堕ちる
警視庁の廊下は、妙に静かだった。
人の気配はある。
だが、どこか張り詰めている。
事件が続いているせいか——空気が重い。
その中を、高宮は歩いていた。
迷いはない。
目的がある足取り。
だが、その表情は硬い。
「……ここか」
小さく呟く。
目の前の扉。
関係者以外立入禁止。
だが——
躊躇はしない。
ノックもせずに、開けた。
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室内。
資料が並ぶ。
モニターには、未確認生命体の映像。
その前に立っていたのは——
一人の男。
振り向く。
鋭い目。
「……誰だ」
短く問う。
高宮は、一歩踏み込む。
「話がある」
単刀直入だった。
男——上条は、わずかに眉をひそめる。
「関係者か?」
「違う」
即答。
「でも、関係ある」
その言い方に、少しだけ空気が変わる。
「……要件は」
上条が促す。
高宮は、モニターに映る映像を見る。
異形。
破壊。
そして——戦っている“何か”。
「それ」
指差す。
「私が関わってる」
沈黙。
上条の目が、わずかに細くなる。
「……冗談にしては趣味が悪いな」
「冗談じゃない」
一歩、近づく。
視線がぶつかる。
「だから言いに来た」
少しだけ間を置く。
「これ以上、関わってくるな」
静かに言う。
命令でも、お願いでもない。
ただの“線引き”。
だが——
上条は即座に首を振った。
「無理だな」
迷いがない。
「これは事件だ」
視線を外さない。
「子供がどうこうって話じゃねぇ」
その一言に。
空気が、少しだけ冷える。
「……子供?」
高宮が低く呟く。
「そう見えるか」
「見える見えないの話じゃない」
上条は淡々と返す。
「これは公安が扱うレベルだ」
「民間人は下がれ」
完全に“大人の論理”だった。
線引き。
守るための言葉。
だが——
「……は」
高宮が、小さく笑う。
乾いた笑い。
「守る、ね」
一歩、引く。
だが、その目は冷たい。
「何も知らないくせに」
吐き捨てるように言う。
上条の眉がわずかに動く。
「……知ってる必要はない」
短く返す。
「現場を止めるのが仕事だ」
「被害を広げない」
それだけだ。
シンプルで、揺るがない。
高宮はしばらく黙る。
その言葉を噛み締めるように。
そして——
「……じゃあ」
顔を上げる。
目が合う。
「止めてみろよ」
静かに言う。
「私も含めて」
その一言は、挑発ではなかった。
どこか——試すような響き。
上条は、少しだけ間を置く。
そして。
「必要なら、やる」
はっきりと言った。
高宮は、それを聞いて。
ほんの一瞬だけ——
何かを確かめるような顔をした。
だが、すぐに消える。
「……そう」
背を向ける。
ドアへ向かう。
「後悔するなよ」
それだけ残して、出ていった。
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扉が閉まる。
静寂。
上条はしばらく動かなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「……関係ある、か」
さっきの言葉を思い返す。
そして。
「……厄介なのに踏み込んだな」
苦く呟いた。
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最初は——ほんの小さな違和感だった。
「……これでいい」
高宮は、そう思っていた。
誰よりも早く動き。
誰よりも多くの情報を集め。
誰よりも先に、敵に辿り着く。
そのために——少しぐらい、ルールを外れること。
それは、必要なことだと。
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最初の嘘は、軽かった。
「……見つからなかった」
本当は、見つけていた。
だが、組織にも警察にも渡さない。
自分で処理するために。
“効率”のために。
それだけだった。
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次は——利用。
「このルートを通れば、安全だよ」
そう言って、別の誰かを動かす。
危険な場所へ。
自分の代わりに。
それでも、心は痛まなかった。
“必要な犠牲”だと、思っていたから。
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やがて——裏切り。
「……ごめん」
口ではそう言いながら。
行動は違った。
仲間を置き去りにする。
助けられたはずの人を、見捨てる。
その方が、目的に近づくから。
それだけの理由で。
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「……なんで」
誰かが言った。
「なんで、そんなことできるんだよ」
高宮は、少し考えて。
「……早く終わらせたいだけ」
そう答えた。
その言葉に、もう迷いはなかった。
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気づいたときには。
周りに、誰もいなかった。
連絡は来ない。
視線は、冷たい。
信用は——完全に消えていた。
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それでも、高宮は止まらない。
「……あと少し」
そう言い聞かせる。
「もう少しで、全部終わる」
その“全部”が何なのか。
もう、自分でもよく分かっていなかった。
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夜。
一人で立つ。
誰もいない場所。
静かな空間。
「……はは」
小さく笑う。
その笑いは、空っぽだった。
「ほんと……バカみたい」
手を見る。
震えている。
血もついている。
でも——
止める気は、ない。
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「……でも」
顔を上げる。
目は、もう迷っていない。
「ここまで来たんだから」
一歩、踏み出す。
闇の中へ。
「最後まで、やるしかないでしょ」
その背中は——
もう、誰も止められなかった。




