待ち伏せ
俺たちは、例によって大回りして潜伏場所に向かった。敵兵の影は、まったくなかった。みんな陽動作戦の方に釣られて行っちまったんだろう。後は、陽動部隊の連中が無事に逃げてきてくれれば成功だ。
その時、潜伏場所の方向から二人の男が走ってきた。従士たちの間に緊張が走ったが、そいつらの服装は、メッケルン風だ。念のために剣を抜いて構える従士たちの前に走りこんできたのは、トミと、もう一人俺が名前を知らない従士だった。陽動部隊にいたはずだ。無事に逃げられたんだな。
ほっとした俺たちに向かって、トミは、息を切らせながら叫んだ。
「大変だ。潜伏場所が占領された」
従士たちは、顔色を変えた。
「なにっ!」
「いつだ?」
「敵の規模は?」
驚きの声と質問がトミたちを襲う。
「分からない。作戦を終えて帰ってみたら、もう占領されていた。奴らは、俺たちが戻ってくるのを待ち伏せていたんだ。俺たちが戻った時、先に到着した小隊が敵に囲まれて戦っていた。我々が加勢したので何とか逃げられたが、何人かがやられてしまったようだ。そのあとすぐ、俺たちは、隊長の命令で、他の小隊に知らせに走ってきたんだ」
「留守番の連中がどうなったかわかるか?」
「それも分からない。逃げるのがやっとだった」
それを聞いた時、俺の顔から血の気が失せる音が聞こえたような気がした。アンは無事なのか? 俺の大切な弟子。あの素晴らしい才能を持つ俺の家族を失うなんて嫌だ。たとえ、その才能を台無しにするような大雑把な奴であってもだ。目の前が暗くなってよく見えない。体が勝手に動く。
「ムスタ、どこに行くんだ」
誰かが俺を呼び止めた。
「アンを探しに行く」
俺は、ふらふらと潜伏場所のほうに歩き始めた。
「やめろ。今行っても捕まるだけだぞ」
パウルの声だ。誰かが俺の手を掴んだような気がする。俺は、振りほどいて歩き続けた。
その後も何か話しかけられ続けていたような気がするが、全然覚えていない。どれほど歩いたのかもわからない。わずかに覚えているのは、この会話だけだ。
「心配な気持ちは分かる。だが、やみくもに行っても、意味が無い」
「アンが捕まっていたら、助けてやらなきゃ」
「捕まっているとは限らないじゃないか。うまく脱出したかもしれないだろう」
「逃げられた?」
「多分な。留守番の連中だって立派な武士だ。そうやすやすと捕虜になどなるものか」
そうか。捕まったとは限らないんだよな。そう思ったら、ようやく目の前が薄明るくなって、まわりの様子が見えてきた。さっきの場所からほとんど動いちゃいない。通り二つ分くらいだ。トミが走ってきてからずいぶん経ったような気がしたんだけどな。
「ムスタ、やっと正気に返ったか。どうなるかと思ったぞ」
パウルが気づかわしげに言った。俺は、ただアンを助けなきゃと思っただけだ。
「俺、何か変だったのか?」
「まるで夢の中にいるみたいにふらふらしていた。俺たちの声が聞こえていないみたいだったぞ」
「聞こえてなかった」
「アンが心配なのはわかるが、そんな状態で行くと、あっという間に捕まってしまう。神聖帝国は、魔術師と見れば殺すという話だ。もっと慎重に行動しないと」
そんな話をしているうちに、頭が回るようになってきた。俺は、少しの間正気を失っていたみたいだ。まだ霞がかかったような意識を通して、今パウルが言った言葉がじわりと理解できてきた。
「魔術師を殺す?」
「ああ、彼らの宗教は、魔術師を認めていないそうだ。悪魔の使いとかでな。だから、奴らの国にいた魔術師は、みんな殺されるか逃げるかしたと聞いた」
「馬鹿な」
「俺もそう思うよ。だけど、彼らはそうは考えていないんだ。だから、迂闊にあいつらに近寄らないでくれよ」
おっかない連中だ。俺も、そんな奴らに近寄りたくはない。だが、今の話を聞いては、落ち着いてはいられない。
「俺は、アンを探しに行く」
「おい、俺の話を聞いていなかったのか?」
「聞いてたさ。言ってることもよく分かったよ。だから、俺はアンを探しに行くんだ。俺の弟子をあんな奴らに殺されてたまるものか」
パウルは、はっとした。何をいまさら気づいてるんだ。アンだって魔術師のはしくれなんだぞ。まだ半人前以下だけどな。もし神聖帝国の捕虜になったとしたら、奴らが大事に扱ってくれるとは思えない。何としてもどこにいるのか確認して、もし捕虜になってるなら助けなくちゃ。万一の場合には……いや、そんなことは考えたくない。
「パウル、本当に留守番の連中は逃げられたかな?」
俺の問いに、パウルは、しばらく目をつぶって考えてから答えた。
「いや。無理だろう。かなりの人数がいるに違いない。奴らがたまたま潜伏場所を見つけて攻め込んだとは思えない。たぶん、周到に計画されていたんだ。俺たちが奇襲に出ているいる間に占領できるようにな。大砲の移動も、陣地に持ち込むためだけじゃなくて、おとりを兼ねていたに違いない。そして、潜伏場所に戻る俺たちを順に始末するつもりだったんだろう」
「さっきは捕虜になんかならないと言ったじゃないか」
「すまん。お前を正気に戻したかったんだ」
「じゃあ、やっぱり助けに行かなくちゃ」
「おい、俺の話を聞いていなかったのか。それは、自殺行為だぞ」
「アンは、へたくそだけど魔術師なんだ。捕虜になるだけだけじゃすまないんだろ。助けなくちゃ。他の連中だって、捕虜なんて嫌だろ」
「しかし……」
「一人も失うわけにいかないんじゃなかったのか? 助けられるものなら助けなきゃ。敵の思うままになんかさせるもんか」
パウルは、俺の顔をまじまじと見た。
「ムスタ、お前、変わったな」
「何が?」
「そんなことを言うような奴じゃなかったぞ。最初に腰を抜かしていたのが嘘のようだ」
「そんなこと思い出すなよ。あの時は怖かったんだ」
「今は怖くないんだろ?」
「怖いよ。でも、そんなこと言ってられないじゃないか。捕虜になってる連中を助けなくちゃならないだろ」
パウルは、他の武士たちと顔を見合わせた。トミも難しい顔をしている。俺は、そんなに変なことを言ったつもりはないんだけどな。捕虜になっちまった連中を助け出すというのは、武士から見ると変なんだろうか?
だが、そうではなかった。武士達は、一言か二言、互いに言葉を交わした後、俺に向かって頷いた。パウルが、武士たちを代表して、こう言った。
「よし、行こう。だが、勝手に行動するなよ。俺が指揮を執る」
そうこなくちゃ。ただ、念を押されちまったな。さっき、いつの間にか一人で歩き出してたから用心されたんだろう。俺は、分かったと返事した。
パウルは、二人を斥候に出し、残りを近くにあった物置の陰に導いた。
俺たちは、周りを警戒しながら、潜伏場所の中がどうなっているのかを推理した。嫌な話し合いだった。敵の配置だけではなくて、殺された仲間の遺体がどこに置かれているかなんてことも話題になったんだ。それが分からないと、捕虜になっている連中が捕らわれている場所を絞れない。結局、生きている仲間は、石炭庫に押し込められているだろうということになった。昨日アンに石炭を取りに行かせた小部屋だ。出入り口が一か所しかないから少ない人数で捕虜全員を押さえておける。仲間の遺体は、多分、建物の二階に安置されているんだろう。その中には、俺の顔見知りもいるはずだ。せめて、遺体が大事に扱われていますように。
一人の斥候が帰ってきた。潜伏場所を二人で偵察した後、もう一人は、周辺の様子をうかがうために残ったそうだ。彼は、潜伏場所にいる敵が相変わらず待ち伏せを続けていると報告した。パウルは、ばれてしまった待ち伏せを続けているなんて馬鹿だと嗤った。俺もそう思う。トミたちが逃げ出したんだから、もう待ち伏せしても意味が無いだろうに。俺が初めて見た戦いでも、槍がひっかかるような狭い道で槍兵に突撃させたりしていた。臨機応変に振舞えないんだろうか? 俺の以前の仕事なんかできそうにない連中だ。
他の武士達もパウルと一緒に敵兵を罵っていたが、そのうち、仲間を取り返すための作戦会議になった。
パウルたちは、斥候やトミの話から、潜伏場所にいる敵兵の数を五十人くらいと見積もった。それだけいれば、潜伏場所に戻った小隊を圧倒するには十分だからだ。他の武士が、潜伏場所の近くの家に伏兵が隠れている可能性を指摘した。トミは、そんな奴らはいなかったと言ったが、必要にならない限り姿を見せないようにしているかもしれないから、いることを前提にすることになった。
「合わせると、最低でも五十人、伏兵がいるなら百人くらいの敵を相手にしなければならないかもしれない。他の潜伏場所の連中の助けを借りないと難しいな」
俺は、仲間の救出が手遅れになるんじゃないかと、気が気じゃなかった。奴らは、死体の始末ができるくらい暇になったら捕虜を殺すかもしれない。もしアンが魔術師見習いだとわかったら、その場で殺してしまうかもしれない。師匠のことを知ろうとして拷問するかもしれない。俺は、身震いした。悪い想像は、どんどん膨らんだ。何でもいいから、早く助けに行きたい。
そんな俺には気づかず、パウルは、選んだ伝令と打ち合わせを始めた。散らばってしまっている小隊をどうやって集めるかとか、他の潜伏場所の連中にどこに来てもらうかとか、今考えうる大雑把な計画とか、そんなこと以外にも、万一他の潜伏場所も占領されていたらどうするかとか、いかにもパウルらしい、細かいところまでよく考えた内容だった。でも、伝令は、あんなに細かい内容を覚えられるんだろうか? 俺は、仲間の救出に少しでも障害になりそうなことには、神経質になっていた。
俺の心配をよそに、伝令は、出発前にその細かい指示をさらりと復唱してのけた。びっくりしている俺に向かって、パウルが訊いた。
「復唱に間違っているところがあったか?」
俺は、困って、口をぱくぱくさせてしまった。俺には覚えきれなかったんだから、返事のしようがないじゃないか。パウルは、俺を見て笑っている。
「魔術師殿、伝令はパウルの弟だよ。でなければ、あんな伝令内容なんか覚えられるわけがない」
従士の一人が助け舟を出してくれた。
「兄弟そろって細かいことをごちゃごちゃと言うから迷惑だけど、役に立ってるから見逃してやろうじゃないか」
わかったから、早く伝令に出てくれ。助けるのが遅くなったら、それだけ危険が増すような気がしてるんだ。
いざ、伝令が出発というときに、もう一人の斥候が戻ってきた。ひどく興奮している。
「どうした? まず息を整えろ。落ち着いて話せ」
斥候がぜいぜいと喘いでいる間に、パウルの弟は、パウルに向かって首をかしげた。
「まだ行くな。作戦が変わるかもしれないからな」




