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第五話 縁切り

「グレース殿は、『縁切り』という言葉をご存知ですか」


 グレースはふるふると首を振る。


「ストランド王室には、百年に一度ほどのサイクルで、『縁切り』という禁忌の能力を持った人間が生まれます。

 『縁切り』とは文字通り、様々なものの『縁』を切る呪われた能力であると言えます。

 そして、薄々お気づきでしょうが、セバスチャン様は『縁切り』の能力を有することが、我々の研究でわかりました。

 ただ、セバスチャン様の能力がどれだけ社会、引いては世界にどんな影響や混乱をもたらすのか、その威力を、私たちは知らないのです。

 それも当然、これまで『縁切り』の能力が発動された歴史がないので、資料となる文献が極端に少ないのです。

 ただ、世界を揺るがさない程度、そんな度合いで『縁切り』の能力が使用されたことは間違いなく確認できています」

 

「縁切り……」


 口元に指を当てたまま、グレースは考え込む。


 セバスチャンの傷口を塞いだあの真紅の糸、あれは間違いなくグレースの頭の中にある糸と同じものだ。


 なので、てっきりセバスチャンは自分と同じ能力を持っているのだろうと思っていた。


 自分や他人を治癒する不思議な『ちから』。


 しかし、セバスチャンの持つ能力は、それとは対極にある気がする。


 すべてを『切って』しまう禁忌の能力。


 グレースにはそんな能力はない。


「セバスチャン様が誕生したとき、大々的に国民には王子誕生が発表されました。

 王室に生まれた子どもは、必ず『縁切り』能力保持者でないかどうか検査をします。

 調査をした我々はセバスチャン様こそが呪われた忌み子であると結論を出しました。

 銀髪、二の腕と足の裏に表れた悪魔を模したあざは古より忌み子の特徴として記録されたものと一致、そして近年発達した遺伝子検査によって異常が認められ、忌み子の条件すべてを満たしていると判断されたのです。

 しかし、発表してしまった以上、セバスチャン様の存在を隠すこともできず、表向きは病弱という理由でセバスチャン様をこの研究所に秘匿したのです。

 第1王子でありながら、国民の前には姿を現さなかったのはそういう経緯があります。

 これは自慢ですが、我が国の科学技術は世界でも最先端です。

 このような小国であるストランドの技術が発展した背景には、『縁切り』能力の研究があります。

 どうすれば『縁切り』能力を消滅させることができるか、『縁切り』がどれほど危険な能力なのか、我々はそれを研究しているのです。

 グレース殿は『ラグナロク』という言葉を知っておいでですか」


「ラグナロク……?

 いえ、聞いたことありません」


 グレンは足だけでなく腕まで組んでグレースを威圧する。


「本来の意味とは少々変わってきますが、大体の意味は同じでしょう。

 最終戦争、終末の日。

 『縁切り』はそれを呼び起こすとされています。

 『縁切り』能力ひとつで、我々人類は滅亡してしまうわけです。

 それを防ぐため、研究者はいるのですよ」


「……はあ」


 グレースは無意識に二の腕に手を当てた。


「ただ、わかっているのはそこまで。

 本当に『縁切り』が為された場合、世界になにが起きるのかは不明なままです。

 では、なぜこれまで忌み子が生まれてもラグナロクが起きなかったのか。

 それは、古い文献から知ることができます。

 『縁切り』能力保持者が生まれるのと同時期に、『縁結び』という能力を持つ人間が対になって生まれるという連綿とつづく歴史があるのです」


 グレースは目を見開く。


 『縁結び』


 はじめて聞く言葉なのに、腑に落ちる、納得できる言葉であった。


──わたしの『ちから』は『縁結び』というんだ。


「また、能力の保持者同士は、互いの能力を補完するという性質があるようなのです。

 『縁切り』を止めるために『縁結び』の保持者がいる。

 そして、両者は互いの持つ能力の一部を有しているというのです。

 つまり、保持者は『縁結び、縁切り』のどちらの能力も保持しているということらしいのです。

 ただ、あくまで『縁切り』と『縁結び』の能力の持ち主は、それぞれの能力以外は基本的に使うことはできない。

 どんな状況になれば、『縁切り』能力しかないセバスチャン様が『縁結び』の能力を使えるのかまでは解明されていません。

 しかし、この仮説はかなり信憑性があるものです。

 セバスチャン様の傷口の治癒は、セバスチャン様が宿す『縁結び』の能力が関係しているのではないか、そう考えられます」


 グレースは脳をフル回転させてグレンの解説を理解しようとつとめる。 


──つまり、『縁結び』の能力を持つわたしには、『縁切り』の能力もある?


 グレースの背に冷たいものが走る。


 人類を滅亡させてしまえるほどの能力を、自分は持っているかもしれないのだ。


 病人を癒して満足していた自分に、この世の終わりを招くちからがある。


 なんだか、自分が自分ではない、まるで化け物にでもなった気分だ。


「……グレース殿、どうしました、顔色が悪いようですが」


 グレースはスカートのポケットからハンカチを引っ張り出して額に浮かんだ汗を拭った。


「やはり、突拍子もない話だと思われましたか。

 信じられなくて当然です。

 なに、恥じることはありませんよ」


 グレンの哄笑が響く。


「あの、殿下の実験は、つづくのでしょうか」


「ええ、もちろん。

 これまでも毎日セバスチャン様には研究に付き合ってもらっていますから。

 なんとしても私の代で『縁切り』の解明を果たすつもりです。

 世界を終わらせる力を持つ危険な人間を国王にするわけにはいきませんから。

 ただ、国民には第1王子誕生が知れ渡っていますし、いまさら撤回することはできません。

 正式な理由もなしにセバスチャン様の王位継承を認めない、ということもできません。

 悩ましいですよ、まったく」


 グレンからは、セバスチャンに対する敬意がまったく感じられない。


 どんな能力を有していようと、セバスチャンが将来国王になることは決まっているのだ。


「どうです、グレース殿。

 ここまで聞いても、セバスチャン様と結婚するお気持ちは変わりありませんか」


 グレースは言葉を返せずにいた。


 去り際、すがるような眼差しで自分を見つめていたセバスチャンの顔が蘇る。


──癒してあげたい。


 グレースはごく自然に、当たり前のことのようにそう思いはじめていた。


 儚くいまにも折れてしまいそうなセバスチャンを、放ってはおけない。


 このまま尻尾を巻いて城を去ることは、もはやグレースにはできなかった。


 何人もの人を癒してきた自負がある。


 もしかしたら、自分だったらセバスチャンを救えるかもしれない。


 それが、対になって生まれてきた自分の本当の意味、役目ではないのだろうか。


 傲慢な考えなのは、否定しないけれど。


「……殿下の、話し相手に、わたしはなれないでしょうか」


 ほとんど無意識にグレースからそんな言葉があふれた。


 グレンが怪訝そうにぎょろりとした目でグレースを眺める。


 萎縮してしまいそうになるが、なんとか言葉を継いだ。


「このような生活では、殿下も疲弊されるのではないでしょうか。

 おこがましい申し出ですが、わたしが殿下の息抜きになれたら……」


 グレースの言葉を聞いた瞬間に、グレンが弾けたように笑い出した。


 心の底から可笑しくて仕方がない、ばんばんと机を叩きかねない、そんな笑い方だった。


「これはいい!

 傑作だ!

 セバスチャン様の話し相手、ですか!

 はじめてですよ、そんなことを言い出す婚約者殿は!

 よほどセバスチャン様のことが気に入られたのですね。

 いやはや、見た目に反してグレース殿は物好きなようだ。

 ただの貴族の令嬢が、呪われた王子の姿を見て同情する……。

 なんともお人好しでロマンチックな話ではないですか」


 笑いを堪えながらグレンは好奇心に満ちた目でグレースをみつめた。


「ただ、おすすめはいたしません。

 セバスチャン様の能力がどれほどのものか、解明されていないのですから、危険な存在には変わりありません。

 あなたが城に留まりたいというのでしたら無理に止めはしませんが、ご自分の命が大切なら、とっとと城を去ったほうが賢明でしょう」


「わたしでは、役に立ちませんか?」


「さあ、それはどうでしょう。

 セバスチャン様がどう感じるかの問題ですからね」


「では、わたしがいても問題はないと?」


 グレンが鼻白んだように嗤う。


「グレース殿……。

 あなたも相当な変わり者だ。

 まあ、好きになさってください。

 あのセバスチャン様が他人に心を開くとは思えませんがね。

 生まれてからずっと、忌み子としてセバスチャン様は城の者から忌避されてきました。

 もちろん、ご両親からもね。

 セバスチャン様は幼いころから実験室で育ったので他人との関わり方を知りません。

 まあ、グレース殿のお手並み拝見、といきましょうか。

 あのセバスチャン様をどう攻略するか、楽しみにしていますよ」


「……殿下がそうなった原因を作ったのは、あなたたちでしょうに……」


 グレースの小言をグレンは涼しい顔で聞き流した。


「まあ、好きになさってください。

 嫌になったらあなたはいつでも投げ出せるのですから。

 私たちと違ってね」


 グレンは立ち上がると、ブラインドを開けてグレースに部屋を出るよう行動で催促した。


 グレースはスカートのしわを伸ばすと毅然とした表情で立ち上がる。


 応接室を出て、セバスチャンのもとへ向かうと、すでに着替えが済んでおり、ぱりっとしたシャツと黒いスボンという出で立ちでベッドに腰かけながら虚空を眺めていた。


「セバスチャン様についていけば迷うことなくご家族の待つ部屋へと帰りつけます」


 グレンを研究所に残し、グレースはセバスチャンと並んで歩きはじめた。


 どこかじめじめとした階段をのぼりきり、きらびやかな城内の廊下を無言のまま進んでいると、通りかかったメイド服の女性とすれ違ったそのとき、ばしゃっという音がして、グレースは立ち止まった。


 なにが起きたのか理解できずにいると、セバスチャンの前髪から水滴が滴り落ちていることに気づいた。


「あら、ごめんなさい、殿下。

 手が滑ってしまって。

 でも、水も滴るいい男、といいますから、ご容赦を」


 ベテランらしきメイドは、底意地が悪い笑みを浮かべ、抱えていた盆に空のコップを戻した。


 水をかけられたのだ、と理解したグレースは薄ら寒い気分を味わった。


──仮にも、第1王子にこんな嫌がらせをするなんて。


 メイドは口先だけで謝罪すると、鼻歌を歌いながらなにごともなかったかのように去っていく。


「あのっ」


 メイドを振り返って声をあげようとしたグレースの腕を、セバスチャンが掴んで止めた。


 メイドはそれに気づかず姿を消す。


 グレースは今度はセバスチャンを振り返り表情をゆがめる。


「いまの……わざとですよね?

 殿下に対して、なんて無礼な真似を……。

 注意しなくていいんですか?」


 セバスチャンは長い銀髪を揺らして首を振った。


 そういえば、グレンはセバスチャンの銀髪も忌み子の特徴であると言っていた。


 こんなに美しく輝く絹のような髪が、呪いの象徴だなんて。


 グレースは自分の髪に触れる。


 マテオもローズも金髪だ。

 

 けれど、ふたりの娘であるグレースとリリスは銀髪である。


 ふ、とグレースの脳裏に疑問が浮かびあがる。


──お姉様は、幼いころから銀髪だったかしら?


「いいのです、慣れている」


 セバスチャンの声に、グレースははっとする。


「……慣れている……?」


「あなたも聞いたでしょう。

 私が呪われた存在であると」


 セバスチャンの声音も表情も感情を一切排した冷たいものだった。 


「ですが、殿下……」


 グレースがなおも言い募ろうとすると、セバスチャンが扉を指差した。


「父君がお待ちです。

 では、さようなら」


 そのまま立ち去ってしまいそうになるセバスチャンの服をグレースはとっさに掴んだ。


 セバスチャンが目を丸くしてグレースを見下ろした。 


「待ってください、殿下、わたしは帰りません」


「……は?」


 きょとんと、それはまるで子どものように、セバスチャンは目を瞬いている。


 グレースの言葉がすぐには理解できなかったようだ。


「わたしは、許されるなら王城に残って、殿下のそばにいます」


「……そばにいる、とは?」


 改めて訊かれて、グレースは考え込んでしまった。


「あ、の……。

 申し訳ありません、勢いで言ってしまいました……。

 婚約者でもないし、わたし、何様のつもりなんですかね……。

 すみません。

 わたしはただ、殿下とお話をしたかっただけで……」


「お話?

 私と?」


「そうです……。

 できれば、殿下の負担にならない程度におそばにいられたらなって……。

 すみません、生意気でしたね」


 しゅん、と叱られた子犬が耳を伏せるようにうつむいてしまったグレースの頭上から、戸惑いを含んだセバスチャンの声が降ってきた。


「私と一緒にいて、なにか得をすることはないと思うのですが……。

 私と関わるのは、避けたほうがいいかと」


「得なんて!

 わたしは自分の利益など求めていません。

 殿下の役に立てるなら、それで、それだけでいいのです」


 グレースの言葉に、セバスチャンは世にも珍しい生き物でも観察するかのように、ひたすら無言で眺めてきた。


「あの、駄目、でしょうか。

 迷惑でしょうか、わたしがそばにいては……」


「迷惑だなんて、そんなこと……。

 ただ、そのようなことを言われたのははじめてで……。

 なんとお答えするべきかわからないのです」


 グレースがなにか言おうとしたとき、音を立てて扉が開いた。


「グレース、どうした?」


 中から顔を出したマテオが、扉の前の廊下で立ち話をしている娘と王子を見てぎょっとしている。


 どうやら話し声がマテオの耳にまで届いていたらしい。


「殿下……」


 またマテオがセバスチャンに不満を漏らす前に、「お父様」とグレースが会話の主導権を握った。


「わたし、しばらく王城に残ろうと思います」


 マテオとセバスチャンまでもが驚きをあらわにしている。


「それ、は、どういうことだ?

 殿下と結婚するということなのか?

 この短時間でなにがあった?

 さっきの白衣の男は何者なんだ?」


 マテオの矢継ぎ早な質問に、グレースは面食らって思わず一歩後退する。


「結婚とか、そういった具体的なことは殿下とお話してはいません」


「では、なぜだ?

 お前は縁談を断るつもりでいたのだろう?

 殿下を治癒するために、はるばる王都まできたのではないか」


 マテオの言葉にセバスチャンが「治癒……?」と呟く。


 美しく形のよい眉が寄せられる。


「そのつもりです。

 ただ、帰るのは今日ではないということです。

 許されるまで滞在したい、そういうことです」


「ならば、私も……」


「お父様はお仕事がおありでしょう。

 わたしはひとりで大丈夫です。

 もう、成人なのですから。

 お父様、わたしを信じてください」


 マテオはグレースを見て、それからセバスチャンに視線を移す。


「……いや、駄目だ。

 大切な娘をひとり残して帰ることはできない」


「お父様」


「駄目だと言ったら駄目だ。

 許可できん」


「今生の別れではありません。

 殿下が迷惑だと仰るなら、明日にでも帰ることになるでしょう。

 ですので、お父様は一足先にお帰りください」


 それから小一時間ほど押し問答をつづけて、夕刻になってようやくマテオを乗せた馬車がアッシュトン領へと出発していった。


 父を見送って城内に戻ってきたグレースを、セバスチャンは待っていた。


「殿下、お恥ずかしいところをお見せいたしました、申し訳ありませんでした」


 グレースが腰を折ると、グレースとマテオのやり取り──親子喧嘩の一部始終を眺めていたセバスチャンが「本当に、よかったのですか」とグレースに訊いた。


「はい、父は本当に頑固なので骨が折れます」


「父上と、あのような……言い争いをするなど、私にはできません」


 グレースは苦笑した。


「仲がいいということです。

 少し過保護なところもありますけど」


「仲がいい?

 あのような言い争いをしていたのに、ですか?」


「仲がいいから喧嘩しても、すぐに仲直りできるのです。

 お互いを信頼しているから、たとえ意見がぶつかっても、言いたいことを言い合えるのです。

 それが、親子なんですよ」


 セバスチャンはしきりに首を傾げている。


「……私にはわかりません。

 父上に楯突くなど、言語道断です。

 父上は、私のことを嫌っていますし……」


「殿下、恐れながら申し上げます。

 お互いを信用するためには、会話を重ねることが必要だと、わたしは思います。

 家族だから、というのは通用しなくとも、対話を重ねればお互いの気持ちがわかってきますし、相手の知らなかった一面をみつけることもできるのです」


 首を傾げつづけた結果、セバスチャンはバランスを失ってしまいそうになるまで身体を傾けた。


 グレースが穏やかに微笑みかける。


「対話はいつからでもはじめられます。

 いまは陛下と仲が悪くても、長いときをかけて対話をつづければ、わかり合う日がきっときます。

 遅すぎるなんてこと、ないのですよ」


 セバスチャンが呆けたようにグレースの顔を凝視する。


「殿下?」


「……いえ、そんなこと、考えたこともなかったものですから、驚いてしまって……」


 片手で口元を覆ったセバスチャンの頬が少し赤くなり、グレースからふいと顔を逸らす。


「グレース様、といいましたね。

 あなたは、私を治癒するために王城を訪れた、とは事実なのですか?」


 グレースが神妙な顔つきになったあと、決意を固めたようにセバスチャンを見据える。


「それについて、殿下にお話ししたいことがあります」


 グレースの強い眼差しを受けて、セバスチャンは動揺した様子だったが、長いまつ毛を伏せてうなずいた。


「では、こちらへ。

 私の部屋に案内します」






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