第24話:名前のあるロッカーと、25センチの救世主
「うっわ! なんすかそれ! エグくないすか?? 野崎さん足何センチなんですか?」
野崎「25センチです……」
チーフ「俺の予備は27センチだから、デカすぎてよぉー。まいったまいった」
お姉さんは「あ!」と手を叩いて、弾んだ声を上げた。
まいちゃん「自分、25センチですよ! 長靴も調理用の靴も、どっちも新品のストックがあるんで、野崎さんにあげても全然大丈夫っす!」
チーフ「お、マジかぁー? まいちゃんがくれるんだったら、俺今日事務所にエプロン取りに行くついでに、会社から靴も新品貰い直してきてやるわー」
まいちゃん「新品、保管庫にしまってあるんで今すぐ取ってきまーす! あ、ついでに野崎さん、保管庫案内してあげる! ついてきてー☆」
この31歳の調理員・まいちゃんは、とにかく底抜けに明るい。
当時の女子サッカー「なでしこジャパン」が世界一になって澤穂希選手が活躍した頃の、ゴールキーパーの選手に顔がよく似ている。見た目はすごくサバサバしてそうなのに、物腰はめちゃくちゃニコニコしていて、私の手を引くようにして明るく保管庫まで連れて行ってくれた。
給食室を出て廊下を少し歩いた先に、その保管庫はあった。
普段は食器を消毒・保管している部屋だけれど、使っていない予備の備品や、調理に使うザル、器具などもたくさん綺麗に整理されて保管されている。
まいちゃん「ここがねー、食器とか保管してる部屋でーす! で、この奥にみんなの靴の新品があるから! 自分たちで『そろそろ汚れてきたなー』って思った時に、好きなタイミングで勝手に交換していいからね! 履いてた古い方をゴミ箱にポイして、新品に自分の名前を書いて履くんだよー! そのタイミングで事務所に『新しい靴の補充お願いします』って頼んじゃってOK! 予備って扱いでここにいつもキープしてるから!」
野崎「そうなんですね、分かりました……!」
まいちゃん「ほれ、これ25センチ! 汚染区域用と非汚染区域用の調理靴2個と、あとは午後作業用の長靴ね! 3個一気に持てる? 大丈夫?」
野崎「大丈夫です! ……本当に、すみません。一時的とはいえ、初日から貴重な靴をいただいてしまって……」
私が恐縮していると、彼女はあっけらかんとした笑顔で私の肩を叩いた。
まいちゃん「気にすんなってー! 悪いのは前の学校のそのオバハンチーフっしょ? 野崎さんは1ミリも悪くないじゃん! 困った時はみんなで助け合うの、当たり前っしょ!」
――ダメだった。
完全に涙腺がバカになっている今の私に、そのあまりにも眩しいセリフは効きすぎた。
これからまさに調理が始まるというのに、こんなところで泣くわけにはいかない。だけど……嬉しくて、嬉しくて、嬉しすぎるのに涙が溢れそうになるなんて、今までに経験したことのない変な気持ちだった。
お姉さんに手を引かれるようにして、私たちは給食室へと戻った。
まいちゃん「もっどりましたー! 野崎さんに保管庫かるーく案内しといたんで☆」
チーフ「おー。まいちゃん、ありがとなぁ。サブチーフが急にいなくなっちまって人手足りねえから、本当に助かるわぁ」
まいちゃん「うぃーす! お、みんなもう着替えてんじゃーん! 自分らも着替えちゃお! 野崎さん、そっちのカーテンの中に入って着替えてね! ロッカーに名前書いてあるから見ればすぐ分かると思う!」
背中をグイグイと優しく押され、私は着替えスペースのカーテンの中へと押し出された。
(よし、着替えよう……)
そう思って、目の前にある更衣ロッカーを見上げた瞬間――。
私の目から、またしても涙が、そして鼻水が溢れ出た。
前の学校では、私以外の全員のロッカーに綺麗な名前のネームプレートが貼られていたのに、私のところだけはいつまで経っても真っ白な空欄のままだった。
なのに。
目の前にあるロッカーには、私の名前が印刷されたプレートが、しっかりと誇らしげに掲げられていたのだ。
今日が初日なのに。急に決まった異動だったはずなのに。
私がここに来る前に、誰かが私のために、ちゃんと席を用意して準備しておいてくれたんだ。
職場という場所に「自分の名前」が存在していることが、今の私には酷く不思議で……そして、心の底から嬉しかった。
早く着替えなきゃと気持ちばかりが焦り、私はまたしても自分の服の袖口で、涙と鼻水をゴシゴシと拭ってしまった。せっかくお母さんが洗濯してくれた服なのに、またやってしまったと少し後悔した。
着替えを終えて、新しいチーフから借りた新品のエプロンを身に纏い、カーテンから顔を出す。
チーフ「んじゃあ、そのエプロンと靴にさぁ、マジックで名前書いて所定の位置に置いといてくれるかぁ〜」
野崎「えっ……。あの、名前……もう書いてしまっていいんですか?」
チーフ「んあ? ……何、書かないの?」
チーフは不思議そうに目をぱちくりとさせた。
野崎「……前の学校のチーフから、『新人はいつ辞めるか分からないから、まだ名前は書かせない』って言われていたので……」
私のその言葉が室内に響いた瞬間、横で髪をまとめていたまいちゃんが、信じられないものを見るような顔で大声を上げた。
まいちゃん「はぁあああ!? 何それ、ばっかじゃんねぇ!! 名前、書きな書きな! 遠慮しないで今すぐ書きな!! ウチの学校は、入ってきた新人さんにも最初からちゃーんと名前書いて貰ってるからさ!!」
その力強い言葉に背中を押され、私はマジックを握り締めた。
クタクタの貰い物じゃない、新しいエプロンの胸元に、私は自分の名前をしっかりと刻み込んだ。




