第64話 裏庭のサボりと、ボンバーマン
先日、俺がサボりの最中に偶然見つけてしまった廃寺のテロリストこと三好の透破たちは、俺の報告を受けた木下組と丹羽組の急襲により、全員捕縛されるか討ち取られるかしたらしい。
都を火の海にする計画は未然に防がれ、俺はまたしても都の危機を救ったと上層部から無駄に褒められた。
だが、褒美をもらうどころか「お前は鼻が利くから、もっと見回りを強化しろ」と仕事が増えるという理不尽な結果に終わった。やってられない。
そんなわけで、俺は今日もしっかりとサボっていた。
織田軍の本陣となっている寺の裏手。誰も来ない枯山水の庭の縁側で、俺はゴロンと仰向けになり、秋の高い空を見上げていた。
あえて本陣裏で休む。これはみんなの盲点のようで、全く見つかることなくサボれている。
これこそ灯台下暗しってやつだ。
表の方では、信長様に臣従を誓うためにやってきた近畿の国人衆や大名たちが、高価な茶器や貢物を持って列をなしているらしい。だが、下っ端の俺にVIPの接待役など回ってくるはずもなく、こうして平和にサボる時間が確保できているというわけだ。
「はぁ……。戦国時代にもスマホがあれば、サボり時間も潰せるのになあ」
独り言をこぼしながら欠伸をした、その時だった。
「――ほう。スマホとは、何かな?」
頭上から、しゃがれた、だがどこか底光りするような響きの声が降ってきた。
「うおっ!?」
俺は慌てて飛び起きた。
見れば、縁側の端っこに、見知らぬ老人が腰を下ろしていた。仕立ての良い、だが派手すぎない着物を着流し、飄々(ひょうひょう)とした顔つきで煙管を吹かしている。
白髪交じりだが背筋はピンと伸びており、細められた眼光には只者ではない鋭さが潜んでいた。
「あ、いや……ただの独り言です。あの、どちら様ですか?」
俺は現代人の処世術として、とりあえず見知らぬ年配者には敬語を使って尋ねた。
老人はカッカッと喉を鳴らして笑った。
「俺か? 俺はただの退屈なジジイさ。表の広間で、織田の殿様への挨拶の順番を待っておったのだがな。どいつもこいつもガチガチに緊張して、茶器の自慢ばかりで息が詰まる。少し風を浴びようと抜け出してきたら、お主のような大男が豪快に寝転がっておったのでな。面白くてつい声をかけてしまったわ」
どうやら、このじーさんも俺と同じサボり仲間らしい。
俺は少し警戒を解いて、どっこいしょと縁側に座り直した。
「そうなんですか。順番待ちもお疲れ様です。……あの、こんな所でサボってて、誰かに怒られませんか?」
「全くだ。……お主、織田の家臣であろう? 俺のような怪しいよそ者が本陣の裏庭をうろついておるのに、咎めもせぬのか?」
「咎めたって俺の給料が上がるわけじゃないですし。それに、丸腰のお爺さんに目くじら立てるほど、俺も立派な武士じゃないんで」
「カッカッカ! これは痛快な男だ。織田の陣には、こんな面白い大男が飼われておったか」
老人は愉快そうに煙管の灰を落とし、俺の隣にすっと腰を下ろした。
「名を何と申す?」
「木下藤吉郎配下の、堀尾茂助です。……あの、そちらは?」
「俺か。俺は松永……松永弾正久秀という」
老人は、その名を口にした瞬間、少しだけ面白そうな目で俺の反応を窺った。まるでこの名を聞けば震え上がるぞとでも言いたげな凄みが一瞬だけ覗く。
まつなが……ひさひで。
俺の脳内にある、スッカスカの歴史知識データベースが検索を開始した。
うーん、なんか聞いたことあるようなないような……。松永…久秀…なんだっけ。裏切り? いや、もっとインパクトのある……あ。
「あ!!!」
俺は思わず大声を上げ、ポンと手を打った。
「もしかして、ボンバーマンか!? なんか覚えてるぞ! すげえ有名人じゃん!」
俺は完全に敬語を忘れ、歴史上の有名エンターテイナーに出会ったようなテンションで身を乗り出した。
「すげえ! 2ちゃ〇スレまとめで『戦国最高のロックンローラー』とか言われてたぞ! あんただったのか!」
「……ぼんばあ?」
久秀が、虚を突かれたように目を瞬かせた。
「俺でも知ってる! じーさん有名人じゃん!! なんかあれだろ、すげえ有名な茶釜か何かの中に爆薬をぎっしり詰めて、お城ごとドカーンって自爆したっていう!」
「……爆薬? ドカーン? 自爆……?」
久秀は、完全にポカンとしていた。
あっ、やべ。
俺のポンコツな頭がようやく状況に追いついた。
よく考えたら、本人が目の前でピンピンして煙管を吹かしているのだから、自爆イベントなんて起きてるわけがないのだ。
俺は今、これからお館様にご挨拶に向かうじーさんに向かって「アンタの未来の死に方(しかも爆死)」をめちゃくちゃテンション高く語ってしまったのである。完全にサイコパスの所業だ。
「えっ? あ、やべ。すいません、ただの与太話なんで忘れてください……」
俺は血の気が引くのを感じながら、慌てて口を塞いで目を逸らした。
だが、久秀の反応は俺の予想とは違った。
彼は怒るでもなく、不気味に笑うでもなく、ただ腹の底から、絞り出すように笑い始めたのだ。
「クックック……アーッハッハッハ!!」
縁側を叩いて、久秀が大笑いする。
「面白い! 実に面白い! この俺を前にして、恐れ慄くどころか『ぼんばあまん』などという得体の知れぬ渾名で呼び、あまつさえ『自爆する』などと与太話を飛ばす輩に会ったのは、生まれて初めてだ!」
「いや、ほんとすいません……」
「良い! 実に良いぞ、茂助とやら! どいつもこいつも俺を遠巻きにする中で、お主のその濁りのない目はなんだ。俺をただの面白爺さんとして見ておるな?」
久秀の目が、スッと細められた。その奥には、只者ではない狂気と知性が入り混じった光があった。だが、俺に向けられているのは純粋な好奇心だった。
「いや、だって松永様……ただサボってるだけのお爺さんですし。俺もサボってるし。同じ穴のムジナじゃないですか」
俺が肩をすくめると、久秀は「同じ穴のムジナか!」と再び膝を叩いて笑った。
「気に入ったぞ、茂助。俺はこれから織田の殿様に『九十九髪茄子』という名物の茶器を献上して挨拶するつもりだが……お主のような腹の座った男がいるのなら、織田の陣も案外退屈せんかもしれんな」
久秀は立ち上がり、着物の裾を払った。
「また会おう、『ぼんばあまん』とやらの秘密を知る大男よ。次に会った時は、その爆薬とやらで城ごと吹き飛ぶ痛快な話を、詳しく聞かせてくれ」
「はあ。まあ、怪我しない程度に頑張ってください」
俺が会釈すると、久秀は機嫌良さそうに手を振り返し、表の広間の方へと去っていった。
まとめスレでやたらと愛されていた自爆おじさんは、直接話してみると案外気さくで面白い爺さんだった。
戦国時代も、探せば話の通じるサボり仲間がいるもんである。俺は再び縁側にゴロンと寝転がり、秋の空に向かって大きな欠伸をした。




