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第十一話 再会


 辿り着いた王都は、破壊の限りを尽くされていた。


 美しかった街並みは崩壊し、ところどころに火がくすぶっていた。

 

 焦げ臭い匂いが周囲を覆い、あちらこちらに動かなくなった人影が倒れている。


 グレースは袖で鼻を押さえた。


 それは控えめに言っても、地獄絵図だった。


 ビルは、王都に入る直前でグレースを馬から下ろすと、その足でアッシュトン領にとんぼ返りしている。


 王城まで送ると申し出てくれたのだが、命をかけるつもりで王都にやってきたグレースとは違い、ビルには守るべき妻子がある。


 巻き込んでその身を危険にさらすわけにはいかなかった。


 ビルは最後まで納得してくれなかったが、なんとか説き伏せてグレースはひとりで王都へと戻ってきたのだ。


 自分を狙う者がいないか細心の注意を払って王城までの道のりを歩く。


 散発的に遠くで爆発音が響き、鼓膜をびりびりと揺らす。


 王都の惨状は、理性を失った人の心そのものを映し出している気がした。


 ひとけのない街を抜け、警備の兵士のいない王城へと侵入する。


 記憶を頼りに王城の中を進んでいると、曲がり角で音もなく現れた人影とぶつかりそうになり、グレースは小さく悲鳴をあげた。


 相手も驚いているようである。  


「ほう、これはこれは。

 驚きましたな。

 意外な人物の登場だ。

 で、あなたはどちらなんです」


「グレンさん……」


 白衣を着て長い髪を束ねていたグレンの飄々とした雰囲気はなにひとつ変わっていなかった。


「おや、グレース殿ですか。

 あなたもとことん物好きですな。

 いまや王城は敵国に陥落寸前、ストランドは総力戦で抵抗していますが、この小国が勝利する可能性は万に一つもないでしょうな。

 国土拡大を目論んでセバスチャン様の研究をしていた我々が、隣国に攻め込まれて国土を失いつつある……。

 なんとも皮肉な話です」 


「殿下は、殿下はどこですか?」


「はあ、こんなときでもセバスチャン様、ですか。

 セバスチャン様なら、最前線で戦っておられますよ」


「殿下に人殺しをさせるなんて……!

 いますぐにやめさせてください!」


「それは受け入れられん話です。

 殿下はいまや、国にとって欠かせない戦力です。

 『縁切り』の能力がなせるわざか、覚醒された殿下は『斬る』能力に特化しましてな。

 多少の怪我を負っても死なない、剣を持たせたら一級品の腕前……。

 こんなに戦争向きな人材はなかなかいないでしょう。

 国の宝ですよ、あの方は」


「だからって、殿下に人殺しをさせるなんて……!」


 グレンはあごに手を当て、含み笑いをする。


「リリス様からお聞きになりませんでしたか。

 あの傍若無人の悪役令嬢から。

 あの女が手のひらを返さなければ、こんなことにはならなかったのに、まったく、嘆かわしい。

 セバスチャン様は人殺しをしたことなど、一晩寝れば忘れてしまうのです。

 なので、罪悪感を感じない。

 他の兵士ならトラウマになりそうなことをさせても、覚えていないのだから、セバスチャン様にはなんのダメージもないのですよ。

 あの方は、朝起きて、自分が兵士であると教えられると、昼には剣を振るって戦場に駆け出す、そんな生活を送っています。

 どれだけ血しぶきを浴びて帰ってきても、シャワーを浴びて寝てしまえば、そんなことは覚えていない。

 あの方ひとりの力はたかが知れていますが、他国にはない強力な戦力であることは間違いありません。

 敵国の最高司令官の寝首をかくことだって、あの方なら成し遂げてしまうかもしれない可能性を秘めています。

 いま、あの方を無くすことは、国益に多大なる損失を及ぼすことになる。

 それくらい、あなたもおわかりでしょう」


 グレースは、両の拳を握りしめる。


「殿下に人殺しなどさせたくありません」


「平行線ですな。

 私たちはわかり合えない」


「殿下に会わせてください。

 わたしが説得します」


 グレンがせせら笑った。


「なにも覚えていないのに?

 あなたのことも、人殺しをしたことも、自分が軍人でないことすら、知らないあの方を?」


「……わたしは、『縁結び』です。

 確か、『縁切り』と『縁結び』は互いを補完する関係にあると、教えてくれたのはグレンさんです」


 グレンが目を細める。


「……ほう。

 そういうことですか。

 これは面白いことになってきましたな。

 なるほど、あなたが『縁結び』ですか。

 薄々感じてはいたことですが、あなただったとはねえ……。

 で、それがなんだと仰るのです?」


「わたしにも、『縁切り』のちからがある、ということです」


 グレンは不意を衝かれた表情を作った。


「まさか、あなたまで『縁切り』の力を使うというのですか?

 どんな代償を払うのかわかりませんよ。

 それに、世界を巻き込む規模の『縁切り』は生涯ただ一度きり発動できる禁忌の術……。

 望んだ結果になるとは限りません、危険すぎます」


 毅然とした表情でグレースが顔をあげる。


「世界がどうなるかなんて、わたしには関係ありません。

 殿下を救えるならそれでいいのです。

 わたしは、清廉潔白な『聖女』ではない。

 今回のことで、それを自覚しました」


「悪女覚醒、といったところですか。

 能力を保持しているあなたが言うと、リリス様よりたちが悪いですね」


「なんとでも言ってください」


 やれやれとグレンが頭を振る。


「もう、好きにしてください。

 私は、自分が死ななければそれでいいことにします」


「……グレンさんは、『忘れられなく』なっても変わらないのですね」


「ええ、私は好き勝手に生きてきましたから。

 腹の底に溜め込む性格でもありませんし、理性を失ったり我を忘れたりはしませんよ」


「……なんだか、グレンさんが善人に見えてきました」


「ははっ。

 人間ストレスを溜めないことが重要だということでしょう。

 裏表がない性格だと言われるのは悪い気はしません」


 グレンは、どこか疲れたように微笑しながらグレースをみつめた。


「夕方になればセバスチャン様が帰ってきます。

 セバスチャン様の自室でお待ちください」


「はい、ありがとうございます」


 グレンに背を向けて、ひとけのない王城の迷宮を歩きはじめた。



 日が暮れるのが早い。


 秋の物悲しい空の移り変わりを窓から眺めていると、部屋の扉が突然開き、鎧をまとい、腰に剣を提げたセバスチャンが入ってきた。


「え、どちら様ですか?」


 自分の部屋にいた闖入者にセバスチャンは目を丸くして驚いている。


 離れていた間に、セバスチャンの印象は様変わりしていた。


 目つきが鋭くなり、華奢だった体躯には筋肉がついている。


 まるで獲物を前にした捕食者のごとく獣のような殺意を身にまとっている。


 それは、まだセバスチャンと出会う前、あらゆる悪評を聞かされて抱いた恐ろしい『王子様像』にどこか近いものを感じた。


「殿下、殿下……!」


 気がつけばグレースは返り血で汚れた身体のセバスチャンに抱きついていた。


 気持ちを抑えられなかった。


「あ、あの……?」


「殿下は軍人などではありません!

 人を殺めるのは殿下の仕事ではありません!

 わたしが愛した殿下は、そのような目をする方ではありませんでした!

 どうか、もう戦うことはやめてください!」


 まくしたてるグレースに、セバスチャンは戸惑ったように棒立ちになる。


「私の仕事は、敵国を撃退することです」


「違います!

 殿下はお優しくて、温かくて、誰よりもお強いお方です。

 どうか、わたしが愛した殿下に戻ってください!」


 抱きしめたセバスチャンの匂いは、血にまみれていても、変わらない。


──どうしてこんなことになってしまったの。 


 セバスチャンは無言だった。


 グレースの相貌に絶望が浮かぶ。


──やっぱり、わかってもらえない。


 涙に濡れた目でセバスチャンを見あげると、信じられない光景にグレースは目を見開いた。


 セバスチャンが、泣いていた。


「……殿下?」


 身体を離して顔を覗き込むと、セバスチャンは不思議そうに自身の頬を伝う涙を指先で拭い取った。


 泣いていることに、自分でも気づかなかった、そんな表情だった。


「あなた、は?」


「グレースです、殿下」


「グレース……」


 涙を流したまま、セバスチャンはそう繰り返す。


「……グレース、グレース……。

 どこかでお会いしたことが、ありますか?」


「ええ、あります。

 わたしは殿下と結婚の約束をしました」


「結婚……」


「愛しています、殿下」


 グレースは背伸びすると、セバスチャンの唇にキスをした。


 セバスチャンが硬直し、されるがままになった。


「……愛して、いる……。

 私、を?」


 セバスチャンは自分の唇に触れ、感触を確かめるようになぞっていく。


「そうです、わたしは、殿下を愛しています」


 すると、セバスチャンの美しい顔がぐしゃりとゆがんだ。


 片手で顔を覆い、嗚咽を漏らしはじめる。


「愛している、愛している、私を……。

 昨日の記憶もなく、人を殺めるしか能のない私を、あなたは愛してくれるのですか」


「どんな殿下でも、愛すると誓います」


 グレースは満面の笑みを浮かべた。


 セバスチャンが崩れ落ち、膝立ちになってしゃくり上げはじめた。


「私は……あなたのことを知っている……。

 ……知っているはずなのに、思い出せない。

 思い出さなければならない、あなたのことは……。

 でも、どうしても思い出せない。

 明日になれば、私はあなたのことを忘れてしまう。

 ……忘れたくない。

 私は、あなたのことを、この感情を忘れたくない」


 嗚咽の隙間から、絞り出すような声でセバスチャンが慟哭する。


 床に丸まって泣きつづけるセバスチャンの身体を、グレースは優しく抱擁する。


「この恋心を忘れることほどつらいものはない……」


「大丈夫です、殿下のことも、世界のことも、わたしが救います」


 セバスチャンの背中を撫でながら、グレースは憑き物が落ちたようなさっぱりした面持ちをしていた。


「大丈夫、大丈夫ですから、もう泣かないでください。

 殿下が人殺しなどしなくていい世界に、わたしがさせてみせますから」

 

 セバスチャンは無垢な子どものような瞳でグレースを見上げた。


 グレースはにっこりと朗らかに笑ってみせる。


 そして、目を閉じた。

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