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第二話 縁談


 ストランド王国は、大陸のほぼ中央にある小国である。


 どの国境も海に接しておらず、無数の山や森などに囲まれた自然豊かな国で、人口は200万人ほど。


 犯罪率が低く、全体的に田舎という印象は拭えないが、平和でのどかな国家である。


 国を治めるのは国王ガブリエル。


 ストランドが平和を享受できるのは、暴力を好まない王室が歴代王国を治めてきた結果である。


 穏やかで友好的、のんびりした国民性が育まれ、国民は隣人を大切にするよう子どものころから親に教えられて成長する。


 先進国とは間違ってもいえないが、幸福度はそれなりに世界の中でも高いほうだろう。


 ストランド王国の北の端に位置するのが、侯爵・アッシュトン家が治めるアッシュトン領だ。


 昔ながらの赤い屋根の家屋が規則正しく並び、景観は美しく2階建て以上の家はほぼない。


 牧歌的で争いとは無縁の土地柄で王国の中でも高齢化が進んだ街でもある。


 医者の数が足りず、さらに医者の高齢化も深刻な問題だ。


 そこで、重宝されているのが領主であるマテオ・アッシュトンの令嬢にして『聖女』ことグレースの能力である。


 医者よりも短時間で病を癒してしまうグレースは見返りも求めず医療行為をおこなうため、アッシュトン領でグレースは神のごとく信奉されているのだ。


 その能力を以てすれば、『聖女』と誰からともなく呼ばれるようになったことも、当然の帰結であったのかもしれない。




 大事な話がある、とマテオに呼び出されたグレースとリリスはメイクを落とし今日のために用意されたドレスも脱いで、普段着に着替えていた。


 先ほどまで、アッシュトンの屋敷ではリリスとグレースの16歳の誕生日を祝うパーティーが催されていた。


 領地中から数え切れない花々が贈られ、王侯貴族が参加する晩餐会も開かれた。


 主役であるリリスとグレースは、この日のために練習したダンスを披露した。


 ダイヤモンドがあしらわれた輝くティアラを着け、スパンコールがきらめくドレスをまとって、はじめてワインを口にした。


 ふたりが籍を置く、貴族の令嬢が通う高等学校の友人たちも、最大限のおしゃれをして祝福の場に駆けつけてくれた。


 はじめてのお酒を飲んだことで、リリスとグレースの頬はいまだ上気している。


 華々しいパーティーの余韻に酔いしれ、ふたりはふわふわと浮ついた気分で屋敷のリビングにある革張りのソファに座っていた。


 対面に、こちらもメイクを落としてすっかり普段着に着替えたローズとマテオが座り、アンナがハーブティーのグラスを人数分ローテーブルに置いて去ったあと、マテオが重々しく口を開いた。


「ふたりとも、誕生日おめでとう。

 もう、あと数時間で終わってしまうが……。

 立派に育ってくれた。

 パパは嬉しいよ」


 マテオのまとう雰囲気に戸惑って双子は顔を見合わせる。


 嬉しい、といいながらも、マテオはにこりともしない。


「あの、お父様?」


 リリスが困惑気味の声でそう呼びかける。


 マテオは、一呼吸置くと、視線をグレースへと定めた。


「グレース、お前ももう16だ。

 成人、結婚できる歳だ」


「え、ええ、そうですね」


 マテオがなにを言わんとしているのか掴めず、助けを求めるようにグレースは姉のほうを見てしまう。


 リリスも心当たりがないようで眉尻を下げてグレースを見返すばかりだ。


「グレース、実はな、お前に縁談の話があってな」


「え、縁談!?」


 グレースは予想もしなかった展開に、リリスとともに驚きで声を揃える。


「縁談って、わたしに、ですか?

 一体誰が……」


 グレースがそう問うと、マテオはこれまでとは比べものになない苦々しい表情を浮かべた。


「セバスチャン殿下、知っているな」


「セバスチャン……第1王子の、ですか?」


 言葉を失い息を飲んだグレースの代わりに、念を押すようにそう答えたのはリリスだ。


「そうだ。

 ストランド王国、第1王子、セバスチャン殿下だ」


「……まさか、そんなお方からグレースに縁談が……?」


 リリスはグレース以上に信じがたいといった様子で呟くように声を絞り出した。


 傍らでグレースは魂が抜けたように放心している。


 話しているマテオも、いかにも億劫そうであり、この縁談に乗り気でないことがありありと伝わってきた。


 隣のローズも浮かない顔をしている。


「セバスチャン……殿下との縁談ということは、将来の王妃になる、ということですよね?

 わたしにそんな器はないと思いますが……。

 なぜ、わたしにそんな話がきたのでしょう?」


 グレースの言葉に、リリスがはっとした様子で「王妃……」と呟く。


「お前が慈善活動をおこなっていること、『聖女』といわれていることが王室の耳にも入ったらしくてな。

 『聖女』であれば、将来の王妃になるに相応しいと判断されたようだ。

 とはいえ、私もこの話を聞かされたのは少し前でな。

 寝耳に水というわけだ。

 お前が16になるまで待っていたようなんだ」


 マテオの口調がだんだん怒りを含んでいく。


「お父様は、この縁談に反対なのですか?」


「反対、というわけではないが、王室に嫁ぐというのは、生易しい話ではない。

 娘に苦労をさせたがる親などいないだろう。

 ましてや、お前はまだ16になったばかりだ。

 学校へも通っている。

 生活のすべてを捨てさせて王都へこい、という先方の態度は乱暴すぎる、気に食わん。

 グレースの『聖女』という肩書きが欲しいという考えが透けて見えるようだ、気に食わん」


 ローズも同意のうなずきを小刻みに繰り返している。


「ですが……それは縁談をお断りする理由にするには弱い気がします」


「グレース、お前は王室に嫁ぎたいのか?」


「い、いえ、積極的には思いませんが……」


 グレースは押しに弱い。


 お人好し、ともいえるかもしれない。


 なんでも優秀にこなす姉と突出して才能が見出だせない自分を比べてしまい、自分なんかを頼ってくれるなら、と領地の住民に無償で治癒活動をするし、必要とされることで承認欲求を満たしている節も否定はできないのだが……。


「でも、アッシュトン家から王妃を輩出するというのは、とても名誉なことだわ、すごいじゃないの、グレース!」


 リリスは頬を紅潮させてグレースの身体をばしばし叩く。


 なんだかグレース本人よりも喜んでいるようにみえるのは気のせいだろうか。


「え、ええ、確かにすごいことですが……」


「わたしが代わりたいくらいだわ」


 興奮したリリスにグレースが苦笑いで答える。


「……あ、でも」


 が、リリスのテンションが唐突に低くなり、眉をひそめた。


 ジェットコースターのごとき高低差のある落下ぶりだった。


「セバスチャン様……。

 セバスチャン様といえば……」


「お姉様?」


 リリスは複雑そうな笑みを浮かべると、グレースの手を握り、首を振った。


「やっぱりやめたほうがいいわ、グレース。

 この縁談はお断りしたほうがいい」


「どうしてですか?」


 グレースがきょとんと聞き返す。


「確か、セバスチャン様には婚約者がいらしたわよね、お父様」


 マテオが仏頂面でうなずく。


「セバスチャン様は、わたしたちより2歳か3歳年上だったかしら?

 成人になってすぐに、ご婚約されて、1年も経たずに撤回が発表された……。

 それからいままで、確か3人ほどと婚約して、すべて破棄している……。

 理由は公式に明かされていないけれど、噂は聞いたことがあるわ。

 なんでも、殿下のあまりの冷酷さに婚約者が逃げ出した、とか粗野で乱暴な殿下に耐えられなかった、とかいい評判は聞かないわね」


 リリスの言葉に、グレースの顔色がみるみるうちに青ざめていく。


「そ、そうだったんですか……。

 はじめて聞きました、わたし」


「グレースはゴシップに興味がないから知らないのね。

 殿下が国民の前に姿を現さないのも、あまりのわがままさに国王夫妻が手を焼いて人前に出せないのではないか、といわれているわ」


 ごほん、とマテオでわざとらしく咳払いしてリリスの止めどない言葉を遮る。


「リリス、憶測でものを言うのはやめなさい。

 ゴシップなど、侯爵令嬢が話すものではない」


「あら、お父様。

 なにも知らないのが華だなんて仰らないでください。

 無知はときに罪よ。

 相手のことをなにも知らないまま嫁いで後悔するのは本人なんだから。

 これは、グレースのために言っていることでもあるわ」


 マテオはなにか言いたそうにしたが、ぐっと唇を噛み締めた。


 グレースが口元に手をやりながら慎重に話しだす。


「セバスチャン様が国民の前にお出ましにならないのはお身体が弱く、臥せっておられるからだと聞いた記憶がありますが……」


 リリスは鼻を鳴らした。


「どこまで本当なんだか。

 表向きは病弱ということになっているけれど、殿下の性格に問題があって婚約者がつぎつぎ去っていく──なんて噂は絶えないのよ」


「リリス、やめなさい」


 マテオに窘められ、リリスはぷくう、と頬を膨らませて黙り込む。


「とにかく、話はそういうことだ。

 一応伝えておく、その程度に受け取りなさい。

 縁談にお応えするかどうかはグレースが決めることだ。

 グレース、返事は急かされていない。

 ゆっくり考えるといい。

 話は終わりだ、さあ、ふたりとも寝る支度をしなさい」


 グレースを不安にさせるだけさせたリリスは、はーいと返事をすると、あくび混じりに立ち上がり、自室にさっさと引き上げていった。


 残されたグレースは、考え込んだまま動こうとしない。


「グレース」


 ローズがグレースの隣に座りながら呼びかけた。


「あなたは自分より他人を大切にしてしまうから、心配よ。

 これはあなたの将来のことなの。

 『誰かのため』に生きることも、美徳ではあるのでしょうけれど、わたしはグレースには自分の人生は自分のために生きて欲しいわ。

 くれぐれも、自分の本音を隠して無理をするのだけはやめて頂戴」


 ローズは優しく笑いかけると、グレースの銀髪を撫でた。


「あなたの考えを尊重するわ」


 ローズはグレースの額にキスすると微笑んだ。


 グレースも笑い返す。


「はい、お母様」


 おやすみなさい、と言ってグレースも立ち上がり2階の自室へ向かうため一度玄関ホールに出て階段をのぼっていく。


──王子様からの縁談かあ。


 まだワインが残った頭でぼんやりと考える。

 

 想像もつかないスケールの話である。


 自分と王室が結びつくなんて、思いもしなかった。


──でも。


 自分は王妃に相応しくない。


 そんな器ではない。


 ただ、他人と少しだけ違う能力を持っているだけ。


 それだけなのに。


 そう、王妃になるならお姉様のほうがいいかもしれない。


 自分よりよっぽど頭の回転が早く、出来もいい。


 グレースの中で、姉への劣等感が顔を出す。


──わたしは、領地で慈善活動をしているくらいが似合いだわ。


 グレースは皮肉っぽい笑みを浮かべつつ、酔いを覚ますように頭を振って自室のドアを開けた。


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