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第121話:横山城の嫌がらせ包囲戦


 浅井長政の難攻不落の本拠地・小谷城の南に位置する、北近江の補給の要衝『横山城』。


 お館様の命により、俺たち織田軍の主力は小谷の絶壁への無謀な突撃を避け、この横山城を大軍で完全に包囲する構えを見せた。

 俺が率いることになった五百人の兵たちも、横山城を囲む一部隊とし、そこに布陣することとなった。


「よし、お前ら! まずは深く堀を掘り、馬防柵を立てろ! 城の連中が夜襲をかけてきても、絶対に一歩も突破されない頑丈な陣地を作るんだ!」

 六月のまとわりつくような蒸し暑い風が吹くなか、俺は声を張り上げて部下たちに指示を出した。


 最前線での城攻めという死地を回避できたとはいえ、敵地に居座る以上、油断は死に直結する。自分の命、そして預かった五百人の命を守るため、防御陣地の構築には一切の妥協を許さなかった。


「兄上! あちらの土塁の基礎、あらかた踏み固め終わりましたぞ!」

 泥まみれになった氏光うじみつが、顔の汗を拭いながら駆け寄ってきた。


「よし、ご苦労。次はそっちに転がっている巨岩を退かして、堀をさらに深く掘り下げろ。敵の足が完全に止まる深さまでやるんだ」

「承知いたしました! 兄上の指示通り、ただちに手配いたします!」

 氏光は力強く頷き、再び土木作業の輪の中へと戻っていく。


 俺もただ高台から見下ろしているわけにはいかなかった。陣地の完成が遅れれば、それだけ敵の奇襲を受ける危険が高まる。俺は妻の桔梗から押し付けられた、あの特注槍を手にとった。


 大人の腕ほどもある樫の柄の末端には、地面を突いても木が割れないように、分厚い鉄で覆われた『石突いしづき』がすげられている。俺はこの極太の丸太槍を上下逆さに持ち替えた。


「ぐっ……せえのっ!」

 俺は槍の石突を、岩と地面の隙間に深々と突き入れた。そして柄の長さを利用し、全体重を乗せてテコの原理で押し込む。すると、数人がかりでも動かなかった巨岩が、ゴロンと重い音を立てて転がり落ちていった。


 さらに俺は、槍を逆さに持ったまま、分厚い石突の平らな部分を使って、積み上げた土塁を上からドスンドスンと力強く叩き固めていく。十キロを超える重量は、武器として振り回すには適さなくとも、こうして土を固めるきねとして使えば、これ以上なく強固に地盤を締めてくれた。


「吉晴殿。……なるほど、その槍の石突、陣普請にはうってつけの重さにございますな」

 ふと、背後から生真面目な声が聞こえた。振り向くと、但馬たじまくわを手に立っていた。


「ああ、但馬か。こいつはとにかく重くてな。振り回すには骨が折れるが、こうして石突の重みを利用して土を叩き固めるには丁度いい」

「左様でございますな。戦場においては、見栄えよりも実の用が第一。使えるものは何でも使う吉晴殿の姿勢、兵たちへの良い手本となっております。私も負けずに手を進めましょう」

 但馬は短く一礼すると、黙々と土を掘り始めた。その姿を見て、周囲の兵たちも無言のまま、凄まじい気迫で陣地の構築を急いだ。


 無駄口を叩く者はいない。ただ、生き残るための堀を掘り、柵を立てる。泥と汗の匂いが立ち込める中、堀尾組の陣地はみるみるうちに強固な要塞へと姿を変えていった。


 ***


 数日の徹夜の土木作業により、横山城の周囲には幾重もの柵と堀が巡らされ、城内の者は完全に外への道を断たれた。

 だが、包囲が完成したからといって、すぐに城が落ちるわけではない。横山城は小規模ながらも山城であり、守備兵たちは必死に城門を固めている。


「茂助様。見事な陣形が完成いたしました。これで城の者どもは一歩も外に出られません」

 木下組の陣屋で、勘兵衛かんべえが城の図面を見下ろしながら静かに報告してきた。


「だが、このままでは膠着状態となります。城にはまだ相応の兵糧の備えがありましょう。長引けば、我らの兵糧も底をつきかねません。いかがなされますか?」

 勘兵衛の言葉に、俺は顔をしかめた。


 味方の血を流してまで強引に城を攻め落とす気は毛頭ない。だが、ここで何ヶ月も泥臭い陣地に寝泊まりし続けるのも御免だった。いつ浅井の援軍が背後から襲ってくるか分からない状況で、時間をかけるのは危険すぎる。


(さっさと開城させて、この戦を終わらせるしかない。力押しではなく、あいつらの戦意を底からへし折るんだ)

「勘兵衛。城を力攻めにする必要はない。だが、ただ座して待つ気もない。城の連中が『もう限界だ』と泣きついてくるように、徹底的に心を追い詰める」


「心を、でございますか」

「ああ。とにかく休ませるな。夜中じゅう鐘や銅鑼を鳴らして、一睡もさせるな。風上には汚物や青草を積んでいぶし、悪臭を持った煙を城内に流し込め。水場に続く道は完全に塞いで、一滴の水も手に入れさせるな」

 俺が思いつく限りの苛烈な包囲戦術を口にすると、陣屋の隅で聞いていた三太夫さんだゆうが、顔をパッと輝かせた。


「若。そりゃあ最高にえげつねぇやり方だぜぇ。そういう嫌がらせなら、俺たちの十八番おはこだぜぇ」

「ああ。正攻法で血を流すより、ずっと確実だ。敵の神経をすり減らして、戦う気力を根こそぎ奪うんだ」

「へへっ、任せてくだせぇぜぇ。水脈の断ち切り方から煙の送り方まで、俺たち透破の技をたっぷりと見舞ってやるぜぇ」

 三太夫の隣にいた捨吉すてきちも、冷酷な目を細めて頷いた。


「城の裏手にある沢の水脈、泥と石で完全に埋め立ててやります。おまけに、毎晩城に向かって、長政や城将をこき下ろす下品な歌を大合唱させてやりましょう」

「よし、三太夫、捨吉。お前たちに任せる。容赦するな、敵を徹底的に疲弊させろ。他の攻囲部隊にも手伝えとけよ!」

 三太夫たちは、血の匂いを嗅ぎつけた猟犬のような顔つきで陣屋を飛び出していった。


   

 その夜から、俺たち堀尾組の陣が受け持つ区画は、横山城にとっての地獄の発信源となった。

 昼夜を問わず、三太夫たちが交代で銅鑼と太鼓を打ち鳴らし、城に向かって罵詈雑言を浴びせ続ける。静寂は一切なく、城兵たちは常に襲撃の恐怖に怯えながら不寝番を強いられた。


 風の強い日には、捨吉たちが調達してきた大量の糞尿や腐った草が焚き火にくべられ、むせ返るような黄色い煙が城内へと絶え間なく流れていく。


 水脈を絶たれたことで、喉の渇きが彼らの体力を奪い、悪臭と騒音が彼らの精神を削り取っていった。

 数日が経過する頃には、城の中から響いてくる怒声は消え失せ、代わりに絶望に満ちた哀れな悲鳴や、咳き込む音だけが風に乗って聞こえてくるようになっていた。


(よしよし、いいぞ。この調子なら、あと数日で完全に音を上げて開城するはずだ。そうすれば横山城は落ち、俺たちの任務は終わる)

 俺は陣屋の床几しょうぎに腰掛け、特注槍の柄を握りしめながら、戦況の推移を冷静に見つめていた。


 血を流さずに敵を屈服させる。これこそが、味方の損害を最小限に抑え、確実に生き残るための最善の戦術だ。俺は自分の指揮がもたらした成果に、静かな手応えを感じていた。


 だが、その日の夕刻。

 陣屋に足早に入ってきた勘兵衛の顔は、かつてないほどに強張っていた。


「茂助様。……我らの苛烈極まる包囲により、横山城の窮状は限界に達しました。城内から小谷城へ、悲痛な救援要請の密使が幾度も放たれたようです」

「そうか。そろそろ降伏の使者が来るか」

 俺が尋ねると、勘兵衛は重苦しい表情のまま、ゆっくりと首を横に振った。


「いえ。……横山城の悲惨な窮状、そして我ら織田軍の執拗な包囲の様子は、間違いなく小谷の浅井長政の耳に届きました。それが、長政の決断を促したようです」

「……長政が動いたのか?」


「はい。先ほど、お館様の本陣より急報が飛び込んでまいりました。……小谷城の浅井本軍、ならびに越前より駆けつけた朝倉の援軍が、ついに大軍を率いて城を出たとのこと。横山城の包囲を解くべく、真っ直ぐに我らの陣へ向かっております」

 俺の心臓が、ドクンと冷たく跳ねた。


「つまり……長政が、横山城を助けるために野戦に打って出た、ということか」

「はい。横山城を見殺しにすれば、浅井家は北近江での求心力を失います。茂助様たちの容赦なき包囲が、結果的に長政を城から引きずり出す決定打となったのです。……これで、浅井・朝倉の連合軍と、我ら織田軍による大血戦が幕を開けます」

 勘兵衛は淡々と事実を告げた。


 俺の背筋に、冷たい汗が流れ落ちた。

 俺はただ、横山城を消耗させて、さっさと降伏させたかっただけなのだ。


 だが、その徹底的な嫌がらせが、横山城を見捨てられない餌へと変え、浅井本軍を野戦に引きずり出す結果を生んでしまった。お館様が当初から描いていた「小谷城から敵を誘い出す」という狙いを、俺自身の手で完璧に成立させてしまったのだ。


 平和な包囲戦で終わるはずだった目論見は崩れ去った。

 遠く北の空が、これから始まる血みどろの激突を予感させるように、赤黒く淀んでいる。


 開けた平野で、互いの主力がぶつかり合う総力戦。

 俺は重い特注槍を握りしめながら、迫り来る圧倒的な暴力の気配に、ただ奥歯を噛み締めることしかできなかった。

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まあ、お手柄ではあるw
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