第3回
朝になり、カーテン越しの陽射しの眩しさに起こされた。
あやふやな記憶を手繰り寄せる。たぶん、ここは先生のマンション。ダブルベッドの真ん中で、私は裸のまま寝ていた。
〈頭が痛い。飲み過ぎたなぁ〉ー布団を捲り、ベッド脇の小さなテーブルにある頭痛薬を頬張る。スリッパを履き、冷蔵庫まで。ミネラルウォーターを手にし、クスリと共に喉を鳴らして一気に飲んだ。
気だるいままシャワーを浴びる。バスローブを羽織り、髪を拭きながら白い籐の椅子にもたれる。テーブルには先生の置き手紙。筆の跡は、お世辞にも上手とは言えない。
「仕事があるので先に出かけます。合鍵を渡すから、戸締まりをお願いします。あと、頭痛薬を飲んで」
〈なんだ。彼はいないのか〉ー自分がどういう状況にあるのか。いまひとつ飲み込めていない。だが、次の瞬間。残ったお酒が一気に吹き飛ぶ光景が眼の前に。
私の下着やキャミソールが、綺麗に畳んでソファの上に置いてあるじゃないの。コートやセーター、デニ厶パンツはハンガーラックに掛けてあるし。これは、どういう…
事態をすぐには理解できない。恐る恐る下着を手に取り、匂いを嗅ぐ。いつもとは違う洗い立ての香り。すぐさま浴室前の洗濯機置き場に向かい、棚の上から柔軟剤を取り出す。ボトルを開けて、私は確かめた。
〈これだ。同じ匂いがする〉ーどうやら、昨夜。私は先生と関係を持ったらしい。しかも、よりにもよってビキニラインを処理したばかり。恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。
だが、このような経験は一度や二度ではない。私はひとりで呑みに出かけることがよくある。そこでは泣き上戸になり、カウンター席で隣になった見ず知らずのオトコの肩にもたれかかったりする。
相手は本能的に選んでいるようで、皆若く、それなりにイケメンだ。そして翌朝。目覚めれば、ベッドに知らないオトコと横たわっている。ホテルだったり。相手の自宅だったり。そのたびにバツの悪い思いをする私。そっと起きて着替え、ドアを開けて部屋を出る。
今回もまた同じ失敗。それも、かなりの失敗。お母さんが知ったら気絶するだろうし、私も倒れついでに頭をぶつけて、記憶を無くしたい。
〈あの人と寝ちゃったか。でも、抱かれた記憶がないのよね〉ー起きてしまったことは仕方がない。
先生は“大吉”を引いたのだ。滅多に拝めないモノを拝んだのだから、きっと良いことが起こるだろう。
〈私はおみくじか〉ーいつものように服を着て、先生の言いつけ通り鍵を掛けて部屋を出た。
有美との待ち合わせがあり、午後から自由が丘に向かった。彼女は、近くのマンションで独り暮らしをしている。
南口改札を出たところで約束の時間に落ち合う。2人ともお腹が空いていたので、行きつけの洋食屋でランチをすることにした。
私がつかまらなかったことに、有美は少々ご立腹の様子。
「アンタ。昨日は何してたの?呑みに誘おうと思ったら電話に出ないし。また、スマホを家に忘れてたね」
慌ててバッグの中を確かめる私。
「ごめん。持ってないよ。忘れたのね。でも、昨日はどのみち呑みに行けなかったのよ」
私は昨夜の顛末を話す。一部始終を聞き終えた有美は、目も口も開けたまま微動だにしない。海老フライが口の中で飲み込まれるのを今か今かと待っている。
「ちょっと有美。どうしたの?」
〈フリーズしちゃったのかな?〉―有美はふと我に返り、海老フライを食べながら興奮気味に口を動かす。だが、何を言っているのかはっきりと聞き取れない。
「食べながら話すと親に叱られるよ。子供の頃に教わったでしょ?」
グラスの白ワインを胃に流し込み、有美は口の中をすっきりさせた。彼女の口元についたタルタルソースが気になる。




