見えなかった下側が露わになる。
殻の内側には、柔らかな部分が覗いていた。
食べられる。
タコは岩貝を押さえ込み、露出した柔らかな部分へ噛み付いた。
岩貝の身が大きくうねる。
殻の奥へ引っ込もうとするが、タコは足で殻を押さえたまま、もう一度齧り付いた。
柔らかい。
身が激しく縮む。
タコは口を離さず、さらに柔らかな部分へ噛み付いた。
岩貝は殻の中へ身を引こうとする。
けれど、岩から剥がされた身体はタコの足に押さえ込まれ、逃れることができない。
タコは何度も齧り付いた。
やがて、岩貝の身が大きく縮んだ後、動かなくなった。
その一口で、何かが岩貝の身体から抜け出し、タコの中へ流れ込んできた。
来た。
タコはそのまま次の一口を齧った。
美味い。
硬い殻の中には、思っていたより肉が入っている。
少し弾力があり、噛むとゆっくり潰れていく。
前は食べられなかった。
今は食べている。
タコは夢中で殻の中身を食べていった。
柔らかな部分を探しながら齧り続け、やがて食べられるところがほとんどなくなる。
タコは殻から身体を離した。
そこで、一本だけ残っていた普通の足が変わっていることに気付いた。
吸盤が少し大きくなっている。
一つ一つが厚くなり、以前よりも岩へ張り付きやすそうな形へ変わっていた。
さらに、吸盤とは反対側の表面。
そこだけ皮膚が硬くなり、灰色がかった岩のような質感になっている。
タコは足を動かしてみた。
重い。
他の足よりも動きが鈍い。
それでも近くの岩へ伸ばし、吸盤を張り付けた。
タコは身体を引いた。
離れない。
さらに強く引っ張る。
けれど、吸盤はしっかりと岩へ張り付いたままだった。
タコは別の足で岩を押しながら、身体を引っ張った。
ようやく吸盤が一つずつ剥がれていく。
強い。
タコは足を岩から離した。
今度は吸盤とは反対側の硬くなった部分を岩へ押し付けてみる。
痛くない。
少し強く押し付けても、硬い表面は傷付かなかった。
カニを食べて変わった足ほど、全体が硬いわけではない。
けれど、外側の硬くなった部分なら岩へ当てても平気だった。
タコは何度か足を動かした。
重い。
遅い。
でも、硬い。
それに、強く張り付く。
気に入った。
タコはその足を身体へ引き寄せ、奥にあるものへ意識を向けた。
いる。
さっき入ってきたものが、そこに収まっている。
タコは舐めるように触れた。
味が広がる。
濃い。
ゆっくりと身体の奥へ広がる、重い味。
太身魚の力強い味とも、カニの硬い味とも違う。
岩へ張り付いたまま動かない岩貝のように、どっしりとした感覚がある。
その中には僅かな塩気のようなものも混じり、ゆっくりと後に残っていく。
美味い。
派手な刺激はない。
けれど、長く残る。
タコはもう一度触れた。
重い味がゆっくりと広がり、身体の奥へ留まり続ける。
やっぱり美味い。
タコはしばらくその味を楽しんだ。
それから、自分の足を見渡した。
速く伸びる足。
強い足。
自分を速く動かす足。
硬い足。
棘の足。
もっと強い足。
もっと速く、遠くまで伸びる足。
そして、強く張り付く足。
八本。
全部、違う。
タコはしばらく自分の足を見ていた。
普通の足は、もうない。
全部変わった。
タコは八本の足をゆっくりと動かした。
全部、自分の足だ。
速く伸びる足を岩へ伸ばす。
太い足で身体を引き寄せ、硬い足で岩肌を押さえる。
最後に、強く張り付く足を岩へ吸い付けた。
身体を引き寄せ、そのまま岩の上へ這い上がる。
前は食べられなかったものも、今は食べられた。
タコは岩場の奥へ目を向けた。
もっと強いものもいるかもしれない。
まだ食べられないものもいるかもしれない。
それでも、食べてみたい。
どんな味がするんだろう。
タコは八本の変わった足を動かしながら、さらに岩場の奥へ進んでいった。
●岩貝
特徴:
硬い殻に身を守られ、岩へ非常に強く張り付いている
獲得能力:
吸盤が大きく発達し、吸着力・固定力が大幅に上昇
吸盤と反対側の体表が岩のように硬質化する
ただし足は重くなり、動きが鈍くなる
【現在の八腕】
一ノ足:細身小魚
二ノ足:太身小魚
三ノ足:エビ
四ノ足:カニ
五ノ足:ウニ
六ノ足:太身魚
七ノ足:細身魚
八ノ足:岩貝




