女魔術師
ある日、ブランコの練習をしていたら、どえらい美人が遠くでこっちを見ているのに気付いた。誰だろ? あの人も奇襲隊員ということはないだろうな。魔術師でもなさそうだ。魔術師ならローブを羽織っていそうなもんだが、普通のおしゃれ着を着ている。誰かのかみさんだろうか。あれだけきれいな女性がいると、どうしても目が行ってしまう。
その後も、その女性はずっとこっちを見ていた。見ている対象は、俺のようだ。俺が動くと、視線がついてくる。俺が大人数をぶら下げたブランコを軽々と扱うのを見て感心してくれてるのかな。女性に見られているのは、いい気分だ。練習にも熱が入る。
近くで見学していたアンもその女性に気付いたようだ。怪訝そうな顔をしている。その女性も、アンに気付いて、アンに笑いかけた。失礼なことに、アンは、ぷいっと横を向いた。
練習の合間にパウルに聞いてみた。
「あれは誰だ?」
「あれってのは?」
「ほら、あの栗の木に寄りかかってこっちを見ている女性だよ」
「ああ、あれなら、魔術師部隊の人だ。お前のブランコを見に来たんだ」
魔術師部隊というと、俺がまともな魔術師か調べるために試験しようとした連中だ。あんまりいい印象はないな。そう思うと、その女性の美しい顔より、鋭い目つきのほうに注意が向いた。性格がきつそうだ。俺を睨んでいたのかな? 思い当たる節なんかないぞ。ああいう美人に睨まれると、なんだかおっかないな。そう言えば、やさしくしてくれる美人にお目にかかったことがない。もっとも、俺にやさしくしてくれる女性といえば、下宿のおばさんたちくらいだけどな。美人がいるとかいないとか、そういうことは、言わぬが花だ。
俺とパウルと話し始めたから練習が終わったと思ったんだろう、アンがそばにやってきた。
「おじちゃん、あの人、魔術師だわ」
「普通の格好をしているのに、魔術師だってわかるのか?」
「うん。感じるの」
「ふうん」
いつぞや俺がアンから受けたような柔らかく押すような感じだろうか?
「何しに来たのかしら」
「ブランコを見に来たんだってさ」
「おじちゃんを睨んでたわ」
アンは、口をとがらせている。
「一生懸命見学してたんだろ」
一応フォローしておくのが大人ってもんだ。
「そうかなあ、なんか、やな感じ」
気に入らなそうなアンの後ろから、いつの間にか近づいていたその女性が声をかけた。
「一生懸命見学させていただいたわよ」
「きゃっ」
アンは、飛びあがって、俺の後ろに隠れてしまった。小さくなってら。その女性は面白がっているようだが、笑顔が冷たいな。
「あなたね、魔法が発動するまでの時間がかかりすぎて使い物にならない魔術師というのは」
俺は、むっとした。男爵がそういう説明をしたことは知っているが、普通、初対面の相手に面と向かってそんなこと言わないよな。非常識な女だ。
「そうだよ。悪かったな」
「しばらく見せてもらったけど、使い物にならないなんて感じはしないわね」
「ふん、そうかい」
今更持ち上げたって遅いや。お前とまともに話をする気なんかないぜ。こんな奴には、つっけんどんに対応すれば十分だ。
「ブランコの扱いなんか、見事なものじゃないの。とても安定しているし、狙いも的確だわ」
「ふん、そうかい」
「ただ、新たに持ち上げるのに二分以上かかるのね。遅すぎるわ。予備呪文を使えないのは、大きな欠点ね」
「ふん、そうかい」
痛いところを突きやがる。誰だ、こんな奴を連れてきたのは。パウルか?
「ブランコ作戦を領主様に報告しないわけにはいかないから、お前のこともやむなく話したんだ。そしたら、その話を聞いた魔術師部隊が興味を持って、彼女が代表して見に来た」
「ふん、そうかい」
俺が怒っていてもパウルが気付かないのはいつものことだ。だが、この女も気づかないんだか気にしてないんだか、マイペースを崩さない。不機嫌に同じ返事を繰り返している自分が馬鹿に思えてきた。もういいや。大人気ないところをアンに見られるのも嫌だしな。
せっかく俺が考えを変えてやったってのに、その女魔術師の興味が俺からブランコに移っちまって、今度はパウルが標的になった。
「これ、三枚で一組なの? いちいち組み立てて使うなんて面倒くさいわね」
だが、パウルは、自分の発明品が話題になっていれば機嫌がいい。この女の失礼な言い方なんか、全然気にしていない。
「この重量のものを一枚にすると、持ち運べない。移動するためだけに魔術師を使うんじゃ話にならない。三分割すれば、一枚を二人で運べるから、このほうがいいんだ」
「へえ。これ、どのくらいの重さなの?」
「二枚で男一人分くらいだ。そんなに重いとは言えないが、形が悪いから持つのに苦労する」
女魔術師は、手で持ち上げようとしたが、全然持ち上がらなかった。
「あたしには重いわ。これ一枚で何人くらい運べるの?」
「一枚なら四人くらいまでだ」
「自重の八倍を持ち上げるわけ?」
「ああ。ムスタは、そう言っている」
その女は、笑いを引っ込めて、ブランコと俺を見比べた。品定めでもされているようで、ますます腹が立つ。
しばらくそうやって俺の神経を逆なでした後、女魔術師は、ブランコに向き直ると呪文を唱え始めた。魔法で持ち上げてみるつもりだろう。二分以内に上がるのか? 俺を馬鹿にするんなら、それくらいして見せろよな。
ところが、これがなかなか持ち上がらない。もう五分は経ったのに、ピクリとも動かない。待ちくたびれた。別に人がぶら下がってるわけじゃないんだから、慎重にやる必要はない。さすがにちょっと時間がかかりすぎだろう。俺は、怒るのを通り越して、こいつが本当に魔術師部隊に所属しているのか疑い始めた。
結局、持ち上がらないうちに呪文詠唱をやめた。何やってんだ、こいつ? 俺がそう思った気配を感じたんだろう、その女魔術師は、俺に向かってにやりと笑った。ひどく気に入らない笑いだった。
女魔術師は、表情を確かめるように俺の顔を見た後、ブランコに向き直って一言か二言呪文を唱えた。その途端、ブランコが浮き上がった。予備呪文だ。見せびらかしているんだな。俺が歯ぎしりをしているのを見て笑ってやがる。
そいつは、ブランコの向きを変えたり、上げたり下げたりして動きを確かめた。動きが結構荒い。上昇がぴったり止まらないし、下降を止め損ねて地面にぶつけたりしている。これじゃ、人を運ぶのは無理だ。下手くそめ。魔法発動が早いばかりが能じゃないんだぞ。
「あら?」
女が首をかしげた。地面まで下ろしたブランコが持ち上がらなくなったようだ。地面にめり込んで埋まっちまったのかな? いや、埋まっちゃいないな。でも、何度か呪文を唱えても持ち上がらない。女は、俺をちらっと見た。俺のせいだとでもいうんだろうか? 俺は、わざとらしくしっかりと口を閉じ、呪文なんか唱えていないと主張してやった。女は、眉をひそめてこちらを睨んでいた。
その時、つと、女の視線が俺から逸れた。目が丸くなった。何を見てるかとその視線を追うと、アンがいた。アンは、女にちらちら目をやりながら、ブランコに向かって呪文を唱えている。みえみえだが、たぶん、こっそり唱えているつもりだ。あのブランコを押さえるなんて、なかなかやるじゃないか。転がす以外のこともできるようになったんだから、進歩している。すばらしい。弟子の成長は、師匠の手柄だ。もちろん、師匠ってのは、俺だ。
女魔術師は、アンに対抗心を起こしたようだ。手を広げて、大きな声で呪文を詠唱し始めた。いい年した大人のくせに、小さい女の子を本気で相手するなんてどうかしてるぜ。
アンが勝てるわけがないから、そのうちブランコが持ち上っておしまいになるだろう。何と言ったって、魔法歴二か月少々のアンが、本物の魔術師にかなうわけがない。まあ、こんな勝負もアンの勉強にはなるかな。そんなことを考えているうちに、その女に対する怒りも冷めちまった。アンがどこまでできるかにも興味があることだし、勝負の行方をのんびり見物することにしよう。
すぐに、従士や自警団員が、何事かと集まってきた。パウルが説明している。みんな、それを聞いて笑っていた。どっちが勝つか賭けを始めた奴もいたが、大抵の奴が女魔術師に賭けるので勝負になっていないようだ。中には、美人の女魔術師に見とれている奴もいる。いずれにせよ、みんな気楽に見物していた。
アンも、もう大っぴらに呪文を唱えている。呪文は、例によってでたらめだ。少なくとも、俺にはそう聞こえる。いつもながら、あれで魔法が発動するのが不思議だ。不思議がっているうちに、また、あの圧力が感じられ始めた。じわじわ強くなる。アンの魔力だろうか? 女魔術師のか? どちらにしても、見物気分が遠のいていく。
それからいくらも経っていなかったはずだ。案の定だった。互いに影響し合うかのように二人の声が高くなったと思ったら、近くに置いてあったブランコが宙を舞った。武士たちが驚きの声を上げ、何人かが慌てて避けた。これはまずい。
「やめろ!」
俺は、思わず怒鳴った。俺が感じていた圧力が波立ち、女魔術師がこちらを向いた。彼女が呪文詠唱をやめたので、ブランコが落ちた。その音に驚いて周りを見回したが、ブランコにぶつかった者は、誰もいなかったみたいだ。アンも呪文詠唱をやめた。俺の手を掴んで女魔術師を見つめている。
女魔術師は、しばらくこちらを見ていたが、そのうち、つかつかと歩いて俺の正面までやってきた。大きな目が俺に向かってきらめいている。抜けるように白い肌が上気して、その熱気が俺を打つ。遠目にも美人だったが、近くで見るとさらに美人だ。俺は、「ブランコを扱うのって思ったよりむつかしいのね」とか「上手なあなたって素敵だわ」とか言ってくれないかと考えた。だが、その女の柔らかそうな唇がふわりと開いて出てきた言葉は、こうだ。
「あんたが邪魔したの?」
目のきらめきも肌の上気も、怒りの表現だよな。分かってたって。でも、夢を見るのは俺の勝手じゃないか。
「あんたが邪魔したのって聞いてるのよ」
俺の夢とはかかわりなく、現実が迫ってくる。怒りで朱に染まった顔から炎を吹き出しそうな目が睨んでいる。詰問する言葉を発する唇は、血で染め上げたような赤だ。
「勝負を邪魔したでしょ。横から邪魔されるのは、大っ嫌いなのよ」
「そんな邪魔、したっけ?」
魔力を邪魔するって、そんなことできるのかな?
「あんたが邪魔しなければ、簡単にけりがついたのに」
けりなんかつきそうになかったよな。でも、おっかなくて言えない。初めて知ったけど、美人が凄むと怖いんだ。助けを求めて周りを見回すと、武士やら自警団員やらは、のんびりした顔つきで見物していた。俺の窮地を楽しんでいるんだ。俺には味方がいないのか? これから一緒に神聖帝国と戦おうというのに、冷たい奴らじゃないか。少し暗い気分になったが、やはり、味方はいた。
「おじちゃんをいじめないで!」
味方が参戦したというよりは、当事者だな。俺の手を握っているから、迫力が今一つだ。
女魔術師は、アンに目をやると、はっとした顔をした。
「なんだ?」
「何でもないわ」
何食わぬ顔でそう言ったが、照れ隠しなのははっきりしている。さてはこいつ、けんか相手が子供なのを忘れてたな。顔にみなぎっていた怒りが、みるみる引いていく。とにかく、大ごとになる前に収められてよかった。
「いやー、こんな小さい子と本気でやりあうなんてできないわよねー」
まったくその通りだと同意してやりたいが、また怒らせそうだから言わない。アンがぷんぷんしていたが、頭を抱えて黙らせた。
「その子、あんたの姪っ子なの?」
「違う。弟子だ」
「弟子なのに、あんたをおじちゃんと呼ぶわけ?」
やっと機嫌を直したと思ったら、いきなり痛いところを突く奴だな。
「悪い友達が入れ知恵したせいで、師匠と呼んでくれないんだ」
「弟子を甘やかしたらだめよ」
うーんとか言いながらアンを見たら、俺の服を掴んだまま女魔術師を睨んでいた。
しょうがないなという顔で俺を睨んだ女魔術師は、アンに話しかけた。
「いつから魔法を練習してるの?」
「ずっとよ」
「ふうん」
何がずっとなんだか。
「この子の前の師匠が偉い魔術師だったのかしらね?」
なぜ俺以外の師匠がいると思うんだ? すごく失礼な感じだ。
「こいつに魔法を教えたのは、俺だ」
女魔術師は、ひょいと片方の眉を持ち上げた。器用な顔をする奴だ。
「あんたが教えたの?」
「そう言ったろ」
「小さいころから教えてるの?」
「いや。二か月くらい前に教え始めたばかりだ」
女魔術師は、変な声を出して黙り込み、ふくれっ面のアンをじっと見た。何を考えているかわからないが、怒っているわけではなさそうだ。
「意地になっちゃってごめんね。また今度ね」
アンの頭をぽんぽんと軽く叩いてにっこり笑うと、女魔術師は、離れていった。すっかり機嫌が直ったようだ。笑った顔は、とても魅力的だった。母屋のほうに歩いていく姿を心ならずもうっとりと見送っていると、アンに尻をつねられた。
「なんだよっ」
「あのおばちゃん、おじちゃんを馬鹿にしたのよ。許せない。おじちゃんも怒ってよ」
「まだ若そうだぞ。おばちゃんはかわいそうじゃないかな」
「おじちゃんと同じくらいだもん」
「若いじゃないか。美人だし」
「年寄で不細工だもん」
「じゃ、俺も年寄りか」
「そうよっ」
アンが女魔術師の後姿を睨んだので、俺もつられて目をやった。後姿も美人だよなあ。スタイルもいいしさ。
「こらー」
俺がまたうっとり見ていると、アンが俺の目をふさいだ。手が届かないもんだから、飛びついて手のひらで俺の目を叩いたんだ。痛かったし目玉にも当たったしで、しばらく手で押さえて涙を流す羽目になった。女のけんかに割り込むもんじゃないと言うけど、本当だな。やっと目を開けたら、美人はとっくにいなかった。
こんな騒ぎがあっても、練習している間は楽しかったんだ。でも、それから何日もたたないうちに神聖帝国がターケットに到着して、本当に戦争がはじまっちまった。




