武装
病院を出たとき、外の空気はやけに冷たく感じた。
昼間のはずなのに、人通りは少ない。
どこか、世界が静かすぎる気がする。
「歩ける?」
隣を歩く高宮が、ちらりとこちらを見る。
「……うん」
短く答える。
身体に問題はない。むしろ、不自然なくらい軽い。
——本当に、普通じゃないのかもしれない。
「じゃあ、行こっか」
高宮はそう言って、迷いなく歩き出した。
「……どこに?」
「さっき言ったでしょ。“来てほしい場所”」
振り返りもせずに答えるその背中は、妙に頼もしく見えた。
しばらく無言で歩く。
街は、やっぱり普通だった。
人がいて、車が走って、店が開いている。
——なのに。
どこか“ズレている”。
言葉にできない違和感が、ずっとつきまとっていた。
「……ねえ、高宮さん」
「なに?」
「さっきの……“普通じゃない”って……」
言いかけて、言葉を選ぶ。
「どういう意味……?」
高宮は少しだけ考えるように黙り込んだあと、ぽつりと答えた。
「見た方が早いよ」
それだけだった。
それ以上、何も教えてくれない。
やがて、高宮の足が止まる。
「ここ」
目の前にあったのは——
どこにでもありそうな、古びた雑居ビルだった。
「……ここが?」
「うん」
高宮は迷いなく中に入っていく。
ついていくしかなかった。
中は、外観とはまるで別物だった。
エレベーターの扉が閉まり、ボタンを押す。
だが、表示されている階数は途中で消えた。
代わりに——見たことのない記号が並ぶ。
「……なに、これ……」
「気にしなくていい」
淡々とした声。
やがて、エレベーターが止まる。
扉が開いた瞬間。
そこに広がっていたのは——
“別世界”だった。
白い空間。
無機質な床と壁。
行き交う人々は、全員同じような黒いスーツを着ている。
そして。
壁一面に並ぶ、大型モニター。
そこに映っていたのは——
「……なに、これ……」
思わず、息が止まる。
画面の中で、“何か”が暴れていた。
黒く歪んだ影。
形は定まらず、見るたびに変わる。
それが、街の一角を破壊している。
人が逃げ惑っている。
「……あれが、“悪魔”」
高宮の声が、やけに静かに響いた。
「子供の想像が歪んで生まれた、“悪夢”」
「……悪夢……?」
理解が追いつかない。
「で、あれを倒すのが——」
高宮は一瞬だけこちらを見る。
「私たち、“魔法少女”の仕事」
その瞬間。
別のモニターに、映像が切り替わる。
そこには、一人の少女がいた。
腕に装置を装着し——
「……装備、展開」
無機質な声と共に、光が弾ける。
次の瞬間、その身体は“武装”に包まれていた。
機械的で、洗練された戦闘装備。
そして——
悪魔に向かって突撃する。
「……あれが、魔法少女……?」
「そう。“武装型”だけどね」
高宮は軽く言う。
「……武装型……?」
「外付けの力。誰でも扱える、安全なタイプ」
さらっと言うその言葉に、違和感が引っかかる。
「……じゃあ、“安全じゃない”のもあるの?」
一瞬だけ。
高宮の足が止まった。
「……あるよ」
振り返らずに、そう答える。
「でも——それは、あんまり知らない方がいい」
その言い方は、まるで。
“触れてはいけないもの”を示すみたいだった。
そのとき。
警報が鳴り響く。
甲高いアラート音。
『コード:レッド。悪魔反応増大。戦闘員は至急配置へ』
機械音声が、空間全体に響く。
「……来たね」
高宮は、わずかに息を吐く。
「アカネ」
その名前を呼ばれて、心臓が跳ねる。
「ちょっとだけ——見てて」
そう言って。
高宮は、自分の腕に何かを装着した。
「……え……」
赤い光が、弾ける。
「装備、展開——ファイヤー」
炎のようなエフェクトが、身体を包み込む。
次の瞬間。
高宮の姿は、“戦うための存在”へと変わっていた。
——これが、魔法少女。
けれど。
それを見た瞬間。
アカネの胸の奥で、“何か”がざわついた。
——違う。
——それじゃない。
理由は分からない。
でも、本能が理解していた。
これは、“自分のものじゃない”。
もっと、別の——
“内側から溢れる力”があるはずだと。
「……なに、これ……」
無意識に、手を握る。
その瞬間。
黒いノイズのようなものが、視界の端をかすめた。
——壊せ。
「……っ!?」
思わず顔を上げる。
だが、もうそこには何もない。
ただひとつ確かなのは——
自分の中に、“何か”がいるということだけだった。




