第47話:コロナ、そして結婚式
生徒たちが食べ終わる少し前、校内に一本の放送が流れた。
放送のチャイムが鳴り、スピーカーから先生の声が響く。
先生「生徒の皆さん、本日は給食室のエレベーターが故障しており、調理員さんたちが全ての給食を各階まで手運びで運んでくれました。そこで、給食を食べ終わったクラスから順番に、一人1個でいいので食器や食缶を1階の給食室まで運んでください。なお、配膳台は非常に重たいので、そのままクラスの前に置いておいてくださいね」
え、え……先生……。
午前中、エレベーターが壊れたって聞いた瞬間(手運びとかマジで鬼畜かよ!!)なんて心の中で悪態をついてしまって、本当に、本当にごめんやで……。
校内放送が終わり、給食時間終了のチャイムが鳴り響いた。
するとどうだろう。給食室の前には、見たこともないような生徒たちの長蛇の列が出来上がっていたのだ。
両手で大事そうに食器カゴや食缶を抱え、1階まで下りてきてくれた生徒たちのほとんどが、器を返しながら次々に声をかけてくれた。
「美味しかったです!」
「ご馳走様でした!」
「いつもありがとうございます!」
ここの中学校の生徒たちは、なんて良い子たちなんだろう……。私は目の前が滲むほど、ものすごく感動してしまった。
先生たちもみんな信じられないほど良い人だったし、生徒たちもみんな真っ直ぐで優しい。私、前の学校でボロボロにされたけれど、こんなに素敵な学校に異動させてもらえて、今度こそ本当に幸せ者だ。
このエレベーター故障事件が一生忘れられないのは、確かに体力力的には死ぬほどキツかったからというのもある。けれどそれ以上に、ピンチの時にみんなが当たり前のように協力してくれて、学校全体が私たち給食室を温かく支えてくれた、最高に嬉しい思い出だからなのだと思う。
◇
その後、待望の「新人さん③」が新たに加わり、私たちの給食室はようやく定数である「8人」の体制となった。
この頼もしい新人③が揃ってからというもの、ウチの給食室には本当の平和が訪れた。
相変わらず栄養士の先生のこだわりは強かったため、メニューの構成が鬼のように厳しくて白目を剥きそうになる日もたくさんあったけれど、それでも毎日が本当に充実していた。
私が24歳の時。
当時付き合っていた彼氏(現・夫)からプロポーズをされた。
職場の休憩室でそのことを報告すると、チーフもサブチーフも、現場のみんながまるで自分のことのように大号泣して喜んでくれた。
「結婚式には絶対呼んでよ!!」
「みんなで全力でお祝いしに行くから!!」
「野崎さんのためなら、給食室一同でドレス着て腹踊りでも何でも披露しちゃうからね!?」
そう言ってガハガハと笑い合った日々は、今でも愛おしい思い出だ。
けれど、式場との打ち合わせを何度も重ね、いよいよ具体的な形になってきたその途中で、世界中にあの未曾有の災いが襲いかかった。
――「新型コロナウイルス」。
世界が一変し、予定していた結婚式の日にちは延期、そしてまた延期を余儀なくされることとなった。
最初は100人以上のゲストを盛大に招待する予定だった。なのに、感染対策として人との距離を保つために「1つのテーブルに座れる人数は今までの半分まで」という厳しい制限がかけられた。
こうなると、もう本当に身内だけしか呼べない。友達も、涙を呑んで厳選に厳選を重ねるしかなかった。「会社の人も、本当に数人に絞ろう」と旦那さんと話し合い、当初の理想とはかけ離れた、ごく少数での結婚式を執り行うことに決まった。
追い打ちをかけるように、ウチの会社(給食委託会社)からも「感染リスクを避けるため、人が多く集まる場所には極力行かないでください」と各学校の現場へ一斉に通達が届いた。
もし、私の結婚式にみんなに来てもらったとして、そこで万が一にでも誰か一人でもコロナに感染してしまったら……。
濃厚接触者となった給食室のメンバー全員が出勤停止になり、学校の給食そのものが完全に作れなくなってしまう。それだけは、絶対に避けるべき最悪の事態だった。
私は悔しくて、申し訳なくて、休憩室で泣きながらチーフやみんなに頭を下げた。
野崎「すみません……っ。みんなでお祝いしてくれるって言ってくれて、すごく嬉しかったのに……。私が招待したせいで、もしものことがあったらみんなに大迷惑がかかっちゃうから……。会社からも人が集まるところには行くなと言われているし、今回は誰も招待できなくなってしまいました。本当に、ごめんなさい……っ」
すごく、すごく楽しみにしていたのだ。
私の自慢の、世界で一番大好きな調理員さんたちを、私の家族や友達に「素敵な人たちなんだよ」って笑顔で紹介したかった。
コロナが拡大する前、毎日のように頭の中でその光景を想像していた。一生に一度の晴れ舞台、絶対にいい日になるはずだから、後悔しないようにやりたいことをたくさん考えておかなきゃ!って、ノートにたくさんワクワクを書き溜めていたのに。
打ち合わせに行くたびに、現実は非情な現実を突きつけてきた。
「挙式中、親族同士の席もかなり距離をあけて座ってください」
「コロナが怖くて出席できない」と言って断ってきた親族もいた。
極めつけには「結婚式でのアルコールの提供が全面禁止になるかもしれない」とまで言われ、式場に足を運ぶたびに、胸が締め付けられるような暗い気持ちに覆われていった。
そして、ついに迎えた結婚式当日。
なんとか最悪の事態は免れ、お酒の提供はギリギリで許可されることになった。
けれど、目の前にある披露宴会場の座席表は、厳選されてガラガラに寂しくなった、ほんの少しの身内の名前だけ。
人生で一番幸せなはずの日なのに、私の心にはどうしても拭いきれない寂しさと、悲しさが張り付いていた。
挙式は本当に身内のみで執り行い、披露宴から一握りの友人を呼ぶというスケジュールだった。
控室での準備を終え、いよいよ挙式が始まる。重厚な扉が開かれ、私はウエディングドレスの裾を引きずりながらチャペルへと一歩を踏み入れた。
ゆっくりと前を見据え、バージンロードを進もうとした、その時だった。
緊張で強張っていた私の視界の端に、明らかに親族ではない人影が飛び込んできた。
前方に座る親族たちの、さらにその後ろ側の席――。
そこに、綺麗にドレスアップした給食室の調理員のみんなが、横一列に並んで座っていたのだ。
(え……?)
一瞬、あまりの衝撃に頭が真っ白になり、自分はあまりの寂しさから幻覚でも見ているんだろうかと思った。
だって、ここに居るはずのない、呼べなかったはずの人たちが、そこにいるのだから。
みんなは、真っ白なドレス姿の私を見つめながら、涙目を浮かべて、飛び切りの笑顔で優しく手を振ってくれていた。
「野崎さん、おめでとう……!!」
「綺麗だよ……!!」
まだ、式すら始まっていないというのに。
一歩目から、私の目からは大粒の涙がボロボロと溢れて止まらなくなっていた。




