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同じ苗字の君と恋をすることになった  作者: 暁 暁音
第1章 大嫌いな苗字とはじまりの春
6/11

5話 委員会決めでも逃げ場なし

──そして、恐れていた「地獄の3時間目」が始まってしまった。


 キーンコーンカーンコーン……


 授業開始を告げるチャイムが容赦なく校内に響き渡る。


 2時間目のすごろくで精神をすり減らした俺が、机に突っ伏したまま魂を飛ばしかけていると、ガラガラと音を立てて高橋先生が教室へ入ってきた。


「はい、全員席につけー。3時間目を始めるぞ」


 教卓の前に立った先生は、黒板に向かうとチョークで大きく文字を書き走り始めた。


『委員会決め』


 その力強い筆跡を目にした瞬間、教室の空気がガラリと変わる。

 先ほどまでの和やかな余韻は吹き飛び、クラス全体にピンと張り詰めた緊張感が走り抜けた。


「さて、予定通りこの時間は1年間活動してもらう各種委員会の担当者を決める。各クラスからそれぞれ数名ずつ選出することになっているからな。仕事内容については事前に配った手引きの通りだ。まあ、どれになっても放課後にちょくちょく集まりがあるくらいだから、適当に協力し合ってやってくれ」


 高橋先生は大雑把な説明を終えると、黒板にずらりと委員会の名前を書き並べた。

【学年委員】【図書委員】【保健委員】【美化委員】【体育委員】【放送委員】……

(……頼む、どうか俺の存在を全員が忘れてくれ……)


 俺は深く息を殺し、クラスの風景の一部に成りすますべく気配を極限まで消した。

 目立たず静かに過ごしたい俺にとって、目立つ役職はもちろんのこと、人前に立つような委員会など絶対に回避しなければならない死活問題だ。


「よし、じゃあ手始めに一番大事な【学年委員】から決めていくか。男女1名ずつだな。……誰かやってくれるやつはおらんかー?」


 先生が教室を見渡すが、さすがに学級委員長ポジションということもあって、最初はシーーンと静まり返る。

 誰もが様子見を決め込む中、迷いなく真っ先に手が上がった。


「はい! 俺、やります!」


 前の席の佐藤翔太だった。一切の躊躇もない、カラッとした声。


「おお、佐藤か! 助かるぞ〜。じゃあ男子は佐藤で決定な。次は女子だが……誰か立候補はいるか?」

「はーい! 私やりまーす!」


 間髪入れずに元気よく手を挙げたのは、左隣の列にいる高橋四葉だった。


「お、高橋か! よし、これで学年委員はスムーズに決まったな!」


 翔太と四葉が「よろしくな!」「お互い頑張ろー!」と顔を見合わせて親指を立て合っている。

 クラス内から「おー!」「頼んだぞ〜!」と温かい拍手が送られる中、俺は心の中で胸を撫で下ろした。

(ふぅ……まずは大物が決まってくれたか。まぁ俺はあまり目立たないであろう美化委員辺りに立候補するか.....)


その後も委員会決めは着々と進んでいった。

 運動神経抜群の男子が【体育委員】に決まり、静かそうな女子が【図書委員】へと収まっていく。人前に出ない地味な委員会から埋まっていくかと思いきや、案外それぞれ適材適所でスムーズに枠が埋まっていく。


 そして、ついに俺が狙っていた順番がやってきた。


「よし、次は【美化委員】だな。ここは校内の清掃点検とか花壇の手入れが主な仕事だ。クラスからは【4人】決めることになってるぞ〜。誰かやりたいやつはいるか?」


(4人か。多いな……。まあ、でも他に残ってるのって目立ちそうなやつしかないし、美化委員でいいか)

 人前に立つ必要もなく、黙々と掃除や手入れをしていれば終わりそうな仕事内容。これなら影を薄くして乗り切れるはずだ。

 俺は心の中で意を決すると、スッと右手を挙げた。


「お、奏太か! 助かるぞ〜」


 高橋先生が黒板の美化委員の欄に俺の名前を書き込む。

 よし、これで無事に目立たない委員会を確保できた──と、胸を撫で下ろしたのも束の間。


「あ、私もやります!」

「私も……いいですか?」

「じゃあ、俺も入るわ」


 俺が手を挙げた直後、立て続けに3人の手が上がった。


「おお、一気に揃ったな! じゃあ美化委員は清水奏太、清水陽葵、津田葵、天童航生の4人で決定!」


(……はい???)


 黒板に並んだ名前を見て、俺は思わず二度見した。

 陽葵、葵、そして航生。

 ……またしても、さっきのすごろく班のメンバーじゃないか。

 呆然とする俺の背後から、ひょっこりと顔を出した陽葵が、楽しそうにクスクスと笑いかけてきた。


「ねえねえ、奏太くん? もしかして……私と一緒がいいから美化委員狙ったの〜?」


 意地悪く目を細めながら、ちょっとからかうように覗き込んでくる陽葵。


「ち、ちがうわ! たまたまだよ……!」


 顔に熱が集まるのを隠すように必死で反論する俺をよそに、隣の席からは「あはは、よろしくね奏太くん!」「またこのメンツだな!」と賑やかな声が飛んできていた。




「よーし、これで全ての委員会が決定したな!」


 黒板にぎっしりと書かれた全員の名前を確認し、高橋先生がパンパンと満足そうに手を叩いた。

 クラス全体に「ふぅ……」と安堵の空気が広がり、これでようやく退屈で胃の痛い時間が終わるのだと、俺も小さく息を吐き出す。


「じゃあ今日の予定はここまで! 帰りのホームルームに入るぞー」


 先生が教卓のプリントをサッと整え、教室内を見渡した。


「今日は特別日課だからこれで終わり……と言いたいところなんだがな。各委員会の委員長決めと今後の説明があるから、この後さっそく放課後委員会の集まりがあるぞ〜」

「えぇーっ!」「今日からあるの!?」


 教室のあちこちから生徒たちの悲鳴に似た声が上がる。高橋先生はニヤリと笑いながら手元の紙を掲げて見せた。


「各自、この紙に書いてある移動先の教室へすぐ向かうこと! いいな? それと、明日からは普通に6時間授業があるからな。教科書の忘れ物がないようにしっかり準備してくること! 以上、解散!」


 先生の「解散」の号令とともに、ガタガタと一斉に椅子を引く音が響き渡り、教室内は騒がしい放課後の熱気に包まれた。

(初日から放課後の集まりがあるなんて聞いてないぞ……)

 思わず天を仰いだ俺の耳に、後ろから聞き馴染んだ弾んだ声が届く。


「奏太くん! 美化委員の集まり、一緒に行こっ!」

「ちょっと待って……」


 プリントの紙面に目を走らせると、【美化委員会:第一会議室】と書かれていた。俺たち4人はゾロゾロと移動し、第一会議室の重いドアを開ける。


 中に入ると、すでに上級生や他クラスの生徒らしき美化委員たちがちらほらと集まっていて、どこか緊張感のある空気が漂っていた。俺たちは部屋の端にある長机に、固まって身を寄せるように座る。


「第一会議室って、なんか本格的だね……」


 葵が少し緊張した面持ちでつぶやき、隣で陽葵が「大丈夫だよ〜!」と微笑む。航生も「まあすぐ終わるだろ」と余裕そうに足を組んでいた。


 それから数分後、ガラリとドアが豪快に開いた。


「よーし! 全員揃ってるなー!」


 入ってきたのは、ジャージ姿でいかにも熱血といった風貌の男性教師だった。ガタイが良く、声も無駄にでかい。先生は教卓の前にどかと立つと、ニカッと豪快に笑った。


「俺が今年度の美化委員会を担当する、体育科の池田だ! よろしくな!」


(……体育科!? なんで美化委員の担当が、ゴリゴリの体育会系なんだよ……)

 心の中で思わず突っ込まずにはいられなかった。花壇の手入れや清掃点検という地味で静かなイメージと、「体育科の池田先生」という存在がまったく噛み合っていない。


「じゃあ手短に始めるぞ! まずは一番大事な委員長決めだ! 規約通り、委員長は3年生から選出することになってる。誰か立候補はいるかー!?」


 池田先生の威勢の良い声が室内に響き渡ると、前列に座っていた3年生の男子生徒が、すっと堂々と手を挙げた。


「はい、俺やります!」

「おう、田中か! 自我があって素晴らしいぞ! じゃあ今年の美化委員長は、3年の田中幸樹で決定だ!」


 拍手が湧き起こる中、田中先輩が軽く一礼する。あまりにスムーズな決定劇に、池田先生もご満悦の様子だ。


「よし! 委員長が決まったところで、今年の常時活動についての説明に入るぞ。主な仕事は、毎日の清掃時間の点検見回り、週一回のゴミ回収の取りまとめ、それから季節ごとの花壇の植え替え作業だ。詳しいシフトは後日配るから、各自しっかり責任を持って取り組むように! 以上!」


 チャチャッと手際の良すぎる説明が終わり、池田先生が「解散!」と声を張り上げた。


 こうして、怒涛の勢いで進んだ初めての委員会活動は、あっという間に幕を閉じたのだった。


会議室を出て、陽葵たちと「じゃあまた明日ね!」と昇降口で別れた俺は、一人静かに夕暮れの通学路を歩いていた。


(目立たない高校生活を送るはずが……早くも暗雲が立ち込めている気がする……)

 オレンジ色に染まる岡山の空を見上げながら、俺は深い溜め息を吐き出した。

 明日からは、いよいよ本格的な6時間授業が始まる。

(……まあ、なるようになるか)


 押し寄せる不安とほんの少しの諦めを胸に抱えながら、俺は自分の家へと足早に帰路を急いだ。

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