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同じ苗字の君と恋をすることになった  作者: 暁 暁音
第1章 大嫌いな苗字とはじまりの春
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4話 アイスブレイクで俺の心はブレイク


──昨日のあのドタバタは、きっと夢か何かの間違いだったに違いない。


 翌朝、アラームの音で目を覚ました俺は、ベッドの中でそんな現実逃避をかましていた。


 しかし、洗面所の鏡に映る寝癖だらけの自分の顔を見て、すぐに溜め息とともに現実へと引き戻される。

(……間違いなく、今日から本格的な高校生活が始まるんだ)

 制服に着替え、カバンを担いで部屋を出る。


 清々しい岡山の朝の空気を吸い込みながら一人で通学路を歩き、青葉高校の門をくぐる。


 ガラガラと1年B組の教室のドアを開けると、すでに何人かのクラスメイトが集まって雑談に花を咲かせていた。俺は気配を消しながら、教室の真ん中の列、その右側にある自分の席へと滑り込む。

(よし、今日も目立たず、波風を立てずに影として生きるぞ……)

 そう心に誓い、カバンから教科書を取り出そうとした、その時だった。


「あ! 奏太くん、おはよう〜っ!」


 背後から、一切の迷いがない弾んだ声が飛んできた。

振り返ると、すぐ後ろの席の清水陽葵が、満面の笑みを浮かべてこちらを覗き込んでいた。


「……おはよう、清水。」

「もう、昨日も言ったけど『陽葵』でいいのに!」

「おー、二人とも朝から仲いいな!」


 さらに前の席の佐藤翔太まで爽やかに振り向いて参戦してきて、俺の席の周辺はあっという間に賑やかな空間へと変貌を遂げる。


静かに過ごしたいという俺のささやかな願いを置き去りにしたまま、朝のホームルームの開始を告げるチャイムが容赦なく鳴り響いた。

ガラガラと音を立てて前門が開き、担任の高橋先生が入ってきた。


「はい、全員席につけー。朝のホームルーム始めるぞ」


 先生の言葉に、教室内のざわめきが一瞬で収まる。高橋先生は連絡事項をいくつか手短に伝えると、「じゃ、1時間目始まるまで静かに待ってろよ」と言い残して教卓を後にした。


 キーンコーンカーンコーン……


 1時間目の開始を告げるチャイムが鳴ると、再び高橋先生がプリントの束を両手に抱えて教室へ戻ってきた。


「よし、じゃあ1時間目を始める。最初の時間は今後の予定や学校生活に関する手紙をいくつか配るだけだから、各自受け取ったら確認してファイルに閉じるように」


 高橋先生が教卓の上にプリントの束を置き、一番前の列の生徒へ手渡していく。

 カサカサと紙が擦れる音とともに、前からの流れで翔太から受け取ったプリントを、俺はそのまま後ろの陽葵へと回す。なるべく視線を合わせないよう手早く済ませたが、後ろから「ありがとー!」と元気な声が聞こえてきた。


「落丁がないか確認したら、名前を書いて手元に置いておけー」


 指示通りにプリントへサッと名前を記入し、ファイルに収める。

 特に目立ったイベントもなく、ただひたすらに書類が配られて回収されるだけの1時間目は、あっという間に過ぎ去っていった。


 やがて、遠くから授業終了のチャイムが校内に響き渡る。


「はい、じゃあ1時間目はここまで。10分休憩挟んで2時間目入るからな」


 先生が教卓の荷物をまとめ、教室を出ていく。

 周囲の生徒たちがどっと緊張を解いて立ち上がったり雑談を始めたりする中、俺は静かに深く息を吐き出した。


「ねえねえ、奏太くん!」

「……なんだ」

「次の2時間目って何やるんだろうね? さっき先生、チャイムが鳴ったら言うって言ってたけど!」

「さあな。どうせろくなことじゃないだろ」

「え〜、そんな冷めたこと言わないで楽しもうよ〜」


 陽葵が無邪気にコロコロと笑う。

 この10分休憩の間も、俺のガードをものともせずに話しかけてくる陽葵を受け流すだけで、体力の半分以上を削られた気がした。


 やがて、2時間目の始まりを告げるチャイムが校内に響き渡った。


 キーンコーンカーンコーン……


「はい、全員席についたかー」


 ガラガラと扉が開き、高橋先生が今度は何やら大きめの紙の束と、サイコロがいくつか入った透明な袋を手に持って教卓の前に立った。


「よし、じゃあ2時間目を始めるぞ。この時間はな、学年の先生たちと色々話し合った結果……親睦を深めるためのアイスブレイクとして、班ごとに『自己紹介すごろく』をやることになったぞ〜」


(……やっぱりろくなことじゃなかったな)


 心の中で深いため息をつきながら、俺は教卓の上のサイコロを冷ややかに見つめた。先生の言った「アイスブレイク」という爽やかな言葉が、今の俺には拷問の宣告にしか聞こえない。


「というわけでだ。このすごろくは、これから当面の間活動してもらう『6人班の生活班』でやってもらうからな〜。前後の席と、隣の列を合わせて6人ひと組で机をつけろ」


 高橋先生の言葉が終わるか終わらないかのうちに、周囲が一気に騒がしくなった。


「やったー! 奏太くん、翔太くん、同じ班だね!」


 後ろの席から、待ってましたと言わんばかりに陽葵が声を弾ませる。


「おう、よろしくな!」


 前の席の翔太も気さくに振り向き、慣れた手つきで机をガタガタと動かし始めた。

 さらに、俺の右隣の列から「ひまり〜!」「翔太〜、よろしくね!」と元気な声が飛んでくる。

 見れば、そこにいたの3人がすでに笑顔で机を寄せてきていた。


 女子ふたり――明るいショートカットの高橋さんと、おとなしめだが優しそうな津田さん。

そして男子の天童だ。

 話す内容や空気感からして、この3人も陽葵や翔太と同じ中学校の出身らしい。

(おいおい……俺以外、全員お知り合いかよ……)


 アウェイ感が半端ない。俺は心の中で頭を抱えながら、言われるがまま机を合わせて6人掛けの大きなテーブルを作り上げた。


「はい、じゃあ各班の代表者、プリントとサイコロ取りに来いー」


 高橋先生の声に応じて翔太がさっと立ち上がり、教卓から人数分のプリントとサイコロを受け取って戻ってきた。


「よし、全員行き渡ったな。昨日クラス全体で自己紹介は軽くやったと思うが、すごろくを始める前に一応、班の中で順番に名前くらい言っておけよ〜。お互い名前も知らんままゲーム進めても味気ないからな」


 先生のゆるい指示に、班のあちこちから「はーい」と返事が上がる。


「じゃあ俺から行くわ!」


 そう言って最初に口を開いたのは、前の席の翔太だった。


「佐藤翔太です! サッカー部入る予定なんで、よろしくな!」


「次は私ね! 清水陽葵です! 陽葵って呼んでね〜。奏太くんと翔太くんとは前後の席だよ!」

 陽葵がパッと満面の笑みを咲かせて手を振る。


「じゃあ次、私行くね! 高橋四葉です。四葉って呼んで! 陽葵たちと同じ中学だったよ〜」

 ショートカットの明るい女子、四葉が元気に続く。


「……えっと、津田葵です。葵って呼んでください。運動はちょっと苦手だけど……よろしくね」

 葵さんが控えめに微笑みながら小さく頭を下げた。


「俺は天童航生。航生でいいぞ。中学の頃は翔太と同じサッカー部だった。よろしく!」

 爽やかな笑顔で航生が挨拶を終えると、班の全員の視線が一斉に俺へと注がれた。


(……はい、最後俺ね。知ってた)

 逃げ場のないプレッシャーに胃がキリキリと痛み出すのを抑えながら、俺はなるべくボロが出ないよう手短に口を開いた。


「……清水奏太です。特に部活に入る予定はないです。よろしく」


ボソボソとしたトーンで必要最低限の挨拶を終えると、一瞬だけテーブルの上に微妙な空気が流れた。

 正面に座る四葉、葵、航生の3人が、「あ、れ……? ちょっとノリが違う……?」といった表情で顔を見合わせ、すこーし気まずそうに目を泳がせる。

 その空気を察した翔太が、すささっと手を打って明るく笑い飛ばした。


「ハハッ! 奏太はちょっと人見知りなところがあるけど、根はすごく良いヤツだから気にすんな! な、奏太!」


出会って2日目の翔太がなんとか場を和まそうと頑張ってくれている。


「……まあ、うん」

「ほら見ろ! じゃあ硬い挨拶はこのへんにして、早速すごろく始めようぜ!」


 翔太のナイスフォローのおかげで緊張が一気に解け、四葉たちも「あはは、よろしくね!」「よし、じゃあジャンケンで順番決めよう!」と笑顔を取り戻した。


 ジャンケンの結果、順番は翔太、四葉、航生、葵、陽葵、そして最後が俺となった。


「じゃあ俺から振るぞー! ……お、さん! 一、二、三……【好きな食べ物】か。俺はラーメン! 特に家系!」

「次は私! よいしょ……【休日の過ごし方】だって! 私は買い物行ったり動画見たりかな〜」


 和気藹々とした雰囲気でサイコロが回っていく。航生は【中学時代の思い出】で部活の話を、葵は【最近ハマっていること】で読書の話を、陽葵は【好きな動物】で犬が好きだと楽しそうに話していた。


 ここまでは、ごくごく平和で健全なアイスブレイクだ。

 そして、ついに俺の順番が巡ってきた。

(……頼む、一番どうでもいい無難なマスに止まってくれ……)

 祈るような気持ちでサイコロを振る。コロンコロンと机の上を転がり、出た目は『4』。


「えーっと、4進むから……ここだね! 【家族の構成と、どんな家族か教えて!】だって!」


 マス目を読み上げた陽葵が、楽しそうに目を輝かせる。

(……いきなり重めのマス引いたな)


「……父さんと母さんと俺の三人家族。至って普通だよ」

「へえ〜、一人っ子なんだ! 奏太くん、一人っ子っぽい落ち着きあるもんね〜」


 なんとか当たり障りのない回答で乗り切り、胸を撫で下ろす。


 だが、この“家族問題”は単なる序章に過ぎなかった。

 二周目。みんなが【好きな教科】や【行ってみたい場所】といった無難なお題で盛り上がる中、俺のサイコロの目は『2』。


「奏太くんの番だよ! えーっと……【家族の中で一番似ているのは誰?】だって!」

「……っ」


(なんでまた家族ネタなんだよ!?)


「……性格は父親似、顔は母親似って言われる」


「へぇ〜! お母さん似なんだ! きっと綺麗な人なんだろうな〜」と四葉がニコニコ顔で頷く。

 そして恐怖の三周目。


 何事もなく自分の番が回ってきて、俺は半ば投げやりにサイコロを転がした。出た目は『3』。


「あ、奏太くん止まったマス……【家族との一番の思い出は?】だって……!」


 マス目を見た陽葵の動きがピタッと止まり、班の全員が「嘘だろ……?」という目で俺とサイコロを交互に見つめた。

(他のマスには【好きな歌手】とか【得意科目】とか山ほどあるだろ! なんで俺だけ家族ピンポイントで狙い撃ちされてんだよ!!)


「……奏太、お前すごろくの神様に『家族愛』を試されてるのか……?」


 翔太が苦笑いを浮かべながら肩をすくめる。

 正面の航生と葵も「逆にすごい確率だよね……」「全部家族関連……」と引きつった笑いを浮かべていた。


「……思い出は、まあ、小さい頃に家族で旅行行ったこと……かな」


 なんとか絞り出した俺の回答に、班全体がなんとも言えない生温かい空気と笑いに包まれた。

 目立たず静かにやり過ごすはずだったのに、予期せぬサイコロの悪戯のせいで、俺はあっという間に班の「弄られ役」のポジションへと押し出されてしまっていた。


「……まさか、全部『家族』で攻めてくるとは思わなかったわ」


 四葉が腹を抱えて笑い、葵も口元を押さえて肩を揺らしている。


「奏太、お前次も家族ネタ引いたら、もう本物の『家族マスター』襲名な!」


 翔太が調子よくからかってくると、陽葵も「ふふっ、家族大好きな奏太くん、かわいい〜!」と楽しそうに乗っかってきた。


「好きで引いてるわけじゃないし、別に大好きでもない……!」


 俺が必死に反論すると、班のあちこちからドッと笑いが起こる。

 初めはどこかぎこちなかった正面の3人との壁も、サイコロが引き起こした謎の「家族連発フィーバー」のおかげで、いつの間にか綺麗に消え去っていた。


 関わりたくない、目立ちたくない。

 そう思っていたはずなのに、弾むような笑い声と和やかな空気に包まれていると、不思議と嫌な気はしなかった。むしろ、心の隅にあった緊張が、ゆっくりと解けていくのが自分でも分かった。


 キーンコーンカーンコーン……


 やがて、容赦なく2時間目の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。


「はーい、そこまで! プリントとサイコロ回収するぞー」


 教卓から高橋先生の声がかかり、楽しかった(俺にとっては寿命が縮まる思いだった)すごろくの時間が終わりを迎える。


「あー、面白かった! 奏太くんのおかげでめっちゃ笑ったよー!」


 陽葵が満足そうに胸を撫で下ろし、四葉や航生たちも「またこの班で何かやりたいね」「次は家族以外の話も聞かせてよ」と笑いながら机を元に戻し始めた。

 ガタガタと机を自分の位置に戻し、自分の席にぽつんと座り直す。


(……はぁ、めちゃくちゃ疲れた……)

 どっと押し寄せてきた脱力感とともに、俺は机の上に突っ伏した。

「影として静かに生きる」という目標からは完全に遠ざかってしまった気がするけれど、胸の奥に残ったあたたかい余韻は、悪くない心地よさを残していた。


 ──だが、この時の俺はすっかり失念していたのだ。


 まだ「地獄の3時間目」が残っているということに。


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