アンは大雑把
次の日は、アンを連れて仕事場に行った。石工の徒弟のアマルドが、声をかけてきた。
「ムスタさん、娘さんを連れてきたんですか」
「アマルド、わざと間違えてるだろ。そんなことしたって、下手なことは言わねえぞ」
「めっそうもない。本当の親子みたいですよ、顔もそっくりですし。いやあ、ムスタさんに似て美人だなあ」
「俺が美人か?」
「あ、しまった。奥さんにしとくんだった」
大きく舌を出して後頭部をペタリと叩いたアマルドは、実にふざけた顔をしていた。
「ところで、娘さんを連れてきたわけは何です?」
「しつこいな。こいつのことは弟子と言ってもらおうか。名前で呼んで、アンでもいい。修行の一環として、ちょっと仕事をさせてみようかと思って連れてきたんだよ」
「へー。でも、小さい女の子にできる仕事なんて、ここにはありませんよ。どっちを見ても、重い石ばかりだ」
「まあ見てろって。これでも役には立つんだから」
アンは、唇を突き出して、文句を言いたげだ。俺は、背中をたたいてなだめてやった。
「気にすんな。それより、頑張れよ。いつもの調子でやれば、体の大きな人足一人分くらいにはなるんだ。みんなびっくりするぞ」
「はい、おじちゃん。あたし、頑張る」
俺は、アンを、整形を終えた椅子くらいの大きさの石が置いてあるところに連れて行った。
アマルドは、興味津々でついてきた。それを見た他の石工たちも寄ってきた。
「おじちゃん」
アンは、俺の服の裾をつかんで心細そうな声を出した。少し怖かったようだ。むくつけき男どもばかりだし、人相のよくないやつらも混じってるから、無理もない。緊張して失敗してしまったら、自信をつけるどころじゃなくなる。追い払っちまおう。
「すまねえが、ちょっとあっちに行っててくれないか。この子が怖がってるんでな」
「つれないこと言うない。その子、お前さんの弟子だろ。どんな魔法を見せてくれるか、興味がわくじゃないか」
「そうだそうだ、ムスタの弟子なんだ。どんな魔法使いか知りたいぞ」
職人たちは、そんなことを口々に言いながら、アンの周りに腰を据えてしまった。
「おい、頼むよ。こいつが緊張で失敗しちまったら困るんだよ」
「いいじゃねえか、やれやれえ」
「嬢ちゃん、がんばんな」
弱ったな。どうしたものかとアンの様子をうかがってみたら、その顔からは、さっきの心細そうな雰囲気なんかすっかり消えちまっていた。それどころか、声を弾ませている。
「あの人、あたしのこと魔法使いだって言った」
「まあ、魔法を使うからな」
「本当は魔術師って呼んでほしいんだけど、おじちゃんくらい上手にならないと、そうは呼んでもらえないのよね。だから、まだ、魔法使いって呼んでもらってもいいわ」
「まあ、どっちでも同じけどな」
「じゃあ、お仕事します。石を動かすのよね」
止める間もなく、アンは、呪文を唱え始めた。どの石をどう動かすのかも聞かずに、何やってんだろ。
いつの間にか、俺たちの周りには、現場中の職人やら人足やらが集まっていた。地面に座り込んだり石の上に登ったりして見物している連中で、人垣になっちまってる。監督の従士まで見物してるよ。仕事をどうするんだ? そりゃ小さい女の子の魔術師なんて珍しいけど、みんなにこんなものを見物させていていいのかよ?
そのうち、アンの目の前の一抱えほどの石がごろりと転がった。
「おー」
「いいぞ、嬢ちゃん」
「さすが魔術師だ」
周りから歓声が上がる。アンの嬉しそうな顔。うん、ここに連れてきたのは正解だったな。
その時、ロルフ親方の太い声が響いた。
「がんばれ、持ち上げろ。転がるだけじゃ役に立たねえぞ」
そりゃそうなんだが、ここまでできただけでも上等じゃないか。これだけ大きな石を動かしたのは初めてなんだからな。だが、親方の声につられるように、方々から同じような激励が飛んだ。
「そうだ、持ち上げろ」
「市壁の上まで上げろ」
その声に込められた期待がアンの心に届いたんだろう。アンは、胸を張り、腕を広げ、大きな声で呪文を唱えた。小さな体から溢れ出る自信に満ちた詠唱の声は、まるで立派な魔術師のようだ。みんなの期待も、いやがうえにも盛り上がる。
でも、石は動かない。転がりもしない。まあ、しょうがないよな。呪文だって何か変だしさ。才能はありそうだけれど、まだ初心者だ。最初から無理してもしょうがない。そろそろやめさせよう。
俺が、声をかけようとした時、アンの表情が輝いた。喜びの表情だ。それと同時に、何かの圧力がアンから押し寄せてくるのを感じた。かすかなものだが、確かな圧力。それは、柔らかな説得力を持って俺を押し包み、俺は、俺の体がそれを受け入れまいとするのを感じた。俺の意志とは関わりのない不思議な戦いを肌で感じて、俺は、混乱した。
その時、アンの周りにある石が一斉に転がった。小さいものはもちろん、大きなものも、人が乗っていてもお構いなしに転がった。
「うわっ、いてっ」
「なんだ? げっ」
方々で悲鳴が上がり、石から振り落とされた職人たちが悪態をついた。最前列にいた連中が被害に遭ったらしい。しまった、監督の従士がさかさまになって気絶している。まずいなあ。
ところが、アンときたら、弾む声でこう叫んだ。
「おじちゃん、あたし、石とお話しできたの。石が言うとおりにしてあげようって言うのが聞こえたの」
まわりで起こった騒ぎにも気付かないくらい興奮している。
「馬鹿野郎、なんてあぶねえ真似しやがるんだ」
ロルフ親方の怒鳴り声が飛んできた。
「いくら子供でも、人が乗ってる石を動かしたら何が起きるかくらいわかるだろう! やりすぎだ。何考えてやがる」
「え?」
アンの、間の抜けた声。改めて周りを見回して、悲鳴を上げた。
「きゃー、なに? どうしたの?」
アンは、転げた石の下敷きになったり、ぶつけて作ったこぶをさすったりしている連中を見て、大慌てしている。
その様子に、ロルフ親方の怒りは行先を失ったようだ。怪訝そうな声になって
「おめえ、わざとやったんじゃないのか?」
「これ、あたしがやったの?」
「おめえ以外にだれがいる?」
「おじちゃん?」
「ムスタは魔法を使ってねえし、どっちにしても、ムスタじゃこんなに一度に動かせねえよ」
余計なお世話だ。
「そうなの?」
俺に確認するな。
「あーん、ごめんなさい、ごめんなさい」
アンは、べそをかきながら手近な男を石の下から引きずり出そうとした。アンの助けのおかげというよりは、自力で抜け出したその男は、足をすりむいていた。たいしたことにならなくてよかったよ。動揺しているアンが、逆にそいつに慰められていた。
役得で一番前に陣取っていた監督が一番ひどい目に遭ったようだ。座っていた石が転がったせいでひっくり返され、頭から地面に落ちたらしい。白目をむいてはいるが、けがもなさそうだし大丈夫だろうということで、みんなは仕事に戻っていった。職人から結構好かれている監督なんだが、気持ちよく寝ているのに付き合ってはいられないからな。
「この石を動かそうとしただけなのよ」
アンが、目の前の石を指さしながら小さい声で言った。言い訳をしているんだろう。
「まあ、気にするな。自分でもどの範囲に魔力が及ぶかわからなかったんだろ。初心者だからな、しょうがないさ。そのうちにわかってくるよ」
「うん」
アンは、ちょっと笑った。ちょっと、甘すぎたかな? 少しは厳しいことも言っておかないと、後々まずいかも。
「でもな、魔力を正しく操れないと、いつ誰をけがさせないとも限らないんだぞ。今だって、たまたまけが人が出なかったけれど、打ち所が悪ければ死人だって出たかもしれないんだからな」
擦り傷くらい、けがに入れなくていいだろ。あ、伸びちまった奴もいるんだった。これも数えない。こんな大甘な説教だったんだけどな。
「えーん、ごめんなさい」
あちゃ、また泣き出した。今度は厳しすぎたか。難しいな。何か気を逸らしてやらなくちゃ。そうだ、こいつ、さっき面白いことを言っていたな。
「石が、お前に話しかけたのか?」
アンの顔が、また明るくなった。
「そうなの。お話ししたの。言葉じゃないのよ、でも、分かったの。おじちゃんがいつも言ってるように、動いてくださいって石にお願いしたら、いいよって感じが伝わってきたの。その時に石が動いたのよ。あたしも石と一緒に動いてるような気がしちゃった。楽しかったあ」
「俺には話しかけてきたことなんかないなあ」
「おじちゃん、石の声を聞こうとしなかったんじゃないの?」
「お前が石に近いだけだろう」
「えー、どこが?」
アンは、自分の体を調べ始めた。そのうちにはっとした顔をして、
「これかしら?」
と、自分の歯を指さした。
「それなら、俺にもある」
「ええと、じゃあ、骨?」
「それも、俺にもある。そうじゃなくて、頭の中身が石に近いんじゃないかって思ったんだよ」
「あたし、石頭じゃないもん」
変なところで拗ねるなよ。
次の日から、俺は、アンを連れて現場に出るようになった。アンにとって、現場が結構いい刺激になってるみたいだったからだ。何日もしないうちに、最初怖がった人足たちにも慣れたようだ。
十二・三才の石工の見習いどもは、アンが来るといいところを見せようする。残念ながらまだノミを持たせてもらえないもんだから、無駄に重いものを運んだり、威勢よく箒を振り回したりしてみせる。そのせいで、置いたはずのところに道具箱がなかったり、次の作業のために片付けたはずのところに石くずがあったりして、親方や兄弟子たちが困るはめになる。度を越して、拳固を食らう見習いも何人かいる。
そういった見習いたちの思いなどには全く気付く気配も見せず、アンは、魔法の練習を兼ねた仕事に精を出していた。アンは、石の向きを変える役だ。転がして向きを変えるだけならバランスをとる必要がない分難しくないから、アンでもできるし、結構役に立った。練習としての効果も上々で、すぐに大きな石も転がせるようになった。ただ、手加減をあまり考えないもんだから、大きな石を転がすと、勢いをつけすぎて割ってしまったり、転がりすぎたり、近くにある他の石まで転がして迷惑をかけたりした。大雑把なところは全然直らない。
石を転がすのは得意になったアンだが、持ち上げるのは相変わらずへたくそだ。俺も、時間を見つけては指導してやったんだがな。
「いいか、この石は、こっち側がちょっと大きいだろ」
「うん」
「ってことは、どっちが重いかわかるか?」
「こっち」
「よくできました。重い方に力を入れないとひっくり返るってことは分かるな?」
「うん」
「じゃあ、その点に気をつけて、もう一度やってみろ」
何度、こんな会話を繰り返しただろうか。初心者に魔力と注意力を同時に振るえというのが無理なのかもしれない。石は、持ち上がらずに転がった。
「石の声は聞こえないのか? ああ、このままじゃひっくりかえっちまうとか」
「聞こえるけど、いいよ、とか、まかしとけ、とか、そんなのばっかり。おじちゃんは、石に教えてもらってるの?」
「俺には、石の声なんか聞こえない。頑張って、努力して、注意深く魔法を使うだけだ」
「あたしだって、頑張って、努力して、頑張ってるのよ。どうしてうまくいかないのかしら?」
「注意深さが足りないからだろう。俺の言葉を繰り返すだけの注意深さすらないじゃないか」
「ちゃんと繰り返したもん。頑張って努力したのよ」
めんどくさ。もういいや、肝心の注意深くってのが抜けてるけど、なんとなく合ってるし。それより練習だ。
「いいか、転がったから、力を入れる場所が変わってるぞ。今度はこっち側がちょっと大きい……」
「石さん、転がったくらいで形を変えないで」
こいつ、話を聞いてない。そこが悪いところだってのにな。それに、石の形は変わってない。向きが変わっただけだ。
「えい」
うわっ、こっちに転がってきた。危ないな。大体、「えい」だなんて、どういう呪文だ。それでも石が動くのが不思議だ。恐るべき才能を持っているらしいんだが、恐るべき大雑把さで帳消しだ。




