病室で、あの後の話をしました②
病室は静かだった。
白い壁。
白いカーテン。
ベッドの横には、見慣れない医療機器がいくつも並んでいる。
機械音は小さく、規則正しく、何かが生きていることを確認するみたいに鳴っていた。
桐野はベッドの上で上半身を少しだけ起こしていた。
顔色はまだ悪い。
唇にも色が薄く、いつもの勢いはない。
それでも、目は開いていた。
「真壁さん」
呼ばれただけで、胸の奥が一瞬詰まる。
「……起きてて大丈夫なんですか」
「寝てると、逆に変な夢見そうだから」
桐野はそう言って、俺の顔を見た。
数秒だけ見て、少し眉を寄せる。
「真壁さん、顔が昨日よりひどくなってない?」
「俺の方よりも、桐野さんの方がひどい顔してますよ」
「ぷぅ! 私は病人だからいいの」
変な間の後に、ふたりは同じタイミングで笑い出した。
「元気そうでよかったです」
「真壁さんも寝てなさそうだけど、まぁ仕方ないか」
そしてシオからは、安堵の感情が流れてくる。
シオも桐野のことを気にかけてたんだな。
「シオ、桐野さんは元気だぞ。大丈夫」
シオがその言葉で少し動き、そして桐野の方へ身を乗り出し殻の縁を再度小さく揺らす。
桐野がそれを見て、かすかに笑った。
「シオもありがとね」
シオは返事をするみたいに、殻の光をほんの少しだけ揺らした。
「医療機器には触るなって言われてるから、肩の上で我慢だな」
「ちゃんと管理されてる」
「俺より先に、シオの注意事項が通ってました」
「有名人だからね、シオ」
「俺よりですか」
「たぶん、今は同じくらい」
軽口のはずだった。
けれど、俺はうまく返せなかった。
昨日の配信がどこまで残っているのか。
何人が見ていたのか。
どんな形で切り取られているのか。
確認したくても、今のこの環境下では一切外部との連絡を禁じられているので、確認のしようがない。
桐野は少しだけ視線を落とした。
布団の上に置かれた自分の指先を見て、それから俺を見る。
「真壁さん」
「はい」
「……あの後、どうなったの?」
その言葉で、病室の空気が少しだけ重くなった。
桐野は知らない。
あのあとすぐに搬送されたから。
俺が残されたことも。
配信が切れた後の現場も。
朝までダンジョンコアを制御下に置くために、現場を離れられなかったことも。
俺はベッド脇の丸椅子に座った。
座って、ようやく自分の足が少し震えていたことに気づく。
「長いですよ」
「短くして」
「たぶん、無理です」
「じゃあ、長くてもいい」
「……あの後、配信は少しだけ続いてました」
「え」
「機材が壊れかけてたんですけど、完全には死んでなくて。桐野さんが起きたところも、たぶん少しは流れてました」
桐野の顔が少しだけ引きつった。
「……どこまで?」
「俺がどれだけひどい顔をしていたかは、かなり流れてたと思います」
「そこじゃなくて」
「シオが俺の頬をつついてたところも」
「そこでもなくて」
桐野は目を閉じた。
体力がないのか、突っ込むだけでも少し疲れたように見えた。
「……まあ、いいです。今はそこじゃない」
「はい」
「続けて」
「桐野さんが起きてから、五分くらいで機材が完全に壊れました。映像も音声も切れて、そこから先は配信には残っていません」
あの瞬間、画面の端で流れ続けていたコメントが、突然途切れた。
最後まで、読めないくらい速かった。
文字が流れすぎて、意味を拾うこともできなかった。
「その少し後に、管理局特務部隊の第1陣が来ました」
「やっと?」
「やっと、です」
俺はうなずいた。
ダンジョンコアの解除にかかった時間は、後で聞いた話だと約1時間だったらしい。
結果だけ見れば、最短に近い。
むしろ、よく1時間で止まった、と言われた。
でも、現場にいた人間の感覚では長かった。
いや、長すぎた。
「あの無精髭男は?」
「逃げたそうです」
「そうです、って」
「特務部隊の追跡班が出ました。でも、逃げられました」
桐野が、静かに息を吐いた。
「そっか」
「撤退経路を用意してたみたいです。詳しい話は俺もまだ聞けてません」
本当は、聞いている時間がなかった。
追跡班が飛び出していったこと。
しばらくして、戻ってきた隊員たちの表情が硬かったこと。
その程度しか知らない。
それでも、逃げられたという結果だけは伝わってきた。
桐野は悔しそうに目を細めた。
その表情だけは、病人というより探索者だった。
「真壁さんは?」
「俺は、残されました」
「残された?」
「桐野さんは、すぐに搬送されました。たぶん、桐野さんのクランの人と医療班が来て、そのまま」
「うん」
「俺も行こうとしたんですけど」
言いながら、あの時のことを思い出した。
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