3話 帰宅と、消えないざわめき
始業式とホームルームが終わっただけだというのに、まるでフルマラソンでも走り切ったかのような疲労感が全身を襲っていた。
俺は岡山市内のアパートへと辿り着き、重い足取りで玄関の鍵を開けた。
「はぁ……疲れた……」
静まり返った室内。鍵を閉めるカチャリという音が、やけにやわらかく響く。
カバンを床に下ろし、制服のジャケットを脱いでハンガーにかけた俺は、そのまま引き寄せられるようにソファへと倒れ込んだ。
岐阜での忌々しいトラウマを胸に、「高校では絶対に関わりを持たず、目立たずに過ごす」と固く誓って臨んだ初日。
それなのに、結果はどうだ。
(よりによって、名前も同じ『清水』で……あの距離感の近さ……)
脳裏に浮かぶのは、後ろの席の少女——清水陽葵の天真爛漫な笑顔と、前の席の佐藤翔太の気さくな声。
俺が必死で作った見えない壁を、彼女は何の悪びれもなくひょいと飛び越えて話しかけてきた。自分の名前を呼ばれるたびに背筋に走る緊張感は、かつての痛い記憶を呼び覚ましそうになる。
「……目立たずに生きるなんて、ハナから無理ゲーだったか」
天井を見つめながら、ぽつりと独り言が漏れた。
冷蔵庫から冷えたペットボトルを取り出し、一気に一口煽る。冷たい麦茶が喉を通ると、一日中張り詰めていた神経がようやく解けていくのが分かった。
関わりたくない。巻き込まれたくない。
……けれど、今日あそこで交わしたわずかな会話の余韻が、部屋の静寂の中にいつまでも消えずに残っていた。
窓の外を見ると、岡山の街並みが綺麗な茜色に染まり始めている。
波乱の予感しかしない高校生活の初日は、こうして静かに暮れていった。




