第100話 命のスピリッツと、変人家臣団の泥酔
ポタッ……ポタッ……
商人から買い上げた蘭引の管から、受け皿の瓶に無色透明の液体が静かに溜まっていく。
庭に立ち込めるのは、ツンと鼻を突く強烈なアルコールの匂いだ。
「よしよし……いいペースだ。これで俺の生存率は爆上がり間違いなしだぜ」
俺は竈の火加減を調整しながら、ニチャァと気持ち悪い笑みを浮かべていた。
高濃度のアルコールさえあれば、戦場で怪我をしても、あの地獄のスプラッタ医療を受けずに済む。傷口をこれでバシャバシャ洗えば、バイ菌なんてイチコロだろ。
「よし、ちょっとションベン行ってくるから、三太夫、お前ら火の番を頼むぞ」
俺は立ち上がり、背後で固唾を飲んで見守っていた三太夫たちに声をかけた。
「いいか、ちゃんと見張ってろよ!」
「は、ははっ! 承知いたしやした、若! 俺たちに任せてくだせえ!」
三太夫たちは、なぜかギラギラとした獣のような目で、不自然なほど力強く頷いた。
俺はその『絶対にフリを見逃さない男の顔』に気づくことなく、「頼んだぞ」と便所へと向かってしまったのだ。
***
数分後。
スッキリして庭に戻ってきた俺の目に飛び込んできたのは、地獄絵図だった。
「うおおおおっ!? なんだこれは!? 身体の奥底から炎が吹き出してくる!!」
「ヒャッハー! 痛覚が……痛覚が消え飛んだぞ! これで腹を十文字に掻き切られても笑って戦えるぜえええ!」
三太夫と但馬が、顔を茹でダコのように真っ赤にして、庭を千鳥足で駆け回っていた。
受け皿にしていた瓶は、すでに一滴残らず空っぽになっている。
「お前らァァァァッ!! 何してんだァァァァッ!?」
俺の絶叫を聞いて、三太夫が焦点の定まらない目で振り返った。
「おぉ……若ァ……。こいつぁ……最高の闘薬ですぜ……。これさえありゃあ、千人くらい素手で首を引っこ抜ける気が……」
三太夫はそこで言葉を切ると、白目を剥いて、口から盛大にカニのような泡を吹き出した。
「三太夫ォォォォッ!!」
バタンッ! という重い音を立てて、三太夫が大の字に倒れ伏す。
それに続くように但馬ま「うおおお……」といううわ言を漏らしながら、泡を吹いてぶっ倒れた。
急性アルコール中毒である。
当たり前だ。俺の命を救うためのアルコールを、あろうことかストレートで一気飲みしやがったのだ。
「おい! しっかりしろ! 死ぬな! 吐け! 水を飲んで吐けェェェッ!」
俺は顔面を蒼白にしながら、馬用の桶に入った水をガブ飲みさせ、三太夫たちの背中をバンバンと叩きまくるハメになった。
「……なんという無様な」
騒ぎを聞きつけ、薙刀を手にして現れた妻の桔梗が、泡を吹く男たちを見下ろして冷ややかに言った。
「いかに強力な闘薬であろうと、この程度で気を失うとは。あなた様、彼らが目覚めたら、毒への耐性をつけるために千回の四股踏みを命じておきましょう」
「毒じゃねえよ! ただの酒の飲み過ぎだよ! あと死にかけてる奴に四股を踏ませるな!」
俺の記念すべき知識チート第二弾『消毒液プロジェクト』は、バトルジャンキーたちの勘違いによって全飲みされ、部下の命を危うく奪いかけるという最悪の自爆テロの形で幕を閉じた。
***
翌日。
「……もう嫌だ。消毒液なんて二度と作らねえ」
文字通り三途の川を往復してきた三太夫たちが、ゲッソリと青ざめた顔で庭の掃除をしているのを横目に、俺は縁側で頭を抱えていた。
石鹸は悪臭スライムになり、消毒液は部下を殺しかけた。
俺のポンコツな知識で中途半端な薬を作っても、戦国の荒くれ者どもの想定外のアホ行動のせいで大惨事になるだけだ。
それに、冷静になって考えてみれば、この時代の酒のアルコール度数がそもそも何パーセントあるのかも分からない。蘭引で蒸留したからといって、果たしてそれが医療用の消毒液として通用するレベルに達していたのかも怪しいものだ。
もしかしたら、ただクソ強い酒を作って身内を殺しかけただけかもしれない。
(やっぱり、ネットの聞きかじり知識じゃ無理なんだ……。自分で医療品を作るなんて、リスクが高すぎる)
俺の脳裏に、極めて現代的で、安易な発想が閃いた。
(自分で作れないなら、金で買えばいいじゃねえか!)
そうだ。この時代には、堺や京にヨーロッパ人が来ている。あいつらは絶対、俺の適当な手作りアルコールなんかより、ずっと安全で確実に化膿を防げる本物の薬を持っているはずだ。
金さえあれば、南蛮人から最高の薬が買える。金さえあれば、優秀な護衛も雇えるし、最前線の任務だって誰かに金を握らせて代わってもらうことだってできるかもしれない。
(この世は結局、金だ! 金が俺の命を救う最強の盾なんだよ!)
なら、どうやってボロ儲けするか。
異世界転生小説では何を作る?
「……ガラスだ!」
俺はポンッと手を打った。
この時代でガラスは見たことな無い気がする。俺が大量のガラスを作って南蛮人や堺の大商人に売りつければ、目玉が飛び出るような高値で売れるに違いない。
薬じゃないから、三太夫たちが誤飲して死ぬリスクもない。超安全で最高に儲かる錬金術だ。
作り方だって知っている。あの有名なブロックを積んで家を作るゲームで、嫌というほどやった。
砂をかまどに突っ込んで、ガンガン燃やす。ただそれだけだ。
(砂を焼けばガラスになる。ゲームでそうだったんだから、現実でも絶対にそうなるはずだ!)
「おい三太夫! 但馬! ちょっと来い!」
俺は興奮のあまり、二日酔いでフラフラしている二人を呼びつけた。
「わ、若……。申し訳ありませぬ。あの闘薬は、俺たちにはまだ早すぎやした……。次こそは耐え切って見せやすんで……」
「二度と飲ませねえよ! それより、お前ら今すぐ暇な奴らを全員集めて、川に行け!」
「は? 川、ですか?」
「そうだ! 川岸に落ちてる、できるだけ白っぽくて細かい『砂』を、荷車いっぱいに集めてこい!」
三太夫は頭にクエスチョンマークを浮かべた後、カッと目を見開いた。
「砂を集めて……ははぁん! さては、砂を炒って熱々にし、敵の目や顔面にぶちまけるための『灼熱の砂嵐』を作る算段ですね!? えげつねえ! さすが若だ!」
「少し惜しいわ! 違う! ガラスを作るんだよ!」
相変わらずすべてを暴力に結びつける三太夫を怒鳴りつけながら、俺は但馬に指示を出した。
「但馬、お前は陶工の親父のところへ行って、『一番デカくて火力の強い窯』を使わせろって言ってこい! 木下組の権力で強引に押さえろ!」
「ははっ! しかし若、砂を焼くためだけに窯を借りるのですか?」
「ただの砂じゃない。これを焼くだけで、大金持ちになれるんだよ!」
自分で作るのを諦め、すべて金で解決しようと目論んだ俺の知識チート。
俺の輝かしい知識チートが、今度こそ!今度こそ!本当に火蓋を切ったのだった。
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