5本目【タコ×小魚】
カニを食べたあと、タコには特に追いかけたいものがなくなった。
岩場をゆっくりと進む。
身体を岩肌へ溶け込ませ、隙間を覗き、食べられそうなものがいれば少し近づく。
小さな魚。
貝。
砂へ潜る生き物。
どれも気にはなる。
けれど、どうしても食べたいというほどではなかった。
タコはそのまま岩場を進んだ。
しばらくすると、少し先を一匹の魚が横切った。
太い。
以前食べた太身小魚に似ている。
けれど、もっと大きい。
身体も分厚く、尾も太い。
美味そう。
タコは岩へ身体を寄せ、体色を合わせた。
魚はこちらに気付かず、ゆっくりと近づいてくる。
タコは細長く変わった足を僅かに持ち上げた。
魚が足の届くところまで来た瞬間、一気に伸ばす。
細長い足が水を切り、魚の身体へ絡み付いた。
すぐに二本目、三本目も伸ばす。
しかし、魚が身体を大きく振った。
強い。
タコの身体が一気に引っ張られた。
それでも足を離さず、太くなった足まで巻き付ける。
タコは何本もの足で身体を締め付けた。
魚は激しく身を捻り、太い尾を大きく振る。
その勢いで、タコの身体ごと引きずられた。
タコは近くの岩へ吸盤を張り付けた。
身体を固定し、太い足へさらに力を込める。
けれど、魚は止まらなかった。
大きく身体を捻られるたびに、吸盤が少しずつ剥がれていく。
タコは何度も足を絡ませ直したが、魚の力が強すぎた。
再び尾が大きく振られた。
絡み付いていた何本かの足が外れる。
タコは慌てて伸ばし直したが、その前に魚が身体を激しく捻った。
太い足まで振りほどかれた。
魚はそのまま勢いよく泳ぎ去っていく。
タコは追わなかった。
岩へ張り付いたまま、遠ざかる魚を見つめた。
強い。
捕まえられた。
でも、押さえられなかった。
タコは太くなった足を動かす。
前より強い。
それでも足りなかった。
もう一度魚が消えた方を見る。
しかし、姿は見えなかった。
惜しい。
タコはしばらくその方向を見ていたが、やがて身体を岩から離した。
再び岩場を進んでいく。
少しすると、岩陰に一匹の太身小魚が入り込んできた。
先ほど逃げた魚よりも、ずっと小さい。
タコは岩肌へ身体を寄せ、そのまま待った。
太身小魚はこちらに気付かず、ゆっくりと近づいてくる。
足が届くところまで来ると、細長い足を一気に伸ばした。
吸盤が魚の身体へ張り付き、そのまま巻き付く。
続けて二本目、三本目も伸ばした。
魚が激しく暴れたが、先ほどの大きな魚ほど強くない。
太い足まで巻き付けると、動きはすぐに鈍くなっていった。
タコはさらに締め付けた。
やがて魚は動かなくなる。
しばらく押さえ続け、動かないことを確かめてから身体を寄せた。
柔らかな部分へ齧り付く。
その瞬間、魚の身体から何かが抜け出し、タコの中へ流れ込んできた。
まただ。
タコはそのまま次の一口を齧った。
美味い。
先ほど逃げた大きな魚ほど肉は多くなさそうだが、それでも十分だった。
タコは夢中になって食べ続けた。
やがて、食べられるところがほとんどなくなる。
身体を離したところで、少しだけ違和感を覚えた。
いつもなら、どこかの足が変わっている。
けれど、今回はどの足も変わっていなかった。
タコは自分の足を見た。
速く伸びる足。
太い足。
自分を速く動かす足。
硬い足。
どれも前と同じだった。
さっき、確かに何かが入ってきた。
タコは身体の中へ意識を向けた。
新しく入ってきたものを探るが、見つからない。
もう少し探っていると、太い足の奥にあるものへ意識が触れた。
いる。
前からいたものだ。
けれど、何かが少し違う。
タコは気になって、舐めるように触れてみた。
味が広がる。
濃い。
以前よりも少しだけ重い。
身体の奥へ残る感覚も、前より長くなっている。
美味い。
タコはもう一度触れた。
やっぱり濃くなっている。
前より美味しい。
タコは何度かその味を楽しんだ。
やがて身体を動かし、近くの岩へ太い足を巻き付けた。
そのまま引っ張ると、身体が勢いよく引き寄せられる。
タコは動きを止めた。
もう一度、別の岩へ太い足を巻き付ける。
力を込めて引くと、先ほどまでよりも身体が軽く動いた。
強い。
大きく変わったわけではない。
けれど、前より少しだけ力が入りやすい。
タコは太い足を見た。
美味くなった。
強くもなった。
タコは満足するように、その足を何度か動かした。
それから、再び岩場を進んでいく。
しばらくすると、少し先を細長い魚が泳いでいった。
見覚えがある。
最初に食べた魚と同じような姿だった。
タコは動きを止めた。
魚を見つめ、それから速く伸びる足へ目を向ける。
あれも?
タコは身体を岩肌へ寄せ、色を合わせた。
細身小魚はこちらに気付かず、岩の近くを泳ぎながら少しずつ近づいてくる。
タコは細長い足を僅かに持ち上げた。
魚が近づいた瞬間、一気に伸ばす。
魚は逃げようと身を翻したが、細長い足が追いついた。
吸盤が魚の身体へ張り付き、そのまま巻き付く。
続けて二本目、三本目も伸ばした。
魚が暴れたが、太い足を絡ませるとすぐに動きが鈍くなる。
タコはそのまま締め付けた。
やがて魚の身体から力が抜ける。
しばらく押さえ続け、動かないことを確かめてから柔らかな部分へ齧り付いた。
何かが魚の身体から抜け出し、タコの中へ流れ込んでくる。
やっぱり。
タコはそのまま食べ続けた。
細身小魚は小さく、すぐに食べ終わってしまう。
タコは残った硬い部分から身体を離した。
足は増えていない。
見た目にも、大きな変化はなかった。
タコは速く伸びる足の奥へ意識を向けた。
いる。
前からいたものだ。
けれど、少しだけ濃くなっている。
タコは舐めるように触れた。
美味い。
細く伸びるような味が、以前よりもはっきりと広がっていく。
タコはもう一度触れ、その味を楽しんだ。
前より美味しい。
タコはその足を近くの岩へ向けて伸ばした。
鋭く水を切り、吸盤が岩へ張り付く。
今度は、もう少し離れた岩へ伸ばしてみる。
届いた。
以前よりも、ほんの少しだけ遠くまで伸びている。
動きも僅かに速くなっていた。
タコは何度か足を動かした。
伸ばすたびに、以前よりも遠くへ届く。
速くなった。
遠くまで届く。
タコは太い足も動かした。
こちらも、前より強くなっている。
二本の足を見比べる。
どちらも前よりいい。
タコは足の奥にあるものへ、もう一度触れた。
それぞれ違う味が、身体の中へ広がっていく。
美味い。
もっと食べたい。
もっと美味くなる。
もっと強くなる。
タコは周囲を見渡した。
先ほどの魚は、もういない。
けれど、岩場にはまだ獲物がいる。
タコは身体を岩肌の色へ変えながら、次の獲物を探して進んでいった。
【現在の八腕】
一ノ足:細身小魚
二ノ足:太身小魚
三ノ足:エビ
四ノ足:カニ
五ノ足:
六ノ足:
七ノ足:
八ノ足:




