第33話:3月の封筒と、断固拒否の駄々
チーフ「そうだなぁ……。でもな、俺はあの新人さん、そう長くは続かないと思うんだよなぁ……。野崎さんにこれ以上、辛い思いをしてほしくないからよぉ」
野崎「私もまだ新人なのに、生意気なこと言ってすみません……。チーフが私のことをこんなに心配してくれる気持ち、本当に、ものすごく嬉しいです! 皆さんに嫌な思いをさせないように気を付けながら、適切な距離感で接するようにしますね!」
チーフが、とにかく私のことを第一に心配してくれているのが痛いほど分かった。
きっと、せっかく仲良くなったのにすぐいなくなってしまったら、私がまた傷つき、悲しむんじゃないかと先回りして守ろうとしてくれたのだろう。
それからは、みんなの前では特定の誰かとだけ密着するのをやめ、全員と同じ距離感でたくさんお喋りをするように意識した。すると、サブチーフたちが抱いていた「新人同士のコソコソ話」への誤解も自然と解けていき、全員が本当の意味でひとつにまとまって仲良くなっていった。
◇
そして、3月。
この業界の人間にとって、毎年最も心臓に悪い「異動発表」の時期がやってきた。
1年しかいなくても異動になる人もいれば、10年経っても動かない人がいる。
人数も特に決まっていない。1人だけ異動の年もあれば、複数人が一気に動くこともある。それが毎年3月の、誰もがドキドキする恒例行事だった。
みんなが見守る中、チーフが事務所から届いた通知の封筒をハサミで開ける。
チーフ「あー。今年は、異動するの2名だわ」
周囲がザワザワと色めき立った。このアットホームな給食室から、一気に2名もいなくなってしまうのだ。
チーフ「異動するのは……〇〇さんと……俺だぁ」
――えっ……?
頭を鈍器でガンと殴られたような衝撃が走った。
周りの調理員さんも一瞬で凍りついている。調理員さんの異動もびっくりだけど、何より、チーフが異動……!?
頭の中を、年末の忘年会での会話が駆け巡る。
あの時、私はお酒の勢いもあってチーフに熱弁していたのだ。
『私、チーフのおかげでこの仕事が本当に楽しくなりました! チーフがいる所なら、どこまでもついていきますからね!!』
『わっはっは。それは困ったなぁ。異動がないように祈っておくかぁ』
『チーフの異動なんて絶対!! 無理です!! 断固拒否ですからね!!』
あんなに笑って話していたのに……。
チーフ、いなくなっちゃうの?
サブチーフ「チーフ……異動なんですね……。寂しくなりますね」
チーフ「新しいチーフのサポート、よろしくなぁ。俺も出来るだけ引き継ぎしていくからよぉ」
あまりのショックに、私は声すら出せなかった。
調理員「最後にお別れ会、しましょうよ!」
チーフ「嫌だ。そんなしんみりする会に、俺は行かねぇ」
サブチーフ「チーフ、泣いちゃうからそういう会は今までも絶対に参加したことないのよ(笑)。じゃあ……とりあえず終業式までは皆で全力で頑張りましょう!」
あと2週間くらいで終業式。
つまり、この大好きなチーフと一緒に働けるのは、もう2週間しか残されていなかった。
その日を境に、私の顔からは完全に生気が消え、ずっと暗い表情のまま作業をこなしていた。
そして、残りあと3日ほどになった日のこと。
見かねたチーフに、また個室へ呼び出された。
チーフ「野崎さん、最近元気ないけどどうしたぁ。なんか嫌なことでもあったのかぁ」
野崎「嫌なこと……ありましたね……」
チーフ「どしたぁ? 俺が出来ることなら、なんでも解決してやるからよぉ」
野崎「……本当に、解決……してくれますか?」
チーフ「おう。言ってみろぉ」
野崎「チーフ、異動しないでください。まだ私に、たくさん給食のお仕事を教えてください……。チーフがいない現場なんて、私、想像もできません……」
私の懇願に、チーフは困ったように眉を下げて、ふっと息を吐いた。
チーフ「……あー。そうかぁ……。野崎さんなぁ。俺はそれが一番心配だったんだぁ。俺がな、ここにいてやれるうちはずっと見守ってやろうと思ってた。だけど、俺がいなくなったら、野崎さんがまたあの頃みたいに不安になっちまうんじゃないかってなぁ……」
チーフは一歩近づくと、私の目を真っ直ぐに見つめた。
チーフ「でもな、これは良い機会なんだぞ。俺と離れても、今の野崎さんなら絶対に頑張れる。俺はずっと、野崎さんの働きを見てきたからよく分かるんだ。……頑張れる子だぁ。大丈夫、大丈夫」
大きな手でポン、ポン、と頭を撫でられた瞬間、ダムが決壊した。私は子供のように大号泣した。
野崎「ヂーィブゥ……いなぐなっだら嫌だぁぁ……!!」
チーフ「ありがとなぁ(笑)。新しいチーフ、俺の知り合いだけど良い奴だぞー。野崎さんなら、きっとうまく仲良くやっていける」
野崎「……嫌だァァァ」
残りの3日間、私はこれでもかというくらいチーフに駄々をこね続けた。けれど、そんな私の抵抗も虚しく、無情にも最終日はやってきてしまった。
船越お父さんのようなチーフと働けるのは、泣いても笑っても、今日が最後だった。




