出撃
出撃の日の朝、市壁外に潜伏する奇襲隊の全員が男爵邸の中庭に集められ、男爵から指示を受けた。奇襲隊員は、武士だけではない。三分の一くらいは自警団員だ。
「数日前から斥候隊が見張っていた神聖帝国軍の先遣隊が、先ほどターケットに到達した。今は、市街地の外側に集結して、宿営地を設営しつつある。そこで体制を整えなおしたのち、すぐに市内に攻め込んでくるだろう。
各奇襲隊は、それぞれ指定された潜伏場所に向かえ。移動に当たっては、小隊ごとに行動すること。すでに斥候が放たれていると考えて、潜伏場所に直行せず、さまざまに迂回しつつ向かえ。
よく覚えておけ。お前たちの役割は、敵を殺すことではない。敵を日干しにすることだ。敵の陣地よりも、食料を運ぶ荷車を襲え。ラガンでの最後の戦場からターケットまでの道では、奴らは何も手に入れていないはずだ。国王陛下がそのように手配なさったからな。ターケット周辺の農村も、すべての作物を市壁内に運び込むか、運べないものは廃棄した。したがって、今の奴らは食い物が足りない。今後手に入れる望みもない。奴らは、ラガンで略奪した食料だけで食いつながねばならん。長くはもたないはずだ。
作戦通り、市内の路地や建物を活用して戦え。地の利を最大限に活かせよ。攻撃するときには、戦果を欲張らずに、すぐに逃げろ。もし戦いに有利であっても、深追いするな。
よく覚えておけ。市壁内の兵をすべて合わせても、わが軍は、千しかおらん。それにお前たち奇襲隊が二百。待機している王軍と諸侯軍を合わせても五千に満たない。それに対し、奴らは、二万に迫る大軍だ。まともに戦っては勝ち目がない。我らの勝利は、お前たちが敵をどれだけ消耗させられるかにかかっているのだ。神出鬼没に行動して、無駄玉を撃たせ、矢を浪費させろ。
お前たちは死んではならん。死んだ奇襲隊員など、役に立たん。不利になったら、すぐに逃げろ。その場限りの名誉にこだわる愚か者になるな。何があっても生き残り、敵の戦意を挫くことこそがお前たちの名誉と心得ろ」
奇襲隊の面々は、おーっと気勢を上げた。俺もつられて大声を出したんだが、少し声が震えていた。だって、怖いじゃないか。本番なんか来なければよかったのに。ずっと練習していたかった。
アンは、市壁内にとどまり、マッツの指揮下で働くことになった。彼女を連れていかずにすむことだけが、俺の救いだった。
「アンを頼むぞ」
「任せておけと言いたいところだが、実は、自信がない」
「そんなこと言わずに」
「保護するだけなら大丈夫だ。ただ、彼女の仕事となると、思い浮かばないんだ」
「汚物を飛ばす係じゃなかったのか?」
「いや、あの後、考えなおしたんだ。そんなことをしたら、敵に飛んで行かずにそこらに跳ね散るだけだろう。あっという間に市壁内が不潔になる。敵を防げても、病で死んでは何にもならないからな」
「なら、敵の厠をひっくり返させてはどうだ」
「それはいい、頼んでみよう」
こいつ、根っからそういうのが好きなのかもしれない。そんな仕事は嫌だと怒るアンの姿が目に浮かんだ。
「そんなことを頼んだら、きっと怒るぞ。石をぶつけられないように用心しろよ」
「大丈夫だ。彼女は、小さな的には当てられない」
「まあそうかもしれないけどな」
「ところで、アンはどこにいるんだ?」
マッツは、あたりを見回した。俺と一緒にいると思っていたらしい。
「奥方たちと一緒にいると思う。じゃ、頼むぞ」
「俺を置いて行ってしまうのか?」
「なんだそりゃ」
「俺も奇襲隊に加わりたかった。市壁に守られて隠れているのは、性に合わん」
何度も聞かされたけどな、その気持ちは、俺には分からないよ。俺は、市壁内でもどこでもいいから、安全なところにこっそり隠れていたい。
俺は、パウルと一緒に潜伏場所に行った。市壁から出てまっすぐ行けば十分くらいなんだが、男爵の命令通りあちこちに迂回しながら行ったので、三十分かかった。潜伏場所は、燃料屋の倉庫だった。冬に備えて薪や石炭を保管しておくための大きな倉庫だ。一階の倉庫は、薪で一杯だが、まだ寒くはないから、敵がこんなものを取りに来ることはないだろう。地下にも倉庫があって、そちらは俺たちのために空にしてある。
俺たちの小隊は、三番目に潜伏場所についた。まだ敵の姿を見てもいないのに、風の音で飛びあがるくらい、俺はおびえてた。無事着いてやれやれだが、明日からは隠れてばかりいられない。不安だ。
そのあとも、ばらばらと小隊が到着した。ブランコ考案の功労者であるトミもやってきた。ヨエルは、自警団の連中と一緒に他の潜伏場所に行って、ここには来なかった。あちらの指揮を執るそうだ。俺としては一番頼りにしていたんだが、自警団のボスなんだから仕方がない。
どの小隊も敵の斥候の姿を見かけていなかった。まだ市内に入り込んでくる準備が整わないんだろう。神聖帝国の全部隊が到着して体勢を整えるのに三日かかるというのがパウルの見立てだ。えらく遅いと思ったが、パウルは、大軍の行動は、亀より遅いと説明した。人数が多いからって何かする速度が遅くなるわけはないんだから全然納得できなかったが、武人が言うからにはそうなんだろう。いつものように得々と説明されてもかなわないから、突っ込んで聞くのはやめておいた。
その時、倉庫のドアが叩かれた。決められた合図がなかったので、すでに集まっていた奇襲隊員は、緊張して剣を抜き、入り口を取り囲んだ。その時、見張りが駆け下りてきた。首をかしげている。
「女の子が一人だけでやって来たぞ。他に人がいる気配はない」
みんなはわけが分からない顔をしていたが、俺は、嫌な予感がした。
「こんにちわ」
外から子供の声がした。案の定、アンの声だ。くそっ、男爵の奥方と一緒にいたんじゃなかったのか。
「何かの罠か? 俺たちを油断させるための?」
「子供を偵察に使うのか? いくらやつらでもそれは……」
ひそひそと話す声を無視して進み出た。俺の行動に奇襲隊員たちは大いに焦ったようだが、構わずに入り口を開けた。そこに立っていたのは、やはりアンだった。
「お前、どうやってここに来た?」
俺は、アンの手をつかんで引っ張りこんだ。
「せっかく市壁内に置いてきたのに、なぜここにいるんだ。誰がお前をよこした?」
問い詰める俺に、アンは、ぺろっと舌を出して答えた。
「勝手に出てきちゃった。あたしはおじちゃんの弟子なんだから、おじちゃんといるの」
「ばかやろ。ここは、戦場なんだぞ。女の子がいるような場所じゃないんだ。さっさと戻れ」
俺は、アンの肩を掴んで怒鳴りつけた。敵に見つかったら怖いから、小さい声で。
「魔術師殿、そんなに小声でなくても大丈夫ですよ。ここは地下ですからな」
従士の一人がそう言って笑った。
何言いやがる。見つかる危険は、少しでも少ないほうがいいに決まってるだろ。そう思ったら腹が立って、怖いのを少し忘れた。
「こいつを市壁内に戻してくる」
俺がアンの手を引いて外に出ようとしたら、さっきの従士が慌てて止めた。
「お待ちください。不用意に外に出てはいけません。おい、様子を見て来い」
さっきの見張りが階上に駆け上がって行った。そうだった、外に出る前には、見張りが周囲を確認することになっていたんだ。
待つことしばし。アンは、その場の雰囲気にびっくりしたみたいだ。黙ったままみんなの顔を順に見比べていた。
そのうち見張りが駆け戻ってきた。今度は、緊張した面持ちだ。
「外で戦いが起きています。二小隊が神聖帝国軍と交戦中です」
それを聞いたパウルが駆け上がっていった。
俺は、急に不安になって、その見張りに聞いた。
「アンが尾行されたのか?」
「違うと思います。この隠れ家が見つかった気配はありませんから、たまたまこの近くで敵で遭遇したんでしょう。すぐ外でかなり激しく戦っています」
「何も聞こえなかったぞ」
「ここが優れた隠れ家だからですよ。中の音が外に漏れないんですから、外の音も中に聞こえてきやしません」
「そういうものなのかな。外の様子が分からないんじゃ、心配でしょうがない」
「魔術師殿は心配性ですなあ。そのために見張りを置くのではありませんか」
知ってるけどさ。さっきはいなくなってたじゃないか。
少しして、パウルが戻ってきた。
「攻撃を受けた小隊は、大声で陣地まで下がれと叫んでいた。ここに来るのをあきらめて、敵を誘うことにしたようだ」
「本格的な攻撃か?」
「いや、それにしては小規模だった。たぶん偵察だろう」
偵察って、こっそり見に来るんじゃないのか? 疑問に思ったが、武士同士が話しているのに割り込むこともできず、俺は黙っていた。
「陣形も整わないうちに、いきなり威力偵察か。さすがというか、噂に聞いた通りの強引さだな。交渉する気など端から無いということだろうな」と、知らない武士。
「どうかな。俺たちが食料を略奪されないように手を打ったし、奴らの補給路を王軍が邪魔している。食い物が足りなくて焦ってるんじゃないか」
「こっちの思う壺だ」
「その通りだ。この素早さなら、すぐにも先遣隊による攻撃があるだろう」
ああ、もう逃げられない。難しいけれど、覚悟を決めなきゃ。肝の据わった武士たちと一緒にいれば、少なくとも取り乱さずに済む。しまった、アンをどうしよう。
パウルが取り乱した俺に気付いた。
「ムスタ、すまないな。アンを市壁内に戻すのはもう無理だ」
「奴らが攻め込むまでに三日かかるんじゃなかったのか?」
「奴らがこんなに急ぐとは思わなかったんだ。ここで保護しておけば当座は安全だから、それで堪忍してくれ」
「パウルのせいじゃないよ。アンが勝手に来ちまったんだから」
アンは、何が悪いのかわからないという顔をしている。もっときちんと躾けておけばよかった。このお転婆め。一体どうやって出てきやがった。こんな場所まで勝手に来ておいて怖がりもせずにきょとんとしているアンに、無性に腹が立った。




