第39話:透明なポストと、ヤクザ顔の来襲
朝からのバタバタ劇で、全員が文字通り満身創痍、疲労困憊だった。
普段なら13時10分辺りには食べ始めているはずのお昼ご飯も、この日はようやく13時30分にありつける始末。
しかも、13時40分には午後の片付け作業が始まってしまう。
つまり、この日のお昼休憩はわずか「10分」しかなかった。
大抵は30分から40分ほど確保できるのだが、学校の忙しさやトラブルの有無によって、昼休憩の時間はバラバラに変動する。
ウチのように極端に短い学校もあれば、のんびりと1時間半も休憩を取れている学校もある。これほど過酷さが違うのに「給料は一律で同じ」なのだから、色んな方面から現場の不満が噴出するのも当然だった。
13時38分。あと2分で午後作業が始まるなぁ、と重い腰を上げようとしたその瞬間、休憩室の内線電話がけたたましく鳴り響いた。
休憩室にかかってくる内線は、そのほとんどが栄養士の先生からだ。そして、お昼休憩という絶妙なタイミングで鳴り響く内線は、決まって「最悪の報告」と相場が決まっていた。
異物混入があった、揚げ物の数が足りなかった、食具が足りなかった、生徒の食器が欠けていた……等々、脳裏に最悪の選択肢がいくつも浮かぶ。
チーフが恐る恐る受話器を取った。
女チーフ「はい、給食室です。はい。はい。……え!? は……はい……っ」
言葉を発するごとに、チーフの顔からみるみる血の気が引き、青ざめていく。
私とサブチーフ、他の調理員たちは一斉に顔を見合わせ、(これは絶対にヤバイ奴だ……)と目配せを交わした。
女チーフ「ウチの新人が……本当に、大変申し訳ありません……!! すぐに会社の方に報告します! はい、はい……。すみません……!!」
何度も頭を下げながら内線を切ると、チーフはその場にへなへなと崩れ落ちた。
サブチーフ「チーフ!! 大丈夫ですか!?」
女チーフ「あ、あぁ。大丈夫……。会社……会社に連絡しないと……」
サブチーフ「一体、何があったんですか……?」
女チーフ「新人さん②、いるじゃない。今日バックれて来なかったでしょ……? アレルギー対応の紙をやっぱり家に持って帰っちゃっていたみたいでね。本人もさすがにマズいと思ったのか、私たちが必死に調理している時間帯に、こっそり学校まで来てたみたいなのよ。給食室に直接持ってくればいいのに、その紙を、学校の『郵便ポスト』にポイッと入れて帰ったらしくて……」
それだけを聞いた時点では、私たちは「え? なにがそこまでダメだったんだろう?」と首を傾げた。返しにきただけ、まだマシなのでは、と。
しかし、チーフの次の言葉で、事の重大さを理解して凍りついた。
女チーフ「ここの学校のポスト、外から中身が見える『透明なケース』じゃない……? そこに、生徒のフルネームとクラスがびっしり載っているアレルギーの紙を剥き出しのまま入れちゃったから、外部の人に個人情報がダダ漏れ状態だったみたいなの。学校側もこれは一大事だって大騒ぎになっていて……。とりあえず、今すぐ会社に報告します……」
あの新人②、最後の最後にとんでもない核爆弾を落としていきやがった。
無断欠勤しただけでも大迷惑なのに、よりによって、学校の誰でも見られる透明なポストに、児童の個人情報が書かれた書類をそのまま投函していくなんて、正気の沙汰ではない。
朝からみんなで死に物狂いで協力し、なんとか無事に給食を提供できたというのに、最後の最後にこんな仕打ちを受けるなんて……。
この未曾有の個人情報漏洩(未遂)事件のせいで、当然ながら午後の片付け作業に入るのが随分と遅れ、私たちはめちゃくちゃな残業を強いられることになった。
定時の時間をとっくに過ぎても一向に作業は終わらず、ようやく全ての片付けを終えて休憩室に戻ってこられたのは、予定より40分ほど遅れた頃だった。
お昼の時点で、翌日のメニューや手順を確認する「次の日のミーティング」も一切できていない。
あぁ、これはまだまだ帰れそうにないな……。
全員がそんな絶望を抱きながら、ようやく一息つこうと休憩室の床にドサッと座り込んだ、まさにその瞬間だった。
???「おいーす。〇〇学校の皆さん、こんにちは。事務所からわざわざやってきましたよ」
静まり返った休憩室のドアが開き、ドスの利いた声が響いた。
サブチーフ「え……っ! 〇〇さん(事務所のお偉いさん)……! お久しぶりです……」
女チーフ「この度は……本当に、申し訳ありませんでした……!!」
声の主は、事務所のお偉いさんだった。
チーフとサブチーフは、今にも床に土下座をしそうなほどの猛烈な勢いで、まるでヤクザのような強面をしたおっさんの足元に正座した。
その異様な緊迫感に飲まれ、私を含む一般の調理員たちも、なんとなく連鎖するように全員がその場に正座になった。
ヤクザ顔「いやぁ。今回はとんでもねぇことしてくれたなぁ?(威圧)」
女チーフ「はい……本当に、すみません……」
ヤクザ顔「おい、新人の教育さぁ。お前らちゃんとしてたわけ?」
女チーフ「出来る限りの事は、現場全員でしていたつもりだったのですが……。本当に、すみません……」
(チーフが謝ることなんか何一つないじゃん!! 悪いのはあのバックれた新人②だろ!!)
頭を下げ続けるチーフの姿を見て、私は心の中で、ヤクザ顔のおっさんに向かって激しい悪態を突き続けていた。
しかし、その飛び火はチーフだけでは収まらなかった。
おっさんはギラついた目で、正座している私たち一般調理員をぐるりと見回した。
ヤクザ顔「おい、そこのお前ら、他の調理員もさぁ〜。個人情報の紙は絶対に持ち帰り禁止だって、ちゃんと指導してなかったんじゃねえの?」
ついに、飛び火がこっちにまで飛んできた――。




