現場監督
こんな調子で半月ほど経った。市壁の修理は、俺の現場ではおおむね終わった。他の現場も同様らしく、魔術師たちが引き上げられているという。ウッジが言ってたのは、これのことかな? 引き上げた魔術師たちは、何をやってるんだろう? そろそろ俺も別の仕事に回されるんだろうか? 魔術師が来なくなった現場の職人たちは、ご不満のようだ。市壁上部まで、滑車などで石を吊り上げなければならなくなったからだ。
午前中一杯作業した俺は、くたびれたからと休憩を宣言した。職人も人足も、不注意な魔術師に仕事をさせると恐ろしいことになるとわかっているから、俺がくたびれたといえば、文句を言わずに休憩させてくれる。アンがあらぬ方向に石をゴロゴロと転がしたりしたのがいい教訓になったんだろう。何人分もの重さがある石が転がってくるのは、見ていて気持ちがいいもんじゃないからな。俺も、一回か二回、市壁際で落っことしたことがあるから、それも効いてるかもしれない。
俺は、屋台で食い物を買って、現場の隅に座り込んだ。石工の徒弟どもがアンとふざけ合っている。親方に怒られないうちにやめとけよ、なんて思いながら食っていたら、監督の従士がやってきた。アンにひっくり返されて気絶した従士だ。この従士は、あの件を呵々と笑って許してくれただけでなく、アンを激励までしてくれた。なかなかいい男だ。
「魔術師ムスタ、少し時間をいただけますか?」
監督が俺に直々に話とは珍しい。
「作業の話なら、ロルフ親方と話してくださいよ。俺は、親方の指示で動いてるんですから」
「いえ、作業の話ではありません。市壁修理がそろそろ終わりますから、その後の話をしたいのです」
「ああ、他の現場から魔術師が引き上げられているという話ですね。俺もですか?」
「そういう話が出ています。他の魔術師は、それぞれが結んでいた貴族との契約を領主様が引き継ぐという形で、領主様の指揮下に入りました。だが、あなたは、魔術師組合に入っていないし、魔術師としての契約でここで働いているわけでもない。他の魔術師と同じ方法で領主様の魔術師部隊に組み込むわけにはいかんのです」
「なんとでもなるのでは?」
「まあ、本当のところを言うと、それについては何とでもなります。ただ、うーん、お気を悪く召されるな」
なんだよ、奥歯に物が挟まったような言い方をして。
「他の魔術師があなたを魔術師として認めようとしないのです。ですから、無理をしてあなたを魔術師部隊に招くと、彼らの機嫌を損じてしまう」
「面倒くさい連中ですね」
「確かに。しかし、領主様は、一人でも多く魔術師を集めたいとお仰せです。それに対して、魔術師方は、あなたを試験したいと申されました」
俺は、親父が弟子たちを試験していた様子を思い出した。ずいぶんと厳しい試験をして、できない弟子を容赦なく切り捨てていた。俺が親父を嫌いになった原因の一つだ。だが、アンを弟子にして、魔力を思うままに操れない魔術師など使い物にならないということがよくわかった。親父が厳しかったのも、当然だったんだ。そうは思うんだが、試験と聞くと、なんとなく反感を抱くのを抑えられない。
「お許しください。私が申したのではないのです。それに、小さな部隊では、合わぬものが加われば全体の力が落ちます。知らぬ相手に対する魔術師方の用心も理解できるというもの」
「ああ、気にしないでください。別に怒ってませんから」
「あなたが鷹揚な方でよかった。どうします、試験をお受けになりますか?」
「俺に選べるんですか?」
「いや、そういうわけではないのですが」
変だぞ。試験を受けろという話ではないのかな? とりあえず、はっきりした返事をしないでおこう。
「俺、試験にはいい思い出がないんですけどね」
監督は、一瞬考えた後に笑いだした。
「わはは、私もですよ」
「貴族にも試験があるんですか?」
「ありませんが、私の主君が評価なさいます。似たようなものでしょう。おかげで、私は戦闘部隊に入りたかったのに、こちらのほうが向いているからと監督をやらされましてね。いや、そんなことはどうでもよろしい。試験についてはどうなさいますか?」
「選べないんでしょ?」
「まあ、そうなんですが」
何言ってんだ、やっぱり変だぞ。この男らしからぬ歯切れの悪さだ。何かを隠している。俺は、力いっぱい怪訝な顔をして見せてやった。
「ここだけの話にしてくださいよ。実はですね」
「ふんふん」
「私たちは、あなたを魔術師部隊に入れたくないのです。あなたには、もっと良い力の使い方があると考えています」
どうも今日の監督は、話し方が用心深すぎる。「私たち」というのが誰を指すのかもわからない。鎌を掛けてやれ。
「魔術の効きが遅い俺が加わると、部隊の足を引っ張りそうなんですね」
狙い通り、監督は慌てた。
「いえ、違いますよ。そんなことではありません。いや、本当はそれもありますけど」
正直な人だ。俺の魔術の効きが遅いのは、みんなが知ってることだ。今更指摘されたからって、気になるものでもないんだがな。
「そうではなくてですね」
どっちなんだよ。
「最近ラガンで神聖帝国に抵抗していた最後の町が落ちたのですが、そこから脱出した兵が大変な話を伝えてくれたんです。彼の言うには、神聖帝国は、鉄の弾を打ち出す大砲を持っている」
監督は、これだけ言えばわかるだろうという顔で言葉を切った。ウッジみたいなところがあるな。すまんが、分からん。
「石の市壁は、鉄の弾に耐えられません」
俺は、思わず、背の高い市壁を仰ぎ見た。突貫工事で進められた市壁の修復工事。これが無駄になる? それだけじゃない、ウッジが話してくれた、市壁内に籠城して敵を市街地に誘い込み、奇襲を繰り返して消耗させるという作戦も、意味が無くなるんだ。さすがに、俺も顔を青くした。
「今までは、この大砲を秘密兵器として隠していたようです。しかし、頑強に抵抗するラガンの町を落とすために使ってしまった。私たちに知られてしまったからには、ターケットでは最初からこの大砲で攻撃してくるでしょう。ですから、市壁で守られることを前提にして作戦を立てている魔術師部隊では、力を発揮できるとは思えないのです。神聖帝国は、すでにターケットに向けて進軍を始めています。もうあまり時間がありません。彼らも対策を考えつつありますが、間に合うかどうか。私たちとしては、確保できる魔術師ならば手放さず、魔術師が力を有効に発揮できる別の手立てを考えたい」
監督が説明している途中から、俺の考えは、別方面に飛んでいた。市壁が役に立たないんじゃ、この町も危ない。話に聞いたラガンでの神聖帝国の快進撃を考えると、きっと負ける。しかも、すでに迫りつつあるんだ。下手にここに留まっていると危ない。俺一人ならまだしも、アンがいるんだ。とにかく俺たちだけでも助かるように、何とかしなければ。
監督は、俺の様子をうかがいながら、言った。
「魔術師部隊の試験をお受けになりませんね」
俺は、「ああ」とかなんとか、生返事をした。
「では、あなたは石工の徒弟の一人で、石をゆっくり動かすのが限界だと言っておきます」
俺は、また生返事。
「この件は、男爵閣下の許可を得ています。魔術師部隊は、それで納得するでしょう」
監督の主君は男爵か?
「よろしいですか、ターケットのためとはいえ、領主様のお言葉に逆らうわけですから、他言は無用ですよ」
男爵って、オレーグ男爵か? ターケットには、男爵は一人しかいないはずだ。
「ああ、それから、町から逃げ出そうなどとはお考えになりませんように」
どき。
「顔に出てましたよ。ターケットの人たちのことも考えてくださいね」
そうは言っても、アンを何とか守らないと。
「あまり脅すようなことを言いたくはないんですが、これだけは言っておきましょう。先日、私たちは、ある商人を捕まえました。故買屋をやっていたようです。いろいろ話を聞いたんですが、彼は、あなたの噂もしてましたよ」
それを聞いた俺は、動けなくなった。息もできない。きっと、蒼白な顔をしていたに違いない。頭の中では、どうやって逃げようか、アンをどうしようかと、そればかり繰り返していた。だが、目の前が真っ白になって、何も思い浮かばない。全身から汗が噴き出した。
監督は、しばらく俺の様子をうかがっていたようだ。それから、こう言った。
「男爵閣下は、その件については忘れろと私たちにおっしゃっておいでです。今ターケットのために働いているなら良いではないかと」
つまり、逃げ出したらただじゃすまないということだ。アンをどうしよう。
「お弟子さんについても、私たちは大いに当てにしております。どうか師弟そろってご協力ください。さあ、この話については、もう忘れましょう。ゆっくり休んで、午後の作業もよろしくお願いします」
監督のそつのない言葉は、俺には「もう逃げ道はないぞ、さっさと覚悟を決めろ」と聞こえた。




