戦争見物
それから何時間もしないうちに、斥候が戻ってきて、神聖帝国の先遣隊が市内に攻め込んできたと報告した。今度は偵察ではない。敵軍は、ターケットの最初の陣地目指して突き進んでいる。
そのターケットの陣地は、フレクトグラータという通りの途中にあるちょっとした広場に土塁を作り、その上に砦を築いたものだ。パウルは、攻める側はここを欲しがるはずだと言っていた。市外からそこまで、曲がりくねってはいるものの馬車が通れる道があるから、物を運ぶのに不自由しない。大きな倉庫があるから、兵舎にも武器の保管にも使える。ここを確保できれば、ずいぶんと攻めやすくなるそうだ。俺たちの作戦は、ここに敵陣を作らせ、周りにある迷路のような路地を利用して奇襲を仕掛けることによって敵を消耗させることだ。
「さて、魔術師殿、俺たちも出かけよう」
パウルが俺を促した。おかしいな、俺たちは、待機するだけのはずだ。
「え、出番があるのか?」
「ないよ。見物に行こうと言っているんだ。ここにこもっていても、つまらんだろう」
俺は、こもっていたいけどなあ。
「護衛します、魔術師殿」
俺と同い年くらいの若い従士が俺の脇についた。待機しろという命令なのに出歩いちまっていいのかなあ? 奇襲部隊指揮官のカレラという騎士に目をやると、笑って頷いた。これじゃ断るに断れない。俺は、彼らに言われるがままに外に出た。
裏道を通ったり窓から窓へ飛び移ったりしながら、陣地が見えるところまでたどり着いた。丁度いい時に来たようだ。三階の窓から、革の鎧を着た歩兵たちが群れを成して最後の角に迫っているのが見えた。その角を曲がると、陣地までは短い直線だ。ああ、戦いが本当に始まっちまうんだな。
ふと気づくと、世話になった故買屋の店が陣地の脇にあった。あの親父はどうなったんだろう? マッツは、捕まえて話を聞いたとしか言ってなかった。アンを連れて行ったときの怒り様だと、本当にやばい仕事には手を出していたわけではないようだった。追放くらいですんでるといいな。
場違いにもそんなことを思っていると、そっと外を覗いていたパウルが、にやにやしながらつぶやいた。
「間の抜けた連中だな」
敵軍の先頭には三尋近くもありそうな長い槍を持った連中が並んでいて、途中で妨害しようとする者を串刺しにする構えだ。俺には、みんな恐ろしげに見える。どいつが間抜けかわからない。
「あんな槍を先頭に置くなんて、間抜けだよ。狭い市内で役に立つと思ってるのかな」
そう言われてよく見てみたが、穂先がぎらぎら光っている事がわかっただけだ。
「俺には、役立つように見えるけど」
「まあ、見てろって。ほら」
敵兵は、長い槍を持ったまま曲がり角に殺到したが、槍が建物の壁につかえて曲がり切れない奴が続出した。そこに後ろから走ってきた兵が突っ込んで転び、大騒ぎになった。
「な、間抜けだろ?」
俺は、唖然とした。
「戦争って、こんなことを大真面目にやるものなのか?」
「俺も本当の戦争は初めてだからよく知らないんだが、古い連中の話じゃ、頭の悪い奴が指揮するとこんなもんらしいぞ」
「そんな馬鹿な。頭の悪い奴が、ボスになれるわけないだろ」
「神聖帝国の軍隊ってのは、そういうところらしいぞ。家柄でボスが決まるそうだ」
「メッケルンは違うのか?」
「メッケルンは、家柄だけじゃなくて実力も見るからな。だから、俺たちは、間抜けな子には跡を継がせない。養子をとってでも、できる奴に継がせるんだ。でも、奴らは、必ず長男が跡を継ぐそうだ」
そんな話をしている間にも、その角では罵声や怒号が飛び交っていた。そうやってジタバタしている連中を押しのけるように、後ろのほうから太い丸太を持った連中が出てきた。金属の兜をかぶった偉そうな男が馬上から指図している。きっと、あいつが間抜けな指揮官だ。
「あんな丸太をぶつけられたら、砦が壊れちまう」
「いいじゃないか。狙い通りだ」
「壊れたところから一気に攻め込まれたら、守備の連中が逃げられないんじゃないか?」
「その辺は、奴らもうまくやるだろうよ。あんまりすぐに逃げても罠だと感づかれるから、結構粘ると思うけどな」
守備隊の連中は、砦の上部に設けられた狭間から、丸太の持ち手たちに矢を射かけた。持ち手たちは、無防備だ。両手を丸太を吊り上げる綱にとられて、飛んでくる矢を防ぐこともできない。矢を体で受けた奴は、その場で倒れ、仲間に引きずられていった。運よく手や足で受けた奴は、自力で逃げることができた。こうやって持ち手が倒れると、すぐに他の者が取って代わった。そいつらも、次々に矢の餌食になった。敵の弓兵は、狭間の陰に隠れた俺たちの射手めがけて矢を放った。道が狭くて持ち手たちの後ろや脇から無理して射ているせいか、上や下にそれる矢が多くて、味方には一本も当たらなかったようだ。
俺は、大きくため息をついた。敵兵が倒れていくのを見るだけでも怖かった。今にも奴らの矢が俺たちの射手に当たるんじゃないかと思ったら、体がすくんだ。
パウルは、そんな俺を見て、ゆっくりと噛んで含めるように言った。
「ムスタ、魔術師殿、よく見ておけよ。戦争ってのは、こんなもんなんだ。敵兵もたいしたもんだよな。仲間がやられて血を流しても、くじけずに立ち向かってくるんだから。だが、俺たちも、いずれそうしなければならないんだ。いちいちすくみ上らずに済むように、慣れてくれ」
無茶言うな。俺は、武士じゃない。本当は、命のやり取りなんて嫌いなんだ。
神聖帝国の連中は、しばらくの間、彼らのような大人数には狭すぎる道路で思うように動けず、四苦八苦しながら戦っていた。だが、そのうち、左右に建ち並ぶ家のふさがれた戸口を壊して中に入り、二階や三階から砦に向かって矢を射かけ始めた。さっきまでと比べ物にならない数の矢が、俺たちの仲間を襲うようになった。味方の射手は、狭間の陰から出られなくなった。それを見た神聖帝国軍は勢いづき、丸太を持った連中が砦の下の土手を駆け上がり、その丸太を砦の壁にぶつけ始めた。木材やら石やらでいい加減に作られた急ごしらえの壁は、丸太がぶつかるたびにぐらぐら揺れる。長くもちそうにない。
「逃げなきゃ」
俺が思わずそう漏らしたら、パウルが俺の肩を叩いた。
「まだ大丈夫だ。見てろ」
狭間に一瞬人が見えた。そこに向かって敵の矢が一斉に飛んだときには、そいつはすでに隠れていた。丸太を持っていた連中が、悲鳴を上げて逃げ出した。
「何をしたんだ?」
「煮えた油をぶちまけたのさ」
俺は、ぞっとした。かわいそうに。持ち手たちはひどい火傷をしてるだろうな。逃げ出した連中は、剣を持った連中に追い立てられて、また丸太のところに戻った。そいつらは、またひどい目に遭った。今度は、砦の張り出しから油が撒かれたんだ。今度は、逃げ出したら止まらなかった。せっかく仲間のところまで逃げたのに、指揮官の剣にかかって倒れた奴もいた。間抜けの癖に、ひどい指揮官だ。あいつも一緒に油をかぶればいいのに。後ろの方まで逃げた奴がどうなったかはわからない。殺されたりせずに、手当てをしてもらえてればいいんだけど。
「ムスタ、そろそろ奴らも本気を出してきたぞ」
パウルが、曲がり角のあたりを指さした。そこには、丸太が何本も用意され、持ち手がぎっしりと並んでいた。
「あの丸太を一度にぶつけて、砦を壊す気だ。数が多いから、油を撒いたり矢を射かけたりしても防ぎきれない」
「もう逃げるんだよな?」
「もう一頑張りするさ」
「あれがぶつかったら、砦が壊れちまうんだろ?」
「何度もぶつけられればな。もうしばらくは大丈夫だよ」
なぜそんなに落ち着いてるんだ。まさか、味方がやられても平気なんじゃないだろうな。
その時、砦の中から石が飛んできた。拳くらいの大きさの石が敵兵の上に降り注いだ。丸太に取り付いた敵兵の多くが倒れた。死んだ奴は少なそうだが、多くの連中が怪我をして動けなくなっている。それでも、残った連中が丸太を持ち上げて、砦に突進した。そいつらが土手に差し掛かったころ、また石が飛んできた。丸太を持った連中には当たらず、怪我人と、怪我人を運び去ろうとした連中に当たった。さっきの指揮官にも当たったらしく、引きずられているのが目に入った。
石が丸太の持ち手から外れたのを見てパウルは、チッと舌打ちをした。
「二度目は間に合わなかったな。砦の連中も、これ以上粘ると危ない」
「ちゃんと逃げるかな?」
「たぶん。指揮官のヴィッレ殿は、慎重な方だ。無理はしないと思う」
だが、丸太が砦にぶつかった時、再び煮え油と矢が振り撒かれた。
「馬鹿、やりすぎるな、逃げろ」
パウルが悪態をついた。顔色が変わっている。味方がやられるのを見たくないのは、一緒だったんだ。一瞬とはいえ、疑って悪かった。
砦は、何度か丸太をぶつけられるまで持ちこたえた。その間、石が二回飛んできたが、油が撒かれることはなかった。砦が壊れる直前、砦の中から煙が上がった。敵に利用されないように、投石機に火を着けたようだ。守備隊は、そのあとすぐに逃げ出したはずだ。
「やれやれ。ひやひやさせてくれる。ヴィッレ殿が命令を忘れたのかと思ってしまった。あそこまでやれとは、男爵閣下もおっしゃってなかったぞ」
パウルは、窓の下で砦になだれ込む敵兵に背を向けた。その額に汗が光っていた。
「さあムスタ、帰ろう。これで奴らは、罠にはまった」
パウルが俺を促したが、すぐに帰るわけにはいかなかった。
俺の腰が抜けていたんだ。




