変身
それは、唐突に訪れた。
『コード:イエロー。悪魔反応を確認』
館内に響く警報。
さっきまでの静けさが、嘘みたいに崩れていく。
「……もう来たの?」
高宮が小さく舌打ちする。
「アカネ、今回は近場だし——」
一瞬だけ迷うような間。
「……ついてきて」
「え……?」
「見るだけでいい。絶対、前に出ないで」
強い口調。
「……うん」
頷くしかなかった。
◇
現場は、住宅街だった。
夕方の空。
どこにでもあるはずの景色が——
歪んでいた。
空間が、揺れている。
まるで、現実そのものがねじ曲がっているみたいに。
「……いる」
高宮が低く呟く。
視線の先。
そこにいたのは——
「……これ……」
“悪魔”。
だが、さっき見たものとは違う。
形が、より“具体的”だった。
巨大な影。
不自然に長い腕。
そして——
ぐちゃぐちゃに歪んだ“顔”。
泣いているような、笑っているような。
子供の落書きを無理やり現実にしたような、不気味さ。
「……今回は、ちょっと面倒そうね」
高宮は淡々とそう言って、腕の装置に手をかける。
「アカネ、下がって」
その一言で、身体が動く。
距離を取る。
次の瞬間。
「装備、展開——ファイヤー」
炎が弾ける。
高宮が、戦闘形態へと変わる。
「——行くよ」
迷いはない。
一瞬で距離を詰める。
炎の拳が、悪魔に叩き込まれる。
衝撃。
だが——
「……っ、硬い……!」
手応えが違う。
悪魔はびくともしない。
『■■■■■■■■■■■』
低い、重い音。
次の瞬間。
腕が振り下ろされる。
空気が裂ける。
「——ッ!」
高宮は回避するが、余波だけで地面が抉れる。
「……強い……」
自然と、声が漏れる。
あれは——
さっきのとは、別格だ。
「チッ……!」
高宮が距離を取る。
炎を集める。
だが——
悪魔が先に動いた。
地面から、黒い“何か”が噴き出す。
影の杭。
無数に伸びるそれが、高宮を包囲する。
「っ……!」
避けきれない。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
“危ない”と思った。
そのとき。
胸の奥が、熱くなる。
ドクン、と脈打つ。
「……え……?」
視界が、歪む。
音が、遠くなる。
代わりに——
“声”がする。
——壊せ。
「……なに……」
心臓が、強く打つ。
身体の奥から、何かが溢れてくる。
熱い。
でも、炎とは違う。
もっと——
重くて、黒い。
「……やめて……」
なのに。
それは止まらない。
腕が、勝手に動く。
指先から、黒い光が滲み出る。
空気が、歪む。
周囲の温度が、一気に下がる。
——壊せ。
「……ちが……」
視線の先には——
高宮。
追い詰められている。
助けなきゃ。
そう思う。
なのに。
頭の奥では、別の声が響く。
——全部、壊せばいい。
「……っ!!」
その瞬間。
“何か”が弾けた。
黒い光が、身体を包み込む。
変わる。
皮膚の感覚が、変質する。
骨が軋む。
——これが、“変身”。
理屈なんて分からない。
ただ、本能で理解する。
これは——
“武装”じゃない。
自分そのものが、変わっている。
「……アカネ!?」
高宮の声。
だが、遠い。
視界が赤く染まる。
全部が、遅く見える。
悪魔も。
攻撃も。
全部——
“壊せる”。
そう、分かってしまう。
腕を振り上げる。
それだけで——
終わる。
確信があった。
だが。
「……やめろ!!」
その声で。
動きが、止まった。
高宮だ。
血を流しながら、それでも叫んでいる。
「それ……使うな!!」
必死な声。
初めて見る顔だった。
恐怖。
あの高宮が、明確に“恐れている”。
「……え……?」
その瞬間。
意識が、戻る。
黒い光が、揺らぐ。
「……あ……」
何をしようとしていたのか。
一気に理解する。
「……やだ……」
腕が、震える。
「……こんなの……」
嫌だ。
こんな力。
使いたくない。
——壊せ。
「……いやぁあああ!!」
叫びと同時に。
黒い光が、弾けて消えた。
身体が、元に戻る。
膝から崩れ落ちる。
息が、荒い。
心臓が、痛いほど鳴っている。
「……アカネ……」
高宮が、ゆっくりと近づいてくる。
その目には——
明らかな、“警戒”があった。
「……今の……なに……?」
震える声で、問いかける。
だが、高宮はすぐには答えなかった。
代わりに——
「……とりあえず、下がって」
そう言って、再び悪魔の方を向く。
戦いは、まだ終わっていない。
けれど。
さっきまでとは、何かが違っていた。
空気が、変わっている。
悪魔が、動かない。
いや——
“動けない”。
さっきの一瞬で。
何かが、完全に変わってしまった。
「……今の……」
高宮が、小さく呟く。
「……最悪だ……」
その言葉の意味を。
アカネは、まだ知らない。




