第3話:隔離されたモラハラと、身代わりのゴムベラ
理不尽な怒声を浴びせられ、引き攣る顔で「あ……そうなんですね……」と苦笑いを返すのが精一杯だった。
チーフ「野崎さんってさぁ? 気が強いっしょ?」
野崎「え……普通……だと思います……」
チーフ「いやぁw 絶対気が強いってw 普通『1人でやれ』って言われても、新人なら先輩に聞くからw」
野崎「すみません……」
チーフ「思ってもない謝罪、やめてくれる?」
必死に眉毛を下げて、申し訳なさそうな表情を全力で作る。
けれど、野崎の心の中のマグマは一気に沸点へと達していた。
(クッソババアがよぉぉおおおお!! うるっせぇわ!! ミスってるなら注意しろ!! 完璧に出来ててお前の言うこと全部聞いてるのに何が不満なんだよア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!)
心の中で激しい怒号をぶちまけながら、( ˙-˙ )とスンッとした真顔に戻り、声を絞り出す。
野崎「……すみません」
その日のお昼休憩。
調理員全員で1つの大きなテーブルを囲み、給食を食べる時間のことだった。
チーフ「野崎さんがぁ〜、1人で仕事出来るみたいなんでぇ。もっと簡潔に教えてあげていいからね、みんな〜」
わざとらしいチーフの声が響く。その瞬間、テーブルを囲む先輩たちの冷ややかな視線が一斉に野崎へ突き刺さった。
*
次の週からは、また新しい業務へのステップ(研修)が始まった。
指示を仰ぐため、担当の調理員に分からないことを尋ねた。すると――。
「私に聞かないでくれる!? 私も異動してきたばかりだから知らないから!!」
酒焼けしたようなハスキーな大声でピシャリと拒否され、結局何も教えてもらえなかった。
次に向かうべき場所も、やるべき作業も教えられないまま、仕方なくその人の後ろをずっと金魚のフンのように着いていく。
それを見逃さないのが、あの監視の目だった。
チーフ「ちょっと!! 仕事してんの!? 何ボサッとしてんの!?」
野崎「何をするのかの指示を頂けなくて……」
チーフ「そんなの自分で考えれば分かるでしょ!? 野菜の下処理でもしなさいよ!」
野崎「すみません……」
(――その指示が欲しかったんだよ!!)
まだ現場に来て1週間ちょっとの右も左も分からない新人に、一体何を求めているのか。「担当者の指示に従え」と普段から口うるさく言うくせに、その担当者が指示をくれない。
その日からしばらく、誰に何を聞いても同じような冷たい対応が続いた。
これでは仕事を覚えることすらままならない。野崎は盗むようにして周囲の動きを目で追い、必死に勉強するしかなかった。
3日目辺りの休憩時間、チーフから誰もいない休憩室に呼び出された。
チーフ「野崎さんさぁ。仕事どうなの?」
野崎「あ……頑張ってはいるんですけど、単純作業はすぐ出来るんですけど、複雑な……」
チーフ「単純作業!?」
野崎の言葉に、チーフが被せ気味に声を荒らげる。
野崎「……単純作業というのは、野菜の下処理のような、決まった動きをずっと繰り返せばいい業務を指してまして……」
チーフ「はぁ。で?」
野崎「複雑な作業になると、やはり覚えるのに必死で、動きが遅くなってしまっています」
チーフは思い切り大きなため息をつき、冷徹な目で野崎を睨みつけた。
チーフ「あのさぁ。あまり言いたくないけどさぁ。仕事遅くない? そんなノロノロしてたらさぁ、みんなの迷惑になるから!! み・ん・な・の!!」
野崎「すみません……」
(まだ調理に携わって3日目だぞ!? 3日で迷惑って言われるほどノロノロしてないわ!! っていうか、まともに仕事教えろバカヤロウ!!)
チーフ「給食ってね。みんなが仲良くしてないと美味しく作れないの。つまりね、今のままだと美味しい給食が作れないの。分かる?」
野崎「……すみません」
(お前が言うなやクソッタレが!! テメェが仲良しを語るなババア!! いつも突っかかって新人を潰しにきてるのはどこの誰だよ!!)
後から他の調理員にこっそり聞いた話だが、このチーフのモラハラで過去に何人もの新人が辞めていっているらしい。
チーフが野崎を責める時は、絶対に誰もいない休憩室。他の調理員にその現場を絶対に見せないためだ。
2人きりの空間で行われる執拗なモラハラの証拠は、被害者である野崎しか知らない。
そしてその日の昼食時、またしても全員の前で公開処刑が始まった。
チーフ「ちょっと。みんな見てくれる? このゴムベラ、少し欠けてるでしょ? これって異物混入の元よね。なんでこれ、処分してないのかな〜?」
チーフはなぜか、野崎の目の前でそのゴムベラをヒラヒラと見せつけてきた。
野崎「あ……本当ですね、1ミリくらい欠けてます」
チーフ「『欠けてます』じゃないんだよ!! ダメだって言ってんの!! 投げ(捨て)なよ!!」
野崎「はい……」
全員の視線が集まる中、頭を下げてゴムベラを受け取る。
(……いや、待て。私、この3日間でゴムベラなんて一度も触ってないんだがぁぁぁあああ!?)
理不尽極まりない冤罪を擦り付けられながら、野崎の心は冷たい怒りで満たされていくのだった。




