作戦会議
男爵が話を進め始めてからは、俺をすくみ上らせるようなことは起きなかった。従士たちが誰もふざけなかったからだ。従士のお遊びは、俺の健康に悪い。控えてくれて、助かった。
男爵は、俺の魔法の特徴を、遅いが強力と捉えていた。遅いのは間違いない。強力かどうかは、わからない。重いものを持ち上げられるという意味でなら、確かに強力だ。男爵が重要視したのは、強力の部分だった。魔法の発動に時間がかかるのは、敵に見られないように呪文を唱えられれば、問題にならない。だから、市壁内、あるいは、市壁外でも高い塔のようなところから魔法を使えば大砲を無力化できると期待していたようだ。
男爵にとって当てが外れたのは、俺の魔法が、大して遠くまでは届かないということだった。俺が大砲程度の重さなら楽に扱えるだけに、男爵は、残念そうだった。
「近くまで寄らねばならないのでは、奴らの大砲を無力化するのはむつかしそうだな。他の方法を探すしかないのか」
従士たちも一様に暗い顔をしていた。なかなか良い考えが出ないのだ。
その場の沈鬱な空気にもかかわらず、俺は、少しずつ緊張が解けてきた。この人たちは、俺の昔の仕事について話す時も、それが良いとか悪いとかを考えていないんだ。単に、事実を示すものとして取り上げるだけだ。過去を忘れたとは、こういうことだったんだな。
みんなが黙ってしまったころ、それまであまり話さなかった監督が提案した。
「魔術師殿にも、我々と一緒に市壁外に潜伏していただいてはどうでしょうか?」
監督の提案を聞いた男爵は、顔をしかめた。
「そして、貴重な魔術師を失う危険を冒せというのか? それは、望ましくない」
「しかし、市壁内からでは魔法が使えないのでしょう。それでは、魔術師を抱えている意味がありません」
最初は、俺の弱みを責めているように聞こえた。だが、こんな話を繰り返すうちに、俺の魔法の弱みについても、良し悪しについては全く考えていないことが分かってきた。親父が弟子にやらせていた反省会のようだ。使った魔法の長所と短所を並べ上げて、長所を伸ばすにはどうするか、短所をなくすかカバーするにはどうするかを弟子同士で話し合わせていた。その内容は、弟子の評価にはつながらないという約束だった。だから、弟子たちは、思うままに話し合うことができた。事実だけに興味を持って話し合う。武士も同じ方法を採るんだと思うと、少しずつくつろいだ気分になってきた。
男爵と監督の話は、まだ続いていた。
「魔術師殿には、市壁の修理をお願いすればよいのではないか。きゃつらが砲弾で市壁を壊したところで、魔術師殿なら、砲撃の最中でさえ、しっかりした修理ができる」
「継続的な砲撃を受けたらどうするのですか。魔術師は、立て続けに働くわけにはいきません。無理をさせると、疲労で魔法を使えなくなります。だからこそ、魔術師部隊でも、短時間で交代できる作戦を立てているのではありませんか。そのような砲撃をさせないことこそが肝心です」
「そうだったな。今のは忘れてくれ。誰か、ほかに案はないか?」
ため息をつきながらそう言った男爵に、団長が答えた。
「私も、魔術師殿には潜伏部隊とともに行動してもらうべきだと思います」
「なぜかね?」
「魔術師殿には攻撃に参加してもらわなくてもよいのです。魔術師殿に頼めば、存在しない道を通ってきゃつらを奇襲することができます。これなら、魔術師殿を余計な危険にさらさずに済みます」
「存在しない道とは?」
「青銅板なり鉄板を屋根の間に支えてもらいましょう。きゃつらは、そんなところを通ってくるとは想像もつかないでしょう。奇襲隊にとって、そのような道は、突入路としてだけではなく、退路としても理想的です。魔術師殿が支えるのをやめるだけで、追いようがなくなるのですから」
「魔法を使った奇襲隊か。魔術師殿はどう思うかね?」
男爵は、良い考えだと思ったのだろう。俺に話を振った。俺は、その頃にはすっかり緊張が解け、親父の反省会に参加している気分だった。言葉がすらすら出てくる。
「いくつか問題があります。まず、橋として使うのに都合のよい材料がどこにでもあるわけではないということです。私は、同時に二つ以上のものを動かせません。頑張ればできないことはないですが、不安定です。二つ以上のものを並べて橋として使うのはむつかしいでしょう。ですから、橋として使える長さのあるものが必要ですが、なかなか見つからないのではないかと思います。また、魔術師が持ち上げている物は、安定しているように見えますが、力を加えると動いていしまいます。上に乗るとぐらついて、渡っている者が落ちる危険があります。奇襲前に落ちてしまっては、意味が無いでしょう」
団長が、嬉しそうな顔で反論した。
「ぐらぐらして落ちるのは、敵のほうですぞ。追っ手をやっつけるのに理想的な手段ではありませんか」
「そういう見方もできるようだな」
男爵も乗り気だ。おいおい、自分達のことも考えてくれよ。あんた達が敵より先に渡るんだぜ。落ちるのも先になる道理だろ。
結局、この考えに従士全員があれやこれやと言い合った結果、現実的にできるものなのかを試してみることになった。
考えてみれば、この時にやばいと気付くべきだったんだ。俺を戦場に連れて行くという話をしてたんだからな。でも、すっかりリラックスしていたせいか、その場の雰囲気に流されて、いい結論が出せたと思って満足してしまった。考えが甘かったんだな。後で戦場で右往左往する羽目になるなんて考えもしなかった。
「ときに、アン殿はどのように?」
話し合いにけりがついた時、一人の従士がアンのことを持ち出した。忘れていてほしかったぜ。あいつには、市壁の中に隠れていてもらいたいんだ。
「まさか、潜伏につき合わせるわけにはいかないでしょう」
監督がそう言った。俺と同じ考えでうれしいよ。
「では、市壁修理の実績を活かして、市壁を維持するために働いてもらってはどうでしょう。持続力の問題もありましょうが、子供なのですから、多くを期待されることもありますまい」
ある従士の出した案に、監督が血相を変えて反論した。
「冗談じゃない。彼女は素晴らしく強力な魔術師だが、そんな仕事は無理だ。かえって市壁を壊してしまう」
うん、よく見てるな。その通りだよ。
「では、市壁の上から石を落とす係ならよいのでは?」
「市壁ごと落としてほしければ」
「いや、それは困る。そうだ、攻めてきた敵に向かって、石をぶつけてもらおう。市壁の外に落ちている石ならよかろう」
「市壁ごとぶつけてほしければ」
提案した従士は、不満そうに言った。
「アン殿は、本当にそんなに大雑把なのか?」
監督が自信を持って答えた。
「もっとだ」
従士は、憮然とした顔で俺のほうを見た。監督の話が信じられないようだ。俺がうなずくと、愕然として肩を落とした。そこまでがっかりしなくてもいいんじゃないかな。相手は、あんたも言った通りの小さな女の子なんだぜ。
その時、監督が変なことを思いついた。
「市壁内で出たごみなどを外に放り出す係はどうでしょう? 籠城すれば、すぐに衛生状態が問題になります。汚物も含めて放り出せば清潔が保てるし、敵さんにぶっかけてやれば戦意を削ぐこともできるでしょう」
うえ、なんてことを考えるんだろう。俺は、市壁を超えて飛んで来た汚物が顔にぶつかるところを想像して、吐き気を催してしまった。
本気か冗談かわからないその提案で従士たちが盛り上がっているところに、奥方がアンを連れて戻ってきた。
これはびっくりだ。アンは、貴族の令嬢が着るような服を着ていた。それが、とても似合ってるんだ。風呂にも入れられたらしく肌も髪もつやつやになっていた。いい匂いまでする。
「皆さんにご挨拶してちょうだい」
アンは、ニコッとすると、またお辞儀をした。背筋を伸ばしてゆっくりと。ぼろを着ていたときとは別人だった。奥方にも負けない優雅さだ。従士たちもおおっと声を上げ、アンに見とれた。奥方は、自分の手柄を誇るかのように胸を張っていた。アンは、男爵、従士たちと順に挨拶をして、最後に俺のところに来た。
「おじちゃん、きれいでしょ」
スカートをつまんで、首をかしげるその姿は、確かにきれいだった。
「ああ、きれいな服だな」
素直にほめるのは俺のがらじゃないから、ちょっとひねってみた。そしたら、アンの手が伸びてきて、俺の頭をわしづかみにした。髪を引っ張られて、とても痛い。
「どうしてそんなこと言うの。あたしは?」
「わかったわかった、中身もきれいだ。まるでお姫様だよ」
「そうでしょ」
アンは、満足げな声を出して、手を離した。こういうところがまるっきり子供なんだよな。俺が十歳のころって、こんなだったかなあ? もう少し大人だったような気がするんだが。
「でもな、そんな恰好じゃ家に帰れないぞ。みんながびっくりしちまうだろ」
「えー? せっかく着たのにい」
「そのままでよいではないですか。平民ではない、魔術師なのですから」
一人の従士が口をはさんだ。
「ね、そうでしょ」
応援を得たアンは、俺に畳みかけた。そのあとすぐに、他のことに気付いた。
「魔術師? ねえ、いま魔術師っておっしゃった? 本当に私のこと魔術師だとお思いになる?」
アンに迫られた従士は、手を広げて答えた。
「もちろんです」
アンは、それを聞いて舞い上がった。
「わあい、魔術師って呼ばれたの初めて。これまでは魔法使いとしか呼ばれたことがなかったのよ。うれしい」
「魔術師でも魔法使いでも同じだぞ」
指摘したが、アンは、聞いちゃいない。
「あたし、魔術師って呼んでもらうのが夢だったの。誰もそう呼んでくれないんだもの。市壁修理の時には少し呼んでもらったけど、魔術師殿って、冗談のように言うんだもの。それじゃだめなの。今、初めてちゃんと呼んでもらったわ。昔からの夢がやっとかなったのよ」
「お前、魔法を始めてからまだ二か月も経ってないじゃないか」
「長かったわ」
そうかなあ。
「魔術師殿」
男爵が話しかけてきた。俺とアンが、同時に返事をした。このままでは教育上よくない。
「こら、お前はまだ徒弟だろ。男爵閣下が魔術師殿と言ったら、俺のことに決まってるだろう。わきまえて、下がっていろ」
「あら」
アンは、ペロッと舌を出した。反省しろと睨んでやったが、にこっと笑顔で返された。
無視された形になった男爵だったが、鷹揚にもう一度繰り返した。
「魔術師殿、今日からは我が家に泊まってもらえんか」
「とんでもない。そんな厚かましいことはできません」
「なに、どうせ明日には、領主様が避難を命令なさる。今日から寝る場所を変えたところで大差なかろう」
一瞬虚を突かれたが、後から理解が追い付いてきた。
「神聖帝国は、もうそんなに迫ってきているんですか?」
不覚にも、俺の声は、震えていた。
「先鋒がだいぶ近くまで来ている。十日後にはターケットに達する。その後体勢を整えたら、すぐにも偵察を繰り出すだろう。本隊の到着には、もう少しかかるかな」
男爵は、こともなげに言った。




