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同じ苗字の君と恋をすることになった  作者: 暁 暁音
第1章 大嫌いな苗字とはじまりの春
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7話 奏太くんの卵焼き

目を覚まして最初に視界へ入ったのは、カーテンの隙間から差し込む朝の光だった。

 そして、その次に目に入ったのは、枕元に置かれたスマートフォン。

 画面には、昨夜から消えずに残っている通知が一件表示されている。

 差出人の名前を確認した瞬間、胸の奥が重く沈んだ。


「…………」


 俺はしばらく画面を見つめたあと、スマートフォンを裏返してベッドから起き上がった。


 通知を開く気にはなれない。


 今日から本格的な六時間授業が始まる。これから登校して、授業を受けて、放課後には美化委員会の活動もある。

 余計なことを考えている暇なんてない。

 そう自分に言い聞かせながら、俺は洗面所へ向かった。


 顔を洗い、制服に着替え、簡単に朝食を済ませる。出かける前に玄関の鉢植えへ水をやり、いつものように小さく声をかけた。

「……行ってきます」


 もちろん返事はない。

 それでも、葉の先に残った水滴が朝の光を反射しているのを見ていると、ほんの少しだけ心が落ち着いた。

 俺はそのままアパートを出た。


 青葉高校へ続く坂道を上り、校門をくぐる。昨日までは新入生らしい浮ついた空気に包まれていた校内も、今日からはすっかり普段の学校らしい雰囲気になっていた。


 教室の前まで来ると、中からすでに何人かの話し声が聞こえてくる。

 俺はできる限り気配を消しながら、教室の扉を開けた。


「あ! 奏太くん、おはよう!」


 背後から、聞き慣れた明るい声が飛んできた。

 振り返ると、清水陽葵が満面の笑みを浮かべて立っている。


「……おはよう」


 俺が返事をすると、陽葵は目を丸くした。


「えっ、今日はちゃんと聞こえた!」

「昨日も返事はしただろ」

「昨日はもっと小さかったもん。今日は昨日より二倍くらい大きかったよ!」

「何を基準にしてるんだよ……」

「奏太くんの声基準!」


 陽葵は楽しそうに笑いながら、俺の後ろについて教室へ入ってくる。

 俺が自分の席に座ると、すぐに前の席の佐藤翔太が振り返った。


「おっ、二人とも朝から仲いいな!」

「仲良くない」

「仲いいよ!」


 俺と陽葵の声が重なった。

 陽葵は嬉しそうに笑い、翔太は「ほらな」とでも言いたげに頷いている。


「だから仲良くないって……」

「まあまあ、朝から喧嘩すんなって。今日から普通に授業始まるんだろ? 俺、もう教科書の量だけで疲れそうだわ」

「翔太くん、サッカー部の見学にも行くんでしょ?」

「そうそう。今日から仮入部期間だからな。奏太も何か部活見に行くのか?」

「俺は行かない。入るつもりもないし」

「そっか。じゃあ放課後は暇だな!」

「どうしてそうなる」

「いや、美化委員会あるだろ?」

「……そうだった」


 昨日の勢いだけで決まった委員会活動のことを思い出し、俺は深いため息を吐いた。

 教室にチャイムが鳴り響き、高橋先生が入ってくる。


「はい、席につけー。今日から通常授業だからな。寝るなよー」


 先生の言葉通り、今日から授業は一気に本格的になった。


 現代文、数学、英語、理科。

 黒板に書かれる文字をノートへ写し、教師の説明を聞き、時には問題を当てられて答える。

 昨日までの自己紹介やすごろくとは違い、誰かと話さなければならない場面は少ない。それなのに、慣れない環境で一日中気を張っていたせいか、授業が終わるたびに少しずつ体力を削られていった。


 そして、ようやく昼休みを告げるチャイムが鳴った。


「はぁ……」


 俺は机に突っ伏しそうになりながら、鞄から弁当を取り出した。

 昨日の夜は疲れ果てていたため、夕食は半額のとんかつ弁当で済ませた。だが、朝はいつも通り、自分で昼食を作ってきた。

 白米に、卵焼き。昨夜のうちに下ごしらえしておいた鶏肉の照り焼きと、ほうれん草のおひたし。

 見た目は地味だが、味にはそれなりに自信がある。

 蓋を開けようとした、その時だった。


「奏太くん、お昼一緒に食べよ!」


 当然のように、陽葵が俺の机の横へやってきた。


「……俺は一人で食べるつもりだけど」

「うん、だから一緒に食べるの」

「会話が成立してないぞ」

「大丈夫だよ! 奏太くんが黙ってても、私がいっぱい話すから!」

「それはそれで疲れそうだな……」

「じゃあ決まりね!」

「決まってない」


 俺が反論している間に、陽葵は自分の弁当を持ってきて、俺の机の向かい側の席に座った。

 そこへ翔太も弁当を片手にやってくる。


「お、昼飯か! 俺も混ぜてくれよ」

「翔太くんもどうぞ!」

「なんで陽葵が許可を出してるんだ……」

「細かいことは気にすんなって。ほら、いただきます!」

「いただきます!」

「……いただきます」


 三人で手を合わせ、昼食を始める。

 翔太は自分の弁当から大きな唐揚げを取り出し、「今日の母ちゃん、気合い入ってるわ」と嬉しそうに頬張っていた。

 陽葵はというと、弁当を食べる合間にも、朝の授業の感想や教室の様子について楽しそうに話し続けている。

 俺は二人の会話を聞きながら、黙々と箸を動かしていた。

 こうして誰かと一緒に昼食を食べるのは、いつ以来だろう。

 実家にいた頃も、家族三人で食卓を囲むことはほとんどなかった。母親が家にいる時でさえ、俺は自分の部屋で一人で食事を済ませることが多かった。

 だから、向かいに座る陽葵が笑い、隣で翔太がくだらない話をしているこの状況は、どこか現実感がなかった。


「……奏太くん」

「なんだ」

「それ、奏太くんが作ったの?」


 陽葵が俺の弁当を指差した。


「まあ」

「すごい! 全部手作り?」

「全部ってほどでもない。冷凍食品も少し入ってる」

「でも卵焼き、きれいだよ! おいしそう!」


 陽葵が身を乗り出し、俺の弁当を覗き込む。

 距離が近い。

 また、ほのかに甘い香りがした。


「……見るだけなら好きにしろ」

「一個食べてもいい?」

「駄目に決まってるだろ」

「なんで!?」

「なんでって、自分の弁当があるだろ」

「あるけど、奏太くんの卵焼きも食べてみたい!」

「嫌だ」

「一個だけ!」

「嫌だ」

「半分だけ!」

「卵焼きをどうやって半分にするつもりだよ」

「翔太くん、ナイフ持ってる?」

「持ってねえよ!」


 翔太が笑いながらツッコむ。

 陽葵は頬を膨らませたあと、しばらく俺の弁当を見つめていた。


「……奏太くんって、料理できるんだね」

「別に、大したことじゃない」

「毎日作ってるの?」

「時間がある時は」

「へえ……」


 陽葵は感心したように頷く。


「じゃあ、明日から私もお弁当を頑張ってみようかな」

「急にどうした」

「だって、奏太くんのお弁当を見たら、私も何か作りたくなったんだもん」

「無理に作らなくてもいいだろ」

「ううん。せっかくだから、奏太くんに食べてもらいたいし」

「……は?」


 思わず、箸が止まった。


 陽葵は何でもないことのように、にっこり笑っている。


「だから、明日から一緒にお昼食べようよ!」

「いや、今日だけだろ。俺は一人で食べるつもりだったし……」

「でも、今日は一緒に食べたよね?」

「それはお前が勝手に来たからで……」

「じゃあ、明日も勝手に来るね!」

「話を聞け!」


 俺の反論を聞き流し、陽葵は自分の弁当箱を両手で抱えながら、嬉しそうに笑った。


「約束だからね、奏太くん!」

「……勝手に決めるなよ」


 そう言い返したはずなのに。


 明日の昼休み、陽葵がまたここへやって来る光景を想像すると、なぜか胸の奥が少しだけ温かくなった。

 俺はその気持ちに気づかないふりをしながら、冷めかけた卵焼きを口に運んだ。

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