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ブラック給食室の監獄。〜2人きりでモラハラを繰り返す新人潰しチーフに負けず、異動先で幸せを掴むまで〜  作者: S@Y@


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第20話:新天地


マネージャー「チーフに『何か心当たりはあるか』と聞いてみたんですけどね……一切ありません、身に覚えがないって言い張っていました」

野崎「……まぁ、自分で進んで言うわけないですよね、あの人が」


分かってはいたけれど、吐き気がするほどの白々しさだった。あれだけの暴言や嫌がらせを重ねておきながら、すべて「無かったこと」にしようとしているのだ。


マネージャー「それから、他の調理員さんにも一人ずつ個別に聞き取り調査をしたんです。ですが……みんな一旦口を揃えて言葉を濁してから、『チーフが野崎さんに強く当たっているところは、一度も見かけていません』って言うんですよ」

野崎「やっぱり……。もし本当のことを言ってしまったら、今度はその人が次の標的になりますからね。私のために、リスクを背負ってまで真実を発言してくれる人なんていないだろうとは最初から思っていました」

マネージャー「そうなんです。本当に悔しいですが、大抵このような現場での聞き取り調査は、こうして誰も喋らずに空振りで終わることが多いんですよね……」


(そりゃあ、そうだよなぁ……)


胸の奥で、冷めた納得が広がっていく。

他のどこの学校だって、すでに去っていくことが決まった新人を庇うために、自分の生活を危険に晒すようなお人好しはいるわけがない。

だって、たった一人でも本当のことを喋ってしまえば、そこから調理員同士の醜い探り合いが始まるのだ。「誰がチーフを売ったんだ」と。


野崎「ボイスレコーダーとかで決定的な証拠でも仕掛けない限り、根本的な解決はしないんですね」

マネージャー「そうですね……。会社としても、明確な証拠がない以上、あのチーフに対してこれ以上の処分を下すことはできない……というのが現状です、本当にすみません」

野崎「いいんです。私はとにかく、あの地獄のような給食室から離れたかった。その一番の願いが叶うだけでも、マネージャーには十分感謝しています」

マネージャー「力になりきれず、申し訳ない限りです……。まだ次の異動先の学校は正式に決まりきっていないのですが、とりあえず回収してきた上靴と制服だけは、今お渡ししておきますね」

野崎「ありがとうございます」

マネージャー「今日持ち出せたのは、野崎さんのロッカーの中に入っていた私物だけなので。干してあった予備のエプロンや長靴、調理用の安全靴なんかは、また後日僕が責任を持って取りに行って、次の学校にそのまま直接運んでおきますから。また学校が決まったらすぐに連絡しますね」

野崎「はい、よろしくお願いいたします」


     *


次にマネージャーから連絡が来たのは、週が明けた金曜日のことだった。


マネージャー「野崎さん、お疲れ様です! 次の異動先の学校、正式に決まりましたよ」

野崎「本当ですか! ありがとうございます。どこになったんでしょうか?」

マネージャー「次の赴任先は『〇〇中学校』です。前と同じように、他の学校の分も一緒に作る『親子校』の形態ですね。親学校と子学校を合わせて、全体の給食数は1000食ちょっというところです。規定のスタッフ数が【8人】の規模の学校になります」

野崎「前が1200食超えの現場だったから、1000食と聞くと少しだけ少なく感じますね」

マネージャー「うーん、数字だけ見ればそうなんですけど……実は、今そこが一人欠員状態の【7人】で回している状態なんですよ。ここも最近、入ったばかりの新人さんが一人辞めちゃったみたいで……」


その言葉を聞いた瞬間、野崎の背筋に冷たいものが走った。

脳裏をよぎるのは、連休前にマネージャーから言われた「新人潰しをして空きがあるのかも知れない」というあの業界の闇。


野崎「新人さんがすぐに辞めたということは……そこも、何か人間関係に問題があるような現場なんですか?」

マネージャー「いやぁ……それが、この学校の場合は、辞めた新人さん側の方に少々『訳あり』な事情があったようでして……」

野崎「訳あり、ですか?」

マネージャー「ええ。調理が始まって、わずか2日後に辞める決意をされたようなんです。その辞める理由というのが……『私、自分の普段のカバンより重たいものは持てないので』ということだったらしくて」

野崎「カバン……。それは……流石に給食調理をナメてるとしか言えないですね。当たり前に30キロの食材や食缶を持ち上げたりする世界なのに」

マネージャー「そうなんですよ。だからそこは現場のせいではなくてね。……ただ、実はもう一つ、今さっき飛び込んできた突発的な問題がありまして……」

野崎「えっ、まだ何かあるんですか!?」

マネージャー「えーっと……実は、その〇〇中学校のサブチーフが、まさに今日、調理室内で転倒して足を骨折してしまったらしくて……」

野崎「ええっ!? 今日ですか!? しかも骨折!?」

マネージャー「そうなんです……。骨折となると、ギプスも外れないでしょうし、最低でも2ヶ月近くは現場に戻ってこれないと思うんですよね」

野崎「……ということは、私がそこに入ったとしても、サブチーフがいないから結局【一人欠員状態】のまま現場を回すってことですか?」

マネージャー「……はい、そうなります……」


(わぁ……。前途多難というか、いきなり大波乱の予感しかしないんだけど……)


野崎「……ちなみに、その学校の全体の『雰囲気』自体はどうなんでしょうか?」

マネージャー「雰囲気は間違いなく良いですよ! チーフはもうすぐ定年を迎える、ベテランの『男のチーフ』なんですけどね。他のメンバーは割と若い人たちばかりが集まっているので、ギスギスした感じは全くないです!」


「男のチーフ」――。

正直なところ、その言葉を聞いて野崎の胸に去来したのは、あまり良いイメージではなかった。女だらけのドロドロした職場に君臨する男のチーフなんて、また気難しくて、ヒステリックに怒鳴られるんじゃないかという恐怖が頭をよぎる。


けれど、今の私の状況は、会社に無理を言って異動させてもらう身の上だ。ここで贅沢な選り好みをしている場合じゃない。


野崎「そうですか……。正直、少しだけ不安な気持ちはありますけど、その〇〇中学校で、ぜひお願いしたいです!」

マネージャー「分かりました! その意気です! ……あ、でもね、その学校にはものすごく良いメリットもあるんですよ! なんと、地下鉄の駅を降りたら目と鼻の先、歩いてすぐの場所にあるんです。めちゃくちゃ通いやすいですよ! 他の学校だと、基本的にはバスを何本も乗り継いで通うのが当たり前ですからね。これから長く仕事を続けていく上で、毎日の通勤時間の短さというのは、本当に大事なポイントになりますから!」


マネージャーは、野崎の不安を必死に吹き飛ばそうとするように、明るい声でアピールしてくれた。


こうして、次の戦いの舞台は「男のチーフ」が待つ、満身創痍の欠員現場に決まった。

地獄の1ヶ月を生き抜いた野崎が、次に手に入れた新しいサイコロ。

その目が吉と出るか凶と出るか――それは、地下鉄の階段を上った先にある、新しい扉を開けるまで誰にも分からなかった。


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