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第十二話 犠牲


 その方法を、わからないはずなのに、知っている。


 グレースは頭の中に無数の真紅の糸を思い浮かべた。


 まだ見たこともない世界、地球の姿に思いを馳せる。


 この星に暮らすすべての人たちへと、真紅の糸の先端を伸ばし、結びつける。


 もう片方は自分自身に結ぶ。


 病を治癒するときと要領は同じだ。


 違うのは──。


 この世界の隅々まで糸を伸ばし、結んでいくと、自分と結びつけた糸が途方もない本数になっていく。


 つぎに、はさみをイメージする。


 そして、ぴんと張った膨大な糸のすべてを、はさみで切断した。


 ぱちんっと音がして、途切れた糸たちは、ほろほろと解け、溶けて消えていく。


──これが『縁切り』。


「……なにをっ」


 セバスチャンの切迫した声に、グレースははっとして瞳を開けた。


「グレース、なにをしたのですか!」


「殿下……」


「いま、私の頭の中で、紅い糸が切れました。

 グレース、まさか、あなた『縁切り』をしたのでは……!」


「思い出したのですね、殿下」


 微笑むグレースの両肩をセバスチャンが掴んだ。


「人々から『憎しみ』を縁切りしました。

 これで、人々はまた忘れ、世界から戦火はなくなる……」


「では、あなたは?

 あなたはどうなるのです!

 『縁切り』をすれば、世界から憎しみは消せます。

 人々はまた『忘れる』ことができる。

 しかし、『忘れる』ことから切り離されたあなたは忘れられなくなってしまうのですよ、グレース!」


「構いません。

 殿下をお救いできるのなら、たとえわたしが『忘れられなく』なっても、耐えられます」


「なにが『聖女』です!

 『聖女』は自分の身を犠牲にするだけの報われない存在だとでもいうのですか?」


「殿下、殿下がわたしを想ってくださっているだけでわたしは満足なのです。

 殿下からのお気持ちだけで、きっとわたしは生きていけます。

 これが、わたしが生まれた意味なら。

 能力を持って生まれた人間の、必然の宿命だというのなら、わたしは受け入れます」


 セバスチャンは、聞き分けのない子どものように激しく首を振ってグレースにすがりつく。


「グレースだけが苦しむ世界を、私が望むとでも?」 


「では、せめておそばにいさせてください、殿下」


 セバスチャンがグレースを引き寄せ抱きしめた。


「当然ではありませんか!

 グレース、私と生涯ともにいてください。

 私は、あなたを永遠に愛すると誓います」


「……殿下」


 グレースがくすぐったそうに笑う。


「幸せです、わたしは」


 セバスチャンはグレースを折れそうなほど強く抱きしめた。


「あなたは、私がお守りいたします、誓って」


「わたしも、殿下を生涯愛すると誓います」


 グレースとセバスチャンは、おでことおでこをくっつけて、どちらからともなく笑った。


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