第65話 新将軍のスカウトと、究極の身分ロンダリング
十月の終わり頃。
朝廷からのお墨付きをもらったとかで、足利義昭様が正式に将軍に就任したらしい。
てか、まだ将軍じゃなかったのか。
詳しい儀式のことはよく分からないが、とにかくこれで義昭様が日本のトップになり、彼を連れてきた信長様も誰も逆らえない大ボスになったということだ。
京の町はお祭り騒ぎで、織田軍の武将たちも「これで俺たちも天下人の家臣だ!」と連日ドンチャン騒ぎをしている。
そんな中、俺は、将軍の仮住まいになっているデカい寺の一室に呼び出されていた。
「――おお、茂助ではないか! 面を上げよ!」
ピカピカの畳の上に平伏している俺の目の前には、豪華な着物を着た新将軍・足利義昭様が座っていた。
その脇には、今では織田の家臣なのか将軍家の家臣なのかよくわからなくなっている明智光秀と、いかにも頭が良さそうなインテリ風のおっさん――細川藤孝が静かに控えている。
「は、ははっ……!」
俺は冷や汗を流しながら、恐る恐る顔を上げた。
義昭様は、京都に向かう道中で俺が適当なオタク語りをした時と同じように、いや、それ以上に親しげな笑顔を向けてきていた。
「政務が忙しくてなかなか呼べなんだが、ずっと其方の話を思い返しておったぞ。さあ、あの『ぽけっともるすたあ』を百匹集める少年の話の続きを聞かせよ! あの黄色いネズミの化けはどうなったのだ?」
俺の心臓がドクンと跳ねた。
道中の退屈しのぎに話した前世のアニメやゲームの知識が、次期将軍……いや、現将軍の心に深くブッ刺さったまま抜けていなかったらしい。
「あ、いえ、その……黄色いネズミは、己の姿を変えて強き姿となるための宝石を拒否しまして、少年の相棒として絆を深めまして……」
「なんと! 己の姿を変えることを拒み、ありのままの姿で強敵に立ち向かうか! 見事なネズミよ! それで? その後はどうなる!」
義昭様が扇子を叩いて大興奮している。
俺はそこから一時間ほど、前世の記憶を頼りに、黄色いネズミが各地の道場破りをしたり、悪の組織を壊滅させたりする話を語り続けた。
義昭様は身を乗り出し、時に涙ぐみ、時に大笑いしながら俺の話に聞き入っていた。
「フハハハハ! いや、まことに面白い! それに、其方の忠義と武勇には恐れ入ったぞ。余と別れた直後、織田の大事な兵糧を救うため自ら進んで肥溜めに飛び込んだそうだな。さらに数日前には、自らの足で三好の透破の隠れ家を暴き、都を救ったと聞く」
いや、あれは全部ただの不運な事故なんだけど……。
俺が引きつった笑いを浮かべていると、義昭様がスッと身を乗り出してきた。
「どうだ、茂助。余の直臣として仕えぬか? 知行と高い位を用意してやろう。そして毎日このふかふかの畳の上で、余に面白い話を聞かせるのだ。さらに……その摩訶不思議な物語の数々、絵師や書記を集めて本にしようではないか! 日ノ本中に其方の物語を広めるのだ!」
……。
ドゴォォォォン!!!
俺の中でずっと抑え込んでいた承認欲求が、音を立てて爆発した。
安全な室内で毎日アニメやゲームの話を語るだけで給料がもらえて、しかも将軍のスポンサー付きで本まで出せる?
俺のオタク知識が、天下の将軍様から大絶賛されているのだ! 俺は戦国時代で、誰もが知る大ベストセラー作家になれる!
(最高じゃん! ブラックな織田家なんか辞めて、この超絶ホワイト企業に転職だ!)
俺が二つ返事で「イエス」と言いかけた、その時だった。
「……上様。お言葉ですが」
脇に控えていた藤孝が、静かに口を開いた。
「茂助殿を幕臣として取り立て、常に側近くに置くとなれば、他の幕臣や公家衆が黙ってはおりませぬ。彼は現在、織田家の一介の田舎侍。そのような素性の知れぬ者を出入りさせ、あまつさえ書物を世に出すとなれば、将軍家の体裁が悪うございます」
そ、そうか。いくら将軍のスカウトでも、一介の下っ端がいきなり側近になるのは身分の壁があるのか。……ってことは、この転職話も無し?
俺が内心で絶望しかけた、その時だった。
「ふむ……藤孝、何か良い手はないか?」
義昭様が、藤孝に尋ねた。
「はっ。茂助殿の生み出す物語の数々は、まさに『文学』の極み。ならば、朝廷より『文章博士』の正式な役職を賜ればよろしいかと」
もんじょうはかせ?
俺の頭にクエスチョンマークが浮かんだ。歴史音痴の俺には全くピンとこない。要するに、将軍の側近になるための偉い肩書きみたいなものだろうか。
「おお! 文章博士か! しかし藤孝よ、あれは代々『菅原家』の末裔が就く習わしであろう? 尾張の土豪上がりの茂助が、どうやってその役職につけるのだ?」
すがわら? 誰だそれ。どこかのすげえお坊ちゃん家系だろうか? 俺にはさっぱり分からないが、要するに俺が名乗れるような血筋ではないことだけは確かだ。
すると藤孝は、微かに口角を上げてニヤリと笑った。
「御案じなされますな。菅原家の末裔に、『高辻家』という公家の家柄がございます。現在の当主・高辻長雅殿には跡継ぎがおりませぬ」
「跡継ぎがいないとはいえ、どこの骨とも知れぬ者を養子になどできまい?」
義昭様が首をかしげる。
「そこで、歴史の糸を少々紡ぐのです。……かつて平安の御代、あの右大臣・菅原道真公の御孫にあたる、菅原雅規様というお方がおられました。……この雅規様は政争に巻き込まれ、尾張国へ流罪となられた過去がございます」
インテリおっさんの口から、やけに具体的な歴史の知識がスラスラと飛び出してくる。
「うむ。幼名を久松麿と言い、のちに英比殿と称された御仁だな」
義昭様が頷く。
「その尾張の地で子をなし、その子孫が尾張で土豪として生き延びていたとしたら? 茂助殿の生み出す並外れた文学の才能こそが、何よりその『菅原家の血脈』の証左! ……つまり茂助殿は、絶えかけていた菅原家の正統な血筋であり、跡継ぎのいない同門の高辻家の養子となるに『これ以上なく相応しい人物』となるのです」
藤孝が、扇子で口元を隠しながら意味ありげに俺を見た。
「長雅殿は長引く戦乱で家計が困窮しております。上様からの手厚い援助と引き換えに、この真実を受け入れさせ、茂助殿を養子として迎え入れさせるのです。そうすれば文章博士に任官される資格を満たし、書物を出すにも箔がつきましょう」
「フハハハ! 見事だ藤孝! カネの力で公家を納得させ、都合よく才能を理由に家系図をでっち上げるか! まことに痛快な策よ!」
義昭様が腹を抱えて大笑いした。
「茂助よ! そういうことだ! 準備が整い次第、其方を迎え入れ、書物を作らせるぞ!」
その間、もう一人の側近である明智光秀は、一切口を挟むことなく黙って控えていた。ただ、その底知れない冷たい瞳で、ジッとこのやり取りを観察しているだけだ。
「は、はあ……ありがたき幸せ……」
俺は完全にキャパオーバーになり、とりあえず深く頭を下げた。
冷静に考えれば、これは異常事態だ。一介の足軽上がりが、将軍の力とインテリの詭弁で、学問の神様の子孫だか『くげ』だかよく分からない家系図に大義名分付きでねじ込まれようとしているのだから。
俺は冷や汗をかきながら、さっき藤孝が言った言葉を脳内で反芻した。
(……『くげ』……公家……?)
俺のスッカスカの歴史知識データベースが、ゆっくりと検索結果を弾き出した。
(あ!! もしかして公家って、『貴族』のことか!? 麿とか言って蹴鞠して遊んでる、あのお公家様!!)
俺の事なかれ主義の脳は、都合の悪いリスクをすべてシャットアウトし、一つの結論だけを弾き出した。
(……つまり、戦場に行かなくていい『貴族』になれるってことだよな!?)
血生臭いブラック労働からの完全なる解放。
安全な都で、由緒ある貴族として、将軍のスポンサー付きでアニメの話を書くスローライフ。
これ以上の好条件があるだろうか。俺は心の中でガッツポーズを決め、新しいホワイト企業での輝かしい未来に胸を躍らせた。
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