臼砲
結局、伝令は、出なかった。作戦が変わったんだ。
斥候は、潜伏場所周辺の二つの建物に敵兵が潜んでいるのを確認していた。窓を少し開けて外をうかがっていたそうだ。伏兵を予想した従士は、正しかった。また、ここから遠くない通りで、一頭の重馬が重い馬車を引いているのも見たと言った。
「それも大砲だろうな。馬一頭で引ける馬車なら、あまり広くない通りでも通れる。俺たちが大きな大砲の移動を邪魔したから、小さい大砲を運ぼうとしてるんだ」
パウルの顔が険しくなった。
「それも持ち込ませないようにしなければ」
俺は、パウルの言葉に息を飲んだ。
「捕虜を助けに行かないのか?」
「行くさ。だが、少し後になる」
「捕虜は大丈夫か?」
パウルは、顔をゆがめ、圧し殺した声で言った。
「ムスタ、今日中には大砲を持ち込ませないのが俺たちの任務なんだ。俺だって捕虜が心配だ。だが、仕方がないだろう」
俺は、しばらくパウルと睨み合った。
分かってるさ、パウルの言うことは正しいんだ。ターケットを守るには、任務を果たさなきゃならない。俺たちは、そのためにこんなところにいるんだからな。でも、俺は、アンが心配でならない。アンを助け出すためなら、ターケットなんかどうなってもいいんだ。でも、市壁内には俺の知り合いがいる。そいつらも助けなきゃ。くそ。アンも他の仲間も守るにはどうすればいいんだ。
「ムスタ」
パウルが、俺に声をかけた。問いかけるような声だ。
「ムスタ、お前に前面に出てもらうことになるが、いい考えがある。やってみるか?」
「捕虜を助けながら大砲を持ち込ませない方法か?」
「そうだ。お前を危険にさらすことになるから男爵閣下のいいつけにはそむくんだが、この際だから……」
俺は、こんな時に俺の危険を気にするパウルにかっとして怒鳴った。
「早く説明しろ」
パウルは、一瞬躊躇して話し始めた。
「今回持ち込んでいる大砲は、多分、中型の臼砲一台だろう。重馬一頭ではそれが限界だからな。市壁の石よりだいぶ軽いから、お前なら簡単に持ち上げられる。これを戴いてしまおう」
持ち上げて運ぶのは構わないが、呪文を唱え続けながらは走れない。最初の大砲をかっぱらうのをやめた理由はそれだ。追いつかれて白兵戦になれば、俺たちに勝ち目はない。
「なぜ、追いつかれたらやられてしまうからと諦めた方法を持ち出すんだよ。何の役に立つんだ」
俺は、いらいらとしながら指摘した。
「なぜなら、頂いた後に逃げないからだ」
こいつの話は分かりにくい。普段ならそれも愛嬌だが、今はそんなときじゃない。俺は、思わずパウルの胸ぐらをつかんでいた。パウルの武士らしい分厚い胸に俺の貧弱なこぶし。その格差が、逆に俺の怒りをあおった。俺は、歯を剥きだして、パウルの顔に迫った。
「早く話せ」
パウルは、俺の手を掴むと、あっさりと胸から引きはがした。手がしびれるほど痛い。そして、気づかわしげな眼で俺を見ながら、言った。
「大砲を持ち上げたら、逃げずに、そいつを振り回せ。敵にぶつけるんだ。臼砲は短いから、押し潰すほうがいいかもしれない。お前の魔法が届く範囲は狭いから、素早さが大切だ。できるだけ短時間で敵兵を排除しろ」
パウルの言葉で、俺の心臓が跳ね上がった。
「排除ってのは……」
「排除は排除だ。怪我をさせて動けなくしてもいいし、殺してもいい。相手が逃げ出すならそれでもいい。とにかく邪魔にならないようにするんだ。できるか?」
つまり、俺が前面に立って敵と戦うってことだ。俺が振り回す大砲で、敵が死ぬことになる。どれほどできるかわからないが、大砲がぶつかった相手がただじゃすまないのは間違いない。投石器で石をぶつけられた敵の姿をありありと思い出した。あの時の石は、せいぜい人の頭くらいの大きさだったのに、悲惨なことになった。血しぶきを跳ね散らかし、頭の形が変わって息絶えた敵兵たち。パウルが今言ったのは、俺があの石を手に持って、相手の頭をたたきつぶして殺せと言うのと同じことだ。俺は、腹の中に氷の塊をぶち込まれた気がした。
「できるか?」
パウルの声には、色々なものがこもっていた。覚悟と、気遣いと、そして、大事なものを守るための力だ。俺の中の迷いが消えていった。
「できる。もちろんだ」
パウルは、大きく息を吸い込み、長い時間をかけて吐き出した。そのあと普段の顔に戻って、何事もなかったかのように話し始めた。
「俺の計画を説明するぞ。みんな、こっちに来い」
中型の臼砲というのは、小さかった。太さは二尺ほど、長さは三尺くらいだ。重さは、百貫というところか。人間五人分くらいだ。持ち上げるのは簡単だし、振り回すにしても苦労しそうにはない。敵は、そいつを馬車に積んで、五十人くらいの護衛をつけて運んでいた。敵の斥候が先行していたが、隠れている俺たちには気づかずに先に進んでしまった。
俺は、隠れた家の二階の窓の鎧戸に開いている節穴から、大砲に魔法をかけた。あっという間に見える範囲を通り過ぎてしまいそうだから、あまり丁寧にはできない。とにかく一点だけに魔力を集中して、そこを持ち上げた。大砲は、綱などで固定してされていたようだが、馬車の上でごろりと転がるとあっさり馬車から落ちた。敵兵一人が下敷きになった。
押し曲げられた手足、つぶれた胴体、そういったものを想像してひるんだ俺に、トミが声をかけてくれた。
「魔術師殿、さあ、あの大砲を持っていくぞ」
トミが俺の横についていてくれたんだ。心強い仲間だ。俺は気を取り直し、大砲を持ち上げた。下敷きになっていた奴が、這って逃げていった。足が一本動かないらしい。よかった、殺さずに済んだ。敵の何人かが押さえつけようと大砲に飛びついた。大砲が少し揺らいだが、邪魔にはならなかった。ブランコに比べると重量がある分だけ安定していて扱いやすい。そんな、見当違いなことを考えた。
「魔術師殿、乗っている敵兵には構わず、通りを走り回っている者に大砲をぶつけてくれ」
俺は、トミの言うがままに大砲を動かした。始める前には、ぶつけると殺してしまうかもしれないと恐れていたんだが、始めてしまったら何も気にならなくなった。敵を排除して、大砲を鹵獲するんだ。言い方を変えるだけで、随分と気が楽になるんだな。
実際のところ、大砲は、敵兵にはあまりぶつからなかった。いくら振り回しても人が走るくらいの速さにしかならないから、素早く動けば避けられるんだ。威力も、それほど強くない。ぶつかってしまった敵兵でも、よたよたしながら逃げ続けた。それでも、味方を援護するには十分だった。重い大砲には逆らいようがないから、逃げるしかないんだ。敵の動きを先読みして出すトミの指示もよかった。敵は大砲一つに混乱させられていた。動きまわる大砲から逃れた敵を、パウルが指揮する武士たちが攻撃している。人数は俺たちの何倍もいるんだが、慌ててしまった敵兵は、パウルたちに手もなくやられてしまった。大砲から落ちた敵兵は、もっと簡単に排除された。パウルたちは、敵兵の武器を取り上げた。
「魔術師殿、お見事です。パウルたちと合流しましょう。ほら、待っています」
俺が中心になって敵を排除したんだ。俺は、大砲を地面に下ろし、強い達成感を味わいながら高揚した気分で階段を駆け下りた。通りに出てざっと周りを見回すと、そこで死んでいる敵は、みんな刀傷を受けていた。俺の大砲にやられた敵はいないようだ。ちょっと残念なような気がしたが、パウルはこう言ってくれた。
「ムスタ、最高だったぞ。敵は何倍も人数がいたのに、あっという間に大砲を鹵獲できた。素晴らしい戦果だ。さあ、次に行くぞ」
勝利を味わう暇もないな。一瞬そう思ったが、これはまだ勝利ではないことに気付いた。俺たちの勝利は、捕虜を助けだした時に訪れる。俺は、気を引き締めなおした武士たちと一緒に走り出した。
いや、だめだ。やっぱり、走りながらでは大砲を保持できない。大砲を馬車に乗せなおすと、従士の一人が馬を導いて走り始めた。
「ムスタ、馬車に乗れ。おまえは走るな。息を切らすんじゃない」
パウルが走りながら怒鳴った。もっともだ。俺は、馬車に飛び乗った。馬車には敵兵から奪った武器も乗っていたから、それらが落ちないように押さえた。
途中で他の小隊が二つ合流した。大砲を鹵獲した時の騒ぎを聞きつけてやってきたそうだ。他にも何小隊かがいるはずなんだが、どこにいるかわからない。だが、少しでも味方が増えると心強い。




